エヴァン・ライザチェク選手
有力なメダル候補の一人ではあったものの、何となく勝負弱い印象があったので、彼の金メダルはやや意外な結果だった。思えばトリノ・オリンピックの時は男子のSPを見ながら途中で眠ってしまって、ふと目が覚めたら彼がこの世の終わりみたいな顔をしてキス&クライに座っていたのだった。あの時の印象が強烈なので今回会心の出来だったSPの演技終了後に涙ぐんでいたのもわかる気がする。
長い手足を生かしたダイナミックな演技とわかりやすく演出効果の高いプログラム作りが彼の特徴だが、SP、フリーともそれが最大限に発揮された演技だったと思う。4回転ジャンプを回避したことに賛否があるようだが、私は彼の演技は十分金メダルに相応しいものだったと思う。野球がスピードガン・コンテストやホームラン競争とは別のものであり、ゴルフがドライバー・コンテストではないのと同じように、フィギュアスケートはジャンプ・コンテストではないのだ。逆にもしプルシェンコ選手とランビエール選手があの演技内容で1位2位に立ったとしたら、この競技の魅力は半減してしまうと思う。トリノではSPとは一転してフリーが目の覚めるような素晴らしい演技で、その気迫に感銘を受けて彼のことを応援してきた身としては、この結果は素直にうれしかった。この栄誉を心から祝福したい。
エヴゲニー・プルシェンコ選手
4回転のトウループはあきれるほど見事だったが、プログラムが全体に大味で、フリーではそのほかのジャンプが尽く質が悪かった。終了後に遠回しにジャッジ批判もしているようだが、あの内容で金メダルを望むのは少しあつかましい気がする。まあ彼が復帰したことによって男子シングルが格段にスリリングなものになったのは間違いないし、もし本当にソチまで続けるのならさらにおもしろくなっていくだろう。ただ、さすがの彼ではあっても今後身体能力が下降線をたどっていくのはほぼ間違いない中で、それでも世界のトップに立とうとするなら、もっとプログラムをトータルとして磨き上げていくことを考えないと難しいと思う。
高橋大輔選手
日本男子初のメダルに胸が熱くなった。解説をしていた本田武史さんがソルトレーク・オリンピックでメダルまであと一歩の4位になったのが8年前、4位は素晴らしい結果だと祝福しつついつか男子もメダルに輝く日がきて欲しいと願ったものだが、ついにそれを実現してくれて感慨無量である。本田さんもきっと、というか本田さんこそが最もこの日を待ち望んでいただろう。
4回転は転倒してしまったわけだが、彼の素晴らしい表現力に魅入ってしまった。まずこの『道』という選曲が秀逸だった。わずか4分30秒の間にジェルソミーナの一途な愛、ザンパノの悲しみ、サーカス的な楽しさといった要素が詰め込まれた密度の濃いプログラムである。こんなプラグラムを的確に表現できるのは高橋選手をおいてほかにはいないだろう。ジャンプでダウングレードやGOEのマイナスがあったりしながらもPCSで最高点を叩き出したのもうなずけることである。
4回転を回避していれば、という仮定の話をするのは無意味だろう。そうしていたとしてもライザチェク選手を上回る点を獲得できたという保証は何もないし、何より本人がそのことで悔いを残してしまったら取り返しのつかないことになる。本人は演技に内容には満足していないようだが、自分のやるべきことはやり尽くして悔いは残さなかったようなので、それが何よりだ。
事前には「これが最後のオリンピック」ということを口にしていたが、終了後は今後のことも前向きに語っているようなのでそれもうれしい。今は取り敢えずソチのことは言わないでおくけど、世界選手権は大いにチャンスがあるので、ぜひ頂点を目指して欲しい。
ステファン・ランビエール選手
この人の競技用のプログラムはどうも個人的にあまり好きになれなくて、プロを経験したことで少し傾向が変わってきているかと注目したのだけど、結局相変わらずという感じだった。プロに転向してからのショー・プログラムはいくつか見てかなり気に入っていたのだけど…。
SP、フリーともに後半に『ウィリアム・テル』序曲の行進曲風のテーマや『椿姫』の「乾杯の歌」を持ってくるという構成はあまりに陳腐に過ぎると思う。例えば長洲未来ちゃんが「天国と地獄」を滑るのなどはかわいくていいけど、前回大会で銀メダルに輝いたほどの実績のある選手には似つかわしくないプログラム構成だったと思う。技術は確かなものを持っているのだから、それがピタリとはまるプログラムを見てみたいものだが。
パトリック・チャン選手
スケーティング技術は現在のフィギュアスケート選手の中でもトップクラスに位置する選手だが、4回転ジャンプがないばかりかトリプルアクセルも不安定なのが泣きどころで、今回もその弱点が露呈してしまった。ただ今回は地元開催ということで過剰なプレッシャーを背負ってしまったが、本来は次のソチ大会をターゲットとするべき選手のはず。今回5位という位置につけられたことで、四年後へ向けての視界も開けてきたといっていいだろう。そのためにもまずは、4回転はともかくトリプルアクセルを確実にものにすることが重要な条件となってくるだろう。
ジョニー・ウィアー選手
フリップでのエッジ・エラーをとられたりスピンでの失敗があったりして点数的にはやや伸び悩んだが、彼特有の美しさが発揮された演技で、特にフリーのプログラムは彼らしい魅力に溢れていた。彼も4回転ジャンプを封印した選手の一人だが、こういう非常に個性的な選手が上位で争うことができるというのもこの競技の魅力の一つだと思う。
織田信成選手
せっかく素晴らしいプログラムを用意していたのに、切れた靴ひもを結んでいたのがほどけるハプニングで流れが途切れてしまったのは残念だった。ただそれ以上に本人の動きや表情が硬くて、チャップリン的な楽しさが見ていてあまり伝わってこなかったということの方を悔やむべきかも知れない。決められた振付けを予定通りこなしているだけという感じで、チャップリンに成りきったような雰囲気が感じられなかった。インタビューによると直前に滑ったライザチェク選手の演技が素晴らしかったのに怖じ気づいてしまったということらしい。彼はまだ将来があるので、この経験を今後に生かして欲しい。
靴ひものことは悔やんでも仕方ないと思う。それがなければ順位が5位まで上がっていた可能性はあるが、大切なのは順位が5位か7位かということではなくて、そうしたハプニングがあっても動じずに最後まで滑り切ったというということだろう。その点でアスリートとして恥じることろがないのなら、くよくよせずに胸を張ればいいと思う。もうジュニアの選手ではないのだからそんなことで涙を見せたりしない方がいいと思うのだが、彼のメンタリティーは私には少し理解し難いところがある。
小塚崇彦選手
試合では初めて4回転のトウループに成功。日本選手の中では彼が一番4回転の調子がいいと聞いていたが、その前評判通りの結果となった。その一方で今シーズンずっと苦しんできたトリプルアクセルの二つ目で転倒してしまったのがもったいなかった。正直もう少し点数で評価されてもいいのではないかと思ったが、ともかくこれで4回転ジャンパーの仲間入りをしたことで、今後の彼の評価が高まっていく下地を作ることはできただろう。
このほかの選手では、デニス・テン選手とミハル・ブジェジナ選手という若手二人の生きのいい演技が印象に残った。どちらも次の大会では中心選手に育っていることだろう。期待されながら本来の力を発揮できなかったのはブライアン・ジュベール選手、トマーシュ・ヴェルネル選手、ジェレミー・アボット選手といったところ。こういう勝負の厳しさ、冷酷さといったことも含めて、それがオリンピックの素晴らしさなのだと思う。
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