「好きからはじめよう」

2007年11月 6日

作詞:本田美奈子. 作曲:野口兼護
2006年11月6日よりインターネット配信が開始された。CDには「Anthem of Life〜Sweet Ballads Best〜」TOCT-16383(2007.10.24)に初めて収録された。

先月24日に本田美奈子さんのアルバム「Anthem of Life〜Sweet Ballads Best〜」が発売された。副題に“Sweet Ballads Best”とあるように、美奈子さんのバラード調の楽曲を中心にしたベストアルバムである。アイドル時代のスタジオ録音の音源が中心だが、マーキュリー移籍後の2曲やミュージカルナンバーのライヴ音源も含めた16曲が収録されている。付属のDVDにはこの中から5曲のPVやライヴ映像が収められている。

しかし残念ながら映像も含めて全てのコンテンツがすでに発表されたものであり、新鮮さには欠けるアルバムと言わざるを得ない。未発表の音源なしでこうしたベストアルバムを乱発するEMIの手法は批判されても仕方ないだろう。原田京子さんによるジャケットの写真が色に加工を施されていることも惜しまれるところである。ブックレットの写真もすでに「ANGEL VOICE」に使用されたものばかりで、ファンへの配慮が行き届いているとは言い難い。


ただアイドル時代の美奈子さんの記憶にコンプレックスを抱え、未だにボックスセットを入手さえしていない私にとっては多くの楽曲が新たな体験であり、興味深く聴くことができた。バラード調の曲が主体であるためとても聴きやすかったということもある。アイドル時代の美奈子さんにこれほど耳になじみやすい佳曲が多く存在したというのは新鮮な驚きでもあった。

それと同時にこれだけいい曲があるにもかかわらず最も注目を浴びたのが「1986年のマリリン」だったことにはまたしても恨みがましい思いが湧いてくるのを抑え切れない。中学生の私にはどうしても美奈子さんの歌にふれることができるのはTVでの歌唱などが中心で、アルバム収録曲に親しむ機会はほとんどなかった。あの頃にもし、「…マリリン」の代わりに例えば「HARD TO SAY “I LOVE YOU”」を聴くことができていたら、美奈子さんをずっと好きでいられたかも知れない…。そう思うと切なさがこみ上げてきて、曲調のやさしさとは裏腹に聴くのがつらくなってしまったりもする。


この新味に乏しいアルバムの中で、唯一古参のファンにも新鮮さを持って迎えられ得るのが終曲として収められた「好きからはじめよう」である。これはファンクラブのイベントなどでテーマ曲として歌われていた曲で、昨年の一周忌後にインターネットでの配信が開始されていたがCDへの収録はこれが初めてになる。

初め聴いていて今までにどこかで聴いたことがあるような既視感を覚えたのだが、しばらく考えて思い出した。イントロがサザンオールスターズの「いとしのエリー」に酷似しており、歌い出しの部分のリズムが「星空のビリー・ホリデイ」のイントロに挿入されるメロディーを想起させるのだ。作曲の野口兼護さんはどういう人か知らないのだが、あるいは桑田佳祐さんとよく似た音楽性の持ち主なのかも知れない。


この曲がはじめからファンの集いなどで歌われることを意図して作られたのかはわからない。ただサビの部分での自然な盛り上がりは歌う人たちの間に一体感を醸成するのに効果的で、そうした場での合唱には実に好適であることは確かだろう。美奈子さんの楽曲にしては比較的平易で素人でも歌いこなすのはそれほど困難ではないということも言えるかも知れない。ただサビのメロディーが拍の頭に休符がある凝ったリズムになっていたりして、正確に歌うのは見た目ほどやさしくはないように思う。日本を代表する実力派歌手である美奈子さんのファンならこれくらいは歌えるようになるべきなのだろうが、少なくとも自分にはその自信は全くない。

歌詞は美奈子さん自身によるもので、ありのままの自分を好きになろう、と呼びかけてくれている。おおらかな自己肯定を促すメッセージは美奈子さんらしいやさしさに溢れている。しかし私には聴いているとこんなにもいとしい人から離れてしまった自分への腹立たしさが湧いてきたりもする。こんな私にもいつかこの歌を技術的にも気分の上でも問題なく歌えるようになる日がやってくるのだろうか…。


この稿を準備するために「いとしのエリー」の歌詞を調べていてこんな一節に目が止まった。

あなたがもしもどこかの遠くへ行きうせても
今までしてくれたことを忘れずにいたいよ

美奈子さんはどこか遠くヘ行ってしまった—? いや、そうではないはずだ。

今日は美奈子さんの三回忌になる。昨年の一周忌には四苦八苦しながら下手な手紙を書いていたのを思い出す。あの時は何かせずにはいられない焦燥感に衝き動かされていたのだが、今はもうそんな落ち着きのない気分ではなくなっている。それは決して彼女を喪った悲しみが風化しつつあるのではなく、美奈子さんはいつも自分のそばにいてくれるという確かな感触を抱くことができるようになってきたからなのだと思う。

そんな訳で今回は特別なことは何もしなかったが、あの時の気持ちをもう一度確認する意味で、その手紙をもう一度読み返してみる。

美奈子さん、あなたを思うと今も心が痛みます。しかし私はこの悲しみを消し去ってしまいたいとは思いません。あなたを思い浮かべるだけで胸が疼くこの悲しみこそは、あなたが今も私の胸の中に生きている証しだと信じるからです。……

美奈子さんは今もこの胸に生きている—、アルバムケース裏面のこちらを向いて微笑む美しい姿に見惚れながら、心の傷がまた疼き出すのを確かめて胸をなで下ろす。


「星空のビリー・ホリデイ」にはこんなフレーズがあった。

落ち込みがちな夜にこそ
声を聞かせて

偉大なジャズ・ヴォーカリストへのオマージュとしてこの歌を歌った桑田佳祐さんに倣って、私も昨年の手紙にしたためた言葉をあらためて“星空の美奈子”さんに捧げたい。

あなたは今どうしていますか? そちらからは私たちのことが見えますか? 私たちがどんなにあなたを愛しているか、わかってくれていますよね? 今も私たちのために歌ってくれているのでしょう? 静かな夜更けに耳を澄ますとあなたの歌声が聴こえるような気がするのです。

……

あなたへの永遠の片想いは私の人生の宝物です。いつまでもあなたを愛しています。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

管理者の承認後に反映されます。

http://vita-cantabile.org/mt/tb-vc/309

コメント

ベストアルバムの定義はとても難しいですね。
個人的には色々な意味合いがあると思います。

sergeiさんはどのような想いで「Anthem of Life〜Sweet Ballads Best〜」を聴きましたか?

私も一度聴いてみたいです。

sergeiさん、初めまして。

美奈子さん、もう3回忌なのですね・・美奈子さんが亡くなったと知った時は涙が止まりませんでした。もうそんなに経つことに驚いてしまいます。

新しいアルバムが発売されたとのこと。知りませんでした。教えて頂きありがとうございます。美奈子さんが亡くなってから発売されたアルバムを何度か聴きましたが、聴いていると切なくなってしまい他のアルバムに変えてしまうのです。

今回のアルバムは「好きからはじめよう」が収録されているのですね。
欲しいけれど、すぐには買えないかもしれません・・・

美奈子さんにはたくさんの名曲がありますが、私は特に「つばさ」が好きです。化粧品のCMソングだった記憶があるのですが、初めて聞いた時からずっと好きで未だにしつこく一人で歌ってたりします(笑)息子(4歳になったばかり)も「つばさ」は大好きで、美奈子さん風(?!)に歌っています。お風呂上がりにバスタオルを巻いてあげるのですが、バスタオルでつばさもどきを作ったり。

「つばさ」は持っているので今回のアルバムに収録なくてもよいのですが、ベストと謳っているのなら入っていてもよかったように思いますが、厳密にはバラードとは違うのかもしれません(全然わかっていなくてすみません)。

sergeiさんのブログは、フィギュアスケートについてのも詳しいですし、美奈子さんのこと、クラシックのこと等様々な分野に精通しているので大変勉強になります。
これからも、お体に気をつけてがんばってください。
拙い文章で大変失礼しました。

-> moonさん

ベストアルバムのリリースというのは時としてファンの間で議論になることもありますよね。一般論としてはそのアーティストのライトなファンにも真価を知ってもらう上で、適切な選曲がなされたベストアルバムの存在はとても大切ではないかと思います。中にはヒット曲ばかりを集めたアルバムの発売を嫌がるアーティストもいるようですけど。

ただこの「Anthem of Life」に関して言えば、新しいアルバムが出ればどうしても欲しくなってしまうファン心理につけこんで未発表の音源もなくベストアルバムを乱発する手法は正直あざといな、と思います。音源や映像についてはいろいろと難しい部分もあるのでしょうけど、せめてブックレットの写真くらいは新しいものを使って欲しかったです。もっとも私としてはこういうバラード調の曲だけを集めたアルバムというのは結構重宝していたりもするのですけどね。^ ^

ついでに言うとこの稿を書きながらふと、サザンオールスターズにも「いとしのエリー」とか「栞のテーマ」などバラード調の曲ばかりを集めたベスト盤があればいいのにな、などと思っておりました。^ ^


-> hyokkoさん

はじめまして。コメントありがとうございます♪

あれから二年、早いものですね。少しずつ美奈子さんの逝去という悲しい現実を受け容れられるようになってきてはいるのですが、今でもふとした拍子にあの日の絶望的な気持ちがよみがえってきます。ファン同士で励まし合って乗り越えていくしかないですね…。

「Anthem of Life」の発売、ご存知ありませんでしたか。このサイトでは自分の個人的な感想を事後的に記すのがほとんどなのですが、あちこちのファンサイトには最新の情報が寄せられるので、時々チェックされるといいですよ。


「つばさ」はオッペン化粧品のCMに使われていたみたいですね。私は当時のことはほとんど覚えていないのですが、そういえばこのメロディーをTVで聴いた記憶があるようなないような…。もしあの頃に「つばさ」を聴いていればもっと早くファンに復帰できただろうに、とも思うのですが、この頃は私も音楽どころではなかったりして…。

「つばさ」を歌う4歳の息子さん、素敵ですね。ぜひこれからも親子でご一緒に歌って下さいね。^ ^ 美奈子さんのファンばかりではなくて、この曲が日本のポップスのスタンダードとして歌い継がれていくようになることを祈るばかりです。

「Anthem of Life」に「JUNCTION」から「アマリア」と「愛の讃歌」が収録されて「つばさ」がもれた理由はよくわかりません。あるいは今後別種のベストアルバムに「つばさ」を収録する予定でもあるのでしょうかね。どうせ他社音源を借りるのなら「LIFE」未収録のものを選んで欲しかったところではあります。個人的には「SLOW WALK」がもれてしまったのも残念なのですが…。


取り留めのない雑感を綴っているだけのサイトですが、こうしてみな様から暖かい言葉をかけていただけるのが何よりの励みです。どうぞこれからもよろしくお願いします。

コメントを投稿

最新のコメント

author

author’s profile
ハンドルネーム
sergei
モットー
歌のある人生を♪
好きな歌手
本田美奈子さん、幸田浩子さんほか
好きなフィギュアスケーター
カタリーナ・ヴィットさん、荒川静香さんほか

最近のつぶやき

おすすめ

あわせて読みたい

Giorni Cantabili を読んでいる人はこんなブログも読んでいます。