「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」
2006年9月 3日
昨日NHKBSで寅さん映画を見た。「寅次郎あじさいの恋」は寅さんシリーズの中でも異彩を放つ作品で、私は特に気に入っている。普通寅さんの失恋はマドンナに好きな男性が現れて、彼女の幸せを願ってお人好しにも二人の橋渡しを買って出るという形で進行するのだが、この作品では寅さんの失恋の要因は恋敵の存在ではなく、自分の気持ちに正直になれない寅さん自身の心の弱さにある。
「あじさいの恋」ではいつもとは違い、いしだあゆみさん演じるマドンナのかがりも寅さんを好きになる。しかし寅さんは彼女から誘われたデートに気恥ずかしさから満男を連れていってしまう。かがりは自分のしたことが寅さんには迷惑だったのだろうと考えて悲しみにくれ、寅さんはかがりの気持ちがわかっていながらそれに応えることのできない自らの不甲斐なさに涙する。お互いに相手を思っているのに一歩踏み出して幸せをつかむ勇気のない二人の悲しみが胸に迫る物語である。
博が「初めての展開だな」という台詞があるのでこうした筋立てはおそらくシリーズ唯一のものだろう。かがりは鎌倉のあじさい寺で待ち合わせをして寅さんを見つけた時には輝くような笑顔を見せたのが、満男の存在に気づくと憂いを帯びた表情へと変わっていく。この部分の表情の変化はいしだあゆみさんの素晴らしい演技だと思う。
ほかの作品では失恋の痛手は寅さん一人が背負い、マドンナはささやかな幸せを手にして終幕を迎えるのが普通だが、ここではかがりの方も深く傷ついて故郷へ帰っていく。それがこの作品ならではの切々たる情感を作り出しているのだろう。最後に寅さんへの暑中見舞を読み上げる声とともに流れる、心に傷を負いながらも丹後の海辺でつつましく暮らすかがりの姿が美しく、胸に痛い。
寅さん自身の内面の弱さに起因する悲恋はシリーズの中でもとりわけ切なく悲しい物語で、見る度に心に涙を浮かべてしまう。十三代目片岡仁左衛門の得も言われぬ気品と、若き柄本明さんの滑稽な演技も素晴らしい。
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