「嘘つき女のブルース」

2009年6月 3日

作詞:市川睦月 作曲:三木たかし 編曲:高田弘

先頃亡くなった三木たかしさんの作品の中から、いわゆるヒット曲ではないけれど私のとても好きな作品を一つ紹介してみたい。「嘘つき女のブルース」は1992年7月25日にシングル「花挽歌/嘘つき女のブルース」としてリリースされた、香西かおりさんの楽曲である。


どきついタイトルがついているが、内容は別に結婚詐欺師の哀感のようなものを歌っているわけではなく、愛する人の前でほんの少し自分を取り繕ってしまわずにいられないという、おそらくどんな女性の中にもひそんでいるであろう切ない感情を歌った作品である。その意味ではもう少し穏当な、例えば「泪色の嘘」といったタイトルにでもした方が歌の内容と調和していたのではないかという気がする。

私にはこの歌詞のシチュエーションからはどうしても『欲望という名の電車』のヒロイン、ブランチ・デュボワが思い浮かんでしまう。尤もブランチがミッチについた嘘は「小さな嘘」とは言い難いものではあるのだが…。作詞の市川睦月というのは著名な演出家の故久世光彦のペンネームなのだが、この詞を作るに当たって久世さんの脳裏にはどんなドラマが思い浮かんでいたのだろうか。

母の再婚から女性不信に陥ったハムレットにいわせれば、女とは神様から授かった顔を化粧によって別物に作り変える生き物、ということになり、嘘をつくのはある意味女性の本質なのだとも言えそうである。あるいは久世さんの意図も、そんな女性という存在のありのままの真実を描くことにあったのかも知れない。


もちろん、久世さんがこの歌のヒロインに注ぐ視線はハムレットのように辛辣ではなく、小さな泪色の嘘をつかずにはいられない女性の姿を愛惜を以て描いている。三木たかしさんによるメロディーはそんなヒロインの心情を代弁するように切なく哀しく流れていくのだが、三木さんの非凡なのは、こうした情調を長調でやや軽快なテンポのメロディーによって実現しているところである。

私はいつも思うのだけど、長調の明るいメロディーなのに聴いていて泣きそうなほど悲しくなることがあるというのはつくづく音楽というものの不思議なところである。TBSの追悼番組で平尾昌晃さんが三木さんの作る旋律の特徴として、悲しい歌でも暗くならない、ということを挙げていたが、この歌などもその好例だと思う。

そして香西かおりさんがまたこの歌のヒロインを実に可憐に演じてみせてくれている。香西さんというと、世間一般の認識だと「流恋草」や「無言坂」のような悲壮感を漂わせた作品の印象が強いのだろうけど、本当は切ない女心を幾分軽やかな調子でさらりと歌って聴かせるのがとてもうまい人なのだ。この曲はそうした彼女の特徴がよく表れた作品の一つだと思う。香西さん自身の選曲によるベスト・アルバム「浮雲」にも収録されているので、香西さんもお気に入りのレパートリーなのだろう。

またこの曲にはヴァイオリンとサックスのソロがフィーチャーされていて、それが実に絶妙な情趣を添えている。特にサックスをフィーチャーした間奏部分はこの曲の大きな聴き所ともなっている。私が持っているこの「浮雲」と「花挽歌そして恋紅葉」というアルバムには演奏者のクレジットが記載されていないのが残念なのだけど、このことも特筆しておきたい。


三木さんは日本のポピュラー音楽界の中でもとりわけ繊細な叙情を湛えたメロディーを作る作曲家で、稀有な才能に恵まれた人だったと思う。この作品などを聴いていると、あらためて惜しい人を喪ったとの感を深くする。もうこのような作品が新たに生まれることはないのだと思うとたまらなく寂しいが、こうして残された作品がこれからも歌い継がれ聴き継がれていくことを心から祈りたい。

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