寺嶋由芙さん「ふへへへへへへへ大作戦」

2015年5月31日


今月の20日に寺嶋由芙さんのメジャーデビューシングル「ふへへへへへへへ大作戦」がリリースされた。タイトル曲は今をときめくシンガーソングライターの大森靖子さんが作詞、作曲はおなじみrionosさんで、タイトルは奇抜だが往年の松田聖子さんを思わせる正統派アイドルポップスである。記念すべきメジャーデビュー曲にこうした80年代風のテイストを選んだのは、「初恋のシルエット」[1](soundcloud)が各方面で大好評だったことにも大きく影響されたものと思われるが、古きよき時代から来たゆっふぃーには実に好適な趣向というほかない。プロデューサーの加茂啓太郎さんのブログによると「今、寺嶋由芙が80年代の(ママ)タイムスリップして大瀧(詠一)さんに曲を頼んだらどうなるか」というのがコンセプトだったらしい。それでも“大瀧さんの劣化コピー”であってはならないというのが加茂さんらしいこだわりで、rionosさんもいかにもアイドルポップスらしい親しみやすさの中にも微妙な屈折と繊細な陰影を織り交ぜたメロディで応えている。前作の「恋人だったの」[2]もやはり80年代風の佳曲だったが、今作は加茂さんのいう品格—単にシングル曲としてだけでなく、記念すべきメジャーデビュー曲としての—を備えた堂々たる作品になっている。インタビューによるとゆっふぃーもやはり松田聖子さんの動画を見て研究したとのことで、やわらかな発声で耳になじみやすい上質なポップスに仕上げている。

タイトルはゆっふぃーがアシスタントとしてレギュラー出演している「ゆるキャラに負けない!」[3]でうなりくんと共演した際につぶやいた気持ち悪いツイートを元にしたそうで[4]、大森さん自身は「メジャーデビューということで、とにかくタイトルで目をひいてたくさんのひとに見つけてもらえるようにしたいと思いました」と、その意図を説明している[5]。一見悪ふざけのようでいながら中身は真っ当なアイドルソングとなっている、その絶妙なバランス感覚こそ大森さんの鬼才たる所以というべきか。

ライヴでの初披露後のツイートによると推し歌詞は「あんまりまじめをなめないで」とのことで、Bメロで繰り返し歌われるこのフレーズは確かに印象深い。「カンパニュラの憂鬱」(MV)でもそうだったけど、ゆっふぃーのまじめなキャラクターを逆手にとって生かそうとみなさんよく工夫されていて何だか微笑ましい。「触らせてあげてもいいわ」というところは「80デニールの恋」[6]を思わせてニヤリとさせられる。

私が特に気に入ったのは「あなたが生きている なんかふへへへ」というところで、アイドルの存在意義とはこういうところにあるのではないかと思える。たとえば「今日もあの子はどこかで電車を乗り間違えてるのかな」などと考えるだけで心のどこかがやわらかくなる、そんな感覚をこのフレーズは実に的確に言い当てている気がする。

MVは富岡製糸場と伊香保温泉でロケをして、ぐんまちゃんと共演している。今のところウェブにはショートヴァージョンしか公開されていないのだが、見ての通り新衣装も浴衣もとても似合っててかわいい。伊香保が舞台ということで、ぐんまちゃんを胸に抱いた構図は竹久夢二の名画(画像)を彷彿とさせる。

振付けもおなじみ竹中夏海さんだけど、今回はミディアムテンポの曲ということでいつもといささか趣向が違い、さりげない振付けで曲の邪魔にならずにじっくりと聴き入らせるような作りになっている。こんなところも古きよき時代のアイドルポップスを思い起こさせる。決めの「へ」のポーズはEMI Recordsのディレクターさんのアイディアだという[7]


カップリングにはシーナ&ロケッツのカヴァー、「YOU MAY DREAM」が収録されている。インタビューによると「かっこいい感じを出せたらいいなと考えて、歌い方や声の出し方を太く、強く変えました」とのことで、タイトル曲とは違った雰囲気を楽しめる。スタジオの音響なのか使用機材の違いなのか正確なことはわからないが、声のトーンだけでなく全体的な音の質感もかなり違っているように感じる。伴奏とコーラスは2月のワンマンライヴのガールズバンドとふぇのたすの混成チームで、ゆふぃすとにとってはおなじみの顔ぶれが並んでいる。今月初めに急逝した澤“sweets”ミキヒコさんの名前が「Special Thanks」としてクレジットされているのも今となっては貴重である。

この選曲もやはり80年代へのオマージュというコンセプトなのだろうが(原曲のリリースは正確には79年の末)、気になるのはLinQからの派生ユニット、SRAMが来月にこの曲のカヴァーをリリースする予定でいることである。このブログでも紹介したことがあるがSRAMは同郷のよしみということもあって昨年に「レモンティー」のカヴァー(MV)をリリースしており、シーナさんもそれをとても喜んでいて、次の「ユー・メイ・ドリーム」のカヴァーの制作も早くから進められていた[8]。なので、それとくらべた時にゆっふぃーのカヴァーはやや唐突に現れた感があり、悪いいい方をすると追悼ムードに安直に便乗しているようにも受け取られかねないことを危惧していた。

加茂さんのブログによるとこのカヴァーは2月8日のワンマンライヴで生バンドとの共演を見ていて思いついたそうで、とするとその6日後にシーナさんが亡くなったのは偶然のタイミングだったことになる。だから上に述べた見方は当たらないわけだが、ただ、SRAMの動向にも前から注視していた身としては、せっかくのナイスな選曲なのに時期がちょっと間の悪い感じになってしまったな、という印象を受けた。出版社の承諾がすぐには得られなかったというのも、全くの憶測だが、シナロケサイドがSRAMに義理立てして躊躇したという面もあったのではないだろうか。とはいえSRAMやLinQのファンからの反感めいたものは今のところ目にしないので、私の考え過ぎだったかも知れない。まあ経緯はどうあれシーナさんが喜んでくれているといいな、と思う。



初回限定盤AにはこれまでのMVと新たに撮り下ろした「初恋のシルエット」、それに2月8日のワンマンライヴでの「好きがこぼれる」の映像を収録したDVDが付属している。「初恋のシルエット」はウェブにはショートヴァージョンのみが公開されているが、加茂さんが監督・演出を手がけているそうで、ひねりのないストーリーではあるけれどやっぱりかわいくてきゅんとする。

初回限定盤Bにはワンマンライヴのうち生バンドで演奏された6曲の音源が収録されている。驚くほどのクリアな音像ながらライヴの臨場感も盛り込まれていて、あの日の感動が鮮やかに蘇ってくる。ただ、私の記憶では当日はギターとベースがもう少ししっかり鳴っていたような気がする。(ミックスを担当した井上勇司さんがrionos推しなのかも知れない。)

あたらめてあの日の音源を聴きながら、口はばったいいい方で申し訳ないけど、ゆっふぃーの歌が着実に上達してきているのを感じる。ゆっふぃーはBiS時代から歌でグループをリードする存在ではあったけど、5人の声で曲を完成させる中で素材として生かしてもらえばいいという立場と、自分の歌が全てというのではまるで違うはずで、ずいぶん練習を積んできたのだと思う。

「初恋のシルエット」はやはり生バンドのグルーヴで聴くのも格別なものがある。私は落ちサビから大サビに至る「なるんだもん」のところでちょっと拗ねたような感情的な調子になるのがすごく好きなのだけど、ライヴでも同じ調子なのを確認してうれしくなる。


ゆっふぃーがメジャーのシーンで活躍するのは、BiS在籍時以来およそ二年ぶりとなる。すでにゆっふぃーはいつシーンから消えてもおかしくないような不安定な状況からはとうに脱していたので、メジャーへの返り咲きとはいってもいたずらに感傷的になることもないだろう。とはいえあの当時BiSはそれなりに大きな存在になっていたから、先への確かな見通しもなくそこから離脱するというのは、かなりの速度で走り出している列車から飛び降りるような危険な真似には違いなかった。そこから一人とぼとぼと歩き出して、様々な協力者との出会いにも恵まれながらついに今の地位を手にするに至ったことには、やはり幾許かの感慨を禁じ得ない。

本人もリリース当日のブログに想いを綴っているので二年前のことをちょっと思い出してみたのだが、私もやはり“BiSのテラシマユフ”が好きだったので、脱退という選択はなかなか受け容れることができなかった。しかし、いかにまじめな優等生が破天荒な活動を繰り広げるそのギャップが“エモい”とはいっても、何度も過呼吸で倒れるような心理的に高負荷な場所に、ヲタクのエゴで引き止めようとするべきでないのは明らかだった。何事にもまじめに全力で取り組んできたゆっふぃーのことだから、きっとまた新たな魅力的な姿になって戻ってきてくれるに違いない、そう信じてその後の歩みを見守っていこうと考え直したのだった。(なお、本題からは外れるがその時に心の支えになったのが乃木坂46の「君の名は希望」(MV)だった。特に「未来はいつだって 新たなときめきと出会いの場」というフレーズは私に勇気を与えてくれた。今あらためて素晴らしい名曲だと思う。)

古きよき時代のアイドルポップスへのノスタルジックな感興を掻き立てつつも、紛れもない“今”を鋭敏に映し出しているこの「ふへへへへへへへ大作戦」を聴くにつれ、ついにゆっふぃーは着くべき場所に辿り着いたな、との思いを強くする。ここに至る道のりで何より与って力あったのは、やはり本人のまじめで誠実な人柄だろう。それが業界の各方面から助力を呼び寄せたのだと思う。この二年のゆっふぃーの歩みを振り返ると、「正直の頭に神宿る」とか、「辛抱する木に花が咲く」[9]とか、それこそ古きよき日本の俚諺の数々を思い出す。

さすがに「ツンデレシンドローム」の頃は知らないので古参ぶるのは何か違うし、現場に通い詰めたりCDをたくさん積んだりとかもできていない身で恩着せがましくいうのも慎みたいが、起伏の激しいゆっふぃーのキャリアを通して、細々とながらも一途に推してこられたことにささやかな誇りをこめて、「おめでとう」をいわせて欲しい。これからの日々もまた、かわいい浴衣姿やら何やらにふへふへいいつつ、その確かな足どりに寄り添っていこうと覚悟を決めながら。


  1. ^ ライヴ会場限定販売のミニアルバム「好きがはじまるII」に収録。
  2. ^ 「好きがはじまるII」に収録。
  3. ^みうらじゅん&安齋肇のゆるキャラに負けない!」(TOKYO MX2で毎週日曜午後10時30分から放送中)。
  4. ^ ゆっふぃーの3月29日付及び4月12日付のツイートを参照。
  5. ^ 先に言及したインタビュー記事に寄せられたコメントから。
  6. ^ シングル「カンパニュラの憂鬱」に収録。
  7. ^ ゆっふぃーの4月12日の大阪でのワンマンライヴについてのブログ記事を参照。
  8. ^ SRAMのMYUさんの2月14日付のブログ記事、及び3月22日のライヴについてのナタリーによるレポートを参照。
  9. ^ 今調べたら「辛抱する木に金がなる」というのが元々のいい方だったらしいが、あまりに身も蓋もないのでこの形で引用しておく。
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コメント受け付けを再開

2015年5月25日

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自分用メモ

このページに書かれている処方箋で解決した。「追記」に記されている通り、引数のハッシュの値は空の文字列にせず明示的に’false’と書いてやらないとうまくいかなかった。

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