「蛮族」としてのアイリーン・ジョイス

2009年6月19日

前回のエントリーを公開してから何気なく検索をかけてみて、アイリーン・ジョイスについては中村紘子さんの「ピアニストという蛮族がいる」というエッセイで紹介されていることを知った。これまで彼女の名を見掛けることがあまりにも少なかったので日本語の資料はほとんどないものと思っていたのだが、決してそういうわけではないようだ。この本は私は読んだことはないのだけど、文芸春秋読者賞を受賞したベスト・セラーであり、そうしたポピュラーな本で紹介されている割りには日本語での音楽談義で彼女に言及される機会が極めて少ないというのは、やはりどうも解せないところである。


で、中村さんの本に記されている内容なのだけど、ウェブ上に詳しいことを紹介して下さっている方がいておおよそのことを把握できたのだが、おそらく中村さんは史実にはあまり拘泥せずに、巷に流布している伝説を元に書かれたのではないかと思う。幼少時代の音楽に目覚めた際のエピソードなどはあまりに詳細で、しかもちょっとでき過ぎている。決定的におかしいのは14歳でロンドンに留学した、というところで、実際には彼女はまずライプツィヒ音楽院で学んでおり、ロンドンの王立音楽大学に移ったのはその後のことである。

ライプツィヒに留学したのは19歳の時なのだが、年齢に誤りがあるのはジョイスが自分の生年を偽っていたせいで、これは致し方ない。1950年には彼女の伝記も出版されてベスト・セラーとなったのだが、この伝記もかなりの虚構が交えられていたそうだ。この伝記を元にした映画も制作されており、中村さんが紹介しているのは主にこうしたものを通じて広まった俗説なのではないかと思う。


もちろん、中村さんの主たる目的は幅広い読者層にピアノ音楽への関心をかき立てることにあったのだろうから、これはこれで結構なことだと思う。また、中村さん自身この数奇な運命をたどったピアニストが知られざる存在となっていることを惜しむ気持ちも強かったのだろう。

ただ、ジョイスについては西オーストラリア大学が詳細な年表を発表しており、2001年には彼女の評伝も刊行されている。Wikipedia英語版の記述は主にこれらの資料に基づいており、今回それを日本語に翻訳して発表できたのは、この魅力的なピアニストへのより深い理解のために有益だったのではないかと思う。

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