寺嶋由芙さん「わたしになる」

2016年9月29日


寺嶋由芙さんのソロとしては初のアルバム「わたしになる」が今月21日にリリースされた。最初にアナウンスされてから幾度かの繰り延べがあったが、プロデューサーの加茂啓太郎さんが会社をやめて独立したり、ゆっふぃー自身も事務所をディアステージに移籍したりと環境が大きく変わった中でも無事に制作、販売にまで漕ぎ着けたのは実にめでたい。いささか難産という形にはなったが、“沸き曲”からバラードまで、80年代リスペクトから電波ソング風の高速チューンまで、と多彩な楽曲を取り揃え、待っただけの甲斐はある充実作に仕上がっている。


わたしになる

タイトル曲の「わたしになる」はゆっふぃーが敬愛する作家の加藤千恵さんが作詞を手がけている。未熟さや自信のなさに戸惑い逡巡しながらも自分の歩むべき道を確固として見出していこうとする心情をさわやかに描いていて、その姿がゆっふぃー自身の今とも重なり合う。よくあるテーマではあるが、「わたしになる」といういい方がさすがに非凡で意表を衝いている。もしこんな言葉を唐代の禅僧にでも聞かせたら「仏は応(まさ)に更に仏と作(な)るべからず」[1]などと叱られてしまいそうな気もするが、しかし現代社会の自己疎外はなかなかそんななまやさしいものではないのだ。ゆっふぃー本人でなくてもみなこの歌には背中を押してもらえる思いがするだろう。

目につくのは「温度があって/色があって/いつだって現実が好きだよ」「目に見える/手で触れてる/ものを強く信じていたい」といった身体的感覚に信を置くフレーズが繰り返されることで、身体性の復権といったようなことがこの歌の隠されたテーマになっているようにも思える。記号論やら何やらを駆使したファッショナブルな新思潮が空虚な言葉遊びに堕していく様に疲弊させられた頭には、こうしたフレーズは殊にやさしく心地よく響く[2]。私も加藤さんやゆっふぃーとともに、たとえ空元気でしかないとしても「いつだって現実が好き」とうそぶいていたいものだと強く思う。

作曲の宮野弦士さんはゆっふぃー作品では初の起用となる。これまでに加茂さんプロデュースのアイドルグループ、フィロソフィーのダンスの楽曲を手がけているので、その出来映えに満足した加茂さんがぜひゆっふぃーの方でも、という運びになったものと思われる。こうしたテーマの曲だと私はどうしても尾崎豊「僕が僕であるために」とか槇原敬之「どんなときも。」といった“重たい”曲を思い浮かべてしまうけど、この「わたしになる」はおおらかな自己肯定を悲愴感もなく軽やかに歌い上げているのが今風でいい。


スミネム(映像作家のスミスさんとでんぱ組.incの夢眠ねむさんの共同名義)監督によるMVも特筆もので、おなじみNHK朝の連続テレビ小説をモティーフにしてゆっふぃーの魅力を存分に引き出している。田園風景の中をゆっふぃーが自転車で駆け抜ける冒頭のシーンからすでに惹き込まれたが、さらにその次でまんじゅうが蒸し上がった湯気が画面に広がるのを見て、私は一気に懐かしさがこみ上げてきた。というのも、最近はほとんど見なくなってしまったが、私はひところ朝ドラを割りと熱心に見ていた時期があって、その中でも特に印象深い作品が、老舗和菓子店を舞台にした「あすか」だったのだ。

奈良県明日香村の風景が美しいのと、ヒロインの子供時代を演じた榎園実穂さんがかわいいのとでかなり夢中になって見ていたのがこのドラマで、テーマ曲「風笛」[3]を通じて大島ミチルさんの豊かな才能を知ったのもそれがきっかけだった。このMVは朝ドラ全体の一般的なイメージを具現化したものなのだろうが、まんじゅう屋の娘という設定からして「あすか」を念頭に置いていることを強く想定させる。外国人女性の登場の最近の「マッサン」の影響も感じるが、著名なまんじゅう評論家の来店や山の中の神社にお参りするシーンなどに「あすか」と近い時期の「ほんまもん」を思わせるものがある。おそらくスミネムのお二人のどちらかにとって、朝ドラの原風景となるイメージが、私と大きく重なっているのではないかという気がする。

朝ドラがテーマという発想自体が“古きよき時代からき”たゆっふぃーにはうってつけの趣向だが、特に自分の好きな朝ドラのエッセンスがふんだんに盛り込まれたことで、私にとっては格別に感慨深い映像作品となった。加茂さん演じるまんじゅう評論家に褒められたゆっふぃーの笑顔のかわいいこと!


以下、新曲を中心にアルバム収録曲を解説してみる。


ふへへへへへへへ大作戦

メジャーデビューシングルにしてソロとしては4枚目のシングルのタイトル曲(リリース当時に書いたレヴュー)。


好きがはじまる(re-vocal version)

これまでレヴューする機会を逸していたがソロとしてのキャリアの最初期の楽曲の一つ。「今度はどこにも行かないから」というフレーズにマニフェスト的な意味合いが込められていたが、当時はまだゆふぃすとは不安な気持ちも大きかったし、それは本人も同じだったと思う。今回新たに録り直して収録されることになったが、今やゆっふぃーも確信に満ちて歌っている様子が窺える。


カンパニュラの憂鬱

ソロ2枚目のシングルのタイトル曲(リリース当時に書いたレヴュー)。


オブラート・オブ・ラブ

夢眠ねむさん作詞による賑やかな電波ソング。アルバム自体のコンテンツではないがYumiko先生による振付けが超絶的にかわいくて、それも含めディアステ移籍を象徴するような一曲となっている。「バームクーヘンはがして食べたい」とか私には絶対に思いつかない発想が満載で、これを書いたねむきゅんの頭の中を覗いてみたいでも葛藤!


猫になりたい!

ソロ3枚目のシングルのタイトル曲(リリース当時に書いたレヴュー)。


いやはや ふぃ〜りんぐ

ソロ5枚目のシングルのタイトル曲(リリース当時に書いたレヴュー)。


ゆるキャラ舞踏会

ゆっふぃーのゆるキャラ好きを象徴するような愉快な楽曲。こういう幼児番組の挿入歌みたいな曲をアルバム収録曲に、しかもボーナス・トラックではなく本編に組み入れてしまうというのは、ゆっふぃーでなくてはありそうもない気がする。“舞踏会”といいながら行進曲のようでもある不思議なテイストの曲で、rionosさんの多彩な才能をあらためて感じさせる。

作詞は“ゆるキャラ”という言葉の生みの親であるみうらじゅんさんが手がけている。「ゆるキャラに負けない!」でのあの時のやりとりが元になっているんだろうな、という言い回しも散見されて、レギュラー視聴者ならついクスリとなる。番組での共演歴はもう一年以上になるが、それがこういう形に結実したことで、うちの推しも出世したものだな、という思いをさらに深くする。


初恋のシルエット(string version)

ライヴ会場限定のミニアルバムの収録曲(音源初出時のレヴュー)だが、伴奏にストリング・アレンジが加えられ、よりゴージャスに生まれかわっている。バンドサウンドとストリングの取り合わせということで、私の好きなプリンセス・プリンセスの「ジュリアン」[4]を思い起こさせるものがある。ただ、あの頃とはCD制作の環境が大きく違うのだし、贅沢な望みだということはわかっているが、これが生の音だったらどんなによかったろう、という思いはやはり禁じ得ない[5]。それにしても、何度聴いてもこの曲には胸をきゅんと締めつけられてしまう。


101回目のファーストキス

少し大人びた感じのバラードで、この曲も生誕ライヴで初披露された時に聴いてすぐさま好きになった。作者の真部脩一さんには森高千里「渡良瀬橋」のようなイメージで、と発注されたようだ[6]。ゆっふぃー自身「新境地」と話しているが[7]、こういう曲をしっとりと聴かせるのもなかなか堂に入っている。付属のDVDにこの曲の映像が収録されなかったのが惜しいのだが、歌っている時の表情がすごくよかった。このライヴの時はちょうどフロアの中央あたりに陣取っていたので、サビでの目線は自分がもらったと勝手に信じている。


ぜんぜん

ソロとしてのデビューシングルのカップリング曲(リリース当時に書いたレヴュー)。ライヴでの定番曲で、いまやコールもMIXもなしに音源だけ聴くと物足らなく感じるようになってしまった。


まだまだ

「ぜんぜん」へのアンサーソング。軽快なメロディとたたみかけるような“まだまだ”の連呼が聴いていて楽しい。両曲を手がけたヤマモトショウさんはふぇのたす解散後も楽曲提供にプロデュースに覆面プロジェクトにと多方面に活躍されていて心強い。加茂さんの信頼も篤く、ゆっふいーにもこれからまだまだたくさん名曲を提供してくれるものと思う。


好きがこぼれる

これも既発曲だがこれまでレヴューする機会がなかった。「好きがはじまる」の続編的な楽曲で、作者のミナミトモヤさんは新曲の「オブラート・オブ・ラブ」も含めて3曲も採用されており、ゆっふぃーにとって重要な楽曲提供者の一人である。前作の「今度はどこにも行かないから」に引き続き、「ほら みて/わたしはここにいるでしょ!」というフレーズが、その時々のゆっふぃーの姿を象徴的に表している。


#ゆーふらいと(re-load version)

ソロとしてのデビューシングルのタイトル曲(リリース当時に書いたレヴュー)だがヴォーカルもオケも録り直している。少し歌い回しを変えているところもあるが、2年以上にわたって名刺代わりに歌ってきた、その経験と自信に裏打ちされて、よりのびやかで壮大ささえ感じさせる歌唱になっている。歌詞が格段に聴き取りやすくなっていることにも、この間の努力と成長の跡が窺える。ベースラインやドラムの音が強調されて幾分攻撃的な雰囲気になった伴奏が、スケール感を増したヴォーカルとの間にほどよい緊張感を作り出している。


初回限定盤の付属DVDには、「わたしになる」「いやはや ふぃ〜りんぐ」「ふへへへへへへへ大作戦」の3曲のMVと、今年7月8日に開催された生誕記念ワンマンライヴから「わたしになる」「ゆるキャラ舞踏会」「ぜんぜん」の映像が収録されている。特に「ふへへ…」のMVは全編をまともに見るのはこれが初めてなので大いに助かった。

ライヴ映像は、ミックスの加減なのか音像のイメージが現地で耳にしたのともニコ生のタイムシフトで再生したのともだいぶ違う感覚がする。そこがやや気にはなるのだが、普通に観賞する上で特に支障はない。共演のゆるキャラたちの不器用なダンスもさることながら、バックバンド“I wanna be your cat”の面々の演奏姿を拝見できるのがうれしい。ゆっふぃーの衣装が異なる3曲を選んだのはおそらく意図してのサービスだろう。最後のミニスカートから覗く太ももがまぶしい。


ここから先は余談になるが、ゆっふぃーはツイッターで、憧れの加藤千恵さんの作品との出会いについて「大学生1年生の時かな、帰り道寄った本屋さんで平積みになってた「ハニー ビター ハニー」と出会って…」とつぶやいている[8]。このツイートを読んだ時に、私もテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」を初めて読んだのが、ちょうど大学に入った年にたまたま立ち寄った書店で、小田島雄志さんによる新訳が平積みにされているのを何気なく買ってみたのがきっかけだったことを、懐かしく思い出した。それは自分にとって最も深い影響を残した文学体験の一つとなったのだが、そういうところでちょっとしたディテイルが推しと重なるというのが、些細なことかも知れないけどなにやら運命を感じさせるようでうれしかった。

あれから曲折を経て今ではすっかり文学嫌いになってしまい、長いこと小説なんて読んでいなかったのが、推しの推しならということでふれてみた加藤さんの作品が楽しく読めたので、あの頃の感受性のみずみずしさを少しだけ取り戻すことができたような気がする。それはアイドルを推していることで得られた余禄の一つだが、そんな感慨が入り混じっている分だけ、「わたしになる」は私の心の中でより豊かな倍音とともに鳴り響いているのかも知れない。


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