「Lovin’ You」

2009年6月 6日

作詞・作曲:Minnie Riperton & Richard Rudolph 編曲:ボブ佐久間
アルバム「心を込めて…」(2006.04.20)所収。

よく知られているように、本田美奈子さんは自筆のメッセージなどの末尾に「心を込めて…」と書き添えるのを習いとしていた。その言葉の通りに、歌においてもいつも精一杯の感情を込めて歌うよう努力していた。そのことはこのサイトでもこれまでに散々称賛してきたところだけど、今回はそんな美奈子さんの心のこもった歌の中から、私が「これはちょっとやり過ぎて失敗しているのではないか」と考えているものを扱ってみようと思う。


Lovin’ You」はその名も「心を込めて…」というアルバムに収録されている。このアルバムは発病とその後の急逝のために実現できなかったデビュー20周年記念アルバムに代えて、関係者の尽力により制作された一年遅れの記念アルバムである。ここには残された未発表音源などが収録されているのだが、その中にNHKの朝の情報番組『おはよう5』のBGMとして流すために録音された、4曲の洋楽のヒット曲のカヴァーがある。「Lovin’ You」はそのうちの一曲で、元はアメリカの女性歌手、ミニー・リパートンの楽曲である。

私は最初にこのアルバムの収録曲を確認した時に、この曲は美奈子さんの高音の美しさが生かされた素晴らしい歌唱になっているだろうな、と大いに楽しみにしていた。ところが実際に聴いてみると、「これはちょっと違うんじゃないか」という違和感を覚えずにいられなかった。美奈子さんはアルバム・タイトルの通りに精一杯の感情を込めて歌っているのだが、この吐息混じりの妖艶な歌唱はこの曲本来の世界観からは懸け離れているように思われた。

私が思い描いていたこの歌のイメージは、朝のさわやかな目覚めの中で愛する人を思い浮かべながら歌う歌、というものだった。しかしこの美奈子さんの歌唱を聴いていると、夜の繁華街で色っぽいお姉さんに耳許で何やらささやかれているような妖しい気分になってくる。これは何事も徹底してやらなければ気が済まないという美奈子さんの特質が悪い方に出てしまった歌唱なのではないかと思う。「La la la... Do do do...」というスキャットの後にヴォカリーズで歌う部分などは実に素晴らしい美しさなのだけど、これもあまりに迫力があり過ぎてちょっと場にそぐわない気がする。


ミニー・リパートンのオリジナルの歌唱と聴き比べてみたいところなのだけど、あいにく音源の持ち合わせがないので今井美樹さんによるカヴァーと聴き比べてみる。美樹さんは洋楽のカヴァーを収めた1988年のアルバム「fiesta」でこの「Lovin’ You」を歌っている。

美樹さんの歌唱は実に肩の力の抜けた洒脱な味わいで、聴いていると高原のさわやかな空気に包まれているようなすがすがしい気分に浸ることができる。私はやはりこれがこの歌の正当な解釈だと思う。これと比べると美奈子さんの情感たっぷりの歌はどうしても下品に聴こえてしまう。

もちろん、人によって好みは様々なので、これを“斬新な解釈”と評価することも可能だろう。ただ、私はこの解釈は“失敗”だと思う。何事にも精一杯の心を込めずにはいられない美奈子さんには、こうした洒脱な感覚を必要とする楽曲を歌いこなすのは却って非常に難しかったのかも知れない。

その意味で、一見したところ美奈子さんの美しい高音が生きそうに思えるこの選曲は、実はむしろ致命的なミスマッチだったのだとも考えられそうだ。適切な比喩かどうかよくわからないが、宇野功芳氏がフルトヴェンクラーモーツァルト演奏を「情念によって音楽が曇って」いると評しているのだが、それと少し似ているような気もしないではない。

ただし歌詞部分を歌い終えた後の後奏では美奈子さんのヴォカリーズと金管の音色が絡み合って実にいい雰囲気の響きになっている。この部分は「ら・ら・ば・い〜優しく抱かせて」や「満月の夜に迎えに来て」(オリジナル・ヴァージョン)の間奏などと同様、文句なく美しいと思う。


私は何でもかんでも絶賛するという評論は信用がおけないと考えているので、今回は敢えてこういう忌憚のない意見を述べてみた。美奈子さんも笑って許してくれるといいのだけど、怒っているかな…。まあしかし、何事も徹底してやらなければ気が済まず、そのために時にはこういう“失敗”をしでかしてしまうというところも含めて、私はこの人のことが大好きなのだということは強調しておきたい。

この歌のオリジナルの歌唱者であるミニー・リパートンは美奈子さんよりもさらに若く31歳で亡くなっている。今もしこの二人があちらの世界で出会っているとしたら、この歌の解釈についてどんなことを語り合っているのだろう。

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コメント

sergeiさん、今日は。
ミニーリパートンの「Lovin’ You」は有名曲だけあって試聴サイトでも試聴できるようですね。他に動画投稿サイトにも上がっているようです。sergeiさんは検索能力のある方だと思いますのでURLは面倒なので書きませんが(スミマセン)。
美奈子さんも色んな歌を歌われていて音源になっているので、聴く人が、ものによってはしっくりこない、と感じるものもあっても別におかしくはないと思います。その事を正直に書かれるのは別に悪くないと思います。ただ、この「Lovin’ You」はもともと1995〜1999年の間にNHKのTV番組用に録音されていた音源で、元々CD用だったものではない事は断っておいてもいいかなと思いましたが。もっとも、美奈子さんが納得が行かない出来だと思ったから使われなかったのかどうかは知りませんが(使われたと言う話は聞いた事がないので、多分使われなかったのだと思ってます)。

-> ケイさん

あれ、この音源は実際には使われなかった可能性があるんですか? 確かに当時放送で流れたのを聴いたという報告は見ないですね。この音源が制作された経緯については二番目の段落で簡単にふれてあります。

断っておくと、ほかの三曲の録音はとても好きですし、特に「オールウェイズ・ラブ・ユー」は美奈子さんのポップス歌唱の中でも最も好きなものの一つです。美奈子さん自身がこれらの録音をどう評価していのか、とても興味深いですね。「Lovin’ You」はさすがにやり過ぎたと思って自分で聴いて照れていたか、あるいは意図してやったことで満足していたのか…。今となってはそれを知ることも叶いませんが。

sergeiさん、今日は。
私が言おうと思ったのは「Lovin' You」は1995〜1999年の間の作品なので、21世紀の、クラシックのアルバムを出した後の基準であまり厳しい事を言っても・・・とも思ったのですが、よく読んだらそんなに厳しい事も書いてなかったですね(汗)。。
すっかり腰が砕けた(笑)ついでに雑談をさせて頂きますと、「Lovin' You」と言うと、私が中学生くらいの時にオリジナルが流行したのでよくラジオで流れていた覚えがありますね。TVCMでも使われていたような覚えがありますが。例の超高音の部分は、大人になるまで「口笛」だと思っていました(笑)。アン・ルイスさんもカバーされてましたね。美奈子さんにしてもアンルイスさんにしても良く歌えたものだと思います。あるものまね番組で松本明子さんがマネで歌われていて結構上手かったのですが、この部分だけは適当にごまかしてました(もっとも松本さんなら本気で鍛えれば歌えたかもしれませんが。)。。

-> ケイさん

私が違和感を覚えるのは技術的な点ではなく、楽曲の性格についての解釈の部分です。まあ感じ方は人それぞれなので、これがいい、という人がいてもそれは全くおかしくないと思います。

アン・ルイスさんのヴァージョンというのは知りませんでした。松本明子さんもあれだけものまねが上手な人なので、本気で歌えば相当うまいはずだと思います。なにしろ『スター誕生!』で美奈子さんを抑えて合格した人ですしね。^ ^

sergeiさん、RES返しどうもです。ついでに書かせて頂きますと、私も美奈子さんのこの「Lovin' You」は美奈子さんの歌の中では特に好きでもなんでもない方なので力があまり入らないんですが。。
(特にミュージカル進出以後の)美奈子さんは、歌を歌う時、歌の本質を自身の感性で捉えて、感性で表現しようとする方向性が顕著になったと思うので、『この歌をより妖艶に解釈して表現しよう』とか、理屈っぽく狙った計算とかはしなかったんじゃないかと思うのですね。
ただ結果として出てきたものが『何だか妙に妖艶さが目立つものに聞こえるもの』だったとしたら、それは美奈子さんの本質の一つが『妙にSEXY』という所にもあったからなんだろうと思います。それは成功とか失敗とかいう次元の問題ではなくて、単に聴く側がオリジナルの歌のイメージで聴いてしまうので「何だか今日はイケそうな気がする〜〜」の方向性に聴こえて違和感を感じてしまったというだけの事なんでしょう。
まあ謙虚な美奈子さんなので批判を聞いても「私なんかまだまだなんです。これから一生懸命頑張らせて頂きます」と健気に言うでしょう。
所で以前、図書館からCD借りて録音しておいたリパートンさんのオリジナルの歌を久々に聴いてみたら、いかにも爽やかな森の朝、といったような小鳥の鳴き声その他の効果音も一緒に録音されていました。リパートンさん自身が望んだ事なのかどうかは知らないけれど、こういう効果音まで同録されていりゃ、そりゃ
『朝のさわやかな目覚めの中で・・・』なんていうイメージが嫌でもinputされてしまうというもの。ちょっぴり卑怯な手かな?なんて思ったりして・・・(リパートンさん、ゴメン(^^;))。

-> ケイさん

小鳥の泣き声ですか。^ ^ 私はミニー・リパートンによるオリジナルはあまりまともに聞いたことがないのですが、TVやラジオなどではよくBGM的に流されるので、そういう機会に聴いたのがサブリミナル的に効いているのかも知れませんね。

まあともかくリパートンがそういう効果音を利用したということは、この曲の性格をそのように印象付けようとしていたのは確かです。その意味で美奈子さんの歌唱がかなりユニークな解釈であるのは間違いありません。これが“下品”に聴こえてしまうのは自分の心根が下品だからなのだろう、という思いも半分くらいはあるんですけどね。私の脳裏には「まだまだです」なんて殊勝なことをいうより膨れっ面して怒っている美奈子の姿が浮かんでしまうし、その方が魅力的だな、と思ったりもしています。^ ^

sergeiさん、どうもです。
まあ、この歌唱はもともとTVの早朝の番組向けに録音されたものなので、『早朝に聴くものとしては・・・』と、やや否定的な感想になるのはありがち事だと思います。私も同じような感触を持ちましたし。ただ、それではちょっとありきたりと言いますか。ある一定の歌の方向性だけを「正当な解釈」として、そうでないものは「非・正当で失敗」とするのは文章としては分かり易いですが、理に落ちてしまっていると言いますか。
別に無理に賞賛する必要は無いですが、リスナーの側ももっと感性豊かで、個性的でもいいかな、とちょっぴり思ったりして(厳しすぎるかもしれませんね〜スミマセン。。)。
最後に、2004年に放映された「誰でもピカソ」の美奈子さん特集ですが、sergeiさんもご覧になられた事があると思いますが、井上鑑さんが「美奈子さんは力が入っていない(そこが良い)」と言われてました。私はそれが印象に残っていたので、AVEMARIA以降の美奈子さんならこの歌ももう少しほど良く軽妙な感じに歌えたかもしれない・・・と思い、上のような言になった事を書いておきます。
最後の最後に、美奈子さんに対して、『妙にSEXY』などと書いてしまった。地団太どころか「『妙に』は余計でしょ!」とかって蹴りを入れられそうです。美奈子さんスミマセンです。。

-> ケイさん

私は決して楽曲の解釈が“正当な解釈”と“失敗”とに二分されると考えてはいませんし、そのように述べているわけでもありません(そのように読解されてしまったのだとしたら自分の文章表現の拙さを反省しなくてはなりませんが)。オリジナルとは違った方向性のカヴァーが“斬新な解釈”として評価されることは当然あり得ます。私が言いたかったのは、この楽曲の美奈子さんによるこの歌唱はそのように評価できるものではない、ということです。もちろん、これは私の感じ方なので、「これはこれで成功していると思うよ」という方がいてもそれは全くおかしくないと思います。

「AVE MARIA」以降の美奈子さんがこの曲を歌ったらどんな風になっていたか、それは私も興味あります。私の希望としては、ケイさんのいう“妙なSEXYさ”がよりグレード・アップして、気品のある色気が漂ってくるようなものになっていれば最高なんですけどね。“天使の歌声”と称えられた「アメイジング・グレイス」とはまた一味違った美奈子さんのソプラノ・ヴォイスを夢想してみたりします。

ミニー・リパートンはYouTubeにあります。
映像はついてますが、見て(聴いて)もらえばわかるように、おそらくレコード音源(口パク)です。
本田美奈子さんのは「ニコニコ動画」に出てたようですが削除されています。ですからそちらは聴けませんが。

で、私はこの曲の多分一番有名なカバーのジャネット・ケイと、今井美樹ヴァージョンを持っています。
ジャネット・ケイと今井さんが「成功」してると思うのは、カバーの意味がわかってるってことです。
カバーはモノマネとは違います。モノマネでは、たとえ完璧にコピーしたところで、
オリジナルのほうが上ですから。しかも、この曲の場合、ミニーの歌唱が完璧すぎて、
オリジナルと同じことやっても、ミニーには絶対にかないません。
この曲、他にもmisiaとかがカバーしてしてるそうですが、大体想像できてしまいます。

なお、今井さんは、同じアルバムの「カンパニー」(リッキー・リー・ジョーンズのカバー)という難曲で、
その歌唱力の片鱗を見せています。それに比べれば"lovin' you"は、
多分「勝負どころ」ではないと感じたのでしょう。難しい音は最後だけですしね。正解です。

-> mさん

実はそのミニーのオリジナルを聴いてみてここに書いた感想からかなり考えが変わりまして、新たに感想を書き直していますので、よろしければそちらもご笑覧いただければ、と思います。(URLは削除させていただきましたがご諒承下さい。)

ジャネット・ケイさんのカヴァーは残念ながら音源の持ち合わせがありません。多分何かの機会に聴いたことはあるのだと思いますが。

今井美樹さんのカヴァーはこの曲を的確に解釈し、自分の特徴に合わせて歌いこなしたもので、実に素晴らしいと思います。私はこの頃の今井美樹さんの歌はとても好きで、特に上田知華さんとのコラボレーションによる楽曲に素晴らしいものが多いと思っています。最近のものはどうも今一つピンとこないのが残念なのですけれども。

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