「私のお父さん」

2010年5月 6日

日本語詞:岩谷時子 作曲:ジャコモ・プッチーニ 編曲:井上鑑
アルバム「AVE MARIA」COCQ-83633(2003.05.21)所収。ベスト・アルバム「クラシカル・ベスト〜天に響く歌〜」COZQ-255,6(2007.04.20)にも収録されている。

本田美奈子さんが一連のクラシック・アルバムで歌った曲には器楽曲に歌詞をつけたものが多いが、オペラ・アリアもいくつか歌っていて、「AVE MARIA」に収録された「私のお父さん」はその一つである。原曲はジャコモ・プッチーニのオペラ『ジャンニ・スキッキ』で主役のジャンニ・スキッキの娘ラウレッタが歌うアリアで、いわずと知れた古今のオペラ・アリアの中でも屈指の名曲である。この『ジャンニ・スキッキ』はプッチーニにとっては唯一の喜劇で、筋立てはかなりふざけた内容なのだが、こうしたばかばかしい喜劇にも聴く人の心を蕩かすような美しい旋律を書いてしまうあたりはこの作曲家の面目躍如といったところだろう。


日本語詞はいつもの通り岩谷時子さんだが、私は初めこの歌が日本語で歌われるのにはどうも違和感を禁じ得なかった。とても好きなアリアなので、何度も聴くうちにイタリア語がわからないのに歌詞を覚えてしまったくらい、原曲にはなじみがあったのだ。また、元の歌詞は恋人との仲を認めてくれない父に「許して下さらないならアルノ川に身を投げて死んでしまいます」と歌いかける、甘美なメロディの中にも切迫した悲愴感を漂わせたものなのだが、岩谷さんの日本語詞ではすでに嫁ぐことが決まっている娘が父にこれまでの愛情を感謝して歌うというシチュエーションになっていて、歌の雰囲気がかなり変わってしまっているということもあった。

繰り返し聴くうちにかなり慣れてはきたし、平易で自然な言い回しの中に豊かな感情がこめられた気品のある歌詞はさすがに岩谷さんならではのものだと思う。ただやはり欲をいえば、もう少し恋する娘の命を懸けた懇願のようなニュアンスを歌の世界に盛り込むことができていればなお豊かな叙情に満ちた作品となったに違いないのに、という思いは未だ消えずにいる。


クラシカル・ベスト〜天に響く歌〜」の岡野博行さんのライナーノートによると、このアリアは一連のクラシックの楽曲の中で最初に録音したものだったそうだ。そのせいか歌い回しにはやや硬さが残っているように感じられる。もちろんとても丁寧に歌ってはいるのだが、全体に音符の伸ばし方が少しずつ足りなくて、そのために若干歌い急いでいるかのように聴こえるのだ。

美奈子さんは2003年5月25日放送の『題名のない音楽会』で飯森範親さん指揮の新日本フィルハーモニー交響楽団との共演でこのアリアを歌っているのだが、この時はスタジオ録音の時よりもはるかにのびやかな歌い回しで闊達な感情表現を聴かせている。わずか半年足らずの間にも、美奈子さんの歌唱技術は格段の進歩を遂げていたことが窺われる。特に「大きな愛に」の“あい”のところでの大きなポルタメントが非常に印象的で、楽曲の中でアクセントを効かせることに成功している。

このポルタメント自体はスタジオ録音の音源にも聴かれるもので、美奈子さん固有の解釈なのだろう。これはおそらく歌詞の意味を理解した上でそれを旋律にうまく乗せようと意識して行っているもので、こうした楽曲解釈の細やかさ、的確さは美奈子さんの著しい美点の一つだと思う。そして、『題名…』の時の歌唱ではそれが曲全体の中で表現としてより自然で効果的に生かされているのだ。この時はその後の「幸せなわたし」の“わたし”の部分が幾分パルランドな調子になっていて、その対照がまた感情表現をより陰翳深いものとしている。この映像もしくは音源は何とかして正規にリリースされないものか。それと同時に、この歌をもう一度録音する機会があったなら、という思いも抑えることができない。


美奈子さん自身はついに誰にも嫁ぐことなく世を去ってしまったのだが、この歌を歌うに当たっては自身の体験とどんな風に重ね合わせながら歌詞の世界を自分のものにしていったのだろうか。ぜひ聞いてみたかったところである。

デビュー後にご両親が離婚して、それ以来ずっとお父様とは別居されていたようだが、伝記本「天に響く歌 歌姫・本田美奈子.の人生」によるとお父様に最期を看取ってもらうことができたようだ。その時彼女の胸は、この歌の通り「大きな愛に守られてきた幸せ」に満たされていただろうか…。

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