寺嶋由芙さん「きみが散る」

2018年4月30日


寺嶋由芙さんのセカンドアルバム「きみが散る」が今月25日にリリースされた。昨年のシングル三部作の収録曲に加え、6作の新曲を含む意欲作となっている。

タイトル曲「きみが散る」は詩人の最果タヒさんによる作詞で、先に詞だけが公表されて曲をプロアマ問わずに公募するというあまり例を見ない(というか私は他に見たことがない)方法で制作された。タヒさん自身のコメント[1]によると失恋をテーマとしつつも“痛み”のその先にあるものを描こうとしたということのようで、光や色彩へのこだわりが印象深い作品である。特に「乱反射した、あの光へ、/いやでも伸びる、黄緑の茎、」というフレーズは道元「正法眼蔵」の一節[2]を思い起こさせるものがあり、惹きつけられる。たとえ失恋の痛みを負ってでもその先を生きていかなければならない、生き物として備わった生命力を象徴的に表した言葉なのだろう。

曲は多数の応募があったようだが、採用されたのは「わたしを旅行につれてって」を作曲した望月ヒカリさんによるものだった。仮に一つの作品に三桁の応募があったとして、二作で採用される確立は一万分の一以下になる。相性のようなものもあるのだろうけど、プロデューサーの加茂啓太郎さんのチームが求めるものに対する理解力や適応力がもたらした結果なのだろう。タヒさんのやや静的なイメージの詞に抑揚のあるメロディーを当て嵌めることで、舞台映えのする一曲に仕上がっている。

今作のMVは、三部作で一続きの物語を描いたのとは打って変わって、物語性のあまりない幻想的な映像美を強調したものになっている。衣装は「結婚願望が止まらない」に合わせて作ったのに、MVはこの曲で作ることにしたので、歌詞と映像とがうまく整合するような物語を設定するのが難しかったせいもあるのだろう。ともあれこういう趣向のお蔭で、この世のものならぬ雰囲気の中でゆっふぃーの美しさ、可憐さが存分に堪能できる、ゆふぃすとにはうれしい一編となった。

そのウェディングドレスを模した今回の衣装に身を包んだゆっふぃーはまさに妖精のようで、息を呑むほどに美しい。スカート部の前が短くて後ろが長いデザインは流行りなのか最近よく見かける気がするが、実際に見ると前は思った以上の短さで、ライヴの客席から見ながらでもどぎまぎしてしまう。腋が大きく空いているのも相変わらずで、これはもう脚と腋はゆふぃすとに捧げる覚悟でやっているに相違なく、こちらとしても渾身のフェティッシュな愛を奉ることで答礼するほかはない。


君より大人」は年下の恋人との微妙な関係性を少しひねったロジックで歌っている。ソロとして5年のキャリアともなると年下のゆふぃすとも増えてきたので、それに応える意味もあるのだろう。作詞はゆっふぃーにはおなじみのヤマモトショウさんで、こういう凝った言い回しの妙はいつもながらの手馴れた手腕である。作曲は「知らない誰かに抱かれてもいい」の藤田卓也さんで、前作とはだいぶ違った曲調で多彩な才能の片鱗を窺わせている。編曲と演奏を担当した宮野弦士さんは他にも多くの曲でサウンドメイクに携わっている。


結婚願望が止まらない」は作曲を鈴木慶一さんが手がけているのが注目される。ナビゲーター役を務めているテレビ番組「japanぐる~ヴ」でインタビューしたのが縁で実現したコラボレーションだが[3]、これまでのゆっふぃーへの楽曲提供者としては最大級のネームヴァリューということになろうかと思う。私はムーンライダーズ周りの音楽にそれほど多くは接してこなかったけれども、鈴木さんがプロデュースした原田知世さんのカヴァーアルバム「カコ」はよく聴いていて、特に「T'en va pas」の原語カヴァーはお気に入りだった。バンド仲間のかしぶち哲郎さんも大石恵さんをプロデュースして同じエルザの「Jour de neige」のカヴァーを制作していて、私にとってムーンライダーズの音楽性は主にエルザを介して吸収してきたということになりそうだ。この「結婚願望…」もそうした洒脱なポップセンスや遊び心が遺憾なく発揮されている。“毒リンゴ”のくだりで曲調が変わる(評論家の宗像明将さん曰く“アラブ風”[4])のもいいアクセントになっている。

作詞のいしわたり淳治さんは「…旅行…」と「知らない誰か…」に続く起用で、今作でもまたもやヲタクを病ませる路線が継承されている。先に述べた衣装も含めアルバムのアートワーク全般の発想に影響を及ぼしているのはタイトル曲以上にむしろこの曲といっていいだろう。


背中のキッス」を作詞した“kiki vivi lily”というのは以前カヴァーした「80デニールの恋」を作詞作曲したゆり花さんの新名義で、作編曲はおなじみrionosさん。ゆっふぃーにとっては初のクリスマスソングで、若い女性作家二人のコラボによるお洒落な一曲に仕上がっている。rionosさんはこの曲だけでなくタイトル曲も含め多くの収録曲で編曲やコーラスとして参加していて、宮野さんとともにゆっふぃーの音楽制作には欠かせない人材となっている。

加茂啓太郎さんによるとこの曲も詞先で作られたそうで[5]、加茂さんのチームの最近のこだわりがこのアルバムでも重要なテーマとなっているようだ。おそらく二人ともあまり経験したことのない手法だったと思われるが、敏腕プロデューサーが若い才能に新たなチャレンジを焚きつけている様子が窺えて興味深い[13]

シングル「…旅行…」に収録の三曲がいずれも夏の曲だったので、今度は冬の曲をという意向もあったのだろう。同じ冬のイベントとはいえクリスマスソングがバレンタインデーに先行配信されたのは何だかおかしかったが、その配信のアートワークにゆっふぃー本人のキスマークがデザインされているのは憎い演出だった。


たぶん…」の作詞は“孔璃麿艶”という怪しげなペンネーム(“くりまつ”と読むらしい)になっているが、その正体はクリス松村さんである。作詞を手がけるのは初めてだそうだが、音楽上のキャリアはともかく、一般的な知名度では鈴木慶一さんにも遜色のない大物タレントで、今回のアルバムの大きな話題の一つとなっている。作曲の藤本和則さんについては私はよく存じ上げないのだが、作編曲やプロデュースに幅広く活躍されているようなので、気づかないところでいろいろと耳にしているのかも知れない。

80年代風の歌謡曲はゆっふぃーにはおなじみの趣向だが、これまでは松田聖子さんに寄せているものが多かったのに対し、この曲はどちらかというと中森明菜さんをイメージさせるものとなっている。ちょっとおもしろいのはサビの終わりで「たぶん…たぶん…たぶん」と三度繰り返すところで、「知らない誰か…」の「バカ バカ バカ」を彷彿とさせる。クリスさんのコメント[6]からするとこちらは曲先だったようなのだが、作詞も作曲も顔ぶれが違い、制作の順序も違うのに似たような着想が盛り込まれることに何か必然性があるのかどうか、興味をかき立てられる[14]

往時をよく知るクリスさんは歌い回しにも格別のこだわりがあるらしく、レコーディングの際は電話を通じて懇切丁寧なディレクションを受けつつ進めたという[7]。SHOWROOMの配信の時だったか、その内容を少し話してくれたのだが、「息を多めに」とか「色気を出して」といったアドバイスがあったそうで、そこそこ古参なゆふぃすととしてその言葉にいささかこみ上げてくるものがあった。というのも、クリスさんはご存じないだろうけど、グループに所属していた頃のゆっふぃーはむしろそういう歌唱が持ち味だったのだ。ソロに転向してからはそういう方向は封印して、よりアイドルらしいかわいい歌い方にシフトしてきたが、それには相応の覚悟を以て過去の自分と訣別しようという意思が働いていたはずだ。そして今またその地点に立ち返るような課題に無理なく取り組めているのは、これまで積み重ねてきた歩みに確固たる手応えがあるからこそに違いなく、今年で5周年となるソロでのキャリアが報われた一つの証しのように思えてならなかった。


コンプレックスにさよなら」は「初恋のシルエット」と同じくGOOD BYE APRILの延本文音さんと倉品翔さんの提供で、演奏もバンドのメンバーが担当している。倉品さんによるとこちらも「ほとんどやらない詞先での作曲」とのことで[8]、ここでもアルバムのコンセプトは貫かれている。倉品さんはさらに槇原敬之さんの「冬がはじまるよ」や岡村孝子さんの「ピエロ」などを目指したと手の内を明かしてくれているが、特に「ピエロ」はとても好きな曲なのでそれを知ってうれしくなるととともに、腑に落ちるような感覚を抱いた。このアルバムのもう一つのコンセプトとして女の子のファンに訴求するということがあるようなのだが[9]、実際にこの曲に熱く共感する女性の意見を多く目にする。それは一つには女性シンガーソングライターとして一世を風靡した人の名曲にインスパイアされて生み出されたことにも要因があるのだろう(作詞した延本さんの方もその発想を共有していたのかはわからないが)。特に「あなたはイマドキの子が好き?/真面目な私は少し重いかな」という問いかけなどは、まさに「ピエロ」の世界[10]と重なって聴こえる。


以上の6曲のほか、昨年のシングル三作からカヴァーを除く8曲が収録されている。それについては以前に書いたレヴューを参照していただくことにしたい。


ところで、上の解説では今作のMVには物語性がない(もしくは乏しい)ことを強調したのだが、アルバムの現物を手にしてからブックレットの写真を眺めているうちに、ふと“若き日のミス・ハヴィシャム”というコンセプト[11]が頭に浮かんで、そこから離れられなくなってしまった。タヒさん自身としては「失うことすら、瑞々しいものに変えていけるのが生き物の力」という考えが背景にあるようなので[12]、時が止まったままプリザーヴド・フラワーのように干からびてしまった老婦人のイメージは似つかわしくないのかも知れない。しかし、以前島田紳助さんがクリス松村さんのことを“干からびた宮本亜門”とか“お湯で戻すと宮本亜門になる”などと散々からかっていたのに因んで、「ディケンズの小説の不幸な老女が音楽の魔法で若さと瑞々しさを取り戻し、幻想世界の森に遊んでいる」という裏設定をこじつけて鑑賞するのも“あり”な気がしてきた。タヒさんが詞を手がけている時点ではおそらく他の収録曲の詳細は知らされていなかっただろうけど、こうやって別の曲と結びつけることで解釈の奥行きを深めていくのもアルバムならではの楽しみ方には違いなく、これも一つの創造的誤読ということで許容していただければ、と思う。


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