「星に願いを」

2009年12月 6日

訳詞:渋谷森久 作詞・作曲:Ned Washington, Leigh Harline
アルバム「ラスト・コンサート」(2008.12.10)所収。

本田美奈子さんを巡っては私にはあまりにも悔いることばかり多いのだが、その一つは2003年8月12日にNHK総合で放送された『夢と未来へのメッセージ 魔法の国から子どもたちに贈る歌』という番組に美奈子さんが出演したのを、わかっていながら見逃したことである。この番組は子どもたちに贈る歌という趣旨でディズニーの映画音楽を特集したものだったのだが、この日新聞のTV欄に美奈子さんの名前の記載があるのに気がついて刮目したものの、次の瞬間に「何だディズニーか…」と思ってしまって見る気を失ったのだった。

その後美奈子さんが亡くなった時にはNHKのニュースで「星に願いを」を歌う映像が流れるのを見て、「ああそうか、あの時美奈子さんはこの歌を歌ったのか…」と思い込んで、激しく後悔した。ディズニーの映画音楽の中でも、この『ピノキオ』の主題歌だけはとても好きな曲なのだ。あの時につまらない分別を起こさなければこの歌を聴くことができていたはずなのに、と思うとたまらなく切なくなった。


そんなわけでこの「星に願いを」という歌は私にとってちくりと胸の痛む思い出となっていたのだが、この度あらためてこのことについて調べていて、この私の思い込みは誤りだったことに気がついた。この時美奈子さんは中川晃教さんとのデュエットで『アラジン』のテーマ曲、「A Whole New World」を歌ったらしい。「星に願いを」を歌ったのは、2004年11月27日放送(BS2)の『わが心の愛唱歌大全集』という番組でのことだったのだそうだ。この番組は存在自体を知らなかったので、見ていなかったのは残念ではあるものの、そこに妙な呵責は感じなくて済む。このことを知って、少し心が軽くなった気がする。

肝腎の映像そのものは、昨年夏に川口のNHKアーカイブスで開催されたイベントに参加した際にビデオ・コンサートで見ることができたので、あの時NHKのニュースを見て感じた胸の痛みは、その時に幾分かやわらいでいた。そして、このイベントではもう一つ別の「星に願いを」の音源を聴くことができた。


周知の通り美奈子さんは入院中に骨折のため同じ病院に運ばれてきた恩師の岩谷時子さんのために、ボイス・レコーダーに歌を吹き込んで励ましのメッセージを伝えていた。その時に歌った三十曲近くの歌の中に、この「星に願いを」が含まれていて、昨夏のイベントではその音源を聴くことができるようになっていたのである。この歌唱は実に素晴らしく、ビデオ・コンサートの方で聴いたものに優るとも劣らないものだった。これを何とかしていつでも聴けるようにしてはもらえないものか、と願っていたところ、有り難いことに昨年12月にこの歌を含む19曲を収録した、ボイスレターの音源によるアルバム「ラスト・コンサート」がリリースされたのである。

これら19曲をあらためて聴いてみても、やはりこの「星に願いを」は抜きん出て素晴らしいと思った。病気で入院している時に歌ったにしては、というような留保なしで、十分に優れた歌唱なのである。この歌には歌い終えたあとに美奈子さんが語っているメッセージの部分も収録されているのだが、「病気がよくなってみると」という言葉にあるように、実際に体調もこの時はかなりよくなっていたのだろう。この音源が幸いにして残った以上、正規のスタジオ録音が残されなかったことを惜しいとは思わない。川口でのイベントで聴いた時はノイズがかなり酷かったのだが、アルバム化に当たってはうまく除去されていて、聴き苦しく感じるところはない。


美奈子さんはこの歌を一般的に知られている日本語詞ではなく、恩師の故渋谷森久さんによる訳詞で歌っていた。それなのにどうしたわけかアルバムには訳詞者として島村葉二という名前がクレジットされている。初めこれは渋谷さんが用いていた別名義なのかと思ったのだが、調べてみるとこの方こそが一般的に知られている日本語詞を訳した人であるらしい。とするとこの記載は単なる誤りなのだろう。

美奈子さんは渋谷さんをとても慕っていたそうで、アルバム「」がリリースされた際にはわざわざ墓前に報告してCDの音声を流して聴かせたというエピソードも伝えられている。この歌を渋谷さんの歌詞で歌うというのも相当にこだわりを持ってしていたことであるはずで、こういう大事なところでミスをしてしまう不注意さはいただけない。

それはともかく、島村葉二版の日本語詞というのもウェブ上にあったので読みくらべてみたが、私はやはり美奈子さんと同じく渋谷さんの方を支持したいと思った。特に実際に歌ってみた時に、こちらの方がメロディーに自然に合うように思う。どちらも原詞にくらべると内容が薄くなっているのだが、日本語と英語とでは音節の数にどうしても違いが出てしまうので、これは致し方のないところだろう。


すでに述べたように、この歌には歌い終えた後に美奈子さんが語ったメッセージも併せて収録されている。そこで彼女は「願いごとをするばかりではいけない」といった趣旨のことを述べているのだが、これを聴いて私は、宗教思想家のひろさちやさんが子供の頃におばあさんから教えられた、という言葉を思い出した。ひろさんのおばあさんは「ほとけさまを拝むとき、絶対にお願いごとをするな! “ほとけさま、ありがとうございます”と拝め!」と教えたのだそうで、このことをひろさんは「いまにして思えば祖母は大事な『ほとけのこころ』を教えてくれたのです」と述懐されている(「こだわりを捨てる ‹般若心経›」中央公論新社)。ここに記録されたメッセージと、あの「ありがとう」の詩を考え合わせれば、この頃の美奈子さんは“ほとけのこころ”の真髄を会得していたのだろうな、と思わずにはいられない。


最後になってしまったが、本来は岩谷さんに宛てた私的なメッセージであるこれらの音源を、こうした私たちにも聴けるようにして下さったことに、岩谷さん及び許諾をしていただいたご遺族をはじめとする関係者の方々への感謝を表明したい。特に岩谷さんには申し訳ないような思いもしつつ、大切に聴かせていただくことにしたいと思っている。一部にはこのアルバムのリリースに対して批判もあったようだが、私としては今回収録されなかった歌たちもまた何か別の機会に聴かせていただけることを願っている。


謝辞

美奈子さんの出演した番組と歌った曲目についての情報はケイさんにご教示いただきました。ここに記してお礼申し上げます。ありがとうございました。

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コメント

sergeiさん、こんばんは。
そういえばsergeiさんが書かれました様に『ラスト・コンサート』のブックレットでは「星に願いを」の訳詞者は島村葉二さんになってましたね。でもボイスレター展の映像のテロップでは「訳詞 渋谷森久」になってましたね。
これはsergeiさんの今回のブログを読むまで気がつきませんでした。
渋谷森久さんも美奈子さんにとって大切な恩師の一人だったと聞いておりますので、sergeiさんの仰る通りブックレットの記述を正確にして欲しいですね。

所で『ラスト・コンサート』に対する岩谷時子さんの正式なコメントは聞いた事はないですが、きっと「私一人で聴くのは勿体無いから皆さんも聴いて下さいね」と思ってこのボイスレターの公表やCD化を許諾されたのだと勝手に想像しております。
なのでこのCDを聴く時は私は入院している岩谷さんの気持ちになって、一日一曲かせいぜい二曲程度、大切に聴かせて頂いております(←と言うとカッコイイですが実はたまにしか聴いていない事の言い訳だったりして(^^;))。

また、この映像の元番組を何で私が簡単に分かったかと言うと、『ボイスレター展』の時の映像上映で「星に願いを」を歌う映像が流れた時、テロップに「2004年12月 わが心の愛唱歌」と出たのをメモしていたので、そこからNHKアーカイブスのHPの保存番組検索などで調べて確認しただけ(基本的には)なので、これに関してはあまり大した調査の労力はかかってません。
sergeiさんもNHKアーカイブスのHPの保存番組検索で調べられればすぐに結果が出てくると思います。

-> ケイさん

こんばんは。私はこの種のクレジットはかなり気にする方なので、訳詞者の名前を見た時は何なのだろう、と不思議に思いました。渋谷さんが用いていた別のペンネームなのかな、くらいに考えていたのですが、調べてみて明らかなミスとわかった時は本当に驚きました。こういう部分でも美奈子さんの思いを大切にして欲しいですね。

岩谷さんのご心中は私も同じように想像しています。きっと美奈子さんの歌をたくさんの人に聴いてもらいたい、というお気持ちなのだと思います。私もこのアルバムは少しずつ大切に聴いていますよ。やはり気軽な気持ちで聴ける音源ではありませんし…。

映像のテロップをメモされてたんですか、私は多分そんなの見てもいなかったと思います。さすがの情報収集力ですね。NHKアーカイブスの保存番組検索は出演者の名前などはわかりますが、歌った曲目までは調べられないんじゃないでしょうか。まあとにかく教えていただいて助かりました。

改めてNHKのボイスレター本を読み返してみたのですが、こちらではちゃんと「訳詞 渋谷森久」と出てました。
せめてもの救いという所でしょうか。
 
所で、「星に願いを」の元番組が分かった件ですが、NHKの番組『最後のボイスレター』で、美奈子さんの訃報のニュースが流れてその時この「星に願いを」の映像が少し流れますが、そこにもテロップで「2004年12月」と出てます(この映像を見返すのはあの日の事を思い出して結構辛いと思いますが。実は私も訃報を初めてこのNHKのニュースで知り、その時から「星に願いを」をNHKで歌われていた事を知って、その後調べて多分この番組だろうと思っていたのです。)。
そこからも推理した(NHKのこの年月の美奈子さん出演の歌番組はこれしかないので。mfwのバイオグラフィにも出てました。)次第です。
また、もう少し言うと、「ひろさん」も、マリアさんの所の掲示板でこの映像がこの番組だと記述しておりました。
その辺もあって確証とした次第です。(折角なのでこの場をお借りしてひろさんにも御礼申し上げますm()m。)
ひろさんはリアルタイムでこの番組を見ていらして録画もされていらっしゃる様です。流石という他ありません。

ひろさんがQ&A掲示板を読んでいらしたら多分私より説得力のある答えをして下さるでしょうから助かるのですが、まあ、そこまで要求は出来ません。
多分放って置くと誰も答えないと思ったので私がお答えしたのですが、良く見ると期間が1日位しかたって無かった。もう少し放って置いても良かったかも知れませんね。

-> ケイさん

いえいえ、「もう少し放って置いても良かった」とはとんでもないことで、迅速にお答えいただいたお陰でこの稿を無事に書き上げることができました。マリアさんの掲示板は私も頻繁にチェックしているのですが、ひろさんがこの映像について書き込みされたのは(おそらく見てはいたはずですが)覚えていませんでした。もう少し自分で調べてみればわかったのかも知れませんが、わざわざ苦労して調べるよりもあそこで問い合わせておけば博識なケイさんあたりが迅速に回答して下さるだろうからその方が早そうだと期待してそののようにした次第です。

そういうわけなのでお答えいただいてとても助かりました。ありがとうございます & これからもよろしくお願いします。

sergeiさん、こんばんは。
(ちょっと間が空いてすみません。)私もQ&A掲示板はごくたまにしか見に行かなくなってしまいまして、12月4日にあそこを見てすぐにお答え出来たのは全く偶然でした。なので、って訳でもないですが、これからもし早く知りたい事があれば、Q&A掲示板と同時にひろさんの掲示板でお尋ねになられると(特にクラシック時代以降の事など)、良いかもしれません。

-> ケイさん

おや、そうでしたか。とすると今回早々とお答えいただけたのはたまたま運がよかったということになるでしょうか。これももしかすると美奈子さんのお計らいだったのかな、などと考えてみたりもします(いやそうだ、きっとそうに違いない!)。せっかくあちこちに掲示板があるので、うまく使い分けたいですね。

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