ラグース 〜アイリッシュ・ダンスの夕べ〜

2009年12月17日

うちの近所の女子大学で講義の一環として開催されるコンサート・シリーズ、先週の11日の分の招待券をまたまたいただいて行ってきた。今回は「ラグース」というアイリッシュ・ダンスのパフォーマンスである。

『ラグース』はアイルランド随一の観光地であるアラン諸島を訪れる観光客のためのショーとして結成。歌、音楽、踊りが一体となったそのステージは、アイルランドでも最高のクオリティを持つショーとして、小さな島を超えて世界中からオファーが来る大人気エンターテイメントに成長した。

ザ・アイリッシュダンス -RAGUS Show-

アイリッシュ・ダンスについては前々から興味があって、一度見てみたいと思っていたのでこうした機会を得たのは実に幸運だった。よく知られているように、アイリッシュ・ダンスは上半身を使わずに脚だけを使って激しいリズムで踊るのが特徴である。これはイングランドの統治下で彼らの伝統文化が禁じられていた時代に、外からはダンスをしていることがわからないように、室内で脚だけを使って踊ったことに由来すると言われている。

このラグースの公演では男女二人ずつのリード・ダンサーと、女性ばかり十人のアンサンブルという構成だった。計四人のリード・ダンサーのうち三人は「リバーダンス」にも出演した経験があるとのことで、いずれも実力のある踊り手のようだった。編成はソロや二人、三人によるものから大人数の群舞まで様々に変わりながら、実に信じ難いような見事な脚捌きで激しいリズムを刻んでいく。その生命の躍動そのもののような律動からは、イングランド統治下にあっても自らの文化的伝統を守り抜こうとするアイルランド人たちの不屈の魂が伝わってくるかのようである。

たたみかけるような靴音の響きは耳だけでなく体全体を心地よく刺激してくれる。見ながらふとタップダンスとも似てるな、と思ったのだが、調べてみるとやはりタップダンスはアイリッシュ・ダンスの影響も受けて発達してきたらしい。

群舞での一糸乱れぬユニゾンも見事なら、男性二人で技を競い合うようにかけ合いも見せてくれるところも楽しい。そこにさらに伴奏の打楽器も加わって賑やかに音が入り乱れる様は、さながら会話を楽しんでいるかのようである。本当に気心の知れた同士なら、この多彩なリズムの応酬で簡単な意思疎通ができてしまうのではないかという気さえする。

女性ダンサーたちの迫力も少しも負けてはいないが、重力の制約からときはなたれたかのようにピンと背筋を伸ばして軽やかに跳びはねる姿にはどこか妖精を思わせるような可憐さもあった。女性二人ずつがワルツのように向かい合って踊るパートもあり、何組ものカップルが舞台上を目まぐるしく駆け回るところは何だか微笑ましかった。


伴奏はアコーディオン、フィドル、イルン・パイプ、ギター、キーボードという五人の編成。とにかく速いテンポで、活気のある音楽に座って聴いていても心にリズムがこだまするのが感じられる。一つの曲の中ではほとんど拍子もテンポも変わることなく、同じような音型を延々と繰り返すのが特徴的である。この愚直なまでのひたむきなエネルギーの充溢こそ、アイルランド民族を歴史上の幾多の苦難を乗り越えて生き延びさせた原動力なのかと思わせられる。クラシック音楽で常用される主題労作のような作業とは無縁の音楽作りで、ふとこれは現代音楽でいうミニマル・ミュージックと何か関係があるのだろうか、という疑問が頭に浮かんだが、残念ながら私にはよくわからない。アコーディオン、フィドル、イルン・パイプをそれぞれソロとしてフィーチャーする楽曲もあり、それぞれの奏者の技量や、楽器の特徴をも楽しむことができた。

アコーディオンを弾くファーガル・オー・マルクルさんがバンドのリーダーで、このショー自体のプロデューサーでもあるようだった。このマルクルさんがMCも担当していたのだけど、大勢の女子学生を前にしての演奏ということで舞い上がっていたようで、かなりおかしなテンションでの進行だった。まあこういうところもエンタテイナーとしての技量のうちなのだろうけど。このほかマルクルさんは歌も一曲披露してくれた。

フィドル奏者のファーガル・スカヒルさんは多才な人で、バウローンという打楽器でも超絶的な技巧を披露してくれた。ヴァイオリン系の擦弦楽器と打楽器では必要とされる技術が全く違うはずなのだが、才能のある人というのは何でもできるものなんだな、と感嘆させられる。

イルン・パイプというのはバグパイプの一種だそうで、とても変わった楽器だった。イルンとはゲール語で肘を意味するとのことで、肘に取り付けられたふいごで空気を送る仕組みになっているらしい。独特の音色で、この音が鳴るだけでいかにもアイルランドの音楽らしい響きになる。音を出すのがとても難しい楽器で、そのため一時期は奏者が途絶えそうになる危機にも見舞われたそうだが、現在はアイルランドの音楽になくてはならない楽器として定着しているようだ。シェーン・マッカーシーさんは若手の第一人者として期待されている奏者のようだった。


そしてこのショーに花を添えていたのがディアドレ・シャノンさんの歌である。ディアドレさんはアヌーナケルティック・ウーマンに在籍した経験もある女性歌手で、アヌーナ在籍時にはやはり「リバーダンス」に出演したことがあるそうだ。この経歴から想像されるイメージそのままの、とても美しい歌声でうっとりと聴き惚れてしまった。

歌ってくれたのは全四曲。最初の「サリー・ガーデン」はとても好きな歌で、これを聴けたのはラッキーだった。ただ、移調してもう少し高い音域で歌った方が彼女の美声がより生かされたのではないか、という気もした。続いてはタイトルがわからないのだけどゲール語と英語の歌が一曲ずつ、どちらも叙情的な美しい旋律の歌だった(大阪での公演を鑑賞された方のレポートによると前者が「Ardaigh Cuain」、後者が「Song for Ireland」という歌らしい)。ゲール語の歌の方はやや愁いを帯びていて、残念ながら意味はわからないのだけどゲール語特有の言葉の響きも相俟って、アイルランド人たちの感情の陰影を繊細に描き出しているように感じられた。

そして最後はやはり期待通り「ユー・レイズ・ミー・アップ」を歌ってくれた。ディアドレさんはケルティック・ウーマンには途中の一時期の参加なので、私たちがよく聴くこの歌の録音には参加していないのだが、今回聴いたディアドレさんの歌唱はまさに“ケルティック・ウーマンのあの歌”としかいいようのないものだった。アイルランドという国はよくぞこうした美しい歌声の女性歌手を次から次へと輩出するものだと感嘆させられる。この歌を聴けただけでも来た甲斐があったというものだ。事前に寄せてくれていたメッセージによるとディアドレさんは今回が初来日とのことで、日本のことを気に入ってくれたらいいな、と思う。


ダンスでのひたすら激しいリズムと歌での伸びやかなカンタービレは実に対照的で、この両者の弁証法的な対立とその融合こそがアイルランドの音楽の本質をなしているのかも知れない。このショーを見ながらそんなことを考えた。いやとにかく、ダンスに音楽に歌にと全てに満足の一夜だった。


次の映像は公式のプロモーション・ビデオ。e+movieでは今回の日本公演のための紹介映像を見ることができる。


関連ページ

いろいろと検索して調べていたら興味深いページが見つかったので、ここにリンクさせていただくことにする。

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