「ニュー・シネマ・パラダイス」
2011年10月 6日
本田美奈子さんはソプラノ・アルバムの中で映画音楽の名曲をいくつか歌っている。その一つがエンニオ・モリコーネさんによる旋律に詞をつけて歌った「ニュー・シネマ・パラダイス」である。モリコーネさんはいわずと知れた映画音楽の第一人者で、その作品は広く親しまれ、もはや映画音楽という枠を越えて受容されている感がある。この「ニュー・シネマ・パラダイス」も、私は映画は未見なのだが、この印象的なテーマ曲はいろんな機会に聴いて耳になじんでいる。
新たにクラシカル・クロスオーヴァーの分野に足を踏み入れようとする美奈子さんがこの曲を取り上げたのも、自然な成り行きだったといっていいだろう。編曲はもちろんいつもの井上鑑さんで、自身のピアノに加えヴァイオリンとチェロとクラリネットをフィーチャーしている。特に十亀正司さんの吹くクラリネットの朴訥とした音色がこの曲の情趣を深めている。
作詞は“森寧子”とクレジットされているが、これは岩谷時子さんが“モリコーネ”をもじってつけたペンネームなのだそうだ。どうしてこの曲に限ってこういう茶目っ気を起こしたのかはよくわからないが、稀代の作詞家がこういういたずら心の持ち主でもあるというのは興味深いことである。映画のストーリーはよく知らないのだが、この作品は映画という表現ジャンルそのものへのオマージュと考えていいのだろう。岩谷さんはそうした作品の性格を的確にとらえ、映画と人生についての感慨を語った詞に仕上げている。さすがに熟練の仕事、というべき見事な出来映えである。
この曲は私の印象ではなだらかなメロディーがさらさらと流れて聴く人の感情に静かなさざ波を立てさせるといった趣きだと受け取っていたのだが、美奈子さんの歌唱は後半に力強い盛り上がりを見せていて、ドラマティックな起伏を形作っている。こういうところに美奈子さんの音楽性がよく表れているような気がする。
美奈子さんの歩んでいた方向性から考えて、もしもう少し長く活動することができていれば、数多あるモリコーネさんによる名旋律の中から他の楽曲を取り上げる機会もきっとあったことだろう。憧れていたサラ・ブライトマンさんも歌った「ネッラ・ファンタジア」や「ラ・カリファ」なども、ぜひ美奈子さんの歌声で聴いてみたかった。しかし今となっては、遺されたこの音源からそうした可能性を夢想するよりほかはない。
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