『誰でもピカソ』 本田美奈子さん一周忌追悼特集

2006年11月24日

TV東京系列『誰でもピカソ』で今月10日、17日と2週にわたって本田美奈子さんの一周忌を記念して追悼特集が放送された。美奈子さんが生前この番組に生出演したのは1度だけのことだったが、『誰でもピカソ』は美奈子さんをアーティストとして評価することに積極的だった数少ないTV番組の一つである。今回の特集も美奈子さんの歌の世界の真髄に迫ろうとする真摯な姿勢が窺われる中身の濃い番組だった。


ゲストには岩崎宏美さん、森公美子さん、井上鑑さん、所属事務所社長のお嬢さんでタレントの河村和奈さんを迎えての収録となった。番組のメインは美奈子さんのデビュー以来の歩みを関係者へのインタビューを交えての回顧だった。美奈子さんがアイドルではなくアーティストでありたいと志向していたことを踏まえた上で過不足なく足跡を追っていて、好感の持てる内容だった。

欲をいえば関係者の話をもっとたっぷりと聞いていたかった。市村正親さん、岸田敏志さん、岸谷五朗さん、福山雅治さん、岡野博行さんなど、いずれもインタビューがあんなに短かったはずはなく、どんなことを語っていたのかをもっと知りたくなる。スタジオゲストも、特に河村和奈さんはほかのゲストに遠慮しながら話している感じで、もっとしゃべらせて上げて欲しかった。彼女はそれこそお母様やBOSSさんでも知らないような"お姉ちゃま"の素顔を知っているはずで、いろいろと聞き出したかったし本人も話したそうにしていた。時間に限りがあるので仕方のないことではあるけれど。美奈子さんが算数が得意だったというのは元数学少年としてはうれしかった。


これまで知られていなかった新事実も明らかにされた。病気が再発して再び入院する際、カセットテープやCDを収納した棚が整理されていたという。もうここには戻ってくることができないかも知れないと覚悟していたことを窺わせるエピソードである。

また指先にまで癌細胞が転移してそれを痛がっていたという、聞いている側の心まで痛くなってくるような事実も紹介された。看護師さんが作ってくれたという指にはめるサックのようなものに書き込まれた「痛くない」の文字が私たちの胸を一層痛くさせる。


スタジオでは宏美さんが「つばさ」を、モリクミさんが「アメイジング・グレイス」と「Time to say Goodbye」を歌ってくれた。宏美さんは最後は涙ながらの熱唱で、アルバム収録の録音の毅然とした歌唱がいかに大変なことだったのかをあらためて認識させられた。モリクミさんは包容力のあるやさしい歌声で、美奈子さんの可憐なソプラノとはまた少し違った味わいを聴かせてくれた。


この追悼特集の特筆すべき点は、一部分とはいえ「時-forever for ever-」がTVではおそらく初めて紹介されたということだろう。この歌は美奈子さんが岩谷さんに名前の一字をとって「時」というタイトルの詞を書いて欲しい、と発注してつくられたもので、美奈子さん最後のオリジナル曲であり、美奈子さんが特に大切にしていた曲である。おそらく美奈子さんの最高傑作の一つでありながらこれまでファン以外の人には知られる機会の少なかった歌が、一部分ではあってもTVで放送された意義は大きいだろう。

ただ最後となったコンサートでこの歌を歌わなかったことを「いのちに終わりがある 私たち」という歌詞と結びつけて紹介していたのは、少し安易に視聴者の涙を誘う方向に流れてしまったのではないかと思う。私たちの生に終わりがあるということを今を生きる意義に思いを巡らす契機とする思考は、ラテン語に「Memento mori.」(死を(私たちがやがて死すべき運命にある存在であるということを)覚えていなさい、の意)ということわざがあるように古くから行われてきた。この部分の歌詞は、ハイデッガーを意識しているのではないかと推測しているのだけど、「時」をタイトルにした歌詞を、という美奈子さんからの注文に対する岩谷さんなりの回答だったのだろう。やや重たい課題ではあるが、美奈子さんはそこから逃げようと考えるような弱い人ではなかったはずだ。

美奈子さんが「時」を人前で披露したことは2回しかないそうだが、それはまだ自分がこの歌を十分に歌いこなせていないと考えていたからだと伝えられている。入院中に記した手記にはこの歌が自分の心の中に響いており、早くみんなの前で歌いたい、という思いが述べられている。歌う機会が少なかったのは美奈子さんがこの歌をとりわけ大切にしていたことの証しとみなすべきだ。


この最後のコンサートではめずらしくカメラマンに舞台裏に入ることを許していたという。そのためステージに備える美奈子さんの姿をとらえた貴重な写真が残されることとなった。とりわけステージに上がる直前に歌の神様に祈りを捧げるように両手を高く掲げて天井を見上げる美奈子さんの姿は荘厳で、彼女自身が女神であるように見えてしまう。

晩年の美奈子さんを担当していたのは原田京子さんという女性カメラマンだった。この人の撮った写真が入院後に発売されたCDのブックレットに数多く収録されているのだけど、いずれも美奈子さんの内面まで見通せるような透き通る美しさをとらえることに成功している。こうした晩年の美奈子さんの姿が記録に残されたのは幸運なことだった。


番組のハイライトは2004年12月1日に行われたAAAでの「ジュピター」だった。これまで各地で行われたきた追悼展のフィルムコンサートでクライマックスをなしていた映像だがついにTV初公開となった。渾心の気迫のこもった発熱をおしての凄演であり、おそらく美奈子さんの生涯最高のライヴパフォーマンスの一つである。この歌唱がTVでもついに放送の運びとなったことを喜びたい。


一年が過ぎて少し落ち着きを取り戻しつつあるとはいえ、今でも思い返す度に悲しくなってしまう。それでも、こんな素敵な人が心の中に棲みついているというのはとても幸福なことだとあらためて思う。美奈子さんがくれたこの幸せ、いつまでも大切にしたい。

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コメント

突然の書き込み失礼します
あの番組はたまたま僕もみたのですが、
そのときに感じた表現しがたい哀しみや感動が
こちらにあまりに的確に表されていて、思わず書き込んでしまいました
審美眼と文章力に感銘を受けました。

-> zenonさん

はじめまして。コメントありがとうございます♪

あの番組ご覧になっていたのですね! こうした良質な特集を通じて美奈子さんの輝いた人生がより多くの方に知られるようになるのはとてもうれしいことです。

胸につかえた思いを言葉にすることで美奈子さんの魂に少し近づけるような気がして、こうして駄文を書き連ねております。お目に留めていただけて光栄です。よかったらまたお越し下さい。今後ともどうぞよろしくお願いします。

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