ターナー展

2013年12月30日

先日、上野の東京都美術館までターナー展を観に行ってきた。ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851年)といえば風景画に独自の境地を確立した画家として予てその名をよく知っていたし、独特の画風に魅力を感じてもいたが、その画業の全貌をよく理解しているわけでもなかった。それが、今年の夏に山種美術館で開催されていた川合玉堂特別展を観に行った際に、事前の予習として見たテレビの特集番組で玉堂がターナーから影響を受けていたと知って、俄然強い関心を抱くようになった。ちょうどそのタイミングだったので、私にとってはまさに見逃せない企画だったのである。


今回の展示はテート美術館所蔵の絵画が中心で、初期から晩年に至るまで幅広い作品を観賞することができるようになっている。水彩画が非常に多いのも印象的だった。先に“風景画に独自の境地を確立した画家”と述べたが、このいい方はあまり正確でないようで、そもそも自然の風景が絵画の主題として成立するようになったのがターナーによってのことだったようで、風景画というジャンルの創始者とでもいった方が適切なのかも知れない。その呼び名に相応しくどんな風景を描いても趣きがあり、何気なく描かれているように見える雲を眺めているだけでも、その豊かな表情に魅了される。

若い頃に描かれた「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」(1798年)は明暗の対照による光の表現が見事だった。「グリゾン州の雪崩」(1810年、画像)はむき出しの荒々しい自然を描写した作品で、こうした大自然の猛威に崇高さを見出す風潮の芸術的表現として、美術史において重要な作品と位置付けられているようだ。


この頃の作品はほぼ写実的な表現に終始しているが、壮年期から晩年に至る作品には色彩表現に新たな境地を開拓しようという野心が目立つようになる。印象派を先取りしていると評されることもあるようで、その飽くなき探究心には圧倒される思いがする。「ヴェネツィア、月の出」(1840年)などはその好例で、私には寧ろ印象派よりもこちらの方が好みかも知れない。初期の水彩画には色彩があまりいい趣味とは思えないものも散見されたのだが、この時期の水彩画はどれも非常に洗練された感覚を示している。私が特に気に入ったのは4点ほど展示されていたスイスのルツェルン湖の風景を描いた水彩画で、後にラフマニノフもこの風景を愛することになるんだな、と思うとなおさら感慨深かった。

ビギニング」と題する2点の水彩画(1840年代頃)などはもうほとんど抽象画といっていい作品で、晩年のこの画家が極めて先進的な画風を模索していたことを窺わせる。「荒れた海とイルカ」(1840-45年頃、画像)はやや大きめの油彩画だが、タイトルとは裏腹に極めて抽象的な作品である。よく見ると右下あたりにイルカらしきものの姿が描かれているのだが、私にはどちらかというとカジキマグロか何かのように見えた。


風景の中に人物を配した作品も結構な数があるのだが、風景描写の巧みさに比して人物の描き方はあまりうまくないというのが一般的な評価のようだ。なるほど、よく見るとどの人物も墓場から掘り出してきたような生気のない表情をしていて、とても一流の画家の手になる人物像とは思えない。風景画に人物を描くことでより豊かな世界観を表出する手腕にかけては、川合玉堂に遠く及ばないというのが私の率直な感想である。得意でないなら無理して描かなくてもいいのに、という気もするのだが、風景だけでなく歴史画などの題材をも扱う能力を示すことが、画家としてのステイタスに関わるというような事情もあったのかも知れない。

人物を描くことで唯一成功していると思えたのが、「海の惨事(別名:難破した女囚船アンピトリテ号、強風の中で見捨てられた女性と子どもたち)」(1835年頃、画像)だった。当時実際にあった海難事故に取材した作品のようだが、独特の生気のない表情をした人物像が、悲劇的な題材をより迫真的に描出するのに功を奏している。


まあともかくこの稀代の風景画家による多数の作品が一堂に会した充実した展覧会で、その旺盛な創作意欲を残された作品から浴びるように感じ取ることができたのは充実した体験だった。玉堂が自身の画風を確立していく過程で影響を受けたという理由も、かなり理解できるようになった気がする。東京での開催はすでに会期が終了しているが、来年1月11日から神戸市立博物館で開催されるので、関西地方在住の方は足を運ばれるといいと思う。なお、今回の事前の予習にはBS日テレの「ぶらぶら美術・博物館」の特集が役に立った。

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