「Golden Days」

2009年9月 6日

作詞・作曲・編曲:Brian May
シングル「CRAZY NIGHTS/GOLDEN DAYS」(1987.04.22)所収。現行のCDではアルバム「心を込めて…」COCQ-84139(2006.04.20)などに収録されている。

周知の通り本田美奈子さんはブライアン・メイさんのプロデュースにより「Crazy Nights」と「Golden Days」の二曲を発表している。これらは日本で秋元康さんの日本語詞によるヴァージョンがシングルとしてリリースされたのみならず、海外でもオリジナルの英語詞のヴァージョンがリリースされた。これが制作された当時美奈子さんはまだデビュー二年目で、いかに彼女が早くから一流のアーティストたちにその非凡な才能を認められていたかがよくわかる。

美奈子さんが亡くなった後に未発表音源などを集めてアルバム「心を込めて…」が制作された際、ブライアンは「Golden Days」英語版のリミックスを提供している。このことからも彼がこの曲や美奈子さんと過ごした日々をいかに大切に思っていたかを窺い知ることができる。


この二曲は実に対照的な性格の楽曲である。「Crazy Nights」の方はいかにもクイーンのギタリストらしいストレートなロックで、とても理解しやすいのだが、一方、「Golden Days」はかなりエキセントリックなテイストの楽曲で、解釈するのがとても難しい作品である。

今の時点で聴くと、歌詞の内容からどうしても美奈子さんがまだこの世に在った“黄金の日々”を懐かしむ歌のように聴こえてしまう。また音響的な面では多重録音によって自分の声をコーラスに効果的に使ったという点で、後の「impressions」や「パッヘルベルのカノン」への前奏曲となっているようにも受け取ることができる。しかしこれは後づけの解釈なのであって、当時としてはブライアンは、あるいは美奈子さんはこの曲によって何を表現しようと意図したのだろうか。


このことについて彼ら自身による当時のコメントがないかと思って少し調べてみたことがあるのだが、どうもそういったものはあまり伝えられていなかったらしい。結局、美奈子さんの逝去後にブライアンが発表した追悼の言葉が最大の手掛かりということになるようだ。

彼はオフィシャル・サイトで数回に亙って美奈子さんに関わるコメントを発表している。2005年11月7日付のコメントの冒頭部分のニュアンスからすると、当初は日本サイドはおそらくライヴでの共演か何かを想定していたようだ。それが、ブライアンが美奈子さんと直接会ってインスパイアされたことで楽曲が制作されることになったらしい。そうして生まれた「Golden Days」について彼は、 彼女に完璧に合っている、彼女のもろさ(fragility)、喜び、内面に静かに湛えられているかに見える漠然とした哀しみに。 と語っている。

また2006年3月1日付のコメントでは「心を込めて…」に収録されたリミックスヴァージョンについて説明しているのだが、それによると当初は日本語版と英語版をつなぎあわせたものにするつもりでいたらしい。結局は全曲を通して英語版の歌唱を採用したのだが、これはベストな選択だったと述べている。それは慣れない言語で歌うことにより絶妙なもろさ (fragility)、魅力が表れているからであり、そしてそれは当初から自分が意図していたものなのだという。


これらのコメントを読んでとても興味深く感じるのが、“もろさ”(fragility)という言葉をくり返し使っていることである。この言葉はおそらく彼が美奈子さんから受けた印象を端的に表したものなのだろう。その感覚は私にもよくわかる気がする。不思議なもので、美奈子さんは決して弱い人というわけではなく、それどころか常人には考えられないような強さを持った人なのだが、それでいて、迂闊にふれると脆くもこわれてしまいそうな、そんな危うさを秘めた存在でもあった。

ブライアンはきっと、そんな彼女の在り方を魅力としてとらえ、それを最大に生かすための楽曲として制作したのが「Golden Days」だったのだろう。この曲は美奈子さんの伸びのある美しい声が存分に生かされていて、ソプラノ唱法による「見上げてごらん夜の星を」や「天国への階段」と並んで配置されていても全く違和感がない。デビューからまだ二年という時点で美奈子さんにこういう楽曲が似合うと見抜いていたのはブライアンの慧眼というほかないだろう。

曲調は私にはインドからアラブにかけての地域の音楽が微妙に入り混じったような雰囲気に感じられる。少なくとも日本的という印象は受けない。しかしあるいはこれは日本贔屓のヨーロッパ人が思い描く、多分に幻想の入り混じった日本のイメージの反映なのかも知れない。まあ私の思い描くインドやらアラブやらの音楽のイメージにしても全く根拠のない印象に過ぎないので、もしこの楽曲に日本的なるものへの誤解が含まれているのだとしても、少なくとも私にはそれを責めることはできない。


彼が一貫して「Golden Days」についてのみ語り、「Crazy Nights」については一言もふれていないのも興味深い。どうも彼自身ではこの「Golden Days」こそが自分が美奈子さんのために作った作品だ、という認識でいるらしい。実は、この二曲が収録されたシングルは「Crazy Nights/Golden Days」というタイトルなので両A面という扱いのようなのだが、海外盤では「Golden Days」の方が先に表記されているのである。

あるいは「Crazy Nights」はクイーンのギタリストのイメージに近い曲を、という日本サイドの要請で作られたものなのではないか、という気もする。ブライアンの作品といえば大抵の日本人が思い描くのは「Crazy Nights」のような曲だし、クイーンのギタリストとのコラボレーションという触れ込みで売り出すにはこちらの方が都合がよかっただろうとは想像に難くない。このあたりはブライアンと日本サイドとの間に微妙な思惑の違いのようなものがあったのではないか、とも窺われる。

「Crazy Nights」はいかにもクイーンのギタリストの作品らしい、爽快なロックンロールではあるが、いささか陳腐な作品であることは否めない。対して、「Golden Days」にはほかの作品には決して見ることのできない、唯一無二の個性がある。世界的なロック・スターであるブライアンが、国際的には全く無名で、日本においてさえまだ駆け出しのアイドルでしかなかった美奈子さんのために、こうした独創的な、おそらく彼自身の作品群の中でも異彩を放っているのであろう楽曲を制作したということに、感銘を覚える。それは、美奈子さんの類い稀なアーティストとしての資質を見抜いた卓越した鑑識眼と、世界的なスターとしての矜持の賜なのだろう。そんな意味で、この「Golden Days」は、美奈子さんの歩んだ足跡を語る上で欠かすことのできない、貴重な作品である。


なお、ブライアンは美奈子さんの亡くなる直前に日本を訪問した際に事務所にメッセージを託していたのだが、2005年11月10日付のコメントによると美奈子さんは病床で読むことができてとても喜んでいたのだそうだ。彼がメッセージを託したということは各種報道で取り上げられていたが、それを美奈子さんが読むことができたということはあまり伝えられていなかったように思うので、余談ではあるがここに書き添えておきたい。

謝辞

この文章を書くに当たっては以前ケイさん及びたぼさんとの間で交わした議論を参考にさせていただきました。ここに記してお礼申し上げます。ありがとうございました。

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コメント

sergeiさん、お久です。
なんか私の名前が書かれていますが、はて、私は議論なんぞしましたっけ?やりとり程度ならともかく。な〜んて細かい話はどうでもいいか(^^;)。
んで前に書いた事と同じ事になるかもしれませんが、『Golden Days』ですが、まず美奈子さん側から『M'シンドローム』と、『ザ・バージンコンサート』の2枚のLPがブライアン・メイ氏の方に送られて、「声質が抜群にいい」と、その後1986年6月に美奈子さんとブライアンが実際に会うより前にメイ氏は『Golden Days』を作ってしまったそうです。メイ氏は美奈子さんと会った時、「他の1曲はどんなのがいいか」と美奈子さんに聞いたら「アップテンポの曲が欲しい」と言われたのでその年の夏までに『Crazy Nights』を作ったそうです。
なので『Golden Days』の方がメイ氏の美奈子さんに対する思い入れが強く入っているんでしょうね。
以上の事は『平凡パンチ 1987年1月19日号』に載っていました。

-> ケイさん

あれ、「Golden Days」は直接会う前に既に出来ていたわけですか。その話は初出ですね。とするとブライアンのコメントはややミス・リーディングですが、本人はそういう細かいことにはこだわっていないのかも知れませんね。私の文章も少し改訂しなくてはなりませんが、そのうちやっておくことにします。

sergeiさん、今晩は。
sergeiさんは大変熱心に、美奈子さんの歌唱や作品を詳細に解読しようと試みられていてとても感心させて頂いているのですが、せっかくそこまでされるのですから、ネット上に記されている記述のみを頼りにしていても限界があると思いますので、前述した『平凡パンチ』誌(この号は美奈子さん特集です)ですとか、同じく美奈子さんとブライアン・メイさん関連について良く載っていた雑誌ですと『オリコン』誌1986年9月8日号ですとか、古本屋なりネットオークションなりで購入されるようにすると良いと思います。
私が前のコメントで引用した事も記事のごく一部ですので、それ以外の部分にsergeiさんにとって大切な事も書かれているかもしれませんし。

-> ケイさん

うーん、ここは基本的に自分が耳で聴いて感じたままを綴っていくためのスペースとして運営しているので、その種の考証作業は必要最小限にしたいと考えています。もちろん事実関係の誤りがないようにと意識してはいますが、このサイトを美奈子さん関連の資料集のような存在にすることは私の意図するところではありません。

もしそういったサイトが存在することが美奈子ファンのコミュニティにとって有益なことなのだとしたら、それはどなたか他の方、アイドル時代から継続的に美奈子さんのことを追いかけていて、既に手許に資料が豊富に揃っているような方にやっていただくのがよろしいのではないかと思います。少なくとも私の担うべき役割りではないと思っています。

sergeiさん、今晩は。
私は別にこのサイトを『美奈子さん関連の資料集のような存在にして』などとは言っていません。単に記述の元ネタの引き出しは大きい方が良かろうと思っただけです。ただ、現実問題としては上記の資料がいつもネットオークションやネットの古本屋に出てるとは限らないし、仮に出ててもそれらの入手にはそれなりの財力、労力が必要ですのでそんなに強く勧められるものでもありません。
なお、『美奈子さん関連の資料集』のようなサイトですが、ご存知だと思いますが、MFWのバイオグラフィですとか、pumpkinさんの『本田美奈子さんは語る』のページですとかが既に存在してます。

ところでまたその『平凡パンチ 1987年1月19日号』に載っていた事ですが、B・メイ氏の言として「クイーンがプロデュースした東洋から来た不思議な女の子という事で売りたいと思っている(中略)ミステリアス・MINAKOとして注目させたい」というのがありました。『Golden Days』に対する直接の言ではないですが、何となく『Golden Days』が念頭にあったような言という感じがします。この事も彼が『Golden Days』の方に思い入れが強くあったんだろうなー、と思わせる事の一つになっていますね。

-> ケイさん

まあ確かに元ネタの引き出しは大きいに越したことはありませんが、ファン歴に大きな空白のある私にあまり過剰な期待をされても困ってしまいます。その種の文献調査のような作業は元々好きではないですし、まして自分の楽しみのために運営しているこのサイトのためにそうした労力を割きたくもありません。音楽を鑑賞するのに大切なのは、まず何よりも耳で聴いて何を感じるかだと思っている、ということもあります。そういう次第なのでこのサイトでは綿密な文献調査に裏付けられた学究的な解説のようなものは期待しないで下さい。


“ミステリアス・MINAKO”というコンセプトで曲作りをしたのだとすればそれは間違いなく「Golden Days」のことでしょうね。確かに、謎めいた曲調に仕上がっていて、本人としても意図した通りの会心作だったのでしょう。まだまだ駆け出しの歌手でありながら一流のミュージシャンに思い入れを込めて曲作りをしてもらえた美奈子さんは本当に幸せだったな、と思います。

それにしても、特定のアーティストの熱烈なファンの方のこだわりは、到底余人の想像できるレベルではありませんね。

sergeiさん:
私はこのサイト・ブログに対して過剰な期待はちっっっっっっっっっっっともしませんのでご安心下さい(^^)。

まあ、sergeiさんの美奈子さんに対する思慕は非常に強いものがあると感じます。サイト・ブログというカタチとして出るかどうかでなく、美奈子さんに関して色々読まれる対象を、ネット上のものだけでなく古本等にも広げられてもいいような気もしますが。。まあ、これは『大きなお世話』って奴ですね(^^;)。

-> ミューズさん

具体的に何を指して仰っているのかわかりかねるのですが(汗)、私自身のことも省みつつ、ファン心理というのは実に複雑微妙極まりないものなのだと思います。


-> ケイさん

古書を追いかけるのは面倒なのではっきりいってやりたくないです。古書店めぐりやらネット・オークションに手をかけるくらいなら、むしろ中古CDショップを徘徊することに時間と労力をかけたいと思っています。

ウェブ上の情報を追跡するのもあまり頭でっかちになってはいけないのでほどほどにしようと思いつつ、自分の文章を投稿するために利用しているブラウザのツール・バーに検索用の窓が開いているもので、ついついあれこれと目を通してしまっているという状況です。まあこの「Golden Days」に関しては耳で聴いただけではどう解釈していいのか今一つ判然としなかったので、ブライアン自身のコメントに手掛かりを求めたり、ほかのファンの方の意見を聞いてみたりしたわけですが。

>具体的に何を指して仰っているのかわかりかねるのですが(汗)、私自身のことも省みつつ、ファン心理というのは実に複雑微妙極まりないものなのだと思います。

それは、何事も思い入れの強い人は、自分に関心のあるテーマが目の前にあると、色々と突っ込みを入れてみたくなるもんだということです。(笑)

-> ミューズさん

お説ごもっともです。

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