「愛の讃歌」

2008年3月 6日

日本語詞:岩谷時子 作詞:エディット・ピアフ 作曲:マルグリット・モノー 編曲:萩田光雄
アルバム「JUNCTION」(1994.09.24)所収。現行のCDでは「LIFE〜本田美奈子.プレミアムベスト〜」UMCK-9115(2005.05.21)、「Anthem of Life〜Sweet Ballads Best〜」TOCT-16383(2007.10.24)に収録されている。

よく知られているように本田美奈子さんはミュージカル『ミス・サイゴン』への出演をきっかけに訳詞を担当した岩谷時子さんと懇意になった。岩谷さんは美奈子さんを歌手として高く評価し、美奈子さんの楽曲の作詞を多く手がけた。美奈子さんの晩年のクラシック・アルバムでも収録曲の多くは岩谷さんの作詞である。岩谷さんは彼女のことをかつてマネージャーを務めた越路吹雪さんと重ね合わせて見ていたようである。一方美奈子さんは岩谷さんを“芸能界の母”として慕い、越路さんにも強いあこがれを抱くようになった。岩谷さんは美奈子さんに大きな影響を与えた人である。

美奈子さんが白血病のため入院中、岩谷さんが銀座の路上で転倒し大怪我を負い同じ病院に入院するという出来事があった。美奈子さんはこの時無菌室から出ることができなかったため、二人はボイスレコーダーを通じて声のメッセージを贈り合い、励まし合っていた。その中で美奈子さんは岩谷さんのために歌を吹き込んでおり、その数は合計で30曲以上にも上ったという。先月25日にはその模様を特集したドキュメンタリー番組『本田美奈子.最期のボイスレター』がNHKのBSハイビジョンで放送された。番組は二人の強い絆と美奈子さんの歌への尽きることのない情熱をあますところなく伝えていた。


この二人の絆を象徴しているのが美奈子さんによる「愛の讃歌」の歌唱だろう。原曲(原題は「Hymne à l'amour」)は言わずと知れたシャンソンの名曲で、不世出のシャンソン歌手、エディット・ピアフの代表曲である。日本では岩谷時子さんの訳詞により越路吹雪さんが歌ったのが有名である。越路さんの代表曲であると同時に、岩谷さんの代表作とも言えるだろう。この歴史的な名曲を美奈子さんはアルバム「JUNCTION」でカヴァーしたほか、TV出演などでも歌っている。

『本田美奈子.最期のボイスレター』のナレーションによると、岩谷さんは長らく封印してきたこの訳詞を美奈子さんのために特別に許可したとのことだった。岩谷さんはこの詞の権利をJASRAC等の著作権管理団体に委託せずご自身で管理しているのだろうか。ただ私はほかの歌手がこの詞で歌うのを聴いたことがあるので、越路さん、美奈子さんのほかは全く認めていないというわけではないのだと思う(以前何かのTVコマーシャルで桑田佳祐さんが一部だがアカペラで歌っていたのをご記憶の方も多いだろう)。そのあたりの詳細はよくわからないが、岩谷さんが美奈子さんこそ自身の代表作であるこの詞を歌い継ぐのに相応しい人だと考えていたのは間違いないだろう。

美奈子さんにとっても恩師から託されたこの歌は特別に大切なレパートリーだったはずだ。あこがれを抱くようになった越路さんの代表曲であるということもある。美奈子さんは越路さんのような表現力のある歌手になりたいと語っていた。越路さんが「あなた」と歌いかけると聴いている人はみな自分のことだと思って「はい」と返事をした、というエピソードを岩谷さんから聞かされたことをTV出演の際に話していた。そうした迫真の表現こそは美奈子さんが求めていたものだったのだろう。

しかし美奈子さんの歌う「愛の讃歌」を聴いていると、美奈子さんと越路さんはかなり違ったタイプの歌手だったような気がしてくる。私は越路さんについてはあまりよく知らないのだけど、彼女は聴く人の心に迫る表現のためには歌としての体裁を崩してしまうことも厭わなかった歌手だと見ていいだろう。一方の美奈子さんは、決して譜面通りのザッハリヒ(即物的)な歌唱に終始する歌手ではなかったけれど、どれほど興にのって譜面からはみ出した歌い方をしても歌としての体裁そのものを崩すことはなく、あくまで歌は歌として歌い通した歌手だったように思う。ここに聴く「愛の讃歌」も、越路さんの名演に親しんだ方にはあるいはあまりに素直で純朴な歌い回しで物足りなく感じられるということもあるかも知れないが、美奈子さんの歌へのまっすぐな思いが伝わる、健気で可憐な歌唱である。

美奈子さんが心の中に思い描いた、越路吹雪さんのような表現力を身につけた自身の姿とは一体どんなものだったのだろう。この歌を聴いているとそんな答えのない問いに心を奪われてしまう。


娘のようにかわいがっていた美奈子さんを喪った現在の岩谷さんの孤独と寂寥感は察するにあまりある。家族もなくホテルで一人暮しをしているという岩谷さんが、美奈子さんの面影を心に抱きつつ平穏な日々を過ごせることを祈るばかりである。

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JASRACの作品データベース検索で検索したところ
「愛の讃歌」は
  権利者 アーティスト 内外 作品コード タイトル 著作者
  岩谷 時子 EDITH PIAF 外 0H0-6960-3 愛の讃歌 MONNOT MARGUERITTE ANGELE
で登録されていました。
NHKのナレーションは誤解を招きやすい表現だったようですね。

-> 充実野菜さん

検索ができるんですね。自分でもやってみようと思ったのですがどこで調べればいいのかわかりませんでした。(^_^;)

JASRACに委託しているのなら使用料を払えば原則として誰でも自由に歌えるはずなので、あのナレーションはミスリーディングでしたね。まあ気持ちとしては「岩谷さんがこの詞を歌うのに相応しいと認めた歌手は越路さんと美奈子さんだけだった」ということなのでしょうけど。

越路吹雪さんは「愛の賛歌」とか「サン・トワ・マミー」などの歌で有名な、凄みのある歌手でした。美奈子さんとは違ったタイプの歌手でしょうね。岩谷先生もそれを意識して、「つばさ」や「ジュピター」や「アメイジング・グレイス」を創ったと思います。

岩谷先生も娘のようにかわいがっていた美奈子さんを失って、ホテルで1人暮しはさびしいものですね。

-> 旅人さん

私は越路さんのことは亡くなったというニュースを子供の頃に聞いたくらいなのです。一度じっくりと歌を聴いてみないといけませんね。確かに岩谷さんは美奈子さんのために詞を作る時は美奈子さんの個性に合うよう意識していたのでしょう。

岩谷さんは日本人なら誰でも知っている歌をたくさん作った偉大な作詞家ですが、ご高齢になって家族がいないというのはやはり寂しいものなのではないかと推察します。それでも自分の作品が多くの人に愛されていることに思いを馳せながら、穏やかな日々を過ごされるよう祈っています。

岩谷さんの作品をじっくり聴く機会だと思い時間をかけて聴いてみたいと思っています。

sergeiさんの仰る通り、ご家族のいないので淋しい思いで過ごされていると思うと心が痛みますね。


-> moonさん

岩谷さんの業績の大きさをあらためて感じますね。多くの素晴らしい作品を残したという充実した思いも日々感じておられることとは思いますけど。

桑田さんも、越路吹雪さんを敬愛されていらしたと思う。
一昨日の一夜限りのオールナイトニッポンで、生歌の(ギター弾き語り)サントワマミーを歌われ、「越路吹雪〜」と仰っていた。
桑田さんの生歌は、好きな歌手の曲を歌われると聞いたこともある。
「愛の賛歌」の経緯、聞いたことがあるのに思い出せない・・・
ラジオで歌われて聞いたのに、もうかれこれ20年経つので忘れてしまった。すみません・・・。
ファンクラブの会報にも書かれてあった気がするので、又、探してみるね。

私の持っている昔の歌のテキストに、岩谷時子さんが書かれた越路吹雪さんへの思いが載っていた。
15年前位のかなり昔のものだ。
---------------------------------------------------------------
どの歌も、歌のなかの人物に、忽ち化身することのできる、稀にみる才能の人だったと思う。
「越路さんのような歌手は、もう出ないね。」
この頃、そう言う言葉をよく聞くが、私もこんなに早く別れるなら、もっと褒めてあげればよかったと、涙が出る。
互いに理解しすぎて褒めあうことはなく、「たまには褒めてよ」と、越路さんが仰っていたそうだ。
歌はドラマと言うことを二人で話し合っていた。
歌がひとつの絵になって、聞く人の耳にしたいと、彼女の歌を作るたびに、こういう言葉をメロディーに入れたら、顔をこういう角度に傾けて歌うだろうと想像までして、心をこめて書かれた。
美奈子さんにも同じような思いで、詞を書かれことと思う。
美奈子さんには、岩谷時子さん、いっぱい褒めておられたね^^

岩谷時子さんは、加山雄三さんとも随分長く仕事されて来られたことも書かれてあった。
知らなかった・・・・・。

-> ハイジ

桑田佳祐さんも越路さんを敬愛していたんですね。ちょっと意外な取り合わせのような気もしますが、やはり独特の表現力に魅入られていたんでしょうね。

生前越路さんのことをあまり褒めていなかったとは、岩谷さんも厳しい方ですね。お互いそれだけ真剣にいい歌を作ろうとしていたのでしょう。でもその岩谷さんから認められたのだから、美奈子さんも大したものだとあらためて思います。

岩谷さんは加山さんの歌をたくさん作詞されてますよね。この間のNHKの番組では放送されなかったのですが、美奈子さんが入院中にボイスレコーダーに吹き込んだ歌の中には「君といつまでも」もありましたね(フジテレビの特番で放送されてました)。この時は普段歌ったことのない歌だったせいか最初低く出過ぎて途中でキーを改めて歌い直していましたっけ。^ ^ そういうところもかわいい人でしたね。

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