「天に響く歌 歌姫・本田美奈子.の人生」

2007年5月 1日

先日のエントリーとタイトルが似ているけど今回は同時期に発売された本田美奈子さんの伝記についてのレヴュー。特に長大な本ではないのだけど、一つ一つの記述が胸にこたえて数日かけて読了した。美奈子さんの人柄や芸術を物語るエピソードを過不足なく取り上げていて、美奈子さんをよく知る人が回顧する上でも、美奈子さんについてあまり知らない人が詳しく知ろうとする上でも好適な本だと思った。ここではこれまであまり伝えられてこなかった話題を中心に感想を記したい。


この本を読んで一番印象に残ったのは、美奈子さんが『ミス・サイゴン』への出演にあたって「私は舞台では、演じないからね。生きるからね。強く生きてみせるからね」と意気込みを語っていたことだった。なぜこの言葉が興味深いかというと、「舞台で役柄を演ずるのではなく役柄に生きる」というのは現代の演劇に決定的な影響を与えた俳優・演出家のコンスタンティン・スタニスラフスキー(1863-1938)の演出法において強調されることだからである。私は『ミス・サイゴン』のような全編歌で構成されるミュージカルではリアリズムの手法とは違った方法論で演出されるものと思っていたのだけど、こうしたリアリズムとは懸け離れた音楽劇の現場にもスタニスラフスキーの影響が及んでいるようだ。

舞台が初めての経験である美奈子さんは、おそらく準備のためのスクールで講義を受けたか、あるいは稽古場での演出家の指導からこの言葉を知ったのではないかと思う。あのキムの内面に肉迫した演技・歌唱を支えていたのがこの言葉だったというのは重要な発見といっていいと思う。


歌や舞台の関係ではこのほかにはあまり目新しいことはなかった。新事実が多かったのはやはり闘病生活に関わることである。

病名の告知と最期の瞬間にお父様が同席されていたことは初めて知った。これまでお母様との親密な交情については詳細に伝えられてきたけど、お父様のことはほとんど聞かなかったのでデビュー直後のご両親の離婚以来お父様とは全く疎遠になってしまっていたのかと思っていた。こうした重大な局面に立ち会ってもらえるだけの交流が続いていたことには安堵を覚えた。「わたしのお父さん」や新たにリリースされた歌詞付きヴァージョンの「ゴッドファーザー愛のテーマ」も違った味わいで聴くことができそうだ。

TV番組で仕事仲間からの寄せ書きに岸谷五朗さんが「がんばれ」と繰り返し書いているのを見ていたので心配だったのだけど、南野陽子さんやYU-KIさんは「がんばれ」という言葉を避けながらそれぞれに思いやりを込めたメッセージを届けていたらしい。BOSSさんからは「ゆっくり休んでなさい」と声をかけられていた。闘病生活の中でも周りへの気配りを欠かさなかったけど、お母様の前では泣いたり甘えたりすることもできていたようだ。

9月に病気が再発して2度目の入院をしてからも何度か一時退院をしていた、とかスタジオを借りて録音をする準備を進めていたといった情報がこれまで伝えられてきた。深刻な状況でなぜそんなことができたのかと訝しんでいたのだが、これは先が長くないことを見越してできる限り本人の希望を叶えさせて上げようという病院側の配慮だったことがわかり腑に落ちる思いがした。過酷な治療で精根尽き果てた状態であの世へと旅立っていったのではないかと憂慮していたのだけど、病院も望みの薄い治療のために無駄に心身を痛めつけることのないようそれなりに気を配ってくれていたものと思われる。

総じて言えばつらい闘病生活の中でもたくさんの愛情に包まれて穏やかに時を過ごすこともできていたようで、その点は少し救われる思いがした。


もうあれからかなり時間が経っているので落ち着いて読むことができるだろうと思っていたのだけどとんでもなかった。読み進めるうちにあの当時の絶望的な悲しみがまざまざと蘇ってきた。この稿を準備しながらも何度も涙が溢れそうになった。

しかし何度そういう体験をしても、その度にやはりこの人を好きになってよかったという思いをますます強くする。あまりにも身の程知らずな片想いはつらい思い出ばかりになってしまったけど、それでも美奈子さんが私の人生に与えてくれた華やいだ彩りはかけがえのない大切な宝物である。最早全く叶うことのない思いではあるけれど、読み終えて美奈子さんの魂に少し近づくことができたような気になることができた。


なおこの本の中で井上鑑さんが仲間のミュージシャンに「wish」の制作に協力を呼びかける手紙が引用されている。この曲のタイトルについては以前ある掲示板でちょっとした議論をしたことがあるのだけど、井上さんの手紙によるとこれは入院中の美奈子さんに届けたデモDVDの段階で井上さんが仮のタイトルとしてつけていたもののようだ。徳光和夫さんと和田アキ子さんのTV番組で歌詞がつく前のメロディーを「LIVE FOR LIFE」と紹介していたのだけど、これは別の機会につけられたのだろう。


「ANGEL VOICE」

それから4月18日に東芝EMIから未発表曲8曲を含むアイドル時代のベストアルバム「ANGEL VOICE」も発売されている。ただ私にとってアイドル時代の美奈子さんを回顧するのは生乾きのかさぶたを剥ぎ取るような痛みを伴うことでもあり(“骨髄穿刺”に比べたら取るに足らないものだろうけど…)、今は詳細なレヴューは割愛することにしたい。一言だけいうとしたら—、ジャケットの写真がかわいすぎて心に痛い。

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コメント

こんばんわ、ヒロです。
私も本を読み、改めてここ数日、「誰ピカ」等の映像を見返したりして美奈子さんの素晴らしさ改めて感じると共に本当に惜しい人を失ってしまった悲しさで涙しました・・。
この胸一杯の想い、どうしても抑えきれないのでここで、新たに美奈子さんの事を書かせて頂きます・・。


「歌は私のすべて・・」
生前、よく美奈子さんが言っていた言葉です・・。
確かに、これ程までに、「歌」を愛し、「歌」に全てを捧げた歌手は今迄、いなかったと思います。多分、私がこれから生きていく人生の上でも、これ程の「歌手」にめぐり合う事は無いと思います。
ただ歌が旨いだけではない、聴く者に何かを伝えようと、心の旋律に触れる歌(声)がそこにはありました・・。
38年という人生の中、歌に寄り添い、歌に生きて来た本田美奈子さん。
「私は歌と結婚したの・・。だから、今生での結婚は無理・・。」
こう言う美奈子さんは、しかし幸福そうに語ったそうです。
全てを歌に委ね、歌を信じた者だからこそ言える言葉ですね・・。


「彼女は歌で何かを伝え、そして自分の歌で、何か出来る事をしたかったんではないか・・。」
この事は美奈子さんの関係者が口を揃えて言う言葉です。今となっては定かではありませんが、僭越ながら私が思うに、美奈子さんは歌で「心の平和」を取り戻したかったのではないかと思います。
人は物を見て欲する「物欲」というものがありますが、その「物欲」でも賄えないものを
人は知らずしらず求めているといいます。
それは、「音」・・それも心地良い心が楽しくなる「音」。すなわち「音楽」です。
その「音楽」と「声」が合わさり「歌」となりました。
人が純粋に欲するものが、一番心に響く事、美奈子さんは知っていたのではないでしょうか。ならば、その心に響く「歌」で争いの無い、皆が「笑顔」になれる事を望んだのではないか、歌で世界に「心の平和」を訴えたかったのではないかと思います・・。


本田美奈子さんは、歌の前に必ず(歌の神様)に祈りを捧げたそうです。
「今日も歌が届きますように・・。」と・・。
はたして、歌の神様は願いを叶えてくれました・・。
美奈子さんの歌に触れた者は皆、心に響くものを感じたそうです。
今、残念ながら美奈子さんは、その歌の神様に召されて行きました。
でも今も、そしてこれからも私達の心の中に、しっかりと美奈子さんの歌が響きわたっています・・。
本田美奈子さんは歌そのものなりました・・。その歌は、永遠に人々の心に輝きながら生き続ける事でしょう。「心の平和」と共に永遠と・・。

-> ヒロさん

熱い書き込みありがとうございます。私のブログのコメント欄に置いておくのはもったいないような名文ですね。読みながらもう一泣きしてしまいましたよ。^ ^


ミニアルバム「アメイジング・グレイス」のブックレットに寄せた手書きのメッセージに「1人でも多くの方の心が豊かになれるよう…」と書いているんですよね。物質的な豊かさが決して満たしてくれることのない心の平安を、歌には生み出す力があるのだということを美奈子さんは知り抜いていたのでしょうね。

歌の上手い人はいくらでもいるでしょうけど、これほどまで歌の力を信じ、自分の歌で人々を幸せにしたいと一途に願った人にはもう会えることはないのかな、という気がします。


私には美奈子さん自身が歌の女神だったように思えてならないのです。間違って地上に降りて来てしまった歌の女神が本来いるべき場所に帰っていった、それだけのことなのかな、という気がします。

きっとあんなに心も姿も美しい人が棲むにはこの世界は汚なすぎたのだと思います。でも美奈子さんは自分が棲むには少し汚なすぎたかも知れないこの世界に限りない愛情を注いでくれました。そのことに感謝しつつ、面影をいつまでも心に抱き締めていたい、そんな風に思っているところです・・・。

美奈子さんの大ファンのsergeiさんがここまでオススメしていると言う事は、かなり出来の良い本のようですね。私が勤めている図書館の一般書の購入担当の方が、この本を買うつもりと言っていたので、近いうちに我が図書館にも入ってくると思います。なので、なるべく早く私も読んでみて(もしリクエストが多かったらちょっとかかるかもしれませんが)こちらで感想を書かせていただいたり、ブログにも書いてみるかもしれません。私は、彼女のことはそんなに多くは知らないので、あまり良いことを書けない可能性はありますが、その場合も是非つっこまないでお願いします。でも、解釈など間違った点があったら、おっしゃって下さい。

彼女のことは、映像ではよく流れていましたが、私の知る限り、本ではそこまで大きく取り上げられたことはなく、映像とは違った印象を受けるのだろうなと思います。

-> モモさん

おお、お勤めの図書館で購入して下さるのですね! ぜひぜひ、多くの方に読んでいただきたいです。


美奈子さんはアイドル初期を除いてはメディアへの露出が極めて少なかったので、その時期にまだ生まれていなかったり物心ついていなかった方はご存知なくても無理はないのですが、逝去後に大きく報道されたことをきっかけに多くの若い方が関心を抱いて下さるのは心強い限りです。

この本はすでにこれまで伝えられてきたことが中心で、熱心なファンにとってはそれほど新鮮さはないのですが、美奈子さんの人柄や芸術を物語るエピソードがコンパクトに手際よくまとめられているという印象があります。別に厳しいツッコミとかしませんので、感じたままを報告して下さるとうれしいです。


モモさんに関心を持っていただいてとてもうれしいです。できましたらちょびっと職権濫用して目立つところに置いてみたりとかしちゃって下さいね。^ ^

ご無沙汰しています。
先週「レ・ミゼラブル」の20周年記念公演が終了しましたが、東宝の公式HPが11/19にcloseするそうですので、その前に紹介しようとコメントします。場所が不適切でしたら、お手数ですが、移動・削除してください。
音楽指導を担当されている、山口琇也さん(愛称Billyさん)がエポニーヌの歌の解説をしている動画の一部に、美奈子さんが登場します。
また、20周年記念プログラムには、'97-'01の登場シーンで何枚か美奈子さんの写真も収録されています。おそらく、Live For Lifeのフィルムコンサートなどの会場でご覧になった映像・写真ばかりだと思いますが、ご覧になったことがない方がいらっしゃるかと思い、リンクさせていただきます。
http://lemiz.toho-stage.com/30/

「ミス・サイゴン」は美奈子さんがキムを演じたライブ盤CDが出ているので良いのですが、「レ・ミゼラブル」に関して、きちんとしたリリースがないのは大変残念です。
(天に響く歌に記載されていたように、音源は十分に残っているはずなので、単に権利関係の問題だと思いますが)
それでは、また11/6が近づきましたら、「Wish」でも聴きたいと存じます。

-> ギムリンさん

お久しぶりです。「レミ・ブログ」のご紹介ありがとうございます。ゆっくり見てみたいと思います。

仰るように美奈子さんの歌う『レ・ミゼラブル』の音源、正規のリリースがないんですよね。フィルムコンサートには美奈子さんの歌う「オン・マイ・オウン」もありましたので、映像は無理でも音源だけでいいのでリリースして欲しいものです。ほかの出演者の分はリリースされているものもありますので、権利関係もそれほど難しくないはずだと思うんですけどね…。ぜひ関係者のみなさんにご尽力いただいて実現できることを願っています。それまでは「心を込めて…」に収録されたリハーサルの音源を聴いて舞台での歌唱を想像するしかないですね。


遅ればせながらやっと「PRAHA」を入手致しました。“Dedicated to 本田美奈子.”の文字に感激しているところです。これからじっくり聴かせていただこうと思います。

もうすぐ三回忌、早いものですね。「PRAHA」にしても「wish」にしても、美奈子さんを大切にして下さるアーティストがたくさんおられるのはうれしい限りです。美奈子さん自身の音源も含めていろいろと聴きながら美奈子さんを偲びたいですね。

たまたま REAL time でデビュー直前の本田さんを、お見かけしました。
僕がblogに書いたその時代背景などは若干ズレや違いがあるかも知れません。
記憶を頼りに書いた昔のお話です。お許しください。
ミュージカルの前に本田さん、どんな活動していたでしょうか?
そうですね?じぶんもそうですが、せけんも大して評価はしていなっかのでは、ないのでしょうか?元アイドル歌手が、ロックやってる。。僕は今やっと自分が間違っていたと思う。ごめんなさい。なぜなら、はじめから、美奈子さんは、すべたの楽曲を、たとえそれがなんであれ、その楽曲を生かす、そんな歌い方をきちんと真正面から取り組んでいたのではないのか?と思えるからです。
好きといいなさいを、美奈子さんが歌っていることさえ知りませんでした。
この曲自体は当時から知っていたのに。ありがとう。

-> HARAさん

はじめまして。コメントありがとうございます♪

ブログ記事拝読しました。

ミュージカルの前の美奈子さん、アイドル歌手としてヒットを飛ばしつつ、ブライアン・メイやゲイリー・ムーアといったアーティストたちとのコラボレーション、マイケル・ジャクソンとの交遊、ロックバンドの結成など、多方面に活躍されていました。しかしその真価を、私を含め多くの人が認識できていなかったんじゃないかという気がします。ミュージカルを始めてから、あるいはクラシックに挑戦するようになってから偉大な歌手になったわけではなくて、最初から最後まで、彼女は仰るように全ての楽曲に対して真摯に取り組んでいたのでしょうね。「好きといいなさい」もかわいらしい素敵な曲ですね。

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