『ラフマニノフ ある愛の調べ』

2008年7月31日

遅ればせながら先日ようやく映画『ラフマニノフ ある愛の調べ』を見に Bunkamura のル・シネマまで行ってきた。ロシアのロマン主義を代表する作曲家、セルゲイ・ラフマニノフの音楽はこれまでに何度も映画に利用されてきたが、彼の生涯そのものが映画の主題となったのはおそらく初めてのことであり、一応見ておく必要があるだろうと思ったのだ。


あらすじにマリアンナという聞いたこともない女性の名前が出ていたのでかなりの脚色を交えた作品なのだろうとは思っていたが、ちょっとあり得ないほどの創作がふんだんに盛り込まれていてかなり当惑してしまった(終了後には「この作品は芸術的な創作であり歴史的事実に基づいていない部分もある」という趣旨の断り書きが表示された)。

冒頭からカーネギー・ホールでのコンサートでソ連大使が来場していることを理由に演奏を拒否するというシーンに絶句…。アンナと会っていてチャイコフスキーとの約束をすっぽかしただって? そのほか「交響曲第1番に取り組んでいた頃にはとっくにズヴェーレフとは決裂していて、その後住まわせてもらっていたのがナターリアのいるサーチン家だったのだよ」とか「いや、だから嬰ト短調のプレリュードはアンナに夢中になっていたのよりずっと後、作曲家として円熟を迎えた時期に書かれた彼の代表的なピアノ独奏曲なんだってば!」とか、彼の生涯をよく知る人なら突っ込みを入れずにはいられないところが満載である。最後の結末も、あれではまるでロシアを離れた後長い沈黙を破って最初に書かれたのがパガニーニ・ラプソディーだったみたいだ。私の好きなコレッリ変奏曲は一体どこへ行ってしまったというのか…。

もちろん、フィクションを採り入れることによって事実よりも真実らしいラフマニノフの姿が浮かび上がってくるのだったらそれもいい。問題なのはそうしたあり得ないレベルの作り話を紛れ込ませることによってラフマニノフの何を描き出したかったのかが全く見えてこないことだ。渾身の傑作であるピアノ協奏曲第2番にこめられた思いもあれでは窺い知ることはできない。

物語はラフマニノフの女性関係を軸に展開していく。前述の通りラフマニノフはニコライ・ズヴェーレフとの師弟関係が決裂してこのピアノ教師の下宿を出た後親類のサーチン家に身を寄せることになり、従妹であるナターリア・サーチナとは同じ屋根の下で暮らしていた。その時点ではおそらく兄妹のような間柄でしかなかったはずのこの二人にどのようにして恋愛感情が芽生えていったのかはよくわかっておらず、もしそうした部分を(たとえ想像を交えてではあっても)描き出すことができていたらそれなりに興味深いドラマになっていたことだろう。しかし交響曲第1番に取り組んでいる最中に十年振りにナターリアと再会するという設定ではそれも不可能だ。メロドラマとして見てもあまりいい出来ではなかったと思う。

内容はともかく音楽は楽しんで聴けるかと思っていたが、(映画だから仕方ないのだが)交響曲第1番もピアノ協奏曲第2番も第1楽章の第1主題が終わるといきなりフィナーレのコーダにとんでしまい消化不良。原題が「Ветка Сирени」(“ライラックの小枝”の意)で筋書きもライラックにこだわった作りになっているにも関わらず彼の作品21-5の歌曲が使用されなかったのも解せないところである。なお一部に聴き覚えのないメロディーも流れていたのでこの映画のためのオリジナルの音楽も使用されていたものと思われる(私の知らないラフマニノフ作品では…、おそらくないと思う)。

そんなわけで(予告編を見てこういうことがある程度予想できていたので)わざわざ1000円で観賞できる日を選んで行っただけのことはあった。ナターリア役の女優さんがとてもきれいな人だったのと、ラフマニノフが“私のジョルジュ・サンド”と呼んでかわいがったという次女タチアナを演じた女の子がかわいかったのが救いだった。


なお彼の生涯にあまり詳しくない方のために簡単に補足しておくと、アンナとはアンナ・ロドィジェンスカヤというロマの血を引く年上の人妻で、夫は交響曲第1番よりも少し前の作品であるボヘミア奇想曲を献呈した相手である。交響曲第1番に取り組んでいた当時ラフマニノフはこのアンナに夢中になっていたと言われ、交響曲第1番の総譜には「A.L.に」という献辞が添えられているがこの“A.L.”とはアンナのことだと推測されている。この曲を含め彼の初期の作品にはロマの音楽の影響を色濃く感じさせるものが多いが、それにはこのアンナの存在も大きく関わっていたのかも知れない。

マリアンナはラフマニノフの伝記には名前の出てこない女性で、おそらく架空の人物なのだが、どうやらこれは彼と文通等を通して交流のあった女流作家、マリエッタ・シャギニャンをモデルにしているという見方もあるようだ。マリエッタは初め“Re”というペンネームでラフマニノフと文通して芸術についての意見を交わしていた女性で、歌曲を作るための詩を推薦するなどラフマニノフの音楽に大きな影響を与えたことで知られている。後には彼と直接会い、ニコライ・メトネルを交えて会食したこともあったらしい。ただし彼らの文通が始まったのはラフマニノフが作曲家としての地位を確立しナターリアと結婚した後のことで、二人が恋愛関係にあったという事実はない。


ラフマニノフのコンサートの度に白いライラックの花を贈っていた熱烈な女性ファンがいたというのは史実である。前述の歌曲が広く親しまれたことでライラックの花は彼を象徴する存在になっていたのである。ニコライ・バジャーノフ作の伝記によると贈り主の女性はФ.Я.ルッソというキエフの医師の妻で、彼女は「命をかけて大切にしていたものすべてを失い、不信のどん底にあった時に、かねて熱愛していたラフマニノフの音楽の中に自身の心の支えを見出し、ふたたび真実と善意を信じることができた」のだという。この贈り物は革命後に彼がロシアを離れてからも届くことがあったらしく、ラフマニノフもこれを喜んで文通が行われたらしい。

進歩主義を気取る評論家たちがいかに陳腐だとか時代遅れだとかこき下ろそうと、ラフマニノフの音楽には生きることに困難を見出した人に光を差し延べる力が確かにあるのだ。この麗しいエピソードははっきりとそれを証明している。不格好に粉飾されたフィクションよりもこの実話の方が遥かに感動的だと思うのは私だけだろうか…。

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勝手にランキング 交響曲編

2008年4月26日

もう二ヶ月近くも前のことになってしまったけど、いつも楽しいお話が満載のがちゃ子さんのブログお好きなピアノ協奏曲のランキングが掲載されていた。私も真似してやってみたいのだけど、ピアノ協奏曲は最も好きなジャンルなので5曲を選ぶのは不可能に近い。何しろベートーヴェンだけでも5曲あるのだから…。そこで代わりに好きな交響曲のランキングをやってみることを思い立った。


好きな交響曲 ベスト5

  1. ラフマニノフ 交響曲第2番
  2. チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」
  3. ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」
  4. ブルックナー 交響曲第7番
  5. ショスタコーヴィチ 交響曲第8番

一位はもちろんラフマニノフのこの作品。音楽というものの素晴らしさに瞠目させられた、私にとって究極の交響曲である。

以下は順位にあまり意味はない。チャイコフスキーは第5番もとても好きなのだけどここでは「悲愴」を選んでみた。死を目前に控えた作曲家の人生への切々たる哀惜が胸を打つ名曲である。ベートーヴェンは5、7、9番といったところももちろん大好きだけど、敢えて一曲選ぶとすれば「田園」を採る。聴いていると、人はこれほどまで美しく自然を讃えることができる存在であるのなら、どんな危機をも乗り越えてこの地球上で生きていくことができるに違いない、と信じたくなる。


あとの二曲は少し背伸びし過ぎかな、と思う。自分にこんな大曲が十分理解できているとは正直思えないのだけど、それでもとても好きな作品なのでここに挙げてみた。ブルックナーはそれほど親しみのある作曲家ではないのだけど、この第7番だけは別格に好きな作品である。聴いていると俗世の雑事を全て忘れて、雄大な宇宙の中に魂を解放されるような感覚に浸ることができる。

私は現代音楽というのが苦手なのだけど、ショスタコーヴィチは例外的に好きな作曲家である。代表作の第5番ももちろん好きだけど、一曲選ぶとすると第8番を挙げたい。第7番、第9番と共に第二次対戦中の作品で、この曲の誕生には戦争が深く関わっているらしい。作曲家自身は「全体としては楽観主義的で人生肯定的な作品だ」と述べているのだけど、例によってこれも体制の目をごまかすために本心を包み込んだ発言であるようだ。作曲家がこの作品に何を託したのかは今や音楽そのものから推し量るしか術はないが、少なくとも私には楽観的というにはほど遠い、ただならぬ悲しみの思いが聴こえてくるように思われる。20世紀の人類が経験した苦悩と悲劇に真摯に向き合いながら創作された芸術作品として、記念碑的な交響曲だと思う。


このほか惜しくも洩れてしまったけど、次点としてやはりドヴォルザークの第9番「新世界より」を挙げておきたい。アメリカの黒人音楽に啓発を受けつつ故郷ボヘミアの音楽の情趣も盛り込んだこの名交響曲に言及しないわけにはいかない。それからマーラーの第9番も好きなのだけど、自分にはまだこの作曲家を理解できたという手応えをつかむことができていないので選には入れなかった。

考えていてなかなか楽しい作業だったので、機会があればまた別のジャンルでやってみるのもおもしろいかも知れないと思った。

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遅かった廉価盤発売

2008年2月26日

先日の例のピアノ協奏曲第5番の序でに気がついたこと。ピアニストのハワード・シェリーさんが伴奏を務める全3枚のラフマニノフの歌曲全集が3枚組の廉価盤として発売になっていた。HMVのページを見ると発売になったのは去年の3月らしい。そのわずか数ヶ月前に一枚当りこれと同じくらいの値段で3枚バラで買い揃えた私としてはかなり複雑な気分…。もっともこれだけ安いとライナーノートは満足なものが付いていない可能性もある。少なくとも歌詞が記載されていないと私にとっては困るのでこれでよかったのかも知れない。

いずれにしてもラフマニノフの歌曲の全貌を容易に知ることができるようになったので、関心のある方はこの機会に入手を検討されてはいかがだろうか。「ヴォカリーズ」以外にも数多くの名曲があること、文化史の上で極めて注目すべき作品が含まれていることを多くの方に知っていただきたいと思う。

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ラフマニノフのピアノ協奏曲第5番?

2008年2月19日

ウェブで調べ物をしていたら妙なものを見つけてしまった。ラフマニノフピアノ協奏曲第5番のCDが発売されたというのだ。周知の通りラフマニノフは4曲のピアノ協奏曲を残しているのだが、この“第5番”というのは交響曲第2番をピアノ協奏曲に編曲したもののようだ。ブリリアント・レコードのプロデューサー、ピーター・ファン・ヴィンケル氏が企画し、アレクサンダー・ヴァレンベルグ氏が編曲を行ったという。

クラシックでもオリジナルとは楽器の編成を変えた編曲版が演奏されること自体は珍しくない。ムソルグスキーの「展覧会の絵」などはオリジナルのピアノ独奏版よりもラヴェルによる管弦楽編曲版の方が演奏される機会が多いだろう。今回のケースに似たものとしてはチャイコフスキーのピアノ協奏曲第3番がある。

チャイコフスキーは交響曲第5番を完成させた後、変ホ長調の交響曲を構想したが完成させることを断念し、第1楽章のみを編曲して単一楽章のピアノ協奏曲に仕立て上げた。これがピアノ協奏曲第3番である。後にチャイコフスキーの弟子タネーエフが二つの楽章を補って3楽章形式にした版もある。

しかしラフマニノフの交響曲第2番は当初から交響曲として構想され、作曲家自身によって完成された作品である。それをピアノ協奏曲に編曲することにどのような意味があるのだろうか。しかもそれを“ピアノ協奏曲第5番”と銘打って録音し販売するというのはいかがなものだろうか。時系列的には交響曲第2番は協奏曲の第2番と第3番の間に位置するのだが…。

この件については作曲家の権利財団と孫のアレクサンドル・ラフマニノフ氏(作曲家の次女タチアナの子息)の許可も得ているそうだが、天国で作曲家はどんな思いをしているだろうか。

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田村響さん『題名のない音楽会21』に出演

2007年12月21日

少し前の話になるが先週の土曜日(15日)、グランプリファイナルのSPの放送の直前の時間帯に、BS朝日で再放送された『題名のない音楽会21』を見た(地上波では9日放送)。お目当てはもちろん、先ごろロン・ティボー国際コンクールのピアノ部門で優勝した田村響さんである。コンクールの最終審査でも弾いたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第1楽章(再現部はカット)を披露してくれた。

堂々たる風格のある演奏で、第2主題でのやや粘っこい歌い回しが目を引いた。この若さにしてすでに自身の表現を手にしているのが素晴らしい。自分が二十歳くらいの時はクラシックのことなど何も知らなかったな、などと遠い目をして思い出してしまう。今の感性を大切にしながら音楽家として大成していって欲しいと思う。

ユーリ・シモノフさん指揮のモスクワ・フィルからは豊かな情感が波のように押し寄せてくる。このあたりの感覚はやはりヴラディーミル・アシュケナージさんが若い頃にキリル・コンドラシンと共演した録音と似ているな、と思った。あれから40年以上が経ち、指揮者が代わってもオーケストラの個性は受け継がれているのだろう。

わずか十分程度の演奏時間だが、田村さんの若さと才能に羨望を覚えつつ贅沢な一時を過ごさせてもらった。

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六手のピアノのための「ロマンス」 続報

2007年10月10日

以前ラフマニノフの若き日の作品である六手のピアノのための「ロマンス」について紹介記事を書いたが、その後新たに気がついたことがあるのでその報告をしたい。


ラフマニノフはよく知られているように交響曲第1番の初演の失敗の後何も作曲できない日々が続いていたが、幸い精神科医のダーリ博士の助力により精神的な危機を乗り越えることができた。再び創作への意欲を取り戻した彼が最初に取り組んだのが2台のピアノのための「組曲第2番 Op.17」だった。ピアノの名技性と交響的な響きの効果の両面を追求したこの作品は1900年から翌年にかけて作曲され、今日ラフマニノフの最高傑作の一つに数えられ、高く評価される名曲である。2台のピアノのためのレパートリーとしては現在最も演奏される機会の多い作品の一つとみていいようだ。

この組曲は以下の4曲から構成される。

  1. 序曲
  2. ワルツ
  3. ロマンス
  4. タランテラ

勇壮な行進曲風の序曲に始まり活気のあるタランテラで締めくくられる壮麗な組曲で、ラフマニノフが作曲の才能を自ら確認し、再び作曲家として歩んで行く決意を高らかに宣言した記念すべき作品である。友人のピアニストで教育者としても知られるアレクサンドル・ゴリデンヴェイゼル(“ゴールデンワイザー”と表記されることも多い)に献呈され、私的な会合で二人の共演により演奏が披露された。公式の初演はその後作曲者自身と従兄にあたるピアニスト、アレクサンドル・ジロティとの共演により行われた。

この初演は「ピアノ協奏曲第2番 Op.18」の初演よりも後だったが、出版は組曲第2番の方が早かったようで作品番号はこのような順序になっている。実際にはどうやらこの二曲は並行して作曲されていたらしい。


当然のことながらこれよりも前に2台のピアノのための「組曲第1番 Op.5」という作品が存在する。こちらは「幻想曲−絵画」というタイトルがつけられ、四つの曲にはそれぞれレールモントフ、バイロン、チュッチェフ、ホミャコフによる詩が添えられている。これらの詩から受けた印象の音楽による絵画的表現ということなのだろう。

一方この組曲第2番には標題その他のコンテクストが存在せず、着想の源泉は明確にされていない。ところがある時この曲を聴いていてそれを読み解く重要な鍵がひそんでいるのに気がついた。

「組曲第2番」の第3曲「ロマンス」の終盤に、六手のピアノのための「ロマンス」のコーダが引用されているのだ。「組曲第2番」は手許にあるCDを比較してみると演奏によってテンポ設定がかなり違うようだが、現在日本で最も広く流通していると思われるマルタ・アルゲリッチさんとアレクサンドル・ラビノヴィッチさんによる録音では第3曲の5分12秒から40秒ほどの間、六手のピアノのための「ロマンス」の方はヴラディーミル・アシュケナージさんがご家族と共演した録音でいうと3分10秒以降である。お聴きになればこの二つの部分の曲想がほとんど一致しているのがおわかりいただけるだろう。これほどの一致は決して偶然類似した音型になったというようなものではなく、意識的に自作から引用したとみて間違いないと思う。

六手のピアノのための「ロマンス」の序奏がピアノ協奏曲第2番の第2楽章に用いられていることは冒頭で言及したエントリーですでに述べたが、コーダまでもが同じ時期の自作に引用されているというのは驚きだった。並行して作曲されていた二作品でともに引用されているということは、この時期のラフマニノフにとってスカローン三姉妹とイワノフカで過ごした日々の想い出がいかに大切なものであったかを物語っている。若き日にプライヴェートな目的で作られた小品とはいえ、この曲が彼の創作を理解する上で重要な作品であることはいよいよ明らかになった。

これはもしかすると新発見なのだろうか? いやいや、両方の作品を演奏した経験のあるピアニストなら気がつかないはずはないと思う。ただ、少なくとも私はこれまで文章として記されたのを見たことがないし、ウェブで検索してみてもそれらしい記述は見当たらない。あまり知られていない事実であるのは間違いないだろう。

なお以上の説明は楽譜もろくに読めない素人の音楽ファンが耳で聴いた経験を基に述べたものであることをご承知おき下さい。できればご自身で音源を聴き比べて、あるいは楽譜を見比べてお確かめ下さい。


実を言うとこの事実に気がついたのはもう去年のことになるのだけど、何となく書きそびれているうちに一年近く経ってしまった。私にとってクラシックの記事を書くというのはなかなか荷が重い作業であるようだ。

なおこれはすでによく知られていることだが、ラフマニノフは1900年の春にイタリアを旅行しており、その痕跡は組曲第2番の終曲「タランテラ」に残されている。このイタリア旅行、当初は作家・劇作家のアントン・チェーホフと行くことを計画していたが、チェーホフの健康状態が悪化したため実現しなかった。代わりにフョードル・シャリャーピンを誘ったもののこちらもシャリャーピンの都合がつかず、結局一人で行くことになったものである。

チェーホフとモスクワ楽派の音楽家たちとの関わりもこのサイトで論じてみたいテーマの一つなのだけど、これもなかなか大変なことなので手をつけられずにいる。できればそのうち少しずつでも語っていきたいと思っている。

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『レコード芸術』自作自演盤特集

2007年6月 1日

少し古い話になってしまうけど、『レコード芸術』誌の4月号で自作自演盤の特集をしていた。書店で見かけたので当然気になるセルゲイ・ラフマニノフの自作自演盤についての解説だけ立ち読みした。予てから漠然と感じていたことが詳細に解説されていて実に興味深い記事だったので、自分のための備忘録の意味で要点や感想を記しておきたい。


記事では特に協奏曲の録音に重点を置いて解説されていた。ラフマニノフの協奏曲の自作自演盤を聴いて誰もがまず感じるのが、意外にセンチメンタリズムへの傾斜を排していささか淡泊とも思えるほど爽快に弾き切っていることである。第3番を「私の曲」と呼んで熱い共感をこめた名演奏を聴かせたヴラディーミル・ホロヴィッツと比較しながら、その演奏スタイルの相違を指摘していた。当時を代表する名ピアニストであるヨーゼフ・ホフマンとラフマニノフがともにホロヴィッツを自らの後継者に指名していたが、真にラフマニノフの後継者と呼ぶに相応しいのはむしろアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリであり、ホロヴィッツはホフマンの後継者であったと見做すべきだとのことだった。私も以前からラフマニノフとホロヴィッツはかなり芸風の違うピアニストなのではないかと感じていたので、この指摘には実に腑に落ちる思いがした。


一方第2番については決定的名盤との評価の高いスヴャトスラフ・リヒテルによる2種類の録音との比較が論じられていた。自作自演盤と大きく異なるのは演奏時間である。いずれの楽章もリヒテル盤の方が1分前後長くなっている。作曲者と同時代の名ピアニスト、ベンノ・モイセイヴィチなど当時の録音ではどれもほぼ自作自演盤と同じくらいの演奏時間なのに対し、リヒテル盤が登場し決定的な評価を得るようになって以降は多くの録音でこのテンポ設定を踏襲するようになったことが指摘されていた。この録音時間の相違は私も気になっていたのだけど、やはりリヒテル盤の圧倒的な影響力ゆえのことのようだ。(自作自演盤の第3番の演奏時間が極端に短いのは楽譜の大幅なカットによるところが大きい。)

リヒテルの壮大なスケールで濃密なロマンティシズムをたっぷりと歌い上げる演奏は絶大な人気を博し、その後の演奏はこうしたスタイルを継承するものが主流になった。そのために自作自演盤を聴いてみると却って新鮮な驚きを感じるというのが長いことこの曲の置かれてきた状態だった。しかし記事では今あらためて自作自演盤のスタイルに立ち帰った演奏が模索されるようになりつつある、とも指摘していた。リヒテルの没後十年を経てピアノ演奏界はようやくリヒテル盤の圧倒的な影響から抜け出そうとしつつあるのだとのことである。私自身はやはり多くの人と同じくこのリヒテル盤の演奏が最も好きでよく聴いているので、リヒテルからの影響を脱しなければならない必然性は決して感じないが、しかし昔の音楽を演奏することを生業とするピアニストとて現代を生きているのであり、その時代により相応しい演奏スタイルを模索しなければならないのだという事情はよく理解できる。個人的な希望としてはあまりにも無国籍なスタイルが横行するような状態にはなって欲しくないのだが。


記事中最も意外だったのは、独墺系の演奏家は概してこの作曲家に冷淡だったと述べる下りで例外としてワルター・ギーゼキングと並んでペーター・レーゼルさんの名が挙げられていたことだった。私はこのピアニストによる協奏曲第2番と「パガニーニ・ラプソディー」をカップリングしたCDを持っている。レーゼルさんというよりむしろ共演のクルト・ザンデルリングさんの演奏が聴いてみたくて中古で安かったこともあり入手してみたのだけど、これが実に驚くほどの名演だったのだ。冴えたテクニックとみずみずしい情感でこの曲の魅力をあますところなく歌い上げていた。表情はいささか淡泊でさわやかささえ感じるほどで、リヒテルのような濃密なロシア的ロマンティシズムを期待して聴くと拍子抜けしてしまうかも知れないが、これはこれで実に魅力的だった。特に「ラプソディー」の方は元々スイスで書かれたこともあり高原のさわやかな風を感じさせるような曲調なので、こうしたスタイルは実によく合っていた。モスクワに留学してレフ・オボーリンに師事した経歴もあり、決して無国籍でインターナショナルな演奏というわけではない。しかしラフマニノフ作品の演奏史を語る際にこの人のことが言及されるのはあまりないことだと思う。それだけにこの記述には思わずうれしくなってしまった。記事ではリヒテルとは違ったスタンスで協奏曲にアプローチする演奏家の代表例としてゾルタン・コチシュさんやニコライ・ルガンスキーさんの名が挙げられていたが、個人的にはこのレーゼルさんの演奏も一つの指針になり得るのではないかと思う。


この解説記事を執筆したのは川田朔也さんという方だった。不学にして今まで聞いたことのないお名前だったけど、大変興味深い記事に感銘を受けた。これを機会に覚えておきたい。

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音楽系バトン

2007年3月11日

いつも楽しいエピソードが満載で更新されるのを心待ちにしているももこさんのハイパークラシック♪に音楽関係のバトンがおいてあった。ももこさんみたいに命懸けのデートのような愉快なエピソードはないけど、おもしろそうなので自分もやってみようと思う。


音楽系バトン

1.最近良く聴く曲は?

本田美奈子 ミュージカル「十二夜」より「ララバイ」
いい夢を見られますように、との願いをこめて寝る前に聴いている。私はあまり夢は見ない方で、たまに見るのはろくでもないものばかりだけど。

2.テンション上がる曲は?

PRINCESS PRINCESS 「Diamonds」
私の音楽遍歴の原点ともいえる曲。音楽讃歌であり人生讃歌でもある中山加奈子さん作のこの詞と出会っていなかったら自分の音楽との接し方はまるで違ったものになっていたと思う。リズムとメロディーも私のツボを刺激するようで、今も聴くと血が騒ぐ。
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番 第3楽章
私は癒しを求めてクラシックへの関心を深めてきたので、いわゆるアドレナリン湧出系の音楽はあまり好んで聴く方ではない。そんな私にも親しみやすい元気の出る曲というと何といってもこのベートーヴェン若き日の傑作。特にあのチャーミングなロンド主題は聴いていると心が浮き立ってくる。

3.切ない気分になる曲は?

Elsa 「T'en va pas」
高校生の時夕方のニュースのBGMとして流れているのを聴いて「何だ、この歌は?!」と驚愕した曲。聴く度に録音当時13歳のエルザさんのいたいけな歌声に無遠慮に胸を掻き鳴らされる思いがする。
PRINCESS PRINCESS 「ジュリアン」
これも中山加奈子さんのひたむきで真っ直ぐな詞が心にしみる名曲。「恋すると苦しくてあきらめようとするけれど/つぼみのままこの想いつむなんてできない」というフレーズなどは彼女の真骨頂である。とても好きなフレーズだったのだけど、美奈子さんが亡くなった時に自分は全くこの通りにできていなかったのだ、ということに突然気づかされた。今は少し心に痛い一節である。
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 第2楽章
敷居が高そうに見えて敬遠していたクラシックにはまるきっかけになった曲。最初に聴いたのがこの曲でなかったらこれほどクラシックを好きになっていなかったと思う。特に第2楽章は聴いていると切なくて胸が締めつけられるような気分になる。

4.カラオケでよく歌う曲は?

森進一 「襟裳岬」、「冬のリヴィエラ」
あまりカラオケはやらないし、特に最近はほとんど歌っていない。たまにある機会で歌うのは森さんの曲。特に「襟裳岬」は私にとって心の歌とでもいうべき存在で、カラオケで歌う機会こそ多くないもののいつも胸の中に鳴り響いている。この歌を口ずさむことでどれほど励まされてきたかわからない。

ほかに歌ったことはないけど歌えるようになれたらいいな、と思っているのは河島英五さん「酒と泪と男と女」、アリス「遠くで汽笛を聞きながら」など。「おふくろさん」は川内氏に叱られるといやなので今後も歌わない見込み。

5.癒される曲は?

本田美奈子 「この歌をfor you」
美奈子さんのやさしさに溢れた自作の詞が心にしみる逸品。大切な人を喪った悲しみをその人の歌声に癒してもらうというのは倒錯したことのようにも思えるが、一頃はこればかり聴いていた。
夏川りみ 「童神」
古謝美佐子さんのオリジナルの歌唱も素晴らしいけど私はりみさんの歌を愛聴している。透き通るようなやさしい歌声は心に安らぎを与えてくれる。
モーツァルト クラリネット協奏曲 第2楽章
モーツァルトの音楽は私には何だかハッピー過ぎてしっくりこないことが多いのだけど、例外的にツボにはまるのが晩年のこの作品。特に第2楽章は聴いていると崇高な気分になり、心が浄化されるような気がしてくる。
ラフマニノフ 晩祷
交響曲第2番については先日記事を書いたばかりなのでここでは彼の教会音楽を挙げておく。ピアノ音楽はよく知っているけど教会音楽は聴いたことがないという方にはぜひ一度聴いていただきたい作品。世俗作品にはない荘厳さに満ちているけど、ラフマニノフならではの旋律美はここでも健在である。聴いているとあまりの美しさにくらくらと目眩いを覚えるほど。アカペラコーラスがお好きという方には絶対のお薦め。

6.思い出のある曲は?

Diana Ross 「If we hold on together」
洋楽には疎い私にとって数少ない思い入れのある曲。ある文学作品を初めて読んでいた時、近所で聴いている人がいたらしくて窓の外からこの曲が流れてきた。読み終えた時には作品から受けた深い感銘と共にこの曲のメロディーがすっかり頭にしみついていた。その作品は歌の世界とはかなり懸け離れた悲しみに満ちたものなのだけど、何となく繊細で叙情的なこのメロディーと合っているように思われた。このことについてはそのうちもっと詳しく書くかも知れない。

7.ライブで聴きたい曲は?

本田美奈子 「ラ・ボエーム」より「私の名はミミ」
美奈子さんに歌って欲しかった曲はいろいろあるけど、フジTVの特番で美奈子さんが「太陽のような存在になりたい」と語っていたと知って以来どうしてもミミと重ね合わせずにはいられなくなってしまった。これについてもいずれまた詳しく書くかも知れない。これはあの世に行ってからのお楽しみ♪ といっても美奈子さんと同じところに行ければの話だけど。

8.このバトンを5人に回してください

お時間のある方はぜひどうぞ。


書き終えてみて

他愛もないバトンと思って始めてみたけど書いているうちに興がのってきて、随分と自分の心のうちを吐き出したような気分になった。「心を込めて…」のライナーノートで井上鑑氏が「音楽を通して人が出会うことはたとえて言えば心の庭を見せてもらうことのようだ」と述べていた意味が少しわかった気がする。荒れ放題の私の庭は少しお見苦しかったかも知れないけどどうぞご容赦を。

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交響曲第2番にまつわるこぼれ話

2007年3月 7日

ラフマニノフの最高傑作の一つに「交響曲第2番 ホ短調 Op.27」という作品がある。私の最も好きなクラシックの名曲の一つで、紹介記事を書きたいのだけど思い入れが深すぎてなかなか言葉が出てこない。そこで内容についてはまたいずれかの機会に、ということにしてここではこの曲の演奏や受容の歴史にまつわるエピソードを、ややトリビアめいたことも含めて紹介してみたい。


この曲は1906年から翌年にかけて作曲された。完成したのはこの頃国内で起きた政情不安を逃れるために滞在していたドレスデンでのことだった。彼が交響曲を作曲していると知った指揮者のアルトゥール・ニキシュはそれを自分に献呈して欲しいと要請していた。しかしラフマニノフは曲を完成させるとそれを長年の恩師であるタネーエフに献呈したため、ニキシュとの仲は険悪になってしまったらしい。

初演は1908年ペテルブルクのマリインスキー劇場で作曲者自身の指揮で行われ、前例のない大失敗に終わった第1番とは対照的に熱狂的に迎えられた。"「悲愴」以来の傑作交響曲"とも評されたと伝えられている。しかしその後この曲は時の経過とともに人々から忘れ去られるに至る。

一般にラフマニノフは濃厚なロマンティシズムを湛えた作品で大衆からは熱狂的な支持を受けたが、批評家からは酷評されることの多い作曲家だった。ロマン主義からの離脱への志向が顕著になった20世紀にあってなおチャイコフスキーのような作風を頑なに堅持し続ける彼は、"保守的で没個性的な時代遅れの作曲家"と見做されていたのだ。それでもピアニストとしての圧倒的な名声の故もありピアノ作品についてはそれなりに評価されていた。しかし管弦楽作品の多くは正当な評価を受けず、顧みられることがなかったのである。

幸いなことに彼の管弦楽作品に共感を寄せる指揮者が少なからず登場することによって、交響曲についても次第にその真価を知られるようになってきた。壁の東側ではクルト・ザンデルリングさん、エヴゲニー・スヴェトラーノフさん、西側ではアンドレ・プレヴィンさんや指揮稼業を始めたヴラディーミル・アシュケナージさんらがその嚆矢となったようである。特にこの第2番はその叙情的な美しさの故に人気が高まっている。現在では多くの人気指揮者がレパートリーに加え、録音も数多く存在し実演される機会も少なくない。


ところで日本では1990年代にこの曲の受容史にちょっとした事件が起きた。フジTV系列で94年に放送された和久井映見さん主演のTVドラマ『妹よ』で、唐沢寿明さん演じる青年のお気に入りの曲としてこの作品が紹介されたのだった。当時このドラマはかなりの人気を誇り、この曲のことも世の中の話題になったようだ。

CDショップには「ラフマニノフの交響曲第2番のCDが欲しい」という客が増えたという。ところが当時ほとんどの店には在庫がなく対応に苦慮したそうで、中には「交響曲がそんなに有名なはずはないから」と協奏曲のCDを紹介した店もあったらしい。おかしなエピソードではあるが、そんな時期にあっていち早くこの曲に注目したドラマ制作者の見識には敬服せざるを得ない。なお現在はある程度クラシックの品揃えのあるCDショップなら最低でも一枚は店頭に在庫があるはずで、入手するのは困難ではない。


私自身はこの当時クラシック音楽にはほとんど関心がなく、ドラマも見ていなかったのでこの事実は後から知った。ただ『妹よ』と聞くとちょっと思い当たるふしがある。このドラマの最初の放映から数年後のことだと思う。ある日の夕方何気なくTVをつけてチャンネルをいじっていたらドラマの再放送をやっていて、岸谷五朗さんのあまりの迫真の演技に釘付けになってしまったことがある。確か新宿の歌舞伎町にある女性を探しに行き、水商売の女性にしつこくつきまとってものを尋ねているうちにやくざに絡まれてボコボコにされる、というようなシーンだった。その後自分の部屋に戻ると和久井映見さん演じる妹が驚いて出迎えていたという記憶がある。今思うとあれが『妹よ』だったのではないかという気がする。

残念ながらその時どんな音楽が流れていたかは全く覚えていない。ただあるいはもしかするとこの曲がBGMとして流されていて、意識はしなかったけどその美しさに聴き惚れてしまっていたのもチャンネルを動かせなくなった原因だったのかも知れない。この曲の第3楽章の導入部を聴いた時に何となく聴き覚えのあるメロディーだな、と感じたのでその時に聴いていたという可能性はあると思う。

岸谷五朗さんといえば周知の通り元 PRINCESS PRINCESS のヴォーカリスト奥居香さんの夫君にして、ミュージカル『クラウディア』で本田美奈子さんと共演し葬儀では弔辞を読み上げた人物である。どういう訳か知らないが私の音楽遍歴の節目には彼の姿が現れる。何か不思議な縁を感じてしまう。


この曲はラフマニノフならではのロマンティックな詩情が全編に溢れる彼の最高傑作の一つである。特に第3楽章の叙情豊かなメロディーの美しさは比類がなく、クラシック屈指のヒーリング・アダージョといえるだろう。コンピレーション・アルバムなどにこの楽章だけ収録されることも少なくない。この曲を聴いたことのない方にはこの楽章だけでも聴いていただきたいし、この楽章だけ聴いたことがあるという方にはぜひ全曲を聴いていただきたいと思う。

こんな素晴らしい名曲が比較的最近まであまり知られずに埋もれていたというのだから世の中とは不思議なものだ。私が最初に聴いた時の感想は「音楽とはこれ程まで美しくなり得るものなのか!」というものだった。音楽についての認識そのものをこの曲によってあらためさせられたといっても過言ではない。もし子供の頃にこんな曲と出会っていたら本気で指揮者を志していたかも知れない、などと時々思ったりもする。そうなっていれば自分の人生は随分違ったものになっていただろうな、と考えるといろいろな感慨にとらわれてしまう。もちろんそれはそれで厳しい人生になったに違いないけれど。

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変ホ長調の名曲

2007年1月17日

今年に入って更新の頻度が落ちているので少し古いネタを拾って記事にしてみる。去年の年末に行われた若手お笑い芸人の登竜門『M−1グランプリ』にアマチュアから参加した女性二人組の変ホ長調」が決勝進出を果たしたらしい。この番組は見ていなかったのでこのコンビがどんな芸風なのかは知らないのだけど、音楽ファンとしてはコンビ名が何に由来するのかが気にところである。


特にクラシックの作曲家の場合、調性を選択する際には単に使用楽器の音域に合わせるだけではなく、それぞれの調に固有の意味を結びつけて行われることが多い。変ホ長調に関してはベートーヴェンのお気に入りだったことが知られている。交響曲第3番「英雄」はこの調性で書かれた傑作の一つである。共和制の支持者だったベートーヴェンは当初ナポレオンに献呈するつもりで作曲していたがナポレオンが皇帝の座についたことを知って激怒し、献辞の記された楽譜の扉を破り捨てて単に「ある英雄のために」と書き直したエピソードは有名である。現在「英雄」の名で親しまれているこの曲は実際に名前の通り雄渾な楽想に溢れた名曲である。

ベートーヴェンの変ホ長調の作品といえばもう一つ有名なのがピアノ協奏曲第5番である。この曲もまた英雄叙事詩を思わせるような曲想に満ちた作品である。この二つの作品が同じ調で書かれているというのは偶然とは考えられず、ベートーヴェンが変ホ長調がこうした曲想に相応しい調性だと見なしていたことが窺われる。

なおこの協奏曲が書かれたのはナポレオン軍がウィーンに侵攻し、親しい友人が疎開するなどして孤独をかこっていた時期のことである。上述のエピソードと併せて考えれば現在この曲が"皇帝"というニックネームで親しまれているのは皮肉なことではある。


このほかに変ホ長調の名曲といえばやはりショパンのノクターン第2番だろう。浅田真央ちゃんが今シーズンのショートプログラムに使用していることで最近特に聴く機会が多い。ベートーヴェンの上記の二曲とは対照的に典雅で優しい調べが聴く者の心にしみる名曲である。作曲家によって調性の捉え方が違っているのもおもしろいと思う。


これらの曲ほど有名ではないが、やはり変ホ長調で書かれた名曲を紹介しておきたい。

ラフマニノフは前奏曲というタイトルのピアノ独奏曲を作品3-2、作品23の10曲、作品32の13曲、と合わせて24曲作曲している。これらは24の調性全てに一曲ずつ作ったもので、ショパンの作品28の24曲の影響されたものと思われる。このうち作品23-6の変ホ長調の作品は、晴れ渡った朝の光を思わせるような名曲である。少し前には『N響アワー』の終わりにコンサートスケジュールを紹介する際のBGMとして流されていた。短い期間だけだったようだが、この時に耳になじんだという方も多いのではないだろうか。

作品23の10曲は1901年から03年にかけて作曲された。伝記作家のニコライ・バジャーノフはこの変ホ長調の作品の着想の源を1903年の長女イリーナの誕生と結びつけている。この記述がどこまで事実に基づいているのかよくわからないが、いかにもそう感じさせるような、静かな喜びに満ちた傑作である。同じくバジャーノフによる伝記には、私的な会合の場でラフマニノフがこの曲を演奏するのを聴いた作家のマクシム・ゴーリキーが「彼には静寂を聴きとることができるのだ」と感嘆したエピソードが紹介されている。ただし私はCDのライナーノートで、ゴーリキーのこの言葉はピアノ協奏曲第2番の第3楽章のあるパッセージ(エピソード的に挿入されたピアノの3連符で構成される箇所のことだと思う)について語ったものだとする記述も見かけたことがある。どちらが正しいのかは私にはわからない。


クラシックではないが最後にもう一つだけ変ホ長調の名曲を。

去年朝霞市と渋谷で行われた本田美奈子さんの追悼展に、『題名のない音楽会』で使用された「つばさ」のパート譜が展示されていた。各パートの一枚目を少し見ることしかできなかったのだけど、調性がフラット♭3つの変ホ長調であることは確認できた。ポップスでは曲の調性が明示されることはほとんどないし、歌手の声域に合わせて調性をこだわりなく変えてしまうことも多いので、聴く方も気にしないのが普通である。ただこの時はこの曲も上に挙げたような名曲と同じ変ホ長調なのか、と感慨深かった。私は絶対音感などないので別にどの調であっても関係ないといってしまえばそれまでなのだけど、そう意識して聴くと一層この曲が愛しく思えてくるような気がする。

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