「I LOVE YOU」

2011年6月 6日

作詞・作曲:尾崎豊 編曲:DJ SOMA & HITOSHI HARUKAWA for GROW SOUND
マキシシングル「Honey」(2000.10.21)所収。没後に制作されたアルバム「I LOVE YOU」(2006.03.29)にも収録されている。

本田美奈子さんが2000年に発表したマキシシングル「Honey」には、尾崎豊の「I LOVE YOU」のカヴァーが収録されている。尾崎は美奈子さんと同じ朝霞市の出身で、この曲をカヴァーすることになったのは同郷のよしみということもあったのだろう。

原曲は尾崎豊のデビューアルバムの収録曲で、いかにも尾崎らしい繊細な感受性によって綴られたラヴバラードの名曲である。今年の3月にテレビ東京系列で放送された伝記的なドラマによると彼は高校時代にエーリッヒ・フロムの「愛するということ」を読んでいたそうで、この曲は「Foregt-me-not」などと並びそうした読書体験の成果が表れた作品でもあるのかも知れない。

1992年に尾崎が亡くなって以降、この曲は多くの歌手によってカヴァーされており、その中には彼の長男の尾崎裕哉さんによるものも含まれる。しばしば尾崎の代表曲として扱われることもある作品だが、そのことに私はいささかの違和感を覚えないわけでもない。この曲は尾崎のレパートリーの中ではどちらかというと間奏曲的な意味合いを持った作品であり、例えば「卒業」であったり「僕が僕であるために」といった作品こそが彼の代表曲というに相応しいと思うからだ。まあそういった作品はなかなかおいそれとカヴァーできるものでもないだろうから、カヴァーがこの「I LOVE YOU」に集中するのも理解できないことではない。


美奈子さんによるカヴァーは原曲の切迫した悲壮感の漂う雰囲気とは異なり、ボサノヴァ風のアレンジでそよ風が流れていくような軽快な歌を聴かせている。曲にこめられた哀歓をさらりと受け流すかのような歌唱は、(私はその一部しか聴いたことがないのだが)この歌のカヴァー群の中でも一風かわった特異な試みといえるのではないかと思う。

もちろん、カヴァーにはいろんな方法論があっていい。では美奈子さんのこのカヴァーかがはたして成功しているかというと、それはかなり微妙なところだという気がする。冷たい世間の風に晒されながらやさしさを持ち寄って愛し合う二人の心の痛みがひりひりと伝わるような尾崎自身の歌唱に慣れ親しんでいるので、聴き手の期待を肩透かしするかのような歌唱には、なかなか共感する手がかりを見つけるのも難しく感じてしまう。数多くあるこの曲のカヴァーの中で異彩を放つものとして、他との差別化が図れていると見做すことはできるだろうけれども。美奈子さんはこのシングルの発売よりも前からこの曲をライヴで歌っていて、それはオリジナルに近いアレンジだったそうなのだが、そうしたヴァージョンでもぜひ聴いてみたかったところである。

それはともかく、このカヴァーは、その楽曲としての仕上がり云々以上に、現代の日本のポップスの一つの結節点として、記念碑的な意味合いが大きいとはいえるかも知れない。同時代に活躍し若くして亡くなった同郷の歌手二人を結びつけるよすがとして、この音源が残されたのは確かに貴重なことだった。この二人が今頃あちらの世界でこの曲の解釈や唱法について語り合っている様を思い浮かべるのは、心踊る楽しい想像である。

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