「天国への階段」

2010年9月 6日

作詞・作曲:ジミー・ペイジ&ロバート・プラント 編曲:井上鑑
アルバム「心を込めて…」COCQ-84139(2006.04.20)所収。

本田美奈子さんの没後に未発表音源等を集めて制作されたアルバム「心を込めて…」にはイギリスのロックバンド、レッド・ツェッペリンの代表曲、「天国への階段」(原題「Stairway to Heaven」)のカヴァーが収録されている。これはクラシック・アルバムの第一弾「AVE MARIA」に収録する予定で録音したものの、他の曲と雰囲気が異なるために最終的に収録を見合わせたものである。「見上げてごらん夜の星を」と同様、おそらくはいずれ何らかの形で発表することを想定していたもので、いわゆる“没音源”とは違うものと考えていいと思う。


オリジナルは彼らの4枚目のアルバム(正式なタイトルがなく通常「Led Zeppelin IV」と呼ばれる)の収録曲として発表された。アコースティック・ギターとリコーダーによる静かな開始から、同じ旋律を繰り返しつつ序々に音量を増していくという構成はモーリス・ラヴェルの「ボレロ」の影響が指摘されている。ジミー・ペイジさんはこれより前にジェフ・ベックさんのいわゆる“幻のレッド・ツェッペリン計画”のセッションに参加した際に「Beck‘s Bolero」という作品を提供しており、ラヴェルのこの作品には大いに感化されるところがあったのかも知れない。

抽象的で難解な歌詞は主としてロバート・プラントさんが手がけたようだが、現在でもその解釈に定説のようなものは形成されていないらしい。使用される言葉の一つ一つに象徴的な意味合いを付与して明確なメッセージを読み取ろうとすることも不可能ではないだろうし、特に一人の淑女が“天国への階段”を買おうとしているという設定は資本主義に対する批判を意図したものとも解釈できる。しかしロバート本人は歌詞についてあれこれと考察されることを望んでいないらしく、自身の口から明確な説明をすることは避けているようだ。むしろこの歌は、抽象的な言葉の連なりが形作る幻想的なイメージを聴き手が自由に膨らませつつ受け取るべきなのだろう。


このカヴァーは「AVE MARIA」に収録することを想定していたもので、当然のことながら美奈子さんは Wild Cats 時代のような威勢のいいシャウトではなく、ソプラノ的な唱法による美声を響かせている。演奏には古川昌義さん(Gr)、土方隆行さん(Gr)、美久月千晴さん(Bs)、山木秀夫さん(Dr)といった錚々たるスタジオ・ミュージシャンが参加しているが、井上鑑さんによる編曲はさらに金原千恵子さん率いる弦楽合奏を前面にフィーチャーしている。そのためリコーダーの素朴な音色に導かれて始まるオリジナルのノスタルジックな雰囲気は失われているものの、通常のロックバンドの編成に弦楽合奏を加えたサウンドはシンフォニックな響きで聴き手を魅了する。美奈子さんの美声と相俟って、全体は実にゴージャスな仕上がりとなっている。プロデューサーの岡野博行さんはライナーノートで「井上鑑さん入魂のアレンジも聴きもの」と評しているが、井上さんにとってもこの曲の編曲は音楽家としての挑戦意欲をそそられる作業で、自身の持てる技量の全てを尽くして取り組んだに違いない。

美奈子さんの歌声はこうしたロックを起源とする楽曲にもまた実によく映えている。こうした試みというのは決してめずらしいものではなく、声楽の素養のある女性ヴォーカルとメタル・サウンドの取り合わせは、現在北欧などで盛んに行われている。美奈子さんがもう少し生きていれば、こうした趣向をもっと追求してみるのも一つの方向性として有力だったかも知れない。Wild Cats での活動が一般的には十分な人気や評価を獲得できなかったことを思えば、もしそうした路線で成功を収めることができていれば、それは美奈子さんにとって一つの得難い勲章になっていたことだろう。そんな見果てぬ夢にも誘われる、貴重な録音である。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

管理者の承認後に反映されます。

http://vita-cantabile.org/mt/tb-vc/609

コメントを投稿

最新のコメント

author

author’s profile
ハンドルネーム
sergei
モットー
歌のある人生を♪
好きな歌手
本田美奈子さん、幸田浩子さんほか
好きなフィギュアスケーター
カタリーナ・ヴィットさん、荒川静香さんほか

最近のつぶやき

おすすめ

あわせて読みたい

Giorni Cantabili を読んでいる人はこんなブログも読んでいます。