「この素晴らしき世界」

2007年1月 6日

作詞:ジョージ・ワイス 作曲:ジョージ・ダグラス 編曲: 井上鑑
アルバム「」COCQ-83683(2004.11.25)所収。ミニアルバム「アメイジング・グレイス」COZQ-147,8(2005.10.19)にも収録されている。

今年の正月は本田美奈子さんが亡くなってから二度目の年越しということになる。去年の今頃は「おめでとう」などとはとても言う気になれなかったことを思い出す。今年はふと気がつくと当り前のようにあちこちで新年の挨拶をしているということは、昨年一年間を通じて少しずつ気持ちの整理が出来てきたということなのだろうか。

私の場合は美奈子さんを喪った悲しみに対処する以前に、なぜ自分がこれほどまで悲しんでいるのかを理解することから始めなければならなかった。あれから時間が経って自分にとって美奈子さんがどういう存在だったのかは少しわかりかけてきた気がする。気持ちが落ち着いてきたのは美奈子さんの面影を飾るのに相応しい場所を心の中に見つけることができたからなのだろう。あれ以来ずっと美奈子さんの幻影を求めて心がさまよっていたけれど、今は美奈子さんが私の後ろに寄り添って背中をなでていてくれるような安らぎさえ感じることがある。

いつの間にか美奈子さんの死という現実を受け入れてしまっている自分が嫌になったりもするが、これからは美奈子さんのいない世界を力強く生きていかなければならない。今年はまた新たな気持ちで美奈子さんの音楽に接していきたいと思う。

一年の初めは自分にとって、そして世界にとって素晴らしい年であることを願って過ごす時である。そうした思いは毎年のことであるにも関わらず実際には悲惨な出来事も起こるのだから、歳を重ねればそうした祈りがいつも叶うわけではないとさめた態度も身についてしまう。しかしそれでも人は何かに祈りを托さずには生きることができない。「この素晴らしき世界」はそんな意味で年の初めに相応しい曲の一つではないだろうか。


「この素晴らしき世界」は美奈子さんのクラシカルクロスオーヴァー2枚目のアルバム「」に終曲として収められている。原曲「What a wonderful world」はルイ・アームストロングが歌い後に映画『グッドモーニング・ベトナム』で使用された名曲。日本語詞はアルバム「JUNCTION」に収録することを想定して準備していたもの。別名義で記載されているが作者は岩谷時子さんである。

原曲の歌詞に連ねられた“green, rose, blue, white”といった色の名前の列挙は、私に阿弥陀経の「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白色」という一節を思い起こさせる。極楽浄土の美しさを描いたこの一節は宗教思想研究家のひろさちやさんが特にお気に入りのもので、私も「仏教に学ぶ『がんばらない思想』」で知って以来好きになった。「What a wonderful world」は仏教思想とは直接関係ないが、あるがままの世界を讃えた美しい詞である。

ルイ・アームストロングの歌は決してうまいといえるようなものではないし、声も美声とはいい難い。いや、そもそも“サッチモ”は本来はヴォーカリストではない。しかしその人柄や音楽性そのものをにじませた独特の歌唱は聴く者の心に深く浸み入ってくる。そうした彼の資質が最高にいかされたのがこの「What a wonderful world」だといっていいだろう。

こうした歌い手の個性と強く結びついた曲をカヴァーするというのは歌手にとっては難しい挑戦でもある。うまく歌ってみせたからといってオリジナルの魅力を再現できるとは限らないからだ。ここでの美奈子さんの歌唱はサッチモをことさら意識することなく、あくまでも一つの歌曲として自分のスタイルを貫き通している。“サッチモのカヴァー”として聴けばあまりにも流麗な歌い回しに拍子抜けしてしまうかも知れない。しかし美奈子さんの美声で聴くこの歌もまた格別な味わいである。“素晴らしい”の最後の母音につけられたポルタメントには心が揺さぶられてしまう。

この稿を準備しながらふと思い浮かべたのは、少し突飛な連想かも知れないがアリスの名曲「遠くで汽笛を聞きながら」だった。あの人がこれほどこの世界を愛していたのなら、たとえこれまでろくなことがなかったとしても逃げることなくこの場所で生きていきたい、美奈子さんの歌にはそう思わせてくれる力がある。美奈子さんの歌手としての力量を語る時、私たちはどうしても3オクターヴにわたる声域とかダイナミクスをいかした表現といった点に注目してしまう。しかし本当はそうしたことこそが最も本質的なのだと思う。

美奈子さんのクラシカルクロスオーヴァーの曲というと「アメイジング・グレイス」、「ジュピター」、「Time To Say Goodbye」などがその代表として扱われている感がある。私は「この素晴らしき世界」も最も美奈子さんらしさの表れた名唱の一つなのではないかと思っている。しかしこれまで各種イベントでも、TVの美奈子さんの特集番組等でもこの曲が流されたことはなかったようだ。この歌にこめられた美奈子さんの世界への賛仰がもっと広く世に知られることを願っている。


サッチモがこの歌を歌ったのは1967年、奇しくも美奈子さんが生まれた年である。そして今年は美奈子さんの生誕40周年になる。今年もまたイベントや新音源のリリース等を通じて今まで知られていなかった美奈子さんの姿に会えることを祈りたい。

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