アイリーン・ジョイスのこと

2009年6月19日

もう何ヶ月も前から取り組んでいた英語版Wikipediaのアイリーン・ジョイス項目の翻訳作業をやっと終えて、16日に日本語版に新規項目を投稿しておいた。英語版の項目はかなり熱心なファンの方が執筆しているらしく、出典も詳細につけられた充実した記事なのだけど、細々とした情報があまり整理されずに延々と書き連ねられているのでとても読みにくく、全体を整理しながら翻訳を進めていくのがなかなか大変な作業だった。

本当は私生活についての節などは実名入りでもっと細かいことが書かれていたのだけど、あまりいい趣味と思えなかったので大幅に簡略化してしまった。その他冗長と感じた部分もかなり端折って訳しておいた。それでもまあそれなりに人様の役に立つ項目にはなったかと自負している。このピアニストに関する日本語の資料としてこれほど詳しいものはかなり希少な存在なのではないかと思う。これはGFDLというライセンスの効力のなせる業でもあり、その影響力の大きさを再認識した次第である。


作業の完成を祝して彼女の録音を聴き直してみたが、その豊かな音楽性にあらためて感銘を受けた。グリーグチャイコフスキーの作品と並んで愛奏したというラフマニノフピアノ協奏曲第2番の録音は、そのテクニックの確かさを感じさせるとともにノーブルな気品が香り立ってくるような演奏である。両端楽章は雄渾な詩情と力強いダイナミズムに溢れる一方で、中間楽章では繊細な叙情を情感豊かに歌って聴かせており、それぞれの曲想に即した演奏を志向した様子が感じられる。アクセントの置き方にやや個性的なところが見られるのも興味深い。現在CDとして入手できるものは共演者が違うので映画『逢びき』で使用されたのとは別の音源のようだが、この高名な映画との関わりも含めて、この曲の演奏史について語る上で彼女の名は欠かすことのできないものだと思う。

英語版を読んでみてわかったことなのだけど、ジョイスについては日本であまり知られていないというばかりでなく、英語圏でも半ば忘れられた存在となっているようだ。貧しい境遇から一流の演奏家に育った経緯とか、類稀な美貌とか、映画音楽での活躍とか、話題性には事欠かない人であることを考えると、これはやや解せないところである。もっとこの(いろいろな意味で)美しいピアニストの業績が世に知られるようになり、その力量に相応しく評価されるようになって欲しいものである。


ところで、この翻訳作業の思わぬ副産物が、“cleavage”というチャーミングな英単語を覚えたことだった。これを“谷間”と訳すのは露骨かな、と思って穏当に“胸元”としておいたけど、却って無粋だったかも知れない。リチャード・ボニングさんという指揮者は演奏を聴いたことはないのだけど、正直な告白に親しみを感じてしまった。

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コメント

Wikiの翻訳されたんですね!読ませて頂きました。
有り難うございました。彼女の伝説は果たしてどこまでという真偽の程は謎ですが
掛け値なしにピアノの腕は一流です。
グールドも彼女のモーツァルトの演奏は好きだったという話が伝わっています。
ところで彼女の小品録音集大成がリリースされます。私もSPで何枚か所有していますが今から楽しみです。
http://www.cadenza-cd.com/minor/1109f.html#APR-7502

-> juさん

はじめまして。コメントありがとうございます♪

ジョイスの生涯については豊富なエピソードにいろいろと尾ひれがついて出回ってしまっているようですね。ウィキペディア英語版の項目は主に西オーストラリア大学による調査資料に基づいているので、ある程度信頼してもいいのではないかと思っています。拙訳を読んでいただけたようでうれしいです。

グールドからも評価されていたというのは知りませんでした。近年ではスティーブン・ハフが積極的に彼女のことを称揚していますが、決して忘れられてはならない名ピアニストですよね。リリースの情報ありがとうございます。こうしたこともきっかけとなって再評価の気運が盛り上がっていくといいですね!

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