「the Cross -愛の十字架-」

2008年7月 6日

作詞・作曲:Gary Moore 日本語詞:秋元康 編曲:Guy Fletcher
シングル「the Cross -愛の十字架-」(1986.09.03)所収。現行のCDでは「本田美奈子 ゴールデン☆ベスト」TOCT-10912(2003.06.25)や「Anthem of Life〜Sweet Ballads Best〜」TOCT-26383(2007.10.24)などに収録されている。

本田美奈子さんは初期のアイドル時代に海外の著名なミュージシャンとのコラボレーションを果たしているが、その一つがイギリスのロック・ギタリスト、ゲイリー・ムーアさんに提供された「the Cross -愛の十字架-」である。ここでゲイリーは作詞・作曲を手がけただけではなくギターの演奏にも参加している。

ゲイリーはハード・ロックの出身ではあるがギターを“泣かせる”テクニックに定評のある演奏家のようで、ソング・ライティングにおいても哀愁を帯びたメロディーの傑作を数多く発表しているらしい。この「the Cross」も愛の悲しみを湛えた哀切なバラードに仕上っていて、ロック・ファンのみならず幅広い階層の音楽ファンにも親しみやすい作品になっている。

元々演歌歌手志望だった美奈子さんにとってもこの曲はおそらく歌いやすかったのではないだろうか。ロック特有のリズム感を要求されることもなく、演歌風の粘っこい歌い回しを生かすことのできる楽曲として美奈子さんの長所が端的に表れたレパートリーの一つだと思う。涙で湿っているかと思わせるような潤いのある歌声はまさに美奈子さんの真骨頂である。

そしてゲイリーのギターがまた曲の全編にわたって絶妙な情趣を添えている。特に曲の最後でゲイリーのギター・ソロが「Cross in the shadow...」のリフレインと絡み合うところは圧巻である。

美奈子さんのアイドル時代の楽曲には彼女のアーティスト志向を作家陣が十分にくみ取ることができていなくて美奈子さんの気合いだけが空回りしているように感じられるものが多いのだが、この曲はさすがに国際的にその名を知られるアーティストが手がけただけあって聴き応えのある作品になっている。美奈子さんのアイドル時代の最高傑作の一つだと思う。こういう作品は今聴いても古臭く感じることはない。日本ではクイーンのネームバリューは圧倒的なものがあるので美奈子さんの海外アーティストとのコラボレーションというとどうしてもブライアン・メイさんとのものが注目されがちだが、この「the Cross」のことももっと知られるようになって欲しいものである。


ゲイリーはこの曲を「Crying In The Shadows」としてセルフ・カヴァーしている。タイトルから察しがつくようにゲイリー自身による英語詞ではサビの部分のリフレインも「Crying in the shadows」となっている。日本語詞の「Cross in the shadow」というのは音節と音符の数が合っていないのでネイティヴの英語話者がこんな譜割りをするだろうかと疑問に思っていたのだが、この“cross”という言葉は秋元康さんが独自に採り入れたもののようだ。原詞には“マリア”という言葉も登場せず、そもそもは宗教性のない歌だったのだろう。十字架や聖母マリアといったキリスト教のモティーフを敢えて日本語詞に採り入れたのはおそらく海外のアーティストとのコラボレーションであることを印象づける狙いがあったのだろうと推察されるが、こうした安直さは私には正直好きになれないところではある。美奈子さんのウェットな歌声とゲイリーの咽び泣くようなギター・サウンドを思えばやはり“crying”の方がしっくりするように思うのだが…。

それはともかくこの曲が終曲として収められた1987年発表のアルバム「Wild Frontier」はロック・ファンの間で名盤として高く評価されているらしい。もちろんほとんどの人はそれが日本の女性歌手に提供されたことを知らないのだろうが、「Crying In The Shadows」は海外の音楽ファンにも広く親しまれているのだと思うと何だかちょっとうれしい気がする。

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コメント

今晩は。「“crying”の方がしっくりする」なんて所はsergeiさんらしいですね。カラオケ的に歌ってみると「クロース」の方が日本人的に歌いやすいかな、って気がします。美奈子さんご逝去後はブライアン・メイさんが「GOLDEN DAYS」をリミックスしたせいかメイさんとのコラボの方が有名になったような感もありますが、リアルタイム的には「the Cross」の方が売れたせいか、有名だったような感じがします。個人的趣味も入っているかもしれませんが。なおゲイリー・ムーアさんも追悼文を送ったそうです。

-> ケイさん

日本人の発音では“クロス”の‘ス’は母音を伴うので「Cross in the shadow」でぴったり合ってしまうわけですが、せっかく海外のアーティストと共演しながらこういうのがあるのはちょっとカッコ悪い気がするんですよね。まあ細かいことなので気にせず聴けばいいのでしょうけど。^ ^

私の場合はブライアンとの共演の方はリアルタイムで辛うじて(本当に微かですが)記憶にあるのですが、ゲイリーについては全く知りませんでした(というかそもそもゲイリー・ムーアという人のことを知らなかった)。「the Cross」の方が売れてたんですか、それは私にはちょっと意外でしたね…。まさに「…マリリン」と同じ年のことなので、美奈子さんに関わる情報は無意識に遮断していたのかも知れません。^ ^

>「the Cross」の方が売れてたんですか
ココを見れば売り上げ枚数、オリコン順位等、分かります。
http://homepage2.nifty.com/honda-minako/disco/single/scd.htm
「the Cross」が約11万枚、「CRAZY NIGHTS」が4万枚くらいです。

-> ケイさん

3倍近くも違うんですね。意外でした。

本田さんつながりとはいえ、ハードロックを取り上げるとは。
80年代当時、洋楽ファンとしてゲイリー・ムーアを聴いた僕は、とっても嬉しく思います。


本田さんがゲイリーの「The Cross」を歌ったのは憶えてます。
洋楽かぶれだった僕は、とりあえずうれしかったのですが、
仰るような、タイトルの改題など腑に落ちないところもありました。


『ワイルド…』は、1曲目の「丘を越えて」が好きです。これも、
日本人好みの哀愁のあるメロディが良いです^^

-> ysheartさん

私は「丘を越えて」というと藤山一郎さんを思い出してしまうくらいの洋楽音痴なのですが、^ ^ 美奈子さんとの関わりを通じてゲイリー・ムーアさんのような優れたアーティストの音楽に接する機会を得たのはうれしいことです。この「the Cross」は演歌にも通じるような叙情性があって聴きやすいですね。この素晴らしいコラボレーションを残してくれたお二人に感謝したい気持ちで一杯です。

sergeiさん
ご無沙汰してます。中々コメできませんでした。Romしてたんですが・・・
  
今日ワイドショーで「ミス・サイゴン」の舞台で、市川正親さんが舞台のそこここに美奈子さんが動いているとのコメントを述べられてました。
追悼の言葉として嬉しく感じました。
  
タイトルに関係ないコメで御免なさい。
ムーア氏は聴いたような、ないような・・・調査中です。

-> Kenおじさんさん

こんばんは。お久しぶりです。どうぞご都合のいい時に書き込みして下さいませ。タイトルと関係なくても結構ですよ。^ ^


『ミス・サイゴン』の美奈子さん記念週間のことはオリコンスタイルなどでも報じていますね。初演時のメンバーである市村さんは美奈子さんへの思い入れには格別のものがあるようですね。美奈子さんも喜んでいることと思います。岩谷時子さんもお元気なご様子で何よりです。

sergeiさん
こちらは、久々のコメです。
今日は休みだったので、you tubeでゲィリー・ムーアを聴いてみましたよ。
  
やはりブルースがベースですが、テクニックに裏打ちされた素晴らしい演奏を堪能しました。
時々 日本の流行歌にあるようなメロディが! 此れには驚きました。

ysheartさんより年寄りなので・・・アルバート・KingやBB・Kingとのセッション(ギターのカケアイ)には♪♪♪
  
Rock万歳!  〜〜〜では、失礼します。

-> Kenおじさん

ゲイリー・ムーアさんは元々は速弾きのテクニシャンだったのが90年代以降にブルース・ギタリストに転向したみたいですね。この「Crying In The Shadows」はその兆候だったともいえそうですね。彼のメロディー・センスには日本人の叙情に通じるものがあるのかも知れません。

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