アイドル楽曲大賞に今年も投票してみた。内容は以下の通り。順位は以下に掲載する順だが、ポイントは全て一律に2.0をつけた。
MVがないのでシングルのタイトル曲で代用。
寺嶋由芙さんに投票した。
アイドル楽曲大賞に今年も投票してみた。
歌詞だけを先に公表して曲をプロアマ問わず公募するという異例の手法で制作されたことも含めて、今年のアイドルシーンにおいて特筆すべき楽曲の一つだったと思う。レヴューは以前に書いたが、その後、曲を採用された望月ヒカリさんが共感覚の持ち主であることを知り(望月さんの5月19日付のツイート)、腑に落ちる思いがした。この歌詞には色彩を表わす言葉が頻出するので、そのことが望月さんにとって有利に働いた面もあったのではないだろうか。「水色 私の/さみしさに」の箇所にこだわった(望月さんの5月20日付のツイート)というのにも、その特異な感覚が反映されているものと思われる。
例年は各曲毎に上記のような寸評を記していたのだけど、以下、今回は割愛させていただく。
メジャー、インディーズともにここに記載した順序で投票したが、ポイントは全て一律に2.0をつけた。
不参加。
寺嶋由芙さんに投票した。
選に洩れた曲の中から二つほど。
卒業や解散の相次ぐ近年のアイドル界にあって、今年は特に大型のグループの解散が目立つ一年だった。その中でもアイドルネッサンスの解散は、どう受け止めたらいいのか未だにわからないほどショッキングな出来事だった。それでも各メンバーの活動再開の報が少しずつ伝わってきているのは喜ばしい。まいにゃのこの曲はseven oopsのカヴァーという選曲のセンスが秀逸で、透明感のある歌声によくマッチしている。"楽曲"大賞という趣旨に鑑みてオリジナル曲のすずちゃんを優先したけど、こちらも今年特に魅力ある曲の一つだった。
声優業への参入を表明していたDorothy Little Happyの髙橋麻里ちゃんだが、今年になっていよいよ活動を本格化させてきた。その大きな動きの一つが声優ユニットkleissisへの加入だった。配信番組などを見てもメンバーとすっかり打ち解けている様子が窺われる。このグループでの活動は今後のさらなる活躍へ向けても重要な足場となっていくことだろう。デビュー曲「kleissis chaos」は本格的な作品で、歌唱力の高い各メンバーの潜在性を最大限生かそうという意欲が感じられる。元HKT48の山田麻莉奈さんが参加していることも含めて、アイドルヲタクとして印象深い一曲だった。
今月17日に寺嶋由芙さんのシングル「君にトロピタイナ」がリリースされた。タイトル曲は西寺郷太さんが作詞・作曲・編曲を手がけている。西寺さんは周知の通りノーナ・リーヴスの中心メンバーであるとともに、多くのアーティストへの楽曲提供やプロデュースなどで幅広く活躍するミュージシャンである。アイドルシーンとの関わりも深い方だが、ゆっふぃーとのコラボレーションはこれが初めてとなる。
注目されるその初提供曲について、西寺さんは"トロピカルミネアポリスユーロ歌謡"という耳慣れないジャンル名を謳っている。詳しい趣旨はゆっふぃーとの対談記事[1]において語られているが、要はゆっふぃーの受容力の高さを見込んで、思いつく限りのアイディアを欲張って全部詰め込んだということのようだ。あまり細かいことは私の知識ではついていけないのでここでは深入りしないでおくが、大雑把にいえば80年代に隆盛を極めたユーロビートを基調とした楽曲作りと見ていいのだと思う。"古き良き時代から来ました"というコンセプトに沿って80年代をフィーチャーしたという点で「ふへへへへへへへ大作戦」や「天使のテレパシー」などと共通するが、それら過去作とは違った方向を追求したものということになるだろう。いわば聖子ちゃんからWinkへのシフトチェンジとでもいったところか。
ゆっふぃーは今月でソロデビュー5周年になるが、Dorothy Little Happyの髙橋麻里ちゃんとの対談で「この5年、やりたいことを経験してきて、今の時点では自分の中にあるものを出しきったな、という想いがあ」り、今度のシングルでは「西寺郷太さんを始め、初めてご一緒する方々が手掛けてくださったので、そこから新たな刺激をいただき、そこから出てきた反応に私がどう応えていくのか?に挑戦したい」と語っている[2]。この曲を一聴して感じるのは、やはりこれまでのゆっふぃー楽曲にはないタイプの"懐かしさ"ということで、サウンドからもそうしたゆっふぃーの新たな抱負を感じ取れる。リリース週最終日の21日に開催された5周年記念のワンマンライヴではメドレーも混じえてこれまでの持ち曲全てを披露したのだが[3]、その際もそうした思いを深くした。
歌詞はタイトルにもある"トロピたい"という謎めいた造語が耳を惹くが、ゆっふぃーには「トロッとして、ピタッとしたい」という意味だと説明されたという[4]。対談では西寺さん自身がやや詳しく説明しているが、「言葉のキャッチーさで攻める作詞をしたい」とのことなので、あまり深く穿鑿するのは野暮というもので、そこはかとない熱帯感に身を浸しつつ、語感のおもしろさを楽しめばいいのだと思う。夏フェスでプロモーションしていた際にはちょうどよい趣向だったのだが、リリースのタイミングではやや季節外れになってしまったのが惜しまれる。
録音の際は西寺さんが直々にヴォーカル・ディレクションを行ったそうなのだが、ゆっふぃーの持っている癖を出さないように、フラットな歌い方をするように指導したという[5]。「たぶん…」の時に作詞したクリス松村さんから受けたアドヴァイスとはまさに逆方向のディレクションで、様々な作家さんの要求に応えるのも容易なことではではないのだな、と思わせられる。しかしそれだけ多彩なクリエイターが明確なイメージを負託したくなるような素材としての魅力を、ゆっふぃーが備えてきているということでもあるのだろう。初回限定盤Aに付属のDVDにはおまけとしてレコーディング映像が収録されていて興味深いのだが、こちらの方がCDの音源よりもゆっふぃーらしい癖が自然に出ている感じなので、おそらく西寺さんの手直しを受ける前の別テイクなのではないかと思う。
曲中にはオーディエンスにクラップを煽る箇所があり、一体感を醸し出す演出になっている。前述のワンマンライヴの時はうまくできるか不安だったのだが、やってみるとそれほど難しくはなかった。同じリズムで7回叩くだけなので、リズム感に自信のないヲタクにもやさしい作りなのはまことにもって有り難い。
MVはレトロ感を強調した映像で、ゆっふぃーにはめずらしく人間のダンサー二人("トロピ隊"と命名されている)と共演している。これまでにはなかったタイプのダンス曲なので、そのことをアピールしたい狙いもあるのだろう。トロピ隊の二人はワンマンライヴにも登場してステージを盛り上げてくれた。振付けはソロデビュー曲「#ゆーふらいと」であのハッシュタグポーズを考案した竹中夏海さん。5周年というこのタイミングでまたコラボが実現したことにゆっふぃーは感慨深そうにしていた[6]が、ヲタクとしても同じ思いを抱く。
今回の衣装は思い切って明るくポップな雰囲気で、このところはシックなものが続いていただけに対照が際立っている。ポイントは何といってもおなかを出しているところで、ゆっふぃーの見事に縦に割れた腹筋を堪能できる。ワンマンライヴの時はアンコールでソロとして初のステージで着ていた衣装で登場したのだが、5年前の衣装がまだ着られるというより、むしろややゆるそうなのが印象的だった[7]。日頃の節制の賜なのだろうが、本人はそんな素振りを見せないのがまたすごい[8]。
カップリング「彼氏ができたの」はまたしてもヲタクを病ませる系譜の作品となった。しかし実際に聴いてみるとタイトルとは裏腹に、嬉しい報告というよりは元彼への未練を強くにじませた、切ない女心を歌った曲になっている。作詞はハナエさんで、同じ加茂啓太郎さんのプロデュースを受ける歌手同士という縁もあっての起用だろう。作編曲は"ヲタクを病ませる担当"[9](?)の藤田卓也さんで、曲想が明るい分だけ歌詞の切なさが際立ってくる。藤田さんは大江千里さんへの憧れが強いそうなのだが、なるほどイントロのキーボードなどに大江千里的なセンスを感じる。
このほか初回限定盤Bには今年7月の生誕記念ライヴの音源から「コンプレックスにさよなら」「天使のテレパシー」の2曲が収録されている。いずれもGOOD BYE APRILとの共演で、前者はバンドメンバー二人からの提供曲を録音時の編成で再現している。後者はアコースティック編成というゆっふぃーのライヴにはめずらしい取り組みの貴重な記録である。
前述の通りゆっふぃーは今月でソロ活動を始めてから5年になるのだが、その勤続期間を表彰するかのように、このところゆっふぃーにはアイドルクイズ王、木更津警察署一日署長、串カツ田中一日店長、Pop"n"Roll編集長、@JAM EXPO総合司会といった肩書が立て続けに増えている。そのあらましは最近のインタビュー[10]で詳しく述べられているが、東京アイドルフェスティバルのアイドルクイズ王決定戦は私も配信で見ていて衝撃を受けた。賢い人なのでかなり健闘するだろうとは期待していたが、予想を遥かに上回る圧倒的な強さだった。出題者の古川洋平さんも強い印象を受けていたようなので、今後はより広い場でその才能を発揮できるチャンスもめぐってくるかも知れない。
本業ではすでに来春のシングルリリースが決まっているそうで、アイドルの解散や卒業が相次ぐ昨今にあって順調に活動が継続できているのは喜ばしい。この稿で参照したインタビューや対談記事はどれもライターさんの意気込みが溢れんばかりの力作だったのだが、楽曲制作陣の並々ならぬ創作意欲もそうした記事からは伝わってくる。そうした周辺の業界人はもとより、ワンマンの現場で感じたヲタクの盛り上がりも含めて、アイドルシーンは今なお高い熱気を保っているように見える。明るい話題ばかりではない中でも、そうした周囲の熱量と、それに応えられるアイドルの力量さえあれば、シーンは更なる進展を遂げることができると信じたい。そんなことを考えさせられたこのひと月だった。
寺嶋由芙さんのセカンドアルバム「きみが散る」が今月25日にリリースされた。昨年のシングル三部作の収録曲に加え、6作の新曲を含む意欲作となっている。
タイトル曲「きみが散る」は詩人の最果タヒさんによる作詞で、先に詞だけが公表されて曲をプロアマ問わずに公募するというあまり例を見ない(というか私は他に見たことがない)方法で制作された。タヒさん自身のコメント[1]によると失恋をテーマとしつつも"痛み"のその先にあるものを描こうとしたということのようで、光や色彩へのこだわりが印象深い作品である。特に「乱反射した、あの光へ、/いやでも伸びる、黄緑の茎、」というフレーズは道元「正法眼蔵」の一節[2]を思い起こさせるものがあり、惹きつけられる。たとえ失恋の痛みを負ってでもその先を生きていかなければならない、生き物として備わった生命力を象徴的に表した言葉なのだろう。
曲は多数の応募があったようだが、採用されたのは「わたしを旅行につれてって」を作曲した望月ヒカリさんによるものだった。仮に一つの作品に三桁の応募があったとして、二作で採用される確立は一万分の一以下になる。相性のようなものもあるのだろうけど、プロデューサーの加茂啓太郎さんのチームが求めるものに対する理解力や適応力がもたらした結果なのだろう。タヒさんのやや静的なイメージの詞に抑揚のあるメロディーを当て嵌めることで、舞台映えのする一曲に仕上がっている。
今作のMVは、三部作で一続きの物語を描いたのとは打って変わって、物語性のあまりない幻想的な映像美を強調したものになっている。衣装は「結婚願望が止まらない」に合わせて作ったのに、MVはこの曲で作ることにしたので、歌詞と映像とがうまく整合するような物語を設定するのが難しかったせいもあるのだろう。ともあれこういう趣向のお蔭で、この世のものならぬ雰囲気の中でゆっふぃーの美しさ、可憐さが存分に堪能できる、ゆふぃすとにはうれしい一編となった。
そのウェディングドレスを模した今回の衣装に身を包んだゆっふぃーはまさに妖精のようで、息を呑むほどに美しい。スカート部の前が短くて後ろが長いデザインは流行りなのか最近よく見かける気がするが、実際に見ると前は思った以上の短さで、ライヴの客席から見ながらでもどぎまぎしてしまう。腋が大きく空いているのも相変わらずで、これはもう脚と腋はゆふぃすとに捧げる覚悟でやっているに相違なく、こちらとしても渾身のフェティッシュな愛を奉ることで答礼するほかはない。
「君より大人」は年下の恋人との微妙な関係性を少しひねったロジックで歌っている。ソロとして5年のキャリアともなると年下のゆふぃすとも増えてきたので、それに応える意味もあるのだろう。作詞はゆっふぃーにはおなじみのヤマモトショウさんで、こういう凝った言い回しの妙はいつもながらの手馴れた手腕である。作曲は「知らない誰かに抱かれてもいい」の藤田卓也さんで、前作とはだいぶ違った曲調で多彩な才能の片鱗を窺わせている。編曲と演奏を担当した宮野弦士さんは他にも多くの曲でサウンドメイクに携わっている。
「結婚願望が止まらない」は作曲を鈴木慶一さんが手がけているのが注目される。ナビゲーター役を務めているテレビ番組「japanぐる~ヴ」でインタビューしたのが縁で実現したコラボレーションだが[3]、これまでのゆっふぃーへの楽曲提供者としては最大級のネームヴァリューということになろうかと思う。私はムーンライダーズ周りの音楽にそれほど多くは接してこなかったけれども、鈴木さんがプロデュースした原田知世さんのカヴァーアルバム「カコ」はよく聴いていて、特に「T'en va pas」の原語カヴァーはお気に入りだった。バンド仲間のかしぶち哲郎さんも大石恵さんをプロデュースして同じエルザの「Jour de neige」のカヴァーを制作していて、私にとってムーンライダーズの音楽性は主にエルザを介して吸収してきたということになりそうだ。この「結婚願望…」もそうした洒脱なポップセンスや遊び心が遺憾なく発揮されている。"毒リンゴ"のくだりで曲調が変わる(評論家の宗像明将さん曰く"アラブ風"[4])のもいいアクセントになっている。
作詞のいしわたり淳治さんは「…旅行…」と「知らない誰か…」に続く起用で、今作でもまたもやヲタクを病ませる路線が継承されている。先に述べた衣装も含めアルバムのアートワーク全般の発想に影響を及ぼしているのはタイトル曲以上にむしろこの曲といっていいだろう。
「背中のキッス」を作詞した"kiki vivi lily"というのは以前カヴァーした「80デニールの恋」を作詞作曲したゆり花さんの新名義で、作編曲はおなじみrionosさん。ゆっふぃーにとっては初のクリスマスソングで、若い女性作家二人のコラボによるお洒落な一曲に仕上がっている。rionosさんはこの曲だけでなくタイトル曲も含め多くの収録曲で編曲やコーラスとして参加していて、宮野さんとともにゆっふぃーの音楽制作には欠かせない人材となっている。
加茂啓太郎さんによるとこの曲も詞先で作られたそうで[5]、加茂さんのチームの最近のこだわりがこのアルバムでも重要なテーマとなっているようだ。おそらく二人ともあまり経験したことのない手法だったと思われるが、敏腕プロデューサーが若い才能に新たなチャレンジを焚きつけている様子が窺えて興味深い[13]。
シングル「…旅行…」に収録の三曲がいずれも夏の曲だったので、今度は冬の曲をという意向もあったのだろう。同じ冬のイベントとはいえクリスマスソングがバレンタインデーに先行配信されたのは何だかおかしかったが、その配信のアートワークにゆっふぃー本人のキスマークがデザインされているのは憎い演出だった。
「たぶん…」の作詞は"孔璃麿艶"という怪しげなペンネーム("くりまつ"と読むらしい)になっているが、その正体はクリス松村さんである。作詞を手がけるのは初めてだそうだが、音楽上のキャリアはともかく、一般的な知名度では鈴木慶一さんにも遜色のない大物タレントで、今回のアルバムの大きな話題の一つとなっている。作曲の藤本和則さんについては私はよく存じ上げないのだが、作編曲やプロデュースに幅広く活躍されているようなので、気づかないところでいろいろと耳にしているのかも知れない。
80年代風の歌謡曲はゆっふぃーにはおなじみの趣向だが、これまでは松田聖子さんに寄せているものが多かったのに対し、この曲はどちらかというと中森明菜さんをイメージさせるものとなっている。ちょっとおもしろいのはサビの終わりで「たぶん…たぶん…たぶん」と三度繰り返すところで、「知らない誰か…」の「バカ バカ バカ」を彷彿とさせる。クリスさんのコメント[6]からするとこちらは曲先だったようなのだが、作詞も作曲も顔ぶれが違い、制作の順序も違うのに似たような着想が盛り込まれることに何か必然性があるのかどうか、興味をかき立てられる[14]。
往時をよく知るクリスさんは歌い回しにも格別のこだわりがあるらしく、レコーディングの際は電話を通じて懇切丁寧なディレクションを受けつつ進めたという[7]。SHOWROOMの配信の時だったか、その内容を少し話してくれたのだが、「息を多めに」とか「色気を出して」といったアドバイスがあったそうで、そこそこ古参なゆふぃすととしてその言葉にいささかこみ上げてくるものがあった。というのも、クリスさんはご存じないだろうけど、グループに所属していた頃のゆっふぃーはむしろそういう歌唱が持ち味だったのだ。ソロに転向してからはそういう方向は封印して、よりアイドルらしいかわいい歌い方にシフトしてきたが、それには相応の覚悟を以て過去の自分と訣別しようという意思が働いていたはずだ。そして今またその地点に立ち返るような課題に無理なく取り組めているのは、これまで積み重ねてきた歩みに確固たる手応えがあるからこそに違いなく、今年で5周年となるソロでのキャリアが報われた一つの証しのように思えてならなかった。
「コンプレックスにさよなら」は「初恋のシルエット」と同じくGOOD BYE APRILの延本文音さんと倉品翔さんの提供で、演奏もバンドのメンバーが担当している。倉品さんによるとこちらも「ほとんどやらない詞先での作曲」とのことで[8]、ここでもアルバムのコンセプトは貫かれている。倉品さんはさらに槇原敬之さんの「冬がはじまるよ」や岡村孝子さんの「ピエロ」などを目指したと手の内を明かしてくれているが、特に「ピエロ」はとても好きな曲なのでそれを知ってうれしくなるととともに、腑に落ちるような感覚を抱いた。このアルバムのもう一つのコンセプトとして女の子のファンに訴求するということがあるようなのだが[9]、実際にこの曲に熱く共感する女性の意見を多く目にする。それは一つには女性シンガーソングライターとして一世を風靡した人の名曲にインスパイアされて生み出されたことにも要因があるのだろう(作詞した延本さんの方もその発想を共有していたのかはわからないが)。特に「あなたはイマドキの子が好き?/真面目な私は少し重いかな」という問いかけなどは、まさに「ピエロ」の世界[10]と重なって聴こえる。
以上の6曲のほか、昨年のシングル三作からカヴァーを除く8曲が収録されている。それについては以前に書いたレヴューを参照していただくことにしたい。
ところで、上の解説では今作のMVには物語性がない(もしくは乏しい)ことを強調したのだが、アルバムの現物を手にしてからブックレットの写真を眺めているうちに、ふと"若き日のミス・ハヴィシャム"というコンセプト[11]が頭に浮かんで、そこから離れられなくなってしまった。タヒさん自身としては「失うことすら、瑞々しいものに変えていけるのが生き物の力」という考えが背景にあるようなので[12]、時が止まったままプリザーヴド・フラワーのように干からびてしまった老婦人のイメージは似つかわしくないのかも知れない。しかし、以前島田紳助さんがクリス松村さんのことを"干からびた宮本亜門"とか"お湯で戻すと宮本亜門になる"などと散々からかっていたのに因んで、「ディケンズの小説の不幸な老女が音楽の魔法で若さと瑞々しさを取り戻し、幻想世界の森に遊んでいる」という裏設定をこじつけて鑑賞するのも"あり"な気がしてきた。タヒさんが詞を手がけている時点ではおそらく他の収録曲の詳細は知らされていなかっただろうけど、こうやって別の曲と結びつけることで解釈の奥行きを深めていくのもアルバムならではの楽しみ方には違いなく、これも一つの創造的誤読ということで許容していただければ、と思う。