「祈り」

2009年1月 6日

作詞:岩谷時子 作・編曲:萩田光雄(グレゴリオ聖歌「キリエ」より)
アルバム「JUNCTION」(1994.09.24)所収。現行のCDでは「LIFE〜本田美奈子.プレミアムベスト〜」UMCK-9115(2005.5.21)に収録されている。

本田美奈子さんは MINAKO with Wild Cats 名義の「豹的 (TARGET)」以来5年振りとなるオリジナル・アルバム「JUNCTION」に、最初のトラックとしてグレゴリオ聖歌の「キリエ」を翻案した「祈り」という楽曲を収録している。このアルバムは『ミス・サイゴン』におけるキム役の成功により歌手として確固たる地位を築いた美奈子さんが満を持して発表した意欲作で、タイトルの通りに様々な音楽ジャンルの合流点となることを意図して制作されている。収録曲には美奈子さんの音楽のルーツである演歌のほかシャンソンやファド、チャールストンなどが含まれている。

こうした多種多様な音楽ジャンルの合流点となるアルバムのオープニング・トラックにグレゴリオ聖歌を元にした楽曲を起用するというのはなかなか秀逸なセンスだったと思う。ここで興味深いのはこのアルバムが制作された時期である。というのも、ちょうどこれよりも少し前に、グレゴリオ聖歌を巡ってちょっとした事件(もしくは“奇跡”)が起きていたからである。

1993年10月22日、スペインEMI社は数年前に吸収合併したイスパボックス社の保有する音源の中からグレゴリオ聖歌を収めた2枚組のCDをリリースした。これに際し同社には特にカタログの隙間を埋めるという以上の意図はなかったとされる。ところがそれがどうしたわけかこのCDは発売されるや並みいる人気アーティストを抑えてヒット・チャートのトップに躍り出て、翌1994年1月までに25万枚を超える驚異的な売上げを記録したのだった。これがその“奇跡”のあらましである。(日本盤ライナーノートに記載された濱田滋郎氏の解説による。)

「JUNCTION」がリリースされたのは1994年の9月のことなので、制作作業のほとんどが行われたのもこの年のことだったと考えていいだろう。となると当然、このオープニング・トラックの選定はこの奇跡を受けてのことだったのではないかと想像される。

ただ、一口にグレゴリオ聖歌といってもいろんなものがあり、「キリエ」だけでも200を超える数が残っているらしい。今私の手許にはこのCDの日本盤があるのだが、これには「祈り」の元となった「キリエ」は収録されていない。この日本盤は2枚組のうちの最初の一枚だけ単独でリリースされたものなので、もう一枚の方に収録されているのかどうかはスペインで発売されたオリジナル盤の持ち合わせがないのでわからない。

だからこの「祈り」はスペインで起こった唐突なグレゴリオ聖歌のブームを受けて発案されたのかも知れないし、あるいはプロデュースと作詞を手がけた岩谷時子さんか、もしくは共同でプロデュースした渋谷森久さんあたりが予てから温めていた構想だったのかも知れない。今回この文を書き起こすに当たってその辺りのことを調べようとしたのだけど結局不明のまま残ってしまった。まあ歌そのものを鑑賞する上ではそうしたことをあまり気にする必要もないだろうけど。


グレゴリオ聖歌とはカトリック教会で用いられる古い宗教音楽である。教皇グレゴリウス1世(540? - 604)により編纂されたと信じられてきたためにこの名があるが、実際にはこれよりもやや遅く、カロリング朝時代に成立したものと考えられているらしい。単旋律で無伴奏の男声合唱で歌われるのが特徴で、後に発達したポリフォニーやモノフォニーを聴き慣れた耳には素朴な印象を与えるが、そこには独特の荘厳さ、平安さが秘められていて現代の音楽ファンをも魅了する力を持っている。この時代にはまだ現在のような五線譜による記譜法が発明されていなくて、ネウマ譜と呼ばれる方法によって記された旋律を実際にどのように演奏するべきなのかは解釈に揺れがあるようだ。

「キリエ」に関してはテクストがわずかに「Kyrie eleison/Christe eleison」しかない短いものなので、必然的にメリスマが多用され、そのことが一つの魅力にもなっているようだ。この「祈り」の元になったものを聴きたいと思い、ウェブで探してみてかなり近いと思われるものを見つけることができたのだが、やはりメリスマの多用がもたらす幻惑的な効果は顕著で、聴いていてくらくらとめまいを起こしそうになる。


作・編曲を行った萩田光雄さんはこの古い素朴な旋律に美奈子さんの歌うべき対旋律を作り、簡単な伴奏もつけてポリフォニックな楽曲に仕上げている。この対旋律(といっていいのかどうかよくわからないが)は萩田さんによるオリジナルなのかも知れないが、「キリエ」と性格が似ているので一種の変奏と見ることもできそうだし、あるいはもしかしたらグレゴリオ聖歌の別のヴァージョンを借用しているのかも知れない。いずれにしても女声を交えたポリフォニックなアレンジには当然のことながら元の「キリエ」にはない豊かな響きがあり、聴いていて華やいだ気分に浸ることができる。まして歌っているのが美奈子さんであれば尚更だ。この美奈子さんの歌う旋律もまた多くのメリスマが用いられ、男声コーラスによる元の「キリエ」と相俟って聴く者の心を揺さぶらずにはおかない。

恩師の服部克久さんが「悲愴感がある」と評した美奈子の声質はこうした宗教的な背景を持つ楽曲でも絶大な効果を発揮し、祈りの言葉に張り詰めたような緊張感を与えている。男声コーラスをバックに聴く美奈子さんの歌声は儚く可憐な表情を帯び、同時に胸に突き刺さるような痛切な響きを伴って聞こえてくる。

岩谷時子さんはこの対旋律に素朴ながらも力強い祈りの言葉が胸に迫る歌詞をつけている。美奈子さんは二人が同じ病院に入院していた時に交わしたボイスレターでもこの歌を歌って岩谷さんの許に届けているが、歌いながら「おびえる子供らに み救いを」という歌詞に思うところがあったようで、子供たちのために何かしたいという希望を歌い終えた後で述べていた。

もちろん、ここでいう“子供”とはキリスト教の世界観において全ての人は神の子と見なされるという文脈に沿った表現なのだが、子供好きな美奈子さんとしてはそれを文字通りに解釈して今の子供たちが置かれている状況に思いを馳せずにはいられなかったのだろう。全く、子供が虐待の対象になるなんてことはいつに始まったことなのだろう? 思えばイヴァン・カラマーゾフが「もし神から天国への入場券なんてものを差し出されたなら、そんなものは直ちに突き返してやる」と宣言したその根拠がまさに幼児虐待の問題だった。こんなことが人の抜き難い性だなどとは思いたくないものだが…。


話はちょっと嫌な方向に逸れてしまったが、この歌は年の初めに当たり平穏な一年を願って聴くのに相応しい一曲と言えるだろう。私はクリスチャンではないのでキリスト教の宗教音楽は一つの音楽作品として鑑賞するほかないが、幸せな人生と平和な世界を願う心情に宗派の違いはないはずだ。荘厳なコーラスをかき分けて聞こえてくる美奈子さんの可憐な歌声に、新年の祈りを重ね合わせたい。

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コメント

sergeiさん今晩は。遅れましたが謹賀新年です。
JUNCTIONについては今まで色々書かれた記事、レビュを読んできましたが
グレゴリオ聖歌のブームとの関連に言及されたものは初めて読んだような気が
します。
本年もユニークな記事に期待させて頂きます(^^)。

-> ケイさん

明けましておめでとうございます。

スペインでのブームとの関連はもっとはっきりしたことが調べられればよかったのですが、結局よくわからなくて自分の中ではちょっと消化不良でした。でも少しでも興味深く読んでいただけたとすればうれしいです。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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