「すべてが変わるだろう」

2010年1月 6日

日本語詞:岩谷時子 作詞:P. Delanoë 作曲:M. Fugain
アルバム「JUNCTION」(1994.09.24)所収。

本田美奈子さんのレパートリーの中から年の初めに聴くのに相応しい曲を、と考えていたら、ふと「すべてが変わるだろう」という作品のことが思い浮かんだ。この曲は作詞作曲のクレジットからカヴァー曲であることはすぐにわかるのだが、私にはなじみのない曲なのでいろいろと調べてみた。

原曲はミシェル・フュガンさんというフランスの男性歌手が、自ら率いるビッグ・バザールというグループととも歌った「Tout va changer」という曲だった。1973年に制作されたアルバム「Fugain et le Big Bazar - numéro 2」に第一曲として収録されている。作曲はフュガンさん自身、作詞はピエール・ドラノエで、このコンビはサーカスのヒット曲「Mr.サマータイム」の原曲「Une belle histoire」を生み出した組み合わせでもある。

2005年に開催された『愛・地球博』ではフュガンさんの「Bravo, Monsieur le Monde」がイメージ・ソングに選ばれており、こうした点でも日本に縁のある方のようだ。2002年には娘のロレットさんを白血病で喪ったという切ない情報も目にしてしまった…。


美奈子さんはこの曲を1994年に制作されたアルバム「JUNCTION」に終曲として収録している。日本語詞はもちろん恩師の岩谷時子さんである。どういういきさつでこの曲をカヴァーすることになったのかはよくわからないが、おそらくはフランスの音楽事情に通じた岩谷さんの薦めがあってのことだろうと推測される。この「JUNCTION」は美奈子さんが『ミス・サイゴン』で圧倒的な評価を得た後に満を持して制作した5年振りのオリジナル・アルバムなので、美奈子さん自身もっと成長した自分に変わっていきたいという思いや、変われるはずだという自信の表れでもあったのかも知れない。

混声合唱のハミングの穏やかな響きに導かれ、美奈子さんは明日への希望を優しく歌っている。そこには未来への素朴な信頼や満ち足りた安らぎが溢れている。曲調がそうさせるのだろうが、「命をあげよう」の悲壮な願いとも、「つばさ」の自信に満ち溢れた高揚感とも異なる、独自の歌の世界になっている。これらのドラマティックな曲の後に終曲としてこの穏やかな歌を配したのは、実に巧みな配置というほかない。

そしてこの曲の大きな聴き所の一つは、間奏にフィーチャーされたパン・フルートのソロである。この楽器の朴訥とした音色がとても好きな私にはうれしい演出である。前奏などにもやはり管楽器が使用されているのだが、これはリコーダーだろうか。ブックレットには参加ミュージシャンのクレジットが記載されているのだが、残念なことにこの曲に最も鮮やかな彩りを添えている管楽器の奏者のお名前はどういうわけか記されていない。

岩谷さんの日本語詞は原詞の内容をかなり忠実に訳したものになっている。音節の数を合わせる必要から全体の情報量は減ってしまっているのだが、さすがに当代一の作詞家だけあって、内容のエッセンスをうまく抽出し、原詞に盛り込まれた世界観を再現しているのは見事である。


それにしても、この曲は考えれば考えるほど今聴くのに相応しい曲のように思えてくる。日本漢字能力検定協会が主催する「今年の漢字」に“変”が選ばれたのは一昨年のこと、そして昨年暮れに選ばれたのは“新”の一字だった。あらゆる意味で時代は今転換期にあり、漢検自身がまさにそうだったように、新しく生まれ変わることは避けることができない運命にあるといっていいだろう。世界も、そして私自身も。

「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」—世界の演劇史上最も有名なセリフである『ハムレット』の中の言葉だが、従来「生きるべきか、死ぬべきか」と訳されてきた「To be, or not to be」という部分を「このままでいいのか、いけないのか」と訳したのは小田島雄志さんだった。今私たちに「このままでいい」という選択肢は残されていないように思える。

しかし一方で、私はどうしても『ワーニャ伯父さん』の中のワーニャとアーストロフとのやりとりを思い出してしまう。「どうやって新しい生活を始めたらいいのか」というワーニャの悲痛な問いかけに、アーストロフは「僕らにはもう希望なんてないさ」と突き放す。私にはこのアーストロフの諦観の方が近しく感じられてしまうのだが、美奈子さんに優しく「すべてが変る」とか「もう変わったよ」、「今夜人生 すばらしいね」などと歌ってもらえば、また明日への希望を信じる心を取り戻すことができそうな気にもなってくる。ここに歌われているような未来への無邪気な信頼は、私の心境からはあまりにも遠く懸け離れてしまっていた種類のものなのだが、今はしばし、美奈子さんの歌が形作る穏やかな世界に身を任せることにしたい。

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