ショパン「ノクターン」についてのエトセトラ

2006年9月24日

浅田真央ちゃんの今シーズンのプログラムが発表された。ショートプログラムの曲目はショパン作曲の「ノクターン第2番 Op.9-2 変ホ長調」だそうだ。そこでこれに因んでショパンの「ノクターン」について思うところをつらつらと述べてみようと思う。


ロマン的性格のピアノ小品に「ノクターン」というタイトルを用いたのはアイルランド出身の作曲家・ピアニスト、ジョン・フィールド(1782-1837)が最初である。ショパンは独自の情趣を盛り込んだこのジャンルの作品を21曲残している。作曲年代は初期から晩年にわたり、彼がこのジャンルに生涯を通じて強い関心を持ち続けていたことが窺われる。

曲の内容については通常いわれる「サロン風の甘美さに満ちたロマンティックな小曲」という評価がよく本質を表している。いかにも貴族のサロンで演奏されるに相応しい、耳に心地よい極上の音楽である。クラシックの数ある名曲の中で初心者にもためらいなく薦めることのできる作品は何だろうか、というのは興味深い問題だが、「ノクターン」はその最右翼に属する作品の一つといっていいだろう。クラシックには関心のない方にもぜひとも聴いてみていただきたい名曲が揃っている。というより、この美しさを知らずに過ごすのは人生の損失だと私は思う。


これらの曲について少し気になるのは、ショパンの繊細優美な音楽性が最上の形で表現された名曲が揃っている中で、どういうわけか第2番変ホ長調だけが突出して有名であるといことだ。第2番が優れた作品であることに異論はないが、この曲とその他の作品の出来映えに際立った差があるわけではないのでこの扱いには少し不満を感じる。ショパンの「ノクターン」といえば第2番のことだと思っている方にはぜひほかの作品も聴いていただきたい。ショパンにはまだまだ多くの素晴らしい作品があるということに瞠目されることと思う。

ただ全般に後期の作品にはおそらく彼の健康状態の影響もあって内省的で沈鬱な表情が垣間見られることもあり、初期の作品に見られる夢見るような美しさにやや欠けるところがあるとはいえるかも知れない。因みに私のお気に入りの作品をあえていくつかに絞るとすれば、第1番、第8番、そして遺作の第20番嬰ハ短調あたりだろうか。


第20番嬰ハ短調はショパンの死後に出版されたが作曲されたのは1830年ウィーンに着いて間もなくの頃で、作品9の3曲とほぼ同じかあるいは寧ろやや早い時期の作品である。主部/再現部は深い憂愁を帯びたロマンティックな旋律が聴く者の心を打つ。中間部にはピアノ協奏曲第2番の終楽章の第1主題と第1楽章の第2主題の素材が組み合わされて現れる。

ショパンの2曲の協奏曲は彼がひそかに思いを寄せていたワルシャワ音楽院の同窓のソプラノ歌手コンスタンティア・グワドコフスカとの関りが深いことが知られている(ショパンの生涯についてはけいさんのブログ「初心者のクラシック」に詳しい)。特に第2番(実際には第1番よりも先に作曲された)の第2楽章はコンスタンティアへの思いを表現したものであることを友人ティトゥス・ヴォイチェホフスキに告白している。

結局その思いを告げることのないまま故国を離れたショパンだが、ウィーンに着いて間もなく作曲されたこの曲にはコンスタンティアへの追憶が込められているのかも知れない。生前出版されることがなかったのもこの曲にはあまりにも生々しい彼の個人的な感情が盛り込まれていたためとも考えられる。

なおこの曲ははじめに1875年に出版された際には「アダージョ」と指定されていたが、後にブラームスによって「レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ」と改められた。いささか牽強付会の説ではあるが、あるいはクララへのひそかな思慕とともに生きたブラームスにとってこの曲は特に共感しやすい作品であったのかも知れない。


この曲はナチスの収容所から奇跡の生還を遂げたことで知られるピアニスト・作曲家のヴワディスワフ・シュピルマンの愛奏曲だったようで、映画「戦場のピアニスト(原題 "The Pianist")」でも効果的に用いられていた(私はこの映画を見ていないので伝聞情報による)。また少し前にTV受像機のTVCM(ややこしい言い方!)でも用いられており、この曲の認知度も高まってきていることを思わせた。

そんなこともあって真央ちゃんが今シーズンのショートプログラムに「ノクターン」を選んだと最初に聞いた時、この曲だったりしたらおもしろいのになと思っていた。ただ真央ちゃんに似合うかとなると微妙なところなのでやはりよく知られた第2番で正解だったかも知れない。

村主さんや由希奈さん、高橋選手あたりならよく似合うと思う。外国選手ならやはりジョニー・ウィアーだろうか。ショパンの繊細な音楽性を表現できる自信のある選手にはぜひ挑戦してみて欲しいと思う。


なお小塚崇彦選手が今シーズンのフリーでショパンのピアノ協奏曲第2番を滑ることになっている。「好きな人がいるけど、告白できない」というストーリーだというから、きっとコンスタンティアとのエピソードを踏まえたテーマ設定なのだろう。昨シーズンジュニア世界一となった彼がショパンの秘められた思いをどんな風に表現してくれるのかとても楽しみだ。

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コメント

ショパン、いいですねえ〜〜(^^)
昨シーズンの静香ちゃんの「幻想即興曲」に引き続き、
今ちょっとしたブームでしょうか。
真央ちゃんの去年のカルメンは、正に「真央カルメン」。
しっかり曲を自分のものにしたように、今季もきっとやってくれるでしょう。

それからそれから、大好きな小塚くんも早く見たいですね!
去年フリーで使ったピアノ協奏曲もとっても好きで、
CD買おう!と思いながら買わずじまいでしたが(^^;)
彼が何をやるか、もとってもとっても楽しみです!

-> sashaさん

確かに日本のスケーターの間でショパンが流行っている感がありますね。でも逆に考えると今までショパンのプログラムって意外に少なかった気がします。ラフマニノフが頻繁に演じられるのと好対照です。普通にはショパンの方がメジャーな作曲家だと思うのですが。ショパンはピアノ独奏曲が創作の中心なので、リンクの音響などの条件を考えると使いづらい面があるのでしょうかね。去年の荒川さんもオーケストラ版でしたし。

ショパンの協奏曲は彼が二十歳になるかならないかくらいの年に書かれた作品なので、若い小塚選手がどんな風に表現してくれるか楽しみです。真央ちゃんもノクターンでまた新たな魅力を発揮して欲しいですね。

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