本田美奈子さん病床で遺したア・カペラ音源がアルバムに

2015年10月31日



Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「Fall in love with you —恋に落ちて—」

2011年11月 6日

作詞:岩谷時子 作曲:楠瀬誠志郎 編曲:武部聡志 コーラスアレンジ:楠瀬誠志郎
アルバム「晴れ ときどき くもり」(1995.06.25)所収。現行のCDではアルバム「LIFE〜本田美奈子.プレミアムベスト〜」UMCK-9115(2005.5.21)に収録されている。

本田美奈子さんはアルバム「晴れ ときどき くもり」で数々のミュージシャンとの親密なコラボレーションを行っているが、その中に楠瀬誠志郎さん提供の楽曲が二曲ある。一つは美奈子さん自ら作詞した「幸せ届きますように。」で、以前感想を述べたように、美奈子さんの無垢で純粋な心が伝わる愛らしい作品である。もう一曲が楠瀬さんとデュエットした「Fall in love with you —恋に落ちて—」である。


民放の公開お見合い番組のエンディング・テーマだったらしく、内容もそれに相応しい、熱く甘い愛の二重唱である。作詞は美奈子さんの恩師、岩谷時子さんで、一世を風靡した「君といつまでも」のような名曲を手がけてきた岩谷さんにとって、こうしたラヴ・ソングはお手のものだったろう。聴いていて少し気恥ずかしくなるような純粋な愛の世界は、1991年放送のテレビドラマ『101回目のプロポーズ』に端を発する純愛ブームの余韻でもあったかも知れない。サビの部分の歌詞などは佐良直美さんのヒット曲「世界は二人のために」を彷彿とさせるものがある。こうした大仰な表現が少し時代がかって感じられるのは、「地球が消えても」とか「空が裂けても」といった譬えが、現在ではシャレではすまなくなってきているせいもあるだろうか。

しかしそうはいってもこうした純粋で美しい愛の世界は時代を超えた普遍的なテーマであり、聴く者の心にみずみずしい感動をもたらしてくれる。ことさらに凝った表現を用いることもなく、平易な言葉遣いのうちに甘酸っぱい感傷を聴き手の胸に呼び起こす詞の世界は、さすがに熟練の作詞家の手になる作品と感服するほかない。


美奈子さんの歌唱はいつも通り可憐で、サビの部分でのドラマティックな表現にも本領が発揮されている。“二人の”の‘り’の子音の発音が日本語として少し不自然になっているところがあるのは、おそらく英語の発音を学んだ副作用かと思われる。

楠瀬さんも繊細な情感とドラマティックな抑揚を兼ね備えた歌唱が素晴らしい。男性歌手があれだけ高い音域を歌いながら、少しも苦しそうなところを見せずに聴き手の心をやさしく包み込むようなマイルドな声を響かせているのは、実に稀有なことだと思う。収録の際は手をつないで歌っていたそうで、それだけに美奈子さんとの息もぴったりと合っている。そんなエピソードに些か嫉妬も覚えたりもするが、逆に楠瀬さんの歌うパートの男性に感情移入して聴くという楽しみもあるわけだ。


早いもので、今日は美奈子さんの七回忌に当たる。この機会に私も、この歌の男性主人公になりきって、美奈子さんへの永遠の愛を誓うことにしたい。「太陽が蒼ざめ 月が燃えても」美奈子さんの残した音楽は不滅だと信じながら…。


おことわり

2006年5月から月命日に合わせて続けてきた連載ですが、今回の投稿を以て一つの区切りとすることにします。長らくご愛読いただきましてありがとうございました。月一回のペースでの連載はこれを最後にしますが、もちろん今後も折にふれ美奈子さんの音楽について語っていくつもりです。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「ニュー・シネマ・パラダイス」

2011年10月 6日

作詞:森寧子 作曲:エンニオ・モリコーネ 編曲:井上鑑
アルバム「AVE MARIA」COCQ-83633(2003.05.21)所収。ベスト・アルバム「クラシカル・ベスト〜天に響く歌〜」COZQ-255,6(2007.04.20)にも収録されている。

本田美奈子さんはソプラノ・アルバムの中で映画音楽の名曲をいくつか歌っている。その一つがエンニオ・モリコーネさんによる旋律に詞をつけて歌った「ニュー・シネマ・パラダイス」である。モリコーネさんはいわずと知れた映画音楽の第一人者で、その作品は広く親しまれ、もはや映画音楽という枠を越えて受容されている感がある。この「ニュー・シネマ・パラダイス」も、私は映画は未見なのだが、この印象的なテーマ曲はいろんな機会に聴いて耳になじんでいる。

新たにクラシカル・クロスオーヴァーの分野に足を踏み入れようとする美奈子さんがこの曲を取り上げたのも、自然な成り行きだったといっていいだろう。編曲はもちろんいつもの井上鑑さんで、自身のピアノに加えヴァイオリンとチェロとクラリネットをフィーチャーしている。特に十亀正司さんの吹くクラリネットの朴訥とした音色がこの曲の情趣を深めている。

作詞は“森寧子”とクレジットされているが、これは岩谷時子さんが“モリコーネ”をもじってつけたペンネームなのだそうだ。どうしてこの曲に限ってこういう茶目っ気を起こしたのかはよくわからないが、稀代の作詞家がこういういたずら心の持ち主でもあるというのは興味深いことである。映画のストーリーはよく知らないのだが、この作品は映画という表現ジャンルそのものへのオマージュと考えていいのだろう。岩谷さんはそうした作品の性格を的確にとらえ、映画と人生についての感慨を語った詞に仕上げている。さすがに熟練の仕事、というべき見事な出来映えである。

この曲は私の印象ではなだらかなメロディーがさらさらと流れて聴く人の感情に静かなさざ波を立てさせるといった趣きだと受け取っていたのだが、美奈子さんの歌唱は後半に力強い盛り上がりを見せていて、ドラマティックな起伏を形作っている。こういうところに美奈子さんの音楽性がよく表れているような気がする。

美奈子さんの歩んでいた方向性から考えて、もしもう少し長く活動することができていれば、数多あるモリコーネさんによる名旋律の中から他の楽曲を取り上げる機会もきっとあったことだろう。憧れていたサラ・ブライトマンさんも歌った「ネッラ・ファンタジア」や「ラ・カリファ」なども、ぜひ美奈子さんの歌声で聴いてみたかった。しかし今となっては、遺されたこの音源からそうした可能性を夢想するよりほかはない。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「踊りあかそう」

2011年9月 6日

日本語詞:岩谷時子 作詞:アラン・ジェイ・ラーナー 作曲:フレデリック・ロウ 編曲:井上鑑
アルバム「心を込めて…」COCQ-84139(2006.04.20)所収。

本田美奈子さんはデビュー20周年となる2005年を迎えるに当たり、その記念となるミュージカル・アルバムの制作の準備を進めていた。その矢先に白血病に罹患していることが判明してこのアルバムは幻となってしまったのだが、その中でも録音の完成にこぎつけていた貴重なトラックの一つが『マイ・フェア・レディ』のナンバー、「踊りあかそう」である。

『マイ・フェア・レディ』は周知の通り、ロンドン下町の花売り娘イライザが言語学者ヒギンズ教授によってコックニーと呼ばれる下町特有の訛りを矯正され、淑女へと変身していく物語である。タイトルはコックニーでは“Mayfair”という地名が“my fair”と同じ発音になることをもじっている。このミュージカルはジョージ・バーナード・ショーの戯曲、『ピグマリオン』を原作としている。この作品の筋立ての背景を理解するためには、イギリスの言語と社会をめぐる事情についての知識が不可欠となる。

イギリスでは英語のほかにウェールズ、スコットランド、北アイルランドの各地でケルト系の言語が話されているが、英語だけに限っても多様な方言が存在する。話す言葉のイントネーションから、その人の出身地域と階級がおおよそわかるともいわれている。しかし地域のことはともかく、話す言葉から階級が判別してしまうというのは、この国の言語の多様性がもたらす、いささか困った側面である。

方言というと私たちはまず地域方言のことを念頭に浮かべがちだが、話者の社会階層に依存する社会方言も、見落としてはならない重要な要素である。イギリスが階級社会であることはよく知られているが、そのことは言語事情にもそのまま反映されているのである。社会主義者のバーナード・ショーは、このような言語の差異をなくしてしまえば階級のない平等な社会が実現できるのではないかと考え、この戯曲を構想したといわれている。

しかし、平等な社会への志向そのものはともかく、人が生まれ育った環境で自然に習得した言語を言語学者によって“矯正”されたものに置き換えることによって画一的な平等を実現しようと考えるのは、あまりにも安直に過ぎる。文化の多様性の価値がショーの活躍した当時より遥かに尊重されている現在では、この構想はそのままでは支持され得ないだろう。日本でもかつて全国で行われた方言撲滅運動の愚劣さを思い浮かべる時、その思いをさらに強くする。

皮肉屋のショーはそれでもさすがにこの劇をハッピーエンドで締め括るのは自身の美学が許さないと思い定めたのだろう、最後はイライザがヒギンズ教授の元を去ってフレディと結婚する結末になっている。それがミュージカルではイライザとヒギンズが結ばれることを示唆する結末に書き換えられているのは、あまりに身も蓋もないという気がしなくもない。


いろいろと小難しいことを書き並べてしまったが、この「踊りあかそう」はそうした理屈は抜きで純粋に楽しめるチャーミングなナンバーである。美奈子さんは『マイ・フェア・レディ』に出演したことはなかったが、コンサートではこのナンバーを好んで採り入れていたという。「命をあげよう」にしても「オン・マイ・オウン」にしても、美奈子さんのレパートリーには聴き手に緊張を強いるような悲壮感ただようナンバーが多いので、こういう誰でも気楽に楽しめる曲が間奏曲的な意味合いで必要だったという面もあったのかも知れない。

このスタジオ録音でも、美奈子さんはいかにも楽しそうにのびのびとその美声を響かせている。こうした海外のミュージカル・ナンバーでも微妙なルバートやこぶし回しを駆使して粘っこく歌っているのがまた何とも美奈子さんらしいところである。編曲はいつもの井上鑑さんで、大石真理恵さんのマリンバを中心に打楽器を配した伴奏が心浮き立つような気分をいやが上にも盛り立てている。美奈子さんの最後のスタジオ録音の一つということで(もう一つは『十二夜』の「ララバイ」)実に貴重な記録でもあり、美奈子さんと一緒に朝まで踊りあかすような気分で大切に聴いていきたいナンバーである。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「風流風鈴初恋譚」

2011年8月 6日

作詞:岩谷時子 作曲:弦哲也 編曲:萩田光雄
アルバム「JUNCTION」(1994.09.24)所収。

本田美奈子さんは主演したミュージカル『ミス・サイゴン』のロングランを成功に導いた後、「豹的 (TARGET)」以来5年ぶりとなるオリジナルアルバム「JUNCTION」を1994年9月にリリースした。このアルバムはタイトルの通り、様々な音楽ジャンルの合流点となることを意図して制作されている。収録曲にはシャンソンありファドありと多彩な楽曲が並んでいるが、その中に演歌と見做し得る楽曲がある。それが「風流風鈴初恋譚」(ふうりゅうふうりんはつこいばなし)である。

作詞は『ミス・サイゴン』の訳詞者として出会って以来、生涯に亙って美奈子さんの恩師となり、このアルバムのプロデュースを買って出た岩谷時子さんで、作曲は演歌界の大御所、弦哲也さんである。演歌歌手としての実績は全くないのに弦さんのような大物を起用することができたのも、おそらく岩谷さんの人脈によるところが大きかったのではないかと思う。夏の風物詩、風鈴に絡めて淡く儚い初恋の想い出を綴った、ほろ苦さと甘酸っぱさの交錯するような、味わい深い作品である。岩谷さんの歌詞からは可憐な下町娘と粋でいなせな風鈴職人の姿がありありと浮かんでくるようで、弦さんはこの詞を繊細で情緒豊かなメロディーで彩っている。

美奈子さんは元々演歌歌手志望だったそうで、ロックバンド Wild Cats を解散してソロに復帰した時期には演歌歌手への転身が真剣に模索されたと聞いている。そんな美奈子さんにとって、オリジナル演歌の制作はまさに待ち望んでいた企画だったに違いない。ただ、この作品は、そのように演歌志向の強い歌手が初めて公にしたオリジナル演歌にしては、やや地味な作品という印象を受ける。

全体にあまり抑揚のない曲調なので、『ミス・サイゴン』では遺憾なく発揮されていた美奈子さんのドラマティックな表現力は、ここでは十分に生かされているとはいい難い。やや長めの歌詞が3番まであるので演奏時間が5分半程度あり、それをこの平板な曲調で飽きずに聴かせるというのは実に至難の技だと思う。美奈子さんとしては自分本来の実力を発揮しにくい、難しい作品をもらってしまったな、というのが率直な感想である。

詞もメロディーも非常に丁寧に作られているので、実績のある演歌歌手のレパートリーの一つとしてなら、地味ながら底光りのする渋い存在感を放っていたことだろう。しかし演歌初挑戦の歌手が歌う楽曲としては、もう少しインパクトの強い楽曲が望ましかったという気がする。美奈子さんの表現力を以てすれば、それこそ「天城越え」のようなドラマティックな作品の方が間違いなく映えていただろう。

美奈子さんはコンサートでは演歌の名曲をカヴァーすることも多かったという。この曲のほかにも、自身のオリジナル作品にもう少し多彩な楽曲があれば、というのは惜しまれるところである。生前の計画では美空ひばりさんのカヴァー・アルバムを制作することも予定されていたそうだが、それも果たされることはなかった。美奈子さんは多方面で活躍しながらも、元々の志望であった演歌の分野ではその実力を十分に発揮し切ることなく終わってしまった。誰より本人が悔しかっただろうが、演歌好きの私としても残念でならない。

この「風流風鈴初恋譚」は美奈子さんの本領が発揮された楽曲とは必ずしもいえないように思うが、ともかく美奈子さんのオリジナル演歌として貴重な作品であることは間違いない。季節は今暑い夏の盛りだが、風鈴を主題に据えたこの曲を聴きながら、少しでも涼しく過ごしたいものである。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「命をあげよう」

2011年7月 6日

日本語詞:岩谷時子 作詞:リチャード・モルトビーJr.、アラン・ブーブリル 作曲:クロード=ミシェル・シェーンベルク
公演開始前にスタジオ録音されたものが『ミス・サイゴン』日本公演ハイライト盤 TOCT6432(1992.03.25)に、本公演のライヴ録音が『ミス・サイゴン』帝劇(東京)公演完全全曲ライヴ盤 TOCT8008-09(1993.05.19)に収録されている。ほかにこのナンバー単独の録音が「LIFE〜本田美奈子.プレミアムベスト〜」UMCK-9115(2005.5.21)と「心を込めて…」COCQ-84139(2006.04.20)に収録されている。

先月11日にNHKのBSプレミアムでトニー賞に関連した特別番組が放送された。その中で本田美奈子さんが1991年6月にNHKの音楽番組に出演して「命をあげよう」を歌った際の映像が放映されたのだが、これがさすがに美奈子さんというべき素晴らしい歌唱だった。特に声の強弱のつけ方が絶妙で、それによってこのナンバーの持つドラマティックな性格がより効果的に引き立てられていた。もちろんそれは周到に計算され練り上げられたものなのだろうが、同時にそこには美奈子さんの天性の勘ともいうべきものが躍如しているのが感じられる。

この映像は『ミス・サイゴン』日本初演の一年前に収録されたもので、歌詞が実際の上演で使用されたのとは大きく異なっていた。番組に出演した今井清隆さんによるとおそらくオーディションではこの歌詞で歌ったのだろうとのことだった。訳詞を担当された岩谷時子さんが劇としてより効果的な日本語訳を求めて実際の上演まで推敲を重ねていた様子が垣間見られて実に興味深い。

もう一つ興味を誘われるのは、美奈子さんが随所にファルセットを織り交ぜて歌っていたことだった。作曲者のクロード=ミシェル・シェーンベルクさんは確かこのナンバーを地声で歌い通すことを要求していたと聞いている。オーディションの段階ではファルセットを交えて歌っていても、トレーニングを重ねれば本番までには地声で歌えるようになると見越しての美奈子さんの起用だったのか。ともかく様々な点で示唆に富む、貴重な映像だった。

同じく番組に出演した新妻聖子さんはご自身のブログでこの映像について次のように振り返っている。

NHKの過去の秘蔵映像もたっぷり見られるんですが、「ミス・サイゴン」日本初演前に本田美奈子.さんがテレビで歌われた「命をあげよう」は本当に貴重で素晴らしいです。

上演前だからか訳詞が今とは全然違って、「ここから日本のサイゴンの歴史が始まったんだ」と感動しました。本田さんの可憐さに、ストレートな歌詞の世界観に涙が出た…。

収録終わりました!|SEIKO NIIZUMA OFFICIAL BLOG

実際の舞台での美奈子さんの歌唱がどのようなものだったかは、ライヴ録音によって知ることができる。ここでは作曲者の要求通り、このナンバーを地声で歌い通しているのが確認できる。強弱の絶妙な按配に加え、自在なルバートがドラマティックな緊張感をさらに高めている。フレーズの切れ目の音を長く伸ばして歌うところと短く切り上げるところの対照によってメリハリをつけているのが目立つのは、阿蘇山麓の野外コンサートでの「つばさ」にも共通しており、これは美奈子さんのライヴ・パフォーマンスの特徴の一つなのかも知れない。最後の「命をあげるよ」の‘あ’の音が本来の高さよりやや低いところから出てそこからずり上げているのは、意図したものではなく音を外したのを修正しているようにも思えるのだが、そうしたところさえもが楽曲のドラマティックな表現として十分に成り立っている。

一部のみ公開されている舞台映像から察するに、このナンバーは幼い息子のタムに寄り添って床に座った状態で歌っていたようだ。このナンバーは劇中の最大の聴かせどころなのだから、素人考えではもっと声を出しやすい姿勢で歌わせる演出でもよかったのではないかと思うのだが、プロの歌手にとってその程度のことはさして障害にはならないのかも知れない。ともかく美奈子さんの発声が歌う姿勢に影響されている様子は全くない。


『ミス・サイゴン』のロングランを終えた後、美奈子さんはアルバム「JUNCTION」にこのナンバーを収録している(編曲は宮川彬良さん)。ここでの歌唱は劇的な緊張感よりも単独の楽曲としての完成度を優先させているようで、やや遅めのテンポでしっとりと聴かせている。このヴァージョンは劇中で歌われたものよりも半音高い調で歌われているらしいのだが、なぜそのようにしたのかはよくわからない。そしてそのことと関係あるのかどうか、一部をファルセットで歌っている。舞台上では守り通した作曲者の指定に敢えて逆らった理由もよくわからないが、美奈子さんとしてはファルセットに“逃げる”のではなく、自分のパレットに用意してある色彩の一つとして積極的に利用したいという意志の表れだったのではないかと想像する。このヴァージョンは現在手に入るCDとしては美奈子さんの入院中に発売されたベスト・アルバム「LIFE〜本田美奈子.プレミアムベスト〜」で聴くことができる。


同じく『ミス・サイゴン』の劇中のナンバーである「サン・アンド・ムーン」 の感想を記した際にも述べたが、このミュージカルはジャコモ・プッチーニのオペラ『蝶々夫人』を下敷きにしていると言われている。しかしこの二つの劇で大きく異なるのは、『蝶々夫人』のピンカートンは初めから蝶々さんに誠意がなかったのに対し、『ミス・サイゴン』ではクリスはキムを心から愛しており、アメリカに帰ってエレンと結婚した後もキムのことを絶えず気にかけていたという点である。その意味でキムは蝶々さんより幸せだったといえる。キムの悲劇の要因は、報われない愛にではなく、息子タムへの母親としての愛情にある。経済的に援助はするがタムをアメリカに引き取るわけにはいかないというクリスに、無理にでも引き取らざるを得ない状況を作り出そうとしてキムは自らの命を絶つのである。

それはあまりにも悲しい結末であり、キムの無謀な決心を“健気”ということもできるだろう。しかし、と私は考える。自分がもしタムの立場だったなら、たとえどんなことがあろうとも母親に生きていて欲しかっただろうと思う。アメリカで手にすることができるかも知れないどんなチャンスより、母親が生きて注いでくれる愛情の方が遥かに価値あるものではなかったろうか。森進一さんが最愛の母を亡くした時にどんなに悲しい思いをしたかと考える時、私はこの結末を“感動的”と呼ぶことにはためらいを覚える。ヴェトナムに取り残されたブイ・ドイたちにとってアメリカに渡って“アメリカン・ドリーム”を手にすることだけが幸せに至る道であるかのように思い描くのも、“先進国”の住人たちの驕りでしかないようにも思われる。

そんなわけで私は息子のアメリカ行きのために命を投げ出すキムの行為を“究極の母の愛”として称揚するような見方には与しない。しかしそれはともかくヴォイス・トレーナーの山口琇也さんは美奈子さんの第一印象を「ひたむきで献身的、愛情にあふれたキムそのもの」と語っていたそうで、確かに美奈子さんのそんな姿がこの役にはまっていたのは間違いないと思う。それがどんなに無謀で無益な行為だったにせよ、タムを思うキムの真情には一点の曇りもない。そんなキムとほとんど重なり合うかのような美奈子さんの可憐な姿が、この劇を成功に導いたのだろう。


美奈子さんによるこの歌の録音として最後に残されたのは、デビュー20周年を記念して制作することを予定していた新しいアルバムのための、仮の歌入れである。この音源は逝去後に制作されたアルバム「心を込めて…」に収録されている(編曲は井上鑑さん)。本来は公に発表することを想定していなかった音源ということもあるのだろう、淡々とした出だしだが、歌い進めるうちにおのずから興が乗ってきて次第に力のこもった歌唱になっていくのが感じ取れる。

クラシカル・クロスオーヴァーでの成功という経験を踏まえて制作されるミュージカル・ナンバーの新録音はどんなコンセプトで行われるはずだったのか。この仮の録音では舞台上でと同じく地声で通しているが、本番での歌唱ではパレットの中からファルセットを取り出す予定はなかったのか。伴奏はピアノを中心としたシンプルなものだが、これにもう少し装飾を加えるつもりはあったのかどうか。考え始めると興味は尽きないが、それを知ることは見果てぬ夢である。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「I LOVE YOU」

2011年6月 6日

作詞・作曲:尾崎豊 編曲:DJ SOMA & HITOSHI HARUKAWA for GROW SOUND
マキシシングル「Honey」(2000.10.21)所収。没後に制作されたアルバム「I LOVE YOU」(2006.03.29)にも収録されている。

本田美奈子さんが2000年に発表したマキシシングル「Honey」には、尾崎豊の「I LOVE YOU」のカヴァーが収録されている。尾崎は美奈子さんと同じ朝霞市の出身で、この曲をカヴァーすることになったのは同郷のよしみということもあったのだろう。

原曲は尾崎豊のデビューアルバムの収録曲で、いかにも尾崎らしい繊細な感受性によって綴られたラヴバラードの名曲である。今年の3月にテレビ東京系列で放送された伝記的なドラマによると彼は高校時代にエーリッヒ・フロムの「愛するということ」を読んでいたそうで、この曲は「Foregt-me-not」などと並びそうした読書体験の成果が表れた作品でもあるのかも知れない。

1992年に尾崎が亡くなって以降、この曲は多くの歌手によってカヴァーされており、その中には彼の長男の尾崎裕哉さんによるものも含まれる。しばしば尾崎の代表曲として扱われることもある作品だが、そのことに私はいささかの違和感を覚えないわけでもない。この曲は尾崎のレパートリーの中ではどちらかというと間奏曲的な意味合いを持った作品であり、例えば「卒業」であったり「僕が僕であるために」といった作品こそが彼の代表曲というに相応しいと思うからだ。まあそういった作品はなかなかおいそれとカヴァーできるものでもないだろうから、カヴァーがこの「I LOVE YOU」に集中するのも理解できないことではない。


美奈子さんによるカヴァーは原曲の切迫した悲壮感の漂う雰囲気とは異なり、ボサノヴァ風のアレンジでそよ風が流れていくような軽快な歌を聴かせている。曲にこめられた哀歓をさらりと受け流すかのような歌唱は、(私はその一部しか聴いたことがないのだが)この歌のカヴァー群の中でも一風かわった特異な試みといえるのではないかと思う。

もちろん、カヴァーにはいろんな方法論があっていい。では美奈子さんのこのカヴァーかがはたして成功しているかというと、それはかなり微妙なところだという気がする。冷たい世間の風に晒されながらやさしさを持ち寄って愛し合う二人の心の痛みがひりひりと伝わるような尾崎自身の歌唱に慣れ親しんでいるので、聴き手の期待を肩透かしするかのような歌唱には、なかなか共感する手がかりを見つけるのも難しく感じてしまう。数多くあるこの曲のカヴァーの中で異彩を放つものとして、他との差別化が図れていると見做すことはできるだろうけれども。美奈子さんはこのシングルの発売よりも前からこの曲をライヴで歌っていて、それはオリジナルに近いアレンジだったそうなのだが、そうしたヴァージョンでもぜひ聴いてみたかったところである。

それはともかく、このカヴァーは、その楽曲としての仕上がり云々以上に、現代の日本のポップスの一つの結節点として、記念碑的な意味合いが大きいとはいえるかも知れない。同時代に活躍し若くして亡くなった同郷の歌手二人を結びつけるよすがとして、この音源が残されたのは確かに貴重なことだった。この二人が今頃あちらの世界でこの曲の解釈や唱法について語り合っている様を思い浮かべるのは、心踊る楽しい想像である。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「SLOW WALK」

2011年5月 6日

作詞:MINAKO 作曲:樫原伸彦 編曲:樫原伸彦
アルバム「豹的 (TARGET)」(1989.07.05)に収録。

本田美奈子さんは自身が歌う曲の歌詞をいくつも手がけているが、最初に自作の歌詞を発表したのはロックバンド Minako with Wild Cats として活動していた時期のアルバム「豹的 (TARGET)」が最初である。このWild Cats としては二枚目のアルバムで、美奈子さんは三曲の歌詞を手がけている(「朝まで」は秋元康さんとの共作、「愛が聞こえる」は先行シングルとしてアルバムに先立って発表されていた)。このうちの一曲が「SLOW WALK」である。


ロックバンドとしての楽曲ながらバラード風の曲調で、せかせかと急ぎ足で道を通り過ぎることを戒めて「心で道を歩いて」と語りかける作品である。私はこの曲のことを美奈子さんが亡くなってから知ったが、最初に作詞に挑んだ作品の一つがこのような歌だったということに深く感銘を受けたものだった。

1989年といえばスローフードとかスローライフといった理念が日本で知られるようになるよりも何年も前のことである。過労死が社会問題として顕在化しつつあるまさにそのただ中で、「24時間戦えますか」という宣伝文句とともに空虚な華やかさが踊り狂ったあの忌まわしい時代…。そんな時代風潮に逆らうかのようにこうした楽曲を制作していたということに、美奈子さんの類い稀なる鋭敏な感受性を見る思いがする。

バラードということもありバンドサウンドはやや希薄な楽曲なので、ソロに戻ってからでも歌っておかしくなかったように思うのだが、詳しくは知らないが歌われる機会はあまり多くなかったようなのが惜しまれる。これからも折に触れ聴いていきたい美奈子さんの楽曲の一つである。この曲を聴きながら、美奈子さんのいうように心で道を歩くよう心がけたいと思う。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「すべてが変わるだろう」再び

2011年4月 6日

日本語詞:岩谷時子 作詞:P. Delanoë 作曲:M. Fugain
アルバム「JUNCTION」(1994.09.24)所収。

東日本を襲った未曾有の大震災から早くも三週間あまりが過ぎた。しかし被災地では今なお苦しい避難生活を強いられていることだろう。一日も早い復興が待たれるところである。

しかしこの場合の“復興”とは、日本を元の姿にそのまま戻すということは意味しないだろう。:原子力発電所で起きている事故が、これまで私たちが享受してきた便利で快適な生活はそのリスクを一部の地域の人たちに押しつけることによって成り立っていた、という事実を否応なくあぶり出しているからだ。これ以上そんないびつな状況を放置し続けることが許される道理はないだろう。

それは単純に原子力の利用を停止ないしは抑制して従来の火力を主体とした電力に切り替えればいい、ということではない。温暖化への対策もまた同様に喫緊の課題であるからだ。代替エネルギーの技術開発はもちろんだが、過剰な電力の利用に依存した私たちの生活スタイルや価値観の見直しも必須だろう。深夜にコンビニエンスストアが煌々と灯りをつけて営業している便利さは、私たちの幸せな暮らしになくてはならないものなのか。冷え性の女性が真夏に過剰な冷房への対策に防寒用の上着を持ち歩かなければならないような状態を、“快適”といえるのか。

かねてから環境やエネルギーの問題に高い関心を寄せていた音楽プロデューサーの小林武史さんは今回の震災を受けて、環境や平和など様々な活動に携わる田中優さんと対談した。この緊急企画でもやはり、「必要なのは“元通り”にすることではなく、“よりよい仕組みを作る”こと」とテーマが設定されている。


昨年の1月に本田美奈子さんの歌う「すべてが変わるだろう」の感想を書いたが、その時「新しく生まれ変わることは避けることができない運命にあるといっていいだろう。世界も、そして私自身も」と述べたことを、今思い返している。事態がまさに切迫している中にあって、そうした認識はより多くの人に共有されてきているように見える。

このような破局的な事態に立ち至るまでそうした機運が盛り上がらなかったということには、いささか忸怩たる思いもある。2008年4月に松任谷由実さんと対談した際に「意地の悪い見方かもしれないけど、もっと痛い思いをして、悲鳴を出さないと日本は変わっていかないかなとも思います」と述べていた小林さんも、今の状況を痛切な思いで見つめているのではないかと推察する。

しかしともかく、今私たちが新しく生まれ変わるチャンスに面しているのは確かである。時間はかかっても、あの大震災を経てこんなに素晴らしく生まれかわったと犠牲者の方たちにいつか報告できる、そんな日本になって欲しい。いや、ぜひともそうしなければならない。でなければこれほど多くの喪われた生命に申し訳が立たないではないか。

あの時私は「ここに歌われているような未来への無邪気な信頼は、私の心境からはあまりにも遠く懸け離れてしまっていた種類のもの」だと述べた。しかし今、賢しらな失望や諦念などかなぐり捨てて、美奈子さんが「すべてが変る」「今夜人生 すばらしいね」とやさしく歌うこの歌に、虚心に耳を傾けたい。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村

「エデンの東」

2011年3月 6日

作詞:本田美奈子. 作曲:レナード・ローゼンマン 編曲:井上鑑
アルバム「」COCQ-83683(2004.11.25)所収。

先月本田美奈子さんの歌う「ゴッドファーザー愛のテーマ」について書いたが、美奈子さんは映画音楽の名曲をこのほかにもいくつか歌っている。クラシック音楽が20世紀になって一般の愛好家には理解困難なほど難解なものとなった一方で、映画音楽の分野では誰からも愛される美しい名曲が数多く生まれた。それは取りも直さず多くの才能ある作曲家がクラシックの現代音楽ではなく映画音楽に軸足を置いて活動せざるを得ない状況に置かれていたことの反映でもあるのだろう。そうした背景事情については吉松隆さんの論説が非常に参考になる。まあともかく、理由はどうあれ私たちが今多くの美しい映画音楽を楽しむことができるのは幸せなことである。

エリア・カザン監督による『エデンの東』のテーマ曲などは、まさにその最たる例の一つだろう。作曲したレナード・ローゼンマンは2008年に亡くなっていて、3月4日がちょうど没後3周年だった。調べてみると彼は十二音技法を確立したことで知られるアルノルト・シェーンベルクに師事した経験もあるらしいが、師が追求した作曲の技法上の革新には追随せず、映画音楽の分野で人々の心に残る作品を残したのにはどんな意図があったのだろう。できることならそこのところを訊いてみたかった気がする。

美奈子さんはこの誰もがよく知る名曲に、自作の詞をつけて歌っている。一番の歌詞の終わりで“愛”と書いて“うた”と読ませているのが美奈子さんらしくて、何だか微笑ましい。二番でも同じく“愛”という言葉が出てくるのだが、ここでは素直に“あい”と歌っている。美奈子さんにとって愛とは歌であり、歌は愛そのものにほかならなかったのだろう。

編曲はいつもの通り井上鑑さんで、自身の弾くキーボードが前面にフィーチャーされた作りになっている。欲をいえばこれが生のピアノの音だったらなおよかったのに、という気もするのだが、ともかくそれが美奈子さんの歌声をよく引き立てているのは確かである。

かくしてこの映画音楽史上屈指の名曲は、美奈子さんが隣に寄り添って一緒に歩いてくれているような気分にさせてくれる、あたたかさとやさしさに溢れた歌へと生まれかわった。美奈子さんが聴き手に捧げた精一杯の愛を、ありがたく受けとめつつ聴き入りたい。

Bookmark and Share BlogPeople 人気ブログランキング にほんブログ村
  

最新のコメント

アーカイブ

author

author’s profile
ハンドルネーム
sergei
モットー
歌のある人生を♪
好きな歌手
本田美奈子さん、幸田浩子さんほか
好きなフィギュアスケーター
カタリーナ・ヴィットさん、荒川静香さんほか

最近のつぶやき

おすすめ

あわせて読みたい

Giorni Cantabili を読んでいる人はこんなブログも読んでいます。