以前にも述べたことがあるがうちの近所の女子大では学生のための教養講座の一環としてクラシック音楽のコンサートが定期的に開催されている。このコンサートは外部の関係者にも招待券が配られるのだけど、今回家族の知人のご好意により招待券をいただいて今月1日のコンサートを鑑賞することができた。演奏は何と西本智実指揮モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団!
この招待券はいつも演目など細かいことは記されていないのが通例で、今回もビゼーの『カルメン』第1組曲ほかとしか書いてなかったのだけど、この組み合わせでこのタイミングということはドヴォルザークの「新世界より」を演奏してくれるのはほぼ確実なので喜び勇んで聴きに行ってきた。
会場に着いてもらったパンフレットを確認するとドヴォルザークは予想通りだったが関本昌平さんのピアノでショパンのピアノ協奏曲第1番も聴くことができるとわかりさらに感激した。関本さんのことは券に名前の記載がなかったのでさすがにソリストの都合はつかなかったのだろうと思っていたのだが、結局ツアーで回っていたのと全く同じ構成のコンサートをしてくれるわけだ。
招待券の葉書と引き替えにもらった入場券の席を確認すると1階中央のかなり前の方だった。背もたれのない補助席は快適ではないが、音楽を鑑賞するのには好適な位置だった。
初めにコンサート・マスターのダヴィッドさんという方のご挨拶があったのだけど、このコンサートは今回のツアーの最終公演で、翌日にはもうオーケストラ一団は日本を離れるとのことだった。まさにぎりぎりのタイミングでこの演奏に接することのできる僥倖を思わずにはいられなかった。
ジョルジュ・ビゼー:『カルメン』第1組曲(編曲:フリッツ・ホフマン)
『カルメン』の前奏曲は以前西本さんが『誰でもピカソ』に出演した時に演奏してみせた曲で、ビートたけしさんがオーケストラのメンバーに交じってシンバルを叩いていたのを懐かしく思い出した。彼女にとってこの組曲は得意のレパートリーなのだろう。きびきびとした活気のある箇所としっとりと歌う部分との対照が明確な演奏で楽しく聴くことができた。
フレデリック・ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op.11
関本昌平さんは2005年のショパン・コンクールで4位に入賞した期待の若手ビアニスト。私はTV等でも演奏を聴いたことがなかったのでどんな演奏をする人なのかと楽しみに聴いた。実際に聴いてみた感想は…、とても端正な演奏で落ち着いて聴くことができたが、聴く人の心に訴えかけるような訴求力にやや欠けているような気がした。ショパンの音楽の世界を忠実に再現してはいたが、聴いていて彼自身の自己主張のようなものを感じることがほとんどなかった。わざとらしく楽譜から逸脱することが優れた感情表現というわけでは決してないと思うが、ソリストとして活動していく上ではもう少しはっきりとした個性を確立していく必要があるのではないかと思う。
ソプラノで音が玉を転がすようにころころと鳴って欲しいところで微妙にテクニックの切れが甘いように感じられるのももったいないところである。バスの音色が今一つきれいに響かないのも気になったが、これは楽器や会場の音響のせいもあったかも知れない。それはともかく将来を嘱望される素晴らしい才能であることは間違いないので今後の飛躍に期待したいと思う。
アントニン・ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」 ホ短調 Op.95 B.178
西本智実さんの演奏は2002年に録音されたチャイコフスキーのバレエ音楽のCDを持っているのだが、それを聴いた限りではロシア音楽らしい迫力を出そうという意欲は感じられるものの音響が十分に整理されておらず全体にやや雑駁な演奏という印象を受けていた。しかし今回あらためて聴いてみるときりりと引き締まった隙のない演奏になっているのを感じた。それはこの6年の間に遂げた彼女の飛躍を表しているのかも知れない。
ダイナミクスを大きくとろうとする意欲は相変わらずで、特に第2楽章の中間部から再現部に移る部分の強奏をあれほど力一杯演奏することは普通はあまりないのではないかと思う。金管の音色の突出具合にもやはりサンクト・ペテルブルク仕込みの音楽なのだと思わせるものがあった。
フィナーレなどはそういった彼女の芸風が特に生きる音楽で、二つの主題が作り出す音のドラマにめくるめく興奮をかき立てられた。それにしても45分の過ぎるのが早かったこと! フィナーレのコーダを聴きながら「ああ、もう終わってしまうのか」という感慨を禁じ得なかった。
彼女に関してはこのことにもふれておかないわけにはいかないだろう。指揮をする後ろ姿のシルエットがとにかくカッコいい。おそらく特注品と思われる女性用燕尾服を着こなす姿が異様なまでにさまになっている。現在の彼女の人気の高まりの理由が、直接目にしたことでますますはっきりと理解できたような気がした。
大きな身振りで特に左手を激しく振りながらオーケストラを巧みにのせているのがよくわかる。モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団とは良好な関係を築けているようで、そのことは最初のコンサート・マスターの挨拶や終演後にパートごとにメンバーを起立させて称賛を与えている様子からも窺うことができた。
ジョルジュ・ビゼー:「ファランドール」〜『アルルの女』第2組曲(編曲:エルネスト・ギロー)より
アンコールも通常のツアーと同じく「ファランドール」を聴かせてくれた。冒頭の荘重なテーマとその後の活気のある舞曲との対比が印象的なこの曲もやはり西本さんの芸風にぴったりとはまる作品で楽しく聴けた。オーケストラのメンバーもこれが最後ということもあってリラックスして演奏していたようだった。
ロシアを拠点に活躍している日本人の女性指揮者がいるということが評判になりはじめたのは、ちょうど私がラフマニノフの声楽作品に親しむうちにどうしてもロシア語を学んでみたくなって独習を開始した頃のことだった。教育テレビの『ロシア語会話』でも話題の人としてインタビューが放送され、瞠目しつつ画面を見つめていたのを思い出す。
留学した当初は言葉は全くわからなかったそうで、まずはオペラや歌曲の歌詞から覚えていったという。そのために時代がかった表現を使ってしまっておもしろがられたこともあったそうだ。しかし何もわからない状態でいきなり現地に飛び込んでいくというのは意気地なしの私にはとても思いつかないことで、その豪胆な度胸には羨望を覚えたものだった。
あの当時はまだ知る人ぞ知るといった存在でしかなかったように思うが、それから瞬く間に活躍の場を広げ、気がついたらすっかり人気スターになっていた。その端正で凛々しい風貌からちょうど宝塚歌劇の男役に憧れるのと同じような感覚でファンになった方も多いようだ。一昨年の「ジーズニ」補筆完成版の上演は玄人筋には評判が悪かったようだが、クラシック音楽の新たなファン層を開拓した功績は絶大なものがある。
女性の進出がまだ極めて限られている指揮者という分野で颯爽と活躍する彼女の姿は多くの女性にとって励みになっていることだろう。この日の演奏に接した学生さんたちにも素晴らしい刺激となったに違いない。上述のような経緯から私にとって西本さんは音楽家というよりも“ロシア語が話せる羨ましい人”という意識が強かったのだが、今回こうして彼女の音楽にふれる機会を得たのは幸いなことだった。正直これまではやや話題先行の感があったのは否めないが、今まさに指揮者としての実力が話題性に追いつこうとしている瞬間なのではないかと思う。
私の手許には2003年度のNHKテレビ『ロシア語会話』のテキストがあるのだが、そこには彼女のこんな言葉が記されている。
Мой язык — музыка. 私の言葉は音楽です。
これからの彼女が私たちにどんな言葉で語りかけてくれるのか、ますます楽しみになってきた。