シューマン「幻想曲」 リヒテルの演奏で
2010年6月13日
今週の8日にロベルト・シューマンが生誕200周年を迎えたということでここしばらくシューマンの作品をいくつか聴いているのだが、せっかくなので少しその感想を記しておきたい。今日聴いたのは「幻想曲 ハ長調」作品17、演奏はスヴャトスラフ・リヒテルである。カップリングのベートーヴェンのピアノ・ソナタ第17番(いわゆる“テンペスト”)の方はこの曲のお気に入りの演奏として愛聴しているのだけど、「幻想曲」は今まであまり聴いていなかった。
この作品は元々ベートーヴェンへの追悼として構想されていたのだが、筆が進まぬうちに交際中のクララへの想いを託した曲へと変質していった、ということらしい。こうした定見のなさがいかにもシューマンらしいという気がする。
曲は三つの楽章によって構成されるが、通常の3楽章ソナタの定石とは逆に、緩・急・緩というテンポの配置になっている。両端楽章はシューマンらしい詩情に溢れていて、意識の底深くに分け入ったところに立ち現れる幻想を垣間見るような気分へと誘ってくれる。対して中間楽章では、曲想が盛り上がる割りには日頃私たちが眠らせている激情を解き放ってくれるような昂揚感にまで至っていない気がする。あるいはこういうもどかしさもシューマンらしさの一面と云えるのかも知れないが。
リヒテルは深い靄の奥から立ち現れるような幻想を、知情意のバランスのとれた解釈と深みのある音色で巧みに描き出している。こうしたシューマン的な幻想に聴く、彼のロマンティックな詩人としての表情も素晴らしい。
1961年の録音で、音質は正直あまりぱっとしない。この時代としては仕方ないのだろうが、EMIはデッカやグラモフォンと比べるとどうしても見劣りがする。しかしそれを考慮に入れてもなお、“テンペスト”も併せて壮年期のリヒテルの名演が聴けるディスクで、お薦めの一枚であることは間違いない。
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