「SHANGRI-LA」

2007年9月 6日

作詞:許瑛子/作曲:中崎英也/編曲:小林信吾
シングル「SHANGRI-LA」(1990.07.04)所収。現行のCDでは「ANGEL VOICE」TOCT-26255,56に収録されている。

以前美奈子さんの“幻のアルバム”について中途半端にふれたままそれっきりになっていたので、このアルバムについて少しまとめて書いておきたい。今年の4月18日に発売された本田美奈子さんの東芝EMI時代の“メモリアル・ベスト”「ANGEL VOICE」には、DISC2として1990年頃にリリースする予定で制作されながらそのままお蔵入りになってしまっていた未発表アルバムが収められている。

この“幻のアルバム”を聴いてまず感じたのは、先にも述べた通りあまりにも詞がつまらないということだった。ほとんどの曲はスリリングな恋の駆け引きを主題にしているのだろうということはわかるが、どれを聴いても情景や歌のヒロインの心情が生き生きと思い浮かぶようなことがなく、適当に場当たり的に言葉を当てはめただけとしか感じられない。こうしたいい加減な作りは聴いていて胸が痛む思いがする。美奈子さんは多くの優れた歌詞を残しているが、ここに収録された「GAMBLE」では周囲と歩調を合わせるかのように味気ない詞を手がけている。

曲調は全体に歌謡曲風のテイストのものが多く、長山洋子さんの歌を聴いているかのような錯覚に陥る瞬間が随所にある。この頃に演歌歌手への転向が真剣に模索されていたというのもうなずける気がする。その意味ではむしろ今聴いた方が新鮮に感じられるアルバムと言えるかも知れない。ただ逆に言うと当時もしこれがリリースされたとしても単に“陳腐”と見做されてあまり注目されることもなかったと考えられる。長期低落傾向にあった人気を回復する起爆剤にはなり得なかっただろう。美奈子さんは後に“WILD CATS”を解散してソロに復帰したこの頃が最も辛い時期だったと回顧している。「歩いてきた道が突然、ガケっぷちになって行き止まりになっていたんです」という言葉が伝えられている(「天に響く歌 - 歌姫・本田美奈子.の人生」)。このアルバムを聴くと“ガケっぷち”とはこういうことだったか、と得心がいく思いがする。アイドルポップスの延長線上で仕事をしている限り美奈子さんにはどんな未来も開けてはこなかったのだろう。

その一方で美奈子さんの歌唱自体は素直な発声でのびのびと歌っているのでとても心地よく聴けるというのもまた事実である。これよりも少し前の時期の録音では、例えば「孤独なハリケーン」では力強さを出そうとするあまり不自然な発声になっていたり、ソロ復帰第一弾シングルの「7th Bird“愛に恋”」ではブレスに入る直前でしゃくり上げるようなおかしな歌い回しが癖のようになってしまっていたりする。しかしこのアルバム収録の楽曲ではそうした不自然な力みや癖は全くなくなっており、自然な息使いで本来の歌唱力が遺憾なく発揮されている。その意味ではファンにとって十分に楽しんで聴けるアルバムになっていると思う。『ミス・サイゴン』での成功の下地はすでにこの頃に作られていたということがよくわかる。


この“幻のアルバム”に収録されている10曲のうち、「SHANGRI-LA」と「I〜私のままで」の2曲は先行シングルとして1990年7月4日にリリースされていた。さすがにシングルカットされただけのことはあって、「SHANGRI-LA」はアルバム収録曲中随一の存在感を誇る楽曲だと思う。

淡々とした歌い出しからサビの部分の盛り上がりへと至る楽曲構成の自然な流れが耳に心地いい。歌詞も身もふたもないと言ってしまえばそれまでだがほかの曲に比べると情景が容易に思い浮かぶ。美奈子さん自身「私っていやらしい曲が好きなんです」と語っていた(『ミュージックマガジン』1987年5月号)だけあって生き生きと歌っているのが感じられる。歌い出しでのやや蠱惑的な調子は長山洋子さんを彷彿とさせる一方、サビの部分でのドラマティックな高揚感は美奈子さんならではのものだと思う。

実を言うと最初にこの曲を聴いた時「ホテルから脱衣」とは変わった言い回しだな、ということが気にかかった。ブックレットで歌詞を確認すると正しくは「ほてるからだ 熱い」だとわかって思わず苦笑してしまった。あるいはこのことがアルバム全体の歌詞のクォリティに不満を覚える一つのきっかけになってしまったのかも知れない。

歌詞についてもう少し指摘すると、曲の最後で決め台詞のように使われている“Affection”という単語を辞書で調べると「“love”よりも温和で永続的な愛情を意味するのが通例」と説明されている(『グローバル英和辞典』)。形容詞形の“affectionate”にすると「(母、姉などが)優しい」という意味になる(同上)。この歌の世界にはあまりにもそぐわない言葉である。しかもこの部分、字足らずなので‘c’の後に母音を補って歌っている。アルファベット表記にしておきながら片仮名英語風に“アフェクション”と歌うのはいかにも格好悪い。まあ字足らずに関してはタイトルとなった“Shangri-la”の部分自体がそうなので言うのも虚しいことではあるけれど…。神経質なようだけどこうしたいい加減さはどうしても気になってしまう。

しかしそうした細かい言いがかりはともかくとして、この曲を含めてアルバム全体の美奈子さんの歌唱自体はとても充実しているので、ファンとしてはそれを楽しみながら聴くべきだろう。『ミス・サイゴン』前夜の美奈子さんの姿を記録した、貴重な音源である。

謝辞

この記事を書くにあたっては以下のページを参考にさせていただきました。ここに記してお礼申し上げます。ありがとうございました。

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コメント

こんばんわ、ヒロです。
え〜と、このスレには直接関係ないですが一応「レ・ミゼ」繋がりの岩崎宏美さんの情報です・・。

また、新たな「つばさ」が羽ばたきそうです・・。
「つばさ」をカバーした岩崎宏美さんが、新録音の「つばさ」を発売します。これは、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団と岩崎宏美のコラボレーション企画で、ドヴォルザークホールにて収録された岩崎宏美さんの代表曲12曲を収録したNEWアルバム「PRAHA 」のラストに収められています。
岩崎宏美さんが、過去3枚発表したカバーアルバムの中で厳選したものでフルオーケストラの壮大な演奏の中、宏美さんが「つばさ」を熱唱しています。
下記ページで、その一部が視聴出来ますのでお聴き下さい。
発売は今月26日・・待ち遠しいですね・・。

岩崎宏美<PRAHA>
2007-09-26/TECI-1161/\3,500(税込)/デラックス・エディション(限定)
2007-09-26/TECI-1162/\3,000(税込)/通常盤

「収録曲」
聖母たちのララバイ

シアワセノカケラ

思秋期

夢やぶれて I DREAMED A DREAM
〜ミュージカル「レ・ミゼラブル」より〜

手紙

ロマンス

好きにならずにいられない

シンデレラ・ハネムーン

万華鏡

すみれ色の涙

ただ・愛のためにだけ

つばさ

<視聴ページ>
http://www.teichiku.co.jp/artist/iwasaki/disco/ci1162.html

<岩崎宏美さんのインタビューページ>
http://www.jiji.com/jc/c?g=ens

 

本田美奈子さんが遺された音源に触れてみたいと思います。
いつも興味深く読ませて頂いております。

陳腐って思うのは、うちらが年とったってことだよ^^
(ネロリ君、年ひとつ重ねましたね。。。先日はおめでとう!遅くなってごめんね。)
私も最初歌詞に目を通した時、えーっ・・・なんか若い歌詞だな、あんまり好きじゃないって思った。セクシャルな感じの歌詞が多いし。
でもさ、最初好きではなかった曲も、美奈子の歌唱力のお陰で気付いたら好きになってる。聴いていてとても心地いいよ。
ネロリ君は、ギャンブルが好きじゃないようだけど、私は聴いていて心がスカッ!とするよ。若かりしあの頃を懐かしく振り返ってしまう。
なんか色恋の歌詞が多いのは、バブルの時代で、TVもラブストーリーが流行ってて、クリスマス・イヴだのクリスマスケーキだのと、恋に対して焦りがちな時代であったからではないかなと思う。

-> ヒロさん

情報ありがとうございます。もうすぐリリースなんですね。自分のベストアルバムに唯一カヴァー曲として「つばさ」を収録して下さって、宏美さんのお気持がうれしいですね。リリースを楽しみに待ちましょう。


-> moonさん

この“幻のアルバム”はどちらかというとマニア向けの音源で、広く一般にお薦めするのは難しいのですが、よかったら参考にして下さい。


-> ハイジ

恋の駆け引きを歌った曲が多いのは当時の世相からも美奈子さんの年齢からも自然なことだったでしょうね。ただそれにしても歌詞があまりに安っぽく子供じみている気がします。ってそう感じるということが年をとった証拠なんでしょうね。^ ^

聴いていて楽しいというのは私も同じです。さすがに美奈子さん、アイドル時代からうまかったな、と感心して聴いています。


誕生日のお祝いありがとうございます。美奈子さんには及ばずとも、気高く美しく年を重ねていきたいですね。

こんばんわ、ヒロです。
今回、岩崎宏美さんがフルオケの「つばさ」を収録したアルバム(プラハ」をリリースして早速、視聴した感想をお知らせしたくて、ここへ書き込ませて頂きました。では・・。


まず、前回の「Dear FriendsⅢ」に比べると、全く別物に仕上がっています・・。
全体的にスロ−テンポになり、しかし、これが広大なオケの演奏と相俟って聴く者に、歌詞のイメ−ジを思わず浮ばせる感じになり、まるでミュ−ジカルの一場面を見ているかの様です…。(作品の中には実際に「レ・ミゼラブル」の<I DREAMED A DREAM>が収録されているので、尚更です・・。)
でも、美奈子さんが御存命ならば、きっとこういうフルオケのコンサートもしたのではないかと・・。
クラシカルオーバーを極めた美奈子さんの姿を思わず、思い浮かべてしまいました・・。

今回、宏美さんの「つばさ」は前回よりも「肩の力」が抜けて、伸び伸びと歌っているので、聴く方も自然と聞きやすかったです…。
歌詞の一つ一つを確かめる様に、歌う者も聴く者も歌と触れ合う事が出来た事は大きな進化です…。

前回の「つばさ」が力強く羽ばたく姿なのに対して、今回のは、大空を勇壮に飛ぶ姿を思い浮かべてしまいました…。
成長した「つばさ」・・この言葉がまさにあてはまると思います・・。

そして、あの「ロングハイト−ン」も前回よりもより完成度が増していました。
伸びの部分は美奈子さんの域に達していませんが、(ある意味、美奈子さんがどれだけ驚異的かが分かりますが・・)
今回は、「これが、私の(つばさ)よ・・。」という、この歌に対する確信的な宏美さんの想いが伝わり「落ち着いて聴けた」ロングハイトーンでした。更に細かく言うと、ロングのラストに少し音域を変えるという試みも行なっており、美奈子ロング・・では無い、「小技」が光っている処は、先輩歌手としての風格を見る事が出来ます。

私は、今回、宏美さんの「つばさ」を聴いて改めて、こういう「つばさ」もあるんだという事を再認識させられました・・。
CDの「つばさ」の宏美さんのライナーノートにはこう記述されていました・・。
「・・・彼女のために生まれた歌を私も大事に、大切に歌い継いでいきたいと思っています。この歌を歌っている時、美奈子.を強く感じる事ができて嬉しいんです。」
そして、「つばさ」の歌詞カードの表題にはこう書かれていました・・。

「つばさ」〜Dedicated to 本田美奈子.〜

直訳では(「つばさ」本田美奈子.専用)
つまり(「つばさ」は本田美奈子.の歌)という事です。
この大切な歌を是非、歌い継ぐ者として、これからも宏美さんを応援して行きたいですね・・。

更に「つばさ」ファンには嬉しい事に11月21日にこのフルオケの(オケ)つまり、「チェコフィルハーモニー管弦楽団」の演奏のみを収録したインストゥルメンタルが発売されます。

PRAHA〜BACK TRACKS〜(仮タイトル)
11月21日発売(予定)TECI−1164¥2,000(税込)

ストリングスやパーカッション抜きのフルオーケストラの重厚な「つばさ」是非、聴いてみては如何でしょうか・・。
(贅沢にもフルオケの「つばさ」でカラオケもいいのでは・・。)

-> ヒロさん

「PRAHA」の丁寧なレポートありがとうございます。私はまだ入手していないのですが、いずれゆっくりと拝聴したいと思います。

美奈子ファンとしては“Dedicated to 本田美奈子.”の文言を見ただけでうるうるとしてしまいますね。宏美さんに感謝したいです。宏美さん自身「つばさ」を自分のものに消化してきているようで、うれしい限りです。

世界のトップオーケストラの一つ、チェコフィルとの共演は日本を代表する実力派歌手である宏美さんならではの快挙ですね。美奈子さんも生きてさえいればこうした機会に恵まれたはずで、そのことを思うと切なくなります。

インスト・ヴァージョンの「つばさ」というのもリリースされるんですね。こちらもどんな風になるのか楽しみです。

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