片岡篤史 涙の引退試合
2006年10月13日
秋風の吹き始めるこの季節になると優勝争いの華やかさとは対照的な寂しいニュースも伝わってくるようになる。12日阪神タイガースの片岡篤史が現役最後の試合に臨んだ。
今からもう19年も前のこと、PL学園は87年の甲子園で春夏連覇を成し遂げた。その時のチームには後にプロ野球でも活躍する橋本(ジャイアンツなど)、野村(ホエールズ(現ベイスターズ))、立浪(ドラゴンズ)など才能溢れる選手を多数擁していた。とりわけ目を引いたのは3番・ショートの立浪で、打撃・守備ともに抜群のセンスで高校野球ファンをうならせていた。
そしてこのチームで4番を打っていたのが片岡だった。実をいうと私はこのチームに関しては立浪の印象が強過ぎて、彼のことはあまりよく覚えていなかった。ただあの立浪を差し置いて4番を打っているのだからよほど力のあるバッターなのだろうとは思っていた。
同志社大に進学し他のチームメイトからは4年遅れてプロ入りした時には「あの時の4番、やはりプロにやってきたか」と思ったものだった。その後のファイターズでの活躍は今さら説明するまでもないだろう。やはりあのチームで4番を任されていた実力は伊達ではなかった。
その彼が大きな転機を迎えたのはFAの権利を取得した時だった。彼は長年世話になったファイターズへの愛着と、生まれ育った大阪のチームからのラヴコールとの間で悩み抜いた末、タイガースへの移籍を決断したのだった。
FA制度が確立して以来、選手の多くはより良い待遇を求めてドライにチームを渡り歩くようになっていった中、結論を下すまでに極めてウェットな過程を経過した彼の移籍は異色のものだった。このような移籍は後にも先にも片岡しかいないと思う。「名は体を表す」の言葉通り、人情に篤い性格の持ち主であることを窺わせるエピソードである。
惜しまれるのはタイガースに移籍してからは思うような活躍ができなかったことである。上に引用した記事によると泣きながら球場を後にしたことも
あるという。移籍による環境の変化が原因なのか、技術・体力の衰えがたまたま移籍の時期と重なったのかはわからないが、移籍というものの難しさを感じさせられる。
しかし成績が期待された程ふるわなくても同僚からもファンからも慕われたのはやはり人情に篤い人柄ゆえだろう。私は昨日はニュースを見ていなくて映像を見損なってしまったのだけど、試合後の胴上げには相手ドラゴンズからPL学園の同級生立浪や後輩の福留も加わったそうだ。引退試合の対戦相手が立浪の所属するドラゴンズとなったのは偶然の産物だろうが、長年努力を重ねた彼への天からの贈り物だと思いたい。
甲子園の試合で彼が打席に立つ時に流れるテーマ曲はサザンオールスターズの「Bye Bye My Love」だった。この歌が流行ったのは確か85年、本田美奈子さんがデビューした年だった。これを聴く度に彼も私と同世代なんだな、という感慨を抱かされていた。高校時代の活躍の姿を知っている選手の引退というのは時の流れを感じさせられる出来事である。
コメント
TBありがとうございました。
実は、片岡選手については、星野阪神が優勝した年しか強い印象がないのです。PL学園時代は、私自身子育て真っ最中で、甲子園から離れていましたし、日ハムにいた時のことも知りません。
でも最後は阪神の選手として終えてくれて、甲子園で引退試合をしてくれたことが嬉しいのです。
37歳の頃は私も震災あとで大変な年でした。
片岡選手のこれからの長い人生が実りある事を祈っています。
-> tattiさん
コメントありがとうございます。重複した投稿は削除しておきました。TBが届かなかったのは重複投稿とは関係ないはずです。よかったらもう一度やってみて下さい。二重に送信されたりしても構いませんので。
取り急ぎご連絡まで。
重複したコメントの削除ありがとうございました。
どうしてもTBができないので、記事そのままコピーします。(私のパソコンに問題があるのかも知れません。)
“現役最後の場所は、幼少時代からあこがれてきた聖地。「甲子園でやりたくて8歳で野球を始めて、最後にここで終えられたことが幸せ」。ロッカーへ引き揚げる間際、神様が与えてくれた最高のステージに感謝し、涙を流した。”
阪神の片岡選手が引退、最後の挨拶でこう語りました。
セ・リーグの阪神逆転優勝ならず・・・、昨日は,パ・リーグの日ハム25年ぶりの優勝で,北海道は熱かったようですが、甲子園は,片岡選手の引退でしんみりとした雰囲気でしたね。
小さい頃から甲子園にあこがれて,野球を頑張ってきた片岡選手、辛いこともあったでしょうが,最後の試合を甲子園で終えることが出来て本望ではないでしょうか。
長い間ご苦労様でした。
-> tattiさん
TBできませんでしたか。PCの問題ではなく、おそらくサーバ同士の通信がうまくいっていないのだと思います。とりあえずエントリー中にリンクを張っておきました。
タイガースファンの間では2003年の優勝を決めた試合で同点ホームランを打ったことが強く印象に残っているようですね。みな移籍の際に悩みに悩んだ末に関西の野球ファンのために尽くそうと決断した彼の心意気に感ずるところがあったので成績がふるわなくても悪くいう人はいなかったのでしょう。彼の新しい人生の門出がこのように盛大に祝福されたということにひとごとながら私までうれしくなりました。
関東在住の私にはあの震災は遠くから眺めているよりほかなかったのですが被災したみなさんは本当に大変だったんですよね。今のタイガースの躍進はそうした人たちの励みにもなっているのでしょうね。
tattiさん、お久しぶりです。
片岡選手引退ですね。正直まだまだ出来ると思います。代打で終わる選手ではないですよね。引退後はコーチという話もありましたが、野球解説者の道を選択されました。第二の人生に期待しましょう。
-> アキラさん
辞めてしまうのは惜しい気もしますが、私はタイガースに移籍してからは悔しいし苦しいだろうな、と思って見ていたのでほっとしたという気持ちもあります。片岡の解説は楽しみです。
tattiさんの記事へはリンクを張ってありますのでそちらも見て差し上げて下さい(あちらでは"にゃんこまま"さんと名乗っておられます)。
sergeiさん、了解です。
-> アキラさん
どうもです。^ ^