「風のくちづけ」

2009年3月 6日

作詞:本田美奈子. 作曲:オットリーノ・レスピーギ 編曲:井上鑑
アルバム「」COCQ-83683(2004.11.25)所収。ミニアルバム「アメイジング・グレイス」COZQ147-8(2005.10.19)にも収録されている。

このところ春は名のみで寒い日が続いていたが、昨日はやや暖かくなり、春がそこまで近づいていることを感じさせた。今回はそんな春を待ちながら過ごす日々に聴くのに相応しい曲を取り上げてみる。

本田美奈子さんはクラシック・アルバムの第2作「」に「風のくちづけ」という曲を収録している。原曲はオットリーノ・レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲のイタリアーナである。


この曲集は16世紀から17世紀にかけてのリュートのための作品を弦楽合奏に編曲したものだそうで(第1組曲と第2組曲は管弦楽への編曲)、イタリアーナはその第1曲である。レスピーギというと何といってもローマ三部作が突出して有名だが、こうしたユニークな作品も残しているということは知らなかった。レスピーギが生きたのはすでにロマン主義が終息に向かい新たな音楽への志向が胎動し始めていた頃で、そんな時代に敢えてバロックかもしくはそれよりもさらに古い時代の音楽を自身の創作に取り入れていたというのは興味深い。彼は最後のロマン派ともいうべきセルゲイ・ラフマニノフのピアノ曲を管弦楽に編曲するという作業も行っているのだが、この二人の間にそうした時代感覚に共通するものがあって実現した試みだったのかも知れない。

このイタリアーナはやや愁いを帯びた短調の旋律による典雅な舞曲で、聴いているといにしえの空気が時代を越えてふと甦ってくるような感覚を覚える。美奈子さんがどのような意図でこの曲を歌うことを選んだのか、よくわからないがあるいはこの第3組曲のシチリアーナが近年TVCMに使用され話題になったことに触発されたものだったのかも知れない。


この歌曲への編曲で特筆すべきなのは何といっても丸田美紀さんによる琴をフィーチャーしていることである。元々はリュートのための作品だったこの曲に、同じ撥弦楽器である東洋の琴を使うという発想はさすがに井上鑑さんならではの秀逸なセンスだと思う。この古典的な楽器によってかき鳴らされる音響は例えようもなく雅びていて、16世紀のイタリアよりももっと遠いどこかの時空へ浮遊するような感覚にとらわれる。これほどの表現力のある楽器なのに、現代の音楽になぜもっと使われないのだろう。


歌詞は美奈子さん自身がつけたものである。「時」のライナーノートにはプロデューサーの岡野博之さんが当初ヴォカリーズで歌う予定だったのを急遽書き下ろしたという説明が記載されている。実はこれには歌詞をつけて歌う予定でいた「ゴッドファーザー愛のテーマ」が作曲者のエンニオ・モリコーネさんの許可が下りず、ヴォカリーズに変更せざるを得なかったために代わりに「風のくちづけ」を歌詞つきで歌うことになったということだったらしい。急な変更にも関わらずこの詞をすらすらと書き上げたようなので、曲調がよほど美奈子さんの心に馴染んでいたものと思われる。

私がこの歌を春に相応しいと考えるのはもちろん歌詞に「春」という言葉が二度表れるのもさることながら、最後の方に「おぼろ月夜」という言葉が登場するのによることろが大きい。美奈子さんにとってこの旋律は春の霞みがかった月夜のイメージだったのだろう。この言葉からは当然唱歌の名曲「朧月夜」が連想されるわけだが、美奈子さんは2002年に『題名のない音楽会』に出演した際に布施明さんとのデュエットでこの歌を歌っているので、作詞に当たってはやはりこの歌のことを意識していたに違いない。

実は私はこの歌にちょっとほろ苦い想い出があって、そのせいで朧月夜という言葉を聞くだけでも心がざわめいてしまうところがある。美奈子さんにももしかしてこの唱歌には何か特別の思い入れでもあるのかと想像すると何やら親近感のようなものが芽生えてくる。美奈子さんはどんな思いをこめて「風のくちづけ」の歌詞にこの言葉をしたためたのだろうか。そんな想像をめぐらせながらこの歌を聴くと、少しの痛みとともにある種の懐かしさが胸に甦ってきて、美奈子さんに古いかさぶたをはがしてもらっているような、そんな夢見るような不思議な心地にさせられる。

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