本田美奈子さん一周忌に寄せて

2006年11月 6日

早いもので本田美奈子さんが亡くなって今日で一年になる。あれは朝から冷たい雨が降り続く秋の終わりの寒い一日だった。天が悲しみの涙を雨降らせる中、その日がまだ明けないうちに美奈子さんはひっそりとこの世から旅立っていった。


私が知ったのはもう夜になってからだった。とりあえず平静を装ってはいたものの、聞いた瞬間から自分の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じていた。時が経っても悲しみはおさまるどころか次々と胸に湧き起こってくるのだった。あの人がもうこの世にいないと思うだけで目の前が真っ暗になってしまうのだ。私はこの二十年間彼女の歌を心の支えにして生きてきたというわけでは決してないし、長い間美奈子さんのことは忘れてしまっていたくらいなのでそんな風に感じるというのは明らかにおかしなことなのだけど、深い喪失感に襲われてしまうのをどうしようもなかった。本当に身内を喪ったかのように悲しみがとめどなく溢れてくるのだった。

病気で入院したということはもちろん知っていたけど、私はどういう訳かあまり深刻に受け止めていなくて当然元気に復帰してくれるものと思い込んでしまっていた。まさかこんな悲しい知らせを聞くことになるとは夢にも思っていなかった。ちょうど少し前にミニアルバム『アメイジング・グレイス』の発売を新聞の新譜紹介の広告で知って、復帰はいつごろになるのかな、などと呑気に考えていた矢先に起きた出来事だった。

本気で好きでいたのは実質一年にも満たない短い間だったが、それだけ美奈子さんは私の胸に鮮烈な印象を刻み込んでいたのだろう。美奈子さんを喪った悲しみにくらべれば本質的なことではないけれど、美奈子さんが自分にとってこれほど大切な存在であるということに自分で全く気づいていなかったということも大変なショックだった。なぜ自分の気持ちにしっかりと向き合うことなく生きてきてしまったのかと問い続けることは私の悲しい日課になってしまった。

ついていけなくなってしまったきっかけはあの「1986年のマリリン」だった。私にはこれが美奈子さんに相応しい歌だとはどうしても思えなかったのだ。もう少しついていくことはできなかったのかということはこの一年ずっと自問を重ねてきた。しかし悲しいけれどやはりこれは私にとって不可避な運命だったとしかいいようがない。決して飽きたとか気が変わったとかいったいい加減な理由で離れてしまったのではなく、本気で好きだったからこそついていけなくなってしまったのだ。きっと何度生まれ変わっても私は同じことを繰り返すだろう。突如現れたまばゆいほどにかわいらしい少女に恋し、「…マリリン」に幻滅し、二十年後の訃報に打ちのめされるに違いない。ふとニーチェのいわゆる“永劫回帰”とはこういうことを指すのだろうか、などと考えてみたりもする。


あれ以来美奈子さんのあまりにも早過ぎる逝去について、親交のあった方から一般のファンに至るまでいろんな人の感慨を聞いてきたけれど、共通していえるのはみなこんな事態を全く予想していなかったということだ。誰もが全く心の準備ができていない状態であの訃報に接していたのだ。

今から考えればいかに医療技術が進歩したとはいっても白血病が困難な病気であることに変わりはなく、こうした事態になるということも覚悟しておかなければならないはずだった。でも誰もがこんなことが起こるなんて信じられない、といった状態だった。きっとみな美奈子さんとお別れをするなんて心の中に思い浮かべることさえ嫌で、元気な笑顔にまた会えるはず、と信じ込んでしまっていたのだと思う。


美奈子さんの最近の活動については逝去後の報道で初めて知ったという方も多かったようだ。あの「…マリリン」のアイドルがこれほどの境地にまで達していたのを知らずにいたことを激しく後悔されている方もいた。近年のマスメディアの美奈子さんの取り扱いはその重要性に比して信じ難いほど小さかったので無理もないことだと思う。亡くなる直前の美奈子さんはどう控えめに見積もっても間違いなく日本の音楽シーンの最前線に立つ希望の星だった。その人が十分なスポットライトを浴びることなく世を去ってしまったことは返す返すも惜しまれてならない。

私自身はというとクラシックにもクラシカルクロスオーヴァーにも関心があり、何より本田 美奈子という名前には特別な反応をするセンサーを体内に備えていることもあって美奈子さんがソプラノアルバムを発表したという情報は早い段階でキャッチできていた。しかしそれですぐに熱心なファンに復帰できたかというとそうではなかったのだ。どうしてもあの「マリリン体験」が心に引っかかっていたせいなのか、美奈子さんに真っ直ぐに向き合うことができずにいたのだ。


オフィシャルサイトで公開されている入院中にファンのために寄せてくれた肉声メッセージを私は悲しい知らせに接してから聴く羽目になった。そこで語られていたのは病気の苦しみや死への恐怖さえも心に響く歌を歌えるようになるための糧にしたいと願う歌姫の一途で健気な決意だった。この人は文字通り歌に命を懸けていたのだ、そう思うと胸が張り裂ける思いだった。それほどまでに自分の歌で私たちの心を豊かにしたいと願ってくれていた人の面影を、いつまでも心に抱きしめていたいと思う。たとえそれが私にとって時に苦しくつらいことだとしても。


もちろん、亡き人の面影を追うことはつらく苦しいばかりではない。この一年、決して悲しかっただけではなく、長いこと人が嫌いになってしまっていた自分がこんなにも純粋な気持ちで人を愛しているということに新鮮な感動を覚えてもきた。

ファン歴にあまりにも大きな空白のある私には美奈子さんからのプレゼントの類は何もなく、それどころか思い出さえろくに持っていない。しかし最早取り戻すことなどできはしないと諦めていた、少年のように純粋な気持ちで人を愛する心こそ、美奈子さんがくれた最高のプレゼントとして大切にしたい。


一周忌までには何とか自分の気持ちをまとめて美奈子さんに手紙を書きたいと思っていたのだけど、苦心しながらも無事果たすことができた。内容についてはここで公開することも検討していたのだけど、出来上がってみると下手なラヴレターの見本のようなものになってしまい、あまりに気恥ずかしいので美奈子さんと二人だけの秘密、ということにしておきたい。少し困惑しながらでも美奈子さんが受け取って下さるといいのだけど。


代わりにここでは俳句でも一つ詠んでおこうと思う。私は忌日の名前というのがどういうプロセスを経て決定されるものなのか知らないのだけど、正式なものがいずれ決まったらそれに従うとして、とりあえず個人的に「つばさ忌」という呼称を使用しておきたい。「つばさ」を以て美奈子さんの代表曲とすることには議論の余地もあるところだけど、そのキャリアの絶頂において力強く空に羽ばたいていくかのようにこの世から旅立っていった美奈子さんを思うとこれに勝る名前は思いつかないのだ。

拙いながらも心を込めて…。

つばさ忌や 命を懸けし 歌心
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すごいね

ほめることの大切さについて

コメント

時間が止まったように感じていたのですが、この1年経つのは結局はやかったです。美奈子さんへの想いは募るばかり。。。

-> アキラさん

早かったですね。あの前と後では世界の見え方も、時間の流れ方も変わってしまったかのように感じます。

あれっ?私の6日の書き込み削除されてる。何故に?

-> ハイジ

コメントして下さっていたのですか! 全く知りませんでした。私が削除したわけではありませんので、何らかの理由で届かなかったのだと思います。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。もし差し支えなければもう一度書き込みしていただけましたら幸いです。

この俳句、素敵です。流石です!

私は6日の日、何度も此処に来ました。
ネロリ君の恋文が好きなんですよ。
私は月命日に書かれるのをいつも楽しみに読んでいました。
どれだけ出てくるの、あなたのあふれる美奈子への思いは・・・。
人を愛する素直な気持ち。
読む度にジーーンと来てました。
美奈子は、こんなに愛されて幸せものですね。

-> ハイジ

あらためてのコメントありがとうございます。

自分の心の奥底にこんなにも深い美奈子さんへの愛情が眠っていたということに、自分自身驚かされてきた一年でした。ちゃんと気がついていれば存命のうちにしっかり応援して上げることもできたはずだし、病気でつらい思いをしている時に励まして上げることもできたのに、と思うと悔しいですね。

俳句については勝手に忌日に名前なんかつけてしまってよかったのか、という思いもありますが美奈子さんの歌への取り組みを簡潔な言葉で讃えて上げたいという気持ちで記しました。ご家族か事務所の方でちゃんとしたものを決めて下さるといいのですけどね。

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