北京オリンピックで輝いた女性たち

2008年8月25日

前回のエントリーに引き続き北京オリンピックで輝いた女性たちについて語ってみる。

新体操個人総合は18歳のエヴゲニヤ・カナエワ選手が初優勝。最後のリボンではピンクのコスチュームで「モスクワ郊外の夕べ」に乗せてあでやかな舞いを披露してくれた。紫の衣装でのフープの演技もエレガントで印象深かった。名前が少し似ていることもあってアテネの金メダリスト、アリーナ・カバエワさんの後継者といういい方をされることも多いようだけど、カバエワさんのような驚異的な柔軟性を生かしたアクロバットが目を引く演技とは異なり、もっと優雅な雰囲気で観衆を魅了するタイプの選手であるように思う。

昨年の世界選手権のチャンピオン、アンナ・ベッソノワ選手はアテネに続き銅メダルに輝いた。長い手足を生かしたしなやかな演技が魅力の選手で、ちっちゃな頭がお人形さんみたい。そのほかにも上位には東欧系の美女がたくさんいて楽しませてもらったけど、欲を言えばやはりこの中に日本を含めたアジア系の選手もいて欲しいものだと思った。


一方団体には日本からフェアリージャパンが出場していたが予選10位に終わり上位8チームが出場できる決勝には進出できなかった。ロープのプログラムは今年になって「アメイジング・グレイス」を新たに用意したのだが、結局昨年まで演技していた「剣の舞」に戻してきた。ロープもフープ・クラブも若さを生かした躍動感のある演技を見せてくれたが、フープ・クラブの最後に取り損ねたフープが大きく場外に飛び出すという手痛いミスが生じてしまった。本人たちはさぞ悔しい思いをしていることだろうけど、これまで努力を重ねてきた自分たちを誇りに思って欲しい。

中国はこの団体に東欧系の美女たちに劣らぬ、手足の長い恵まれたスタイルの選手を集めて質の高い演技を披露し、見事銀メダルを獲得した。アジアの選手でもやればできるということを示した快挙といっていいと思う。

優勝は女王のロシア。予選では細かい乱れもあったが決勝ではさすがの貫禄を見せつけてくれた。銅メダルのベラルーシや惜しくもメダルを逃したイタリアも含めてみなそれぞれに美しい演技だった。


日本選手団で輝いていた女性アスリートといえばやはりソフトボールの上野由岐子投手にふれないわけにはいかない。二日で3試合、413球という八面六臂の大活躍で、彼女にはもう一つくらい金メダルを上げてもいいような気がする。今大会の日本選手団のMVPは間違いなく彼女だったと思う。この競技が次回はオリンピックから外されてしまうなんて気の毒で仕方ないが何とかならないものか…。


前回のエントリーで書き漏らしていた選手のことも少し。女子重量挙げの48キロ級、日本の三宅宏実選手はハロプロ系の美少女である。あのお父さんからよくこんなかわいい娘さんが生まれたものだと感心してしまう。体調管理がうまくいかなくて実力が出し切れずメダルは逃してしまったけど、それでも6位入賞は立派な成績だと思う。

中継が途中で切られてしまって最後まで観戦できなかったのが残念だったけど、この階級は外国選手にもちょっと信じがたいほど美人が揃っていた。それにしても、体重48キロの女性が100キロを超えるバーベルを持ち上げてしまうのだから、鍛え抜かれた肉体の力の凄さに驚くばかりである。


前回アテネ大会で見てその爽快な柔道はもとよりインタビューなどでのはきはきとした受け答えがかわいらしくて好きになったのが女子柔道63キロ級の谷本歩実選手。今回も前回に劣らぬ見事な内容での金メダルで私たちに歓喜をもたらしてくれた。特にフランスのリュシ・デコス選手との決勝戦はこのオリンピックで私が見た中で最も素晴らしい好勝負の一つだった。試合後は場内のフランスの大応援団からも大きな歓声が湧き起こったそうなのだけど、それは彼女の一本を取ることにこだわり続ける柔道がこの競技本来の魅力を存分に満喫させてくれたということの表れなのだと思う。

民放の中継ではキャスターを務める荒川静香さんがその美貌をほころばせて喜んでいたのもうれしいことだった。ただ一つ残念だったのは今回は恩師の古賀稔彦さんとの抱擁シーンが見られなかったこと。スタジオで涼しい顔してコメントする古賀さんに向かって「こんなところで解説なんかしている場合じゃないだろうがっ!! 今すぐ北京にとんで行って熱く抱き締めてこい!!!」と罵声を浴びせたのはきっと私だけではなかったと思う。


もう一人、私の好きな女性アスリートが競泳の中村礼子選手。競泳の美人選手というとライバルの寺川綾さんや伊藤華英さんが注目されることが多いようだけど、私は中村さんもとてもかわいい人だと思っている。その中村選手は背泳ぎの200mでアテネに続き銅メダルを獲得したのだけど、私はこのレースを再放送も含めて見逃してしまった。今大会それだけがちょっと心残りである。

なお競泳では自由形50mで金メダルを獲得したドイツのブリッタ・シュテフェン選手もとてもかわいい人だった。表彰式での素晴らしい笑顔に、どことなくフィギュアスケートのエレーナ・ソコロワさんを思わせるものがあった。

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北京オリンピックで出会った美しき女性たち

2008年8月20日

連日大いに盛り上がっている北京オリンピック、私も大方のスポーツファンと同じくTVの前に釘付けになっているのだけど、特にこれといって気の利いたコメントができるわけでもないのでこのブログでは何もせずにいた。しかし一応音楽と並ぶもう一つの柱としてスポーツをテーマに掲げているからには何か一言いっておかないと。というわけでここはやはりこのブログらしくオリンピックで出会って心ときめいた女性アスリートたちを取り上げてみる。


まずはトランポリン女子で金メダルを獲得した中国の何雯娜選手。その見事な演技もさることながらあまりの美貌にすっかり心を奪われてしまった。まだ19歳とのことで、これからの活躍も楽しみな選手である。ただ、我が日本選手団が誇る美人アスリート、廣田遥選手が大会直前に負った怪我の影響もあって予選落ちしてしまったのは残念だった。


オリンピック前半戦で印象深かったのはやはりバドミントン女子ダブルスで日本の末綱聡子前田美順組が挙げた大金星。注目していた人はほとんどいないと思うけど敗れた世界ランク一位の楊維張潔雯組は二人とも細身のきれいな人で、まさかの劣勢に愁いを湛えた表情にはハートをくすぐられてしまった。

そのスエマエ組は結局準決勝、三位決定戦ともに敗れたのだけど、最後の試合の後に感極まって泣きながらインタビューに答える姿が実に印象的だった。全力を出し切って悔いなく試合を終えて晴れ晴れとした表情が素晴らしく、このインタビューは今大会を通じて最も美しいシーンの一つだったと思う。

この試合、民放の放送では直後にスタジオの映像に切り替わってキャスターの古田敦也さんが「悔しいなあ」とコメントしたのだけど、当の本人たちが完全燃焼できたことに心から満足しているのに他人が悔しがらなければならない理由が理解できない。古田さんほどの偉大なアスリートまでがマスメディアのメダル至上主義の尻馬に乗ってしまうのはいただけない。ここはまず何よりも先に彼女たちの健闘を祝福して上げて欲しかった。


球技に目を移すとバレーボール女子のポーランド代表のキャプテン、ミレナ・ロスネル選手がお下げ髪の似合うかわいい人だった。このポーランド代表チーム、この6月に元代表選手のアガタ・ムロズさんが26歳で白血病で亡くなるという悲しい出来事があって、みんな彼女の分までと心に誓ってオリンピックに臨んでいたのだそうだ。これを聞いた途端このチームにシンパシーを感じてしまった。日本代表に敗れたことで決勝トーナメント進出を逃してしまったけど…。

それから女子サッカーのアメリカ代表の攻撃の核、アミー・ロドリゲス選手。このチームは我がなでしこジャパンに二度にわたって苦杯をなめさせたにっくき仇なのだけど、あの美貌を見せつけられると「まあ仕方ないか」と思うしかない。確かアテネ・オリンピックの時にアメリカ代表を金メダルに導いた中心選手もとてもきれいな人だったような気がする。


昨年行われた世界水泳で見てちょっと気になる存在になったのがシンクロナイズド・スイミングのギリシャ代表のデスポイナ・ソロム選手(デュエットのうち色白で小柄な方の選手)だった。シンクロというとメカニックでリズミカルな動きが多い競技なのだけど、彼女の場合は音の捉え方に独特の柔らかさがあって目を引いたのだった。デュエットの演技では今一つ彼女の特徴が表れにくいのだけど、演技を終えて陸に上がった時にカメラに向かって手を振ったり投げキスをしたりする仕草にも独特のキュートな色っぽさがある。ギリシャ・チームの実力はまだまだ発展途上というところのようだけど、まだ若い選手なのでこれから大いに力をつけていって欲しい。


そして最後はやはり夏季オリンピックの花、体操女子で締めくくりたい。最も印象的だったのはやはり長い手足を生かしたしなやかな演技で私たちを魅了してくれたアメリカ代表のナスティア・リューキン選手。名前を聞いた時すぐにロシア系かな、と思ったらやはりそうで、お父さんはソ連代表としてソウル・オリンピックに出場した名選手で、お母さんも新体操の元世界チャンピオンなのだそうだ。今大会大活躍の中国代表の中では個人種目別床で4位に入った江鈺源選手の演技が心に残っている。

我が日本代表選手たちの大健闘も忘れてはならない。日本選手団最年少の鶴見虹子選手はあの小さな体でエースとして堂々と日本チームを牽引してくれた。次回のロンドン大会ではぜひ男子代表の内村航平選手の妹の春日ちゃん(かわいい♥)にも加わってもらってさらなる活躍をしてくれることを祈りたい。

なおついでにいうと内村選手のお母さんもお下げ髪の似合うかわいい人で、あの特異なキャラクターには圧倒的な存在感がある。全体に今回のオリンピックはアテネの時から活躍する顔ぶれに変わり映えがなく人材のフレッシュさに物足りなさを感じさせられる中で、貴重なニュー・ヒロインの誕生といえるのではないかと思う。


もちろん、ここに挙げたのは私の心にさわやかな感動を与えてくれた選手たちのほんの一部であり、ここで言及しなかった選手たちも競技にひたむきに汗を流す姿がみなそれぞれに美しく輝いていたのはいうまでもない。私が見ていなかった競技にもたくさんの美しい女性アスリートがいたことと思う。大会もそろそろ終盤に差し掛かってきたけど、この後もさらに多くの美しい選手に出会える(特に明日から始まる新体操あたりで)だろうと思うと胸がわくわくする。

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『道元の冒険』

2008年8月10日

話は前後するが、映画『ラフマニノフ ある愛の調べ』を見に行ったのより少し前に同じ Bunkanura のシアターコクーンで『道元の冒険』(作:井上ひさし 演出:蜷川幸雄)を観劇してきた。チケットが余った関係で半ば義理で行ってきたのだけど、なかなかおもしろかったので簡単に感想を記しておこうと思う。


禅宗の歴史と思想という難しいテーマを扱った作品ながら、井上ひさしさんの衒学趣味とおやじギャグ魂の充溢したコミカルな劇に仕上っている。道元禅師の前で弟子たちが師の半生を振り返る劇中劇を演じながら、そこに道元禅師の見る夢が交錯するという多層的な構成によって鎌倉仏教の思想を現代に引きつけて考えさせることに成功している。この作劇術はさすがに井上ひさしさんならではだと感嘆させられる。今から40年ほども前の作品なのだそうだが、現代の日本で公害問題に抗議して座り込みを行う男を道元の分身のような存在として登場させる先鋭な問題意識は、今も少しも色褪せていない。

一般に難解と受け取られがちな禅の思想を道元禅師の宋での修行のエピソードからわかりやすく的確に描き出しているのも見事である。日本の近代の知識人には禅の思想に理解を示す人材が極めて少ないことを考え合わせるとこれは驚異的なことでもあると思う。

井上さんはアントン・チェーホフの没後100年に当たる2004年にこの劇作家についての論説を朝日新聞夕刊に連載していた。その中で彼は、私たちがチェーホフを乗り越えて進んでいかなければならない点があるとするなら、それは「今、ここ」にこだわり抜かなければならないということだろう、という趣旨のことを述べていた。実際、チェーホフの作品には「今ではないいつか」、「ここではないどこか」というモティーフが繰り返し表れるのだ。

これは私も全く同じことを考えていたので、我が意を得たり、と心強く思ったものだった。今回この劇を見て、井上さんのこの視点には禅の素養の裏付けがあったということがはっきりとわかり、実に合点がいく思いをした。


ただ個人的には違和感を覚える部分もないわけではなかった。特に一点、不満に思ったのは「寺に住む人に多い病は? —痔」といった類いの文字を使った遊びを禅の思想の解説の中で使っていたことだった(北京オリンピックの開会式でも同じようなことをやっていたっけ…)。というのも禅は文字の知識を意図的に侮蔑する傾向が顕著に見られる宗派だからである。このことは浄土系の宗派も含めて鎌倉仏教の現代的な意義を考える上で極めて重要なポイントなのだ。だからここの部分は実に惜しいと思ったのだが、このあたりは文字を書きつけることを生業とする文学者の限界でもあるだろうか…。

道元禅師は凡夫と同じように女性の色香に惑い、既成仏教からの弾圧に怯える人物として描かれている。劇の手法としては、日本の禅宗の開祖として崇められる人物であってもことさらに神格化せず、私たちと同じ等身大の人物として描くことはあってもいいと思う。だだ、それにしても道元禅師が既成仏教からの弾圧を恐がるなどというのはあまりに現実味のない設定のような気がする。

道元禅師は晩年に時の執権、北条時頼の招きで鎌倉を訪れているのだが、これを禅師はひどく悔やんでいたらしい。道元禅師にとってはおそらく旧勢力からの迫害などよりもむしろ、権力者の追従に阿ってしまいそうになる自分自身の心の方が遥かに恐ろしかったはずで、もし“苦悩する道元”というコンセプトで劇を作りたかったのなら、このエピソードを利用した方がより深い劇になったはずだと思うのだが。


この劇は元々は膨大なセリフの量ゆえに上演に時間がかかり過ぎる問題作として知られ、これまでなかなか上演の機会に恵まれずにいた幻の作品でもあったらしい。今回の上演に当たっては作者の井上ひさしさん自身が大幅に内容をカットして何とか上演ができる状態に改めたとのことだが、それでも上演時間の合計は3時間を越えるという長大さだった。

しかし充実した内容ゆえに見ていて冗長とは少しも感じなかった。むしろ終幕を迎えた際には「もう終わってしまう」という名残惜しささえ感じたくらいだった。上映時間90分程度のラフマニノフの映画が後半にはもう飽きてきてしまったのとは好対照である。ただ道元禅師の只管打坐の心境にもっと深刻に迫ろうとするなら、あのあまりにも饒舌なギャグセンスをもう少し抑制する必要があるのではないか、と感じたのもまた事実である。


蜷川幸雄さんの演出は、その井上さんの饒舌なギャグセンスが放つエネルギーを増幅しながらも、劇の方向を見失わないよう巧みに手綱を引き締めて見事だった。道元禅師役の阿部寛さんは大柄な体格を生かした演技で、座っているだけでも存在感があった。少年時代の道元禅師を主に演じた栗山千明さんは清新な演技が見ていてすがすがしく心地よかった。井上ひさしさんのギャグセンスを最も豊かに体現していたのが宋での修行時代の道元禅師を主に演じた北村有起哉さんだった。笑いのとり方の雰囲気にどことなく藤井隆さんを彷彿とさせるものがあった。道元禅師の師、天童如浄を主に演じた木場勝己さんはベテラン俳優らしく味わい深い演技で場を引き締めていた。

この作品は歌や踊りを交えたミュージカル仕立ての劇でもあったのだが、音楽については…、敢えて論評しないでおこう。

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幸田浩子さん エクソンモービル音楽賞奨励賞を受賞

2008年8月 7日

このブログではおなじみのソプラノ歌手、幸田浩子さんが2008年度のエクソンモービル音楽賞奨励賞を受賞した。この素晴らしい才能がまたさらなる栄誉に輝いたことになる。

受賞理由には以下のように記されている。

安定した発声とテクニック、磨きぬかれた美声、とりわけコロラトゥーラの見事さは群を抜き、…超絶技巧を要する高音を音楽性豊かに歌いこなす。

第38回エクソンモービル音楽賞洋楽部門奨励賞 幸田浩子

私が思うに彼女の素晴らしさは声に独特の潤いがあり、コロラトゥーラ風の技巧的なパッセージでも歌に豊かな表情があるところなのだけど、まさにそういった点が評価されての受賞だったようで私としてもうれしくなる。

ついでにいうと私ならあの素晴らしい美貌もぜひ受賞理由に加えたいのだが…。いや、それはともかくこの美しい歌姫に心から「おめでとう」と伝えたい。

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「サン・アンド・ムーン」

2008年8月 6日

作詞:リチャード・モルトビー Jr.、アラン・ブーブリル 訳詞:岩谷時子 作曲:クロード・ミシェル・シェーンベルク

デビュー当時からアイドルではなくアーティストでありたいと語ってきた本田美奈子さんが、アーティストとしての地位を揺るぎないものにしたのは周知の通りミュージカル『ミス・サイゴン』へのヒロイン、キム役での出演だった。『ミス・サイゴン』はヴェトナム戦争下のサイゴン(現ホーチミン市)で、地獄のような状況下に生まれた奇跡のような純愛と、それが招いた悲劇を描いたミュージカルである。

この作品はジャコモ・プッチーニの有名なオペラ『蝶々夫人』を下敷きにしていると言われている。実際にアジア女性が西洋の男性と恋に落ち、それが報われず最後に死を迎えるという筋書きは非常によく似ている。ただ両者の決定的な違いを一つ挙げるなら、それは『蝶々夫人』におけるピンカートンは初めから蝶々さんに誠意がなかったのに対し、『ミス・サイゴン』ではクリスはキムを心から愛しており、やむを得ずアメリカに帰り別の女性と結婚した後もなお、キムのことを絶えず気にかけていたという点である。その意味ではキムは蝶々さんより遥かに幸せだったといえるかも知れない。

このキムとクリスの美しい純愛を象徴しているのが第1幕の中ほどで二人によって歌われる愛の二重唱「サン・アンド・ムーン」である。このナンバーは第2幕でもクリスとの思い出を振り返るキムによって独唱で歌われる。このミュージカルの中でもとりわけ平和で美しい旋律が印象的なナンバーである。

この時間にして2分少々の短いナンバーにも美奈子さんの特徴はよく表れている。まず何よりも独特の緊張感を湛えた張りつめたような歌声(美奈子さんの恩師、服部克久さんの表現では「声に“悲壮感”がある」)。そしてダイナミクスを大きくとる表現はここでも生かされていて、「鳥鳴き…」の部分のスフォルツァンドにはいつ聴いてもはっとさせられる。

“モーニン”と呼んで慕った岸田敏志さんとも息の合ったアンサンブルを聴かせている。束の間の幸せとはいえ真実の愛で結ばれた二人の和やかな喜びを感じさせる歌唱である。


劇の筋書きについての詳細な分析は切りがなく長くなるのでここでは一点だけ気になることを指摘しておきたい。それは劇中での“ベトコン”の扱いである。キムの幼なじみである北部勢力についたトゥイがこの劇の中ではほとんど悪役のように扱われている。全体としては戦争の悲惨さを伝える作品であるとはいえ、ヴェトナム戦争の当事国であるフランスの出身である作者が敵対する勢力の人物を悪役のように仕立てた劇を作るというのはいかがなものかと思わずにいられない。もし日本の芸術家が日本の統治下の中国や朝鮮を舞台にして、親日派を主役とし抗日派を悪役のように扱う作品を制作したとしたら、それが国際的な評価を獲得するということがあり得るだろうか。日本人には許されないことがフランス人には認められるのだとしたら、それはアンフェアであるような気がする。

しかしそうした問題点を救っていたのが美奈子さんの演技だったと思う。残念ながら『ミス・サイゴン』の映像は今日に至るまでリリースされていないのだが、プロモーション用に一部の細切れの映像が公開されており、その中に美奈子さん演じるキムがトゥイのなきがらを抱きしめながら絶叫するシーンがある。この演技からは幼なじみの許婚をタムを守るためとはいえその手にかけてしまったキムの悲痛な思いが痛いほど伝わってくる。ライヴ録音盤のこの場面では群集のコーラスを引き裂くようにキムの泣き叫ぶ声が聴こえてくる。キムの内面の真実に迫るこの圧倒的な表現力は、ヘリコプターよりキャディラックよりこの劇の成功に与って力あったものと推察する。開幕にあたって「舞台では、演じないからね。生きるからね。強く生きてみせるからね」と抱負を語っていたという美奈子さんの面目はここに躍如しているといっていいだろう。


私はミュージカルのことは正直よくわからないので劇評はこのくらいにして、ここでは少しこの頃の思い出話を綴ってみる。ロックバンド“MINAKO wish WILD CATS”を解散してソロに戻ったものの人気低迷にあえいでいた頃、後に自身“ガケっぷち”と呼んだこの時期に、美奈子さんは『新説三億円事件』というTVドラマに出演している。実は私は当時たまたまこの放送を見ていた。決して彼女を目当てに見ようと思ったわけではなく、この歴史的事件に少し興味があったので何となく見ていたというだけのことだった。

美奈子さんは織田裕二さん演じる主人公の恋人役を演じていたのだが、この時の彼女ははっきり言って少しも輝いていなかった。そもそも恋愛を主題としたドラマではないのでこの役自体がどうでもいいような役だったのだ。歌のないセリフのみの演技には興味のなかった美奈子さんにとって、この役はおそらくやっつけ仕事のようなものでしかなかっただろう。かつてトップアイドルとして一世を風靡したあの美奈子さんが、このままブラウン管のお飾りのような存在になり果ててしまうのか、と思うと切なく胸が痛んだのを微かに覚えている。


その彼女がミュージカルの舞台で大活躍しているという評判を聞きつけたのがいつのことだったか、もう思い出すことができない。『ミス・サイゴン』公演の最中だったのか、ロングランを終えてしばらく経った頃だったのか…。いずれにしてもかつてのあこがれの人がやっと自分が輝ける場所を見出せたのを祝福したい気持ちになったのは確かだった。それでも彼女のことをそれ以上深く知ろうとは思わなかった。…それを今さら悔いるのはやめておきたい。誰だって自分の心を深く傷つけて去っていった人の消息がわかったからといって、敢えて追いかけて会いに行ったりはしないだろう。

「…マリリン」に幻滅して気持ちが離れてしまって以来、私は美奈子さんのことを忘れようとしていたし、時たま気まぐれに思い出すことがあっても、その思い出は注意深く元の場所にしまい込んでいた。美奈子さんは私にとってそんな存在だった。ミュージカルを見に行けば会えると知ったところでそれが何になろうか…。

美奈子さんもそれを責めるほど冷酷な人ではないと思う。いや、美奈子さんだって自分が人の心をどんなに傷つけたのか、少しは思い知るべきなのだ、などど少し意地悪く考えてみたりもする。あるいは舞台の上でエポニーヌを生きた美奈子さんなら私の気持ちも少しはわかってくれるだろうか。

今となってはもはや忘れようにも忘れられない存在となってしまったが、それも悲しい宿命として受け容れるしかないだろう。実際のところ、それがどれほどつらいことだとしても、今の私には美奈子さんを忘れてしまうなんてことの方が遥かに悲しいことなのだから。

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