ラフマニノフ交響曲第2番 全曲版普及の経緯

2009年10月28日

先日のエントリーラフマニノフの交響曲第2番の版の問題について少しふれたのだけど、このことについてもう少しだけ補足しておきたい。

よく知られるようにこの曲の完全全曲版による演奏を定着させたのはアンドレ・プレヴィンさんの功績だが、彼もかつてはこの曲を短縮版で演奏していた。というよりそもそも全曲版の存在自体を知らなかったらしい。その彼が全曲版で演奏するようになったのは、ソ連での公演でこの曲を演奏した際にエヴゲニー・ムラヴィンスキーに全曲版の存在を教えられ、それを基に演奏するよう薦められたのがきっかけだったそうだ。このことは2007年10月14日放送の『N響アワー』でのインタビューでプレヴィンさん自身が語っていた。


この事実は私にはいろいろな意味で興味深かった。まず思い浮かぶ疑問は、ムラヴィンスキー自身はこの曲を演奏したことがあったのかどうかである。ムラヴィンスキーによるラフマニノフ作品の作品の録音は、私の知る限りでは交響曲はおろかピアノ協奏曲でさえ存在しない。録音はないがコンサートでは演奏していたというのもちょっと考えにくい気がする。当時この作品が置かれていた状況を考えればなおさらである。

ムラヴィンスキーのような傑出した指揮者なら、自分が演奏しない作品でも版間の相違等の情報も含めて把握していたとしても特に驚くには価しないのかも知れない。しかし自分が演奏しない作品について他人にアドバイスをするというのは、どういう意図だったのか、少しわかりにくい気がする。


もう一つ気になるのは、ソ連国内でこの曲を演奏していたクルト・ザンデルリングさんやエヴゲニー・スヴェトラーノフにはこうしたアドバイスをしていなかったのか、ということである。この二人は早い時期からこの作品をレパートリーに採り入れていた指揮者だが、二人とも古い録音ではカットした版で演奏している。もしムラヴィンスキーからのアドバイスがあったのだとしたら、彼らはそれに敢えて逆らって短縮版を演奏していたことになる。ムラヴィンスキーとスヴェトラーノフとの間にどの程度接点があったのかはよく知らないが、ザンデルリングさんはレニングラート・フィルの第一指揮者を務めていたので、プレヴィンさんにそういうアドバイスをしたのなら、ザンデルリングさんに対してもしなかったはずはないと思う。

まあ原典尊重主義というのは20世紀の発明品なのであって、前にも述べたようにかつてはベートーヴェンの作品でさえ楽譜に手を加えて演奏するのが普通のことだった。彼らくらいの世代の演奏家にとってはこうした態度は自然なことだったのだろう。むしろ、おそらく当時としてはムラヴィンスキーのような人の方が特異な存在だったのではないだろうか。


この曲の短縮版による演奏が広く行われていた背景には、ラフマニノフの晩年から没後しばらくくらいの時期は一般に演奏時間の長い作品が嫌われていたという事情があったようだ。しかし現在ではこれよりももっと長いブルックナーマーラーの作品も人気曲として定着しているので、この曲が長いという理由で嫌われることはもう心配しなくていいだろう。この類稀な名曲が作曲者の意図した通りに演奏されるようになったのは、まことに喜ばしいことである。

私はこの種のテクスト・クリティークに類する話は苦手なので、作品を鑑賞する際に版についての細かい点はあまり気にしないことにしている。ラフマニノフ作品で版の相違が問題になるのはこの曲のほかにはピアノ・ソナタ第2番とピアノ協奏曲第3番があるくらいで、そう多くはないので助かっている。ブルックナーのファンの方などは私から見れば本当に気の毒な限りである(いや、ああいう議論を好きでやっている御仁も結構多いのかも知れないが)。

この間などは『N響アワー』でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の初稿版による演奏というのを放送していた。これなどはどういう意義があるのか私には皆目見当もつかない。楽譜とは読むためではなく弾くためのものであり、音楽は見るものではなく聴くものだと思うのだが…。

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ロシア大会2009 女子シングル フリー

2009年10月26日

浅田真央ちゃん

ちょっと精神的に深みにはまってしまったかな、という感じ。練習では跳べているということは気持ちの問題なのだろう。今シーズンはトリプル–トリプルをプログラムに採り入れることをあまり考慮していないようなので、どうしてもトリプルアクセルを跳ばなければ、という状況になっている。それが今は悪い方向に作用しているような気がする。セカンドのループがなかなか回転数を認めてもらえないという状況で、トウループが得意でないという以前からあった問題点がここへ来て一気に表面化した、というところか…。

まあグランプリ・シリーズは別にいい成績を残してもそれをオリンピックに持ち越すことができるわけではないし、オリンピック本番でいい演技ができさえすればちゃんと評価してもらえるということは4年前に荒川静香さんが証明済み。今はつらいだろうけど真央ちゃんならきっと乗り越えられるはず。ファンとしては信じて応援するしかない。


アシュリー・ワグナーさん

ボロディンの「韃靼人の踊り」は今のこの人にぴったりな選曲。昨シーズンに続きSPと性格の異なる曲を選んできているところがいいと思う。グランプリ・シリーズ2位は自己最高の成績で、今後に向けて自信になったことだろう。


アリョーナ・レオノワさん

SPはユニークなプログラムで魅了してくれたけど、フリーはやや単調で散漫な印象を受けた。最初から最後まで陽気な音楽で踊っているというのはちょっと見ていてつまらない気がした。まあとにかくグランプリ・シリーズ初の表彰台は見事だった。


安藤美姫さん

優勝はさすがだけど、ルッツからのコンビネーションをダブルループに抑えたり、ダブルアクセルからのトリプルトウループで転倒したりと、これからのことを考えると課題も出てきた内容だったかな、と思った。クレオパトラは安藤さんに似合っていて、いかにも絨毯の中から出てきそうな気はした。


アリッサ・シズニーさん

ルッツはだいぶ安定してきているようだけどフリップがうまくいかない。フリップは成功してもエッジ・エラーをとられることが多いので、回避するという選択を考慮してみてもいいのではないか。そういう戦略をうまく立てればもっと躍進できる余地があると思う。

それにしても、この人は転ぶ姿まで美しい(ため息)。


ユリア・シェベシュチェンさん

ルッツもフリップも高さは十分にあるのに着氷が決まらず、ちょっともったいなかった。まあでも久しぶりの彼女の元気な姿を見たかな、という気はする。


男子シングル

エヴゲニー・プルシェンコ選手

唖然として言葉が出ない、という感じ。現役復帰ってこんなにたやすくできてしまうものなのか。いや、彼だからできるんだろうけど。男子シングルの勢力地図が一気に塗り変わったといっていいと思う。


小塚崇彦選手

織田選手に続く快挙も期待したが相手が悪かった。まあでも彼らしいところは出ていたんじゃないか。後はやはり四回転ジャンプの成功が早く見たいもの。

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ロシア大会2009 女子シングル SP

2009年10月24日

アリッサ・シズニーさんはめずらしく(?)ジャンプが決まって好調なスタート。もう少しPCSをつけて上げて欲しいところ。アシュリー・ワグナーさんは昨シーズンめざましい進歩を遂げた表現力が相変わらず素晴らしい。ユリア・シェベシュチェンさんは久しぶりに見たが、高さのあるルッツとフリップはやはり見応えがある。アリョーナ・レオノワさんは見ている方まで心がうきうきしてくるような快活な演技。あの笑顔がやっぱりかわいい。

安藤美姫さんはカーニバル・オン・アイスの時の衣装から左胸に張り付いていたどでかい蜘蛛を急遽取り除けての登場(これは勘違いでこの衣装は元々このプログラムのために用意されていたものだったらしい。とすると尚更曲から受ける印象と衣装がマッチしていないことは奇異に感じるのだが)。曲と衣装のミスマッチという印象は拭えなかったが、曲を変えたのは正解だと思う。コンビネーション・ジャンプが乱れたのは残念だけど、それでも高い点数がついたのは自信になるはず。

浅田真央ちゃんは…、やはりあの構成は成功すればいいけれどリスクも大きいということを思い知らされた展開になった。ややショッキングな点数になったのはダブルアクセルがノーカウントになったことによるらしい。上位にいる選手たちは安藤さんを除けば真央ちゃんにとってはそれほど脅威となる実力の持ち主ではないので、うまく気持ちを切り替えてフリーに臨むことができればいいのだけど。


男子シングル

エヴゲニー・プルシェンコ選手

四回転ジャンプってこんなに簡単な技だったっけ? 4シーズン振りに復帰した選手の初戦とは思えない。現在でも世界のトップクラスの実力があることを思い知らされた。プログラム全体として見るとちょっと単調かな、とは思った。


小塚崇彦選手

ジミ・ヘンドリクスのギター曲は彼の溌剌とした若さが映えていい選曲だと思った。でもフリーもエレキ・ギターの曲なので、その辺のかねあいを考えるとどうなんだろう? なかなかいい演技で本人も会心のガッツポーズを決めていたけど、レベルの取りこぼしがあったようで今一つ点数は伸び切らなかった。フランス大会の織田信成選手に続くことができるかどうか。

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「ブルージン・ボーイ!」

2009年10月23日

作詞:安井かずみ 作曲:加藤和彦 編曲:武部聡志

周知の通り今月16日に作曲家、音楽プロデューサーの加藤和彦さんが亡くなった。いうまでもなく加藤さんは日本のポピュラー音楽の世界に甚大な影響を与えた人なのだが、私自身の音楽体験にはあまり縁のなかった人だと思い、特にこのサイトではふれないでいた。しかし加藤さんの作品で想い出深い曲が一つあったことに気がついて、そのことを少し語ってみようと思い立った。


ブルージン・ボーイ!」は1985年6月21日に発売された、森下恵理さんのデビュー曲である。森下さんはこの年にデビューしたアイドルの有望株の一人で、同期デビューの本田美奈子さんなどと賞レースを競い合った人である。溌剌とした元気のよさが印象的で、当時のアイドルたちの中ではやや特異な存在感のある人だったように記憶している。

この「ブルージン・ボーイ!」はそんな彼女にピッタリのノリのいい曲で、弾むようなビートと森下さんの軽快でさわやかな歌声が耳に心地よい、壮快なナンバーである。加藤さんの秀逸なポップ・センスを示す作品の一つだと思う。名曲なのか、と問われるといささか心許ないし、リアルタイムで聴いていた人が当時を懐かしんで聴く、というほかに今聴き直す意義があるのかどうかも、かなり微妙なところではある。しかしともかく、当時少年だった私が胸をときめかせて聴いていた楽曲であることは確かである。加藤さんの作品ではほかに「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」や「愛・おぼえていますか」なども好きなのだが、リアルタイムで聴いて想い出深い曲となると、この「ブルージン・ボーイ!」が一番である。


しかしこの人の亡くなり方が世の中に与えた影響のことを思うと暗澹とした気分になる。年間自殺者が三万人を超えている今の日本社会にあって、加藤さんのような著名人の行為が誤ったメッセージとして受け取られることは、ないとはいえないだろう。社会に与える悪影響という点では、一連の薬物事件をもしのぐものがあると思う。自分の作品を世の中に送り出すことで生きてきた人なら、そういうことも考える必要があったと思うのだが。なかなか外からは窺い知ることのできない事情のようなものもあったのかも知れないが、『ワーニャ伯父さん』に深い感銘を受けた経験のある私としては、どんなことがあってもそういう選択だけはして欲しくなかった。

まあともかく、少年の頃にこの曲から夢を与えてもらったことだけは、いつまでも記憶にとどめておきたいと思う。

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クルト・ザンデルリングさんのラフマニノフ交響曲第2番

2009年10月22日

前回のエントリーからすっかり時間が経過してしまったが、クルト・ザンデルリングさんのことを知るきっかけとなったラフマニノフ作品の演奏について、私なりの感想を述べてみたい。


私がこの指揮者のことを知ったのはフィルハーモニア管弦楽団と共演したラフマニノフ交響曲第2番の録音によってだった。まだクラシック音楽を聴き始めて間もない頃のことだったが、最初にこの作曲家の協奏曲を聴いて感銘を受け、交響曲の方も近年人気と評価が高まっていると知り、ぜひとも聴いてみたいと思って手に取ったのがこのCDだった。これを選んだのは、廉価盤であることに加え、ザンデルリングさんが作曲家の母国であるロシア(当時はソヴィエト連邦という体制だったけれども)で活動した経歴のある指揮者であることに惹かれたというだけの理由だった。

彼の経歴だとかどんな指揮者なのかといった予備知識は全くない状態で聴いたのだが、作品はもちろん、演奏も実に素晴らしかったので、この指揮者はすっかり私のお気に入りになったのだった。この曲はその後いくつもの演奏を聴いてみたのだが、私にとっては未だにこの録音がベスト盤になっている。


この演奏の際立った特徴はまず何といってもその長さである。第1楽章ではかなりのスロー・テンポの上に提示部を楽譜の指示通り反復しているので、この楽章だけで26分もかかっている。全体の演奏時間は67分となり、ライナーノートの諸石幸生さんの解説によると「この作品の演奏時間としては過去最長のものと思われる」とのことである。

もちろん、こんな美しい曲ならいつまででも聴いていたいと思う私にとって、演奏時間が長いことは少しも苦にならない。むしろ少しでも長く聴いていられるのは有難いことである。こうしたテンポ感覚が自分にとても合っていることは、この指揮者の演奏を好きになった大きな理由の一つである。

そして、ゆったりとしたテンポで旋律を存分に歌わせながら、全体を堅固に構築して楽曲の構成を明確に提示してみせる手腕もまたこの指揮者の特徴である。驚異的なまでの長さとなっている第1楽章でも、長い序奏から二つの主題の提示、激しく盛り上がる展開部を経て優美な再現部へと至る全体の流れが確固としてまとめ上げられているので、冗長さを感じさせるところは全くない。

この楽章の提示部の第2主題の最後にはチェロが極めて美しい旋律を奏でるエピソード的な部分があるのだが、ザンデルリングさんはこの旋律を反復も加えて二度たっぷりと歌って聴かせてくれている。この提示部の反復は完全全曲版による演奏が定着した今日でも省略されることが多く、第2主題のチェロの旋律は再現部でも再現されないので、この旋律がとても好きな私としては長さを厭わずに提示部を反復してくれるザンデルリングさんのこの演奏は極めて貴重なものとなっている。

第2楽章のスケルツォ主題や終楽章の第1主題のように活気のあるにぎやかな主題でも、徒らに切迫感を煽り立てることなくどっしりと腰を据えて歩を進めて行く。こうした落ち着きは曲全体をより一層壮大に感じさせる効果を与えている。この録音を聴き慣れているので、私は他の演奏を聴くと速過ぎるように感じてしまうようになっている。

第3楽章に関しては他の演奏と比較して特に長いわけではなく、これよりも遅いテンポで長い時間をかけて演奏した録音もあるようだ。それはともかく、この有名な美しい旋律を豊かな情緒とともに香り高い風格を以て歌い上げる演奏は得難いものだと思う。静かな歌い出しで始まる中間部が次第に盛り上がりを見せ、それが最高潮に達したところで主部の再現へと至る音楽の流れを、ドラマティックでありながらも悠揚迫らぬテンポで自然な運びのうちに聴かせる手腕も実に見事である。

終楽章ではコーダの直前に、この楽章の第2主題に第2楽章の最後で提示された金管のコラールがかぶせられるという対位法的な手法が用いられているのだが、中にはこの部分の対位法の処理がやや曖昧になってしまっている演奏もあって、残念な思いをすることもある。しかしザンデルリングさんは対位法の効果を明瞭に浮かび上がらせながら、二つの旋律をこれ以上ないほどの雄大なスケールで壮麗に響かせて、この大曲の掉尾を飾るに相応しい感動的なクライマックスを築き上げている。


終楽章に一部カットがあるようなのだけど、楽譜の読めない私にはあまり気にはならない。カットの内容は伝統的に行われてきたものとは違っているようなので、過去の悪習を引き摺っているというよりは彼独自の見識に従ったものなのだと思われる。かつてはベートーヴェンの作品でさえ楽譜に手を加えて演奏することが普通に行われたのであって、ザンデルリングさんくらいの世代にとってはこうした態度は自然なことなのだろう。

それよりも重要なのは、彼がラフマニノフの交響曲を最も早い時期からレパートリーに採り入れていた指揮者の一人だということである。この曲はこれだけの内容を持つ作品でありながら、作曲者の没後しばらくは全く忘れ去られていた。今日のようなポピュラリティーを獲得したのは、ひとえにこの作品を熱い共感を以て演奏してきた指揮者たちの功績である。その中でも特にアンドレ・プレヴィンさんは完全全曲版を普及、定着させたことで名高いのだが、このザンデルリングさんも、この曲を忘却の闇から救い出した功労者として特筆すべき存在といえると思う。


この録音が行われたのは1989年の4月のことなのだが、諸石さんによるとザンデルリングさんはこの年の9月にベルリン・フィルと共演した際にもこの曲を取り上げたのだそうだ。ここで気になるのは、この共演が行われた時期である。というのも、このわずか二ヶ月後にはベルリンの壁の崩壊という歴史的な大事件が発生することになるからだ。

彼がベルリン・フィルの指揮台に立つようになったのがいつの頃からなのか、とか、どの程度頻繁に客演していたのか、といったようなことをよく知らないので何ともいえないのだが、このような微妙な時期にかつてベルリン響の首席指揮者を務めたザンデルリングさんがベルリン・フィルの指揮台に立ったということは、あるいは東西融和に向けた何らかの象徴的な意味合いも伴っていたのではないかとも推察される。たとえそうではなく単なる偶然だったのだとしても、こうした歴史の分岐点というべき時と場所に極めて近接したところで、そのことに関わりの深い人たちの共演が行われたというのは、とても意義深いことのように思われる。

そして、こうした機会に演奏する曲目としてこの作品を選んだということは、彼にとってこの曲がいかに大切な作品であるかを物語っているようにも思われるのだ。やや穿ち過ぎた見方かも知れないが、そう考えると何となくうれしい気持ちにもなってくる。


早いものであの歴史的事件から20年が経とうとし、ザンデルリングさんもすでに指揮活動から引退されている。今はご自身の歩んだ道のりを回顧しつつ、悠々自適の日々を過ごしておられるのだろう。

激動の20世紀とはよくいわれる言葉だが、彼はまさにそのただ中を生きた歴史の生き証人である。激しい時流のうねりに時に翻弄されながらも、芸術家として一徹に、そしてしなやかに生き抜いてきた彼の人生経験が、この演奏にも凝縮しているように感じられる。

この時彼は77歳、その年齢にしてこのようなみずみずしい叙情がこぼれ落ちんばかりの演奏を聴かせたことは、まさに驚異的というほかない。20世紀の音楽芸術が生み出した精華の一つとして、貴重な記録である。

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フランス大会2009 女子シングル フリー

2009年10月18日

カロリーナ・コストナーさん

G線上のアリアなどを組み合わせたプログラムは魅力的だったけど、ジャンプの精度が悪すぎ。いかにスロースターターとはいえ、この調子では先が思いやられる。この人が調子よければ女子シングル全体がもっと盛り上がってくるはずなので、復調が待たれるところ。


キャロライン・ジャンちゃん:チャイコフスキーくるみ割り人形』より「パ・ド・ドゥ

この曲を聴くといつも、単なる下降音階がチャイコフスキーの手にかかると何てロマンティックな音楽になるんだろう、と感嘆してしまう。キャロラインちゃんらしいとてもかわいらしい演技だったけど、ジャンプがいくつかダウングレードされたこともあって点数は伸びなかった。今度は彼女が点数を見ながら首を縦にうなずくところを見たいものだけど…。


アレクシ・ギルズさん

多分初めて見る選手。いかにもアメリカのお嬢さんらしい感じの女の子、という印象を受けた。最初にいくつか予定していたジャンプを失敗してしまったけど、途中からは溌剌としたところも見せてくれた。


中野友加里さん:ストラヴィンスキー火の鳥

冒頭のトリプルアクセルは回避してダブルアクセル–ダブルアクセルのシークエンスに。これは肩の事情もありやむを得ないところだろう。その分全体にはジャパンオープンの時よりも生き生きと滑れていて、曲に負けない力強さが出せていたと思う。


浅田真央ちゃん:ラフマニノフ 前奏曲嬰ハ短調

最初のトリプルアクセルは見事に成功したものの、二つ目は回転不足。後半にはめずらしくダブルアクセルで転倒と、いいところと悪いところが出た演技だった。ステップはいつもと比べると膝の曲がりがやや少ないかな、と感じた。それと、やはり気になるのは後半に単独のループを跳んでいること。昨シーズンの後半くらいからそうなのだけど、プログラムにトリプル–トリプルのコンビネーションを採り入れることはもう諦めてしまっているのか…。厳しい試合を勝ち抜いていくためにはこれは必須になってくる技だと思うので、この点での消極的な姿勢は少し不安になる。


キム・ヨナさん:ガーシュウィン ピアノ協奏曲

通俗的な人気曲であるラプソディー・イン・ブルーではないところが凝った選曲で、それがどんなプログラムに仕上がっているのかに注目していた。ラプソディーのようにキャッチーなフレーズに溢れた曲ではないだけに、地味な印象にもなりかねないのでは、と心配していたが、ヨナさん自身の動きがとても表情豊かだったので、十分に魅力的なプログラムだと思った。トータル・プロデュースとして成功していると思う。要素が一つ足りない状態で最高得点の記録を塗り替えてしまうというのは見事というほかない。しかしフリップをやめてしまったのはなんだったんだろう…。


男子シングル フリー

織田信成選手:チャップリン・メドレー

織田選手でなければあり得ない、実に素晴らしい演技だった。サーキュラーとストレートラインの二つのステップなどは、難しいステップを踏みながら随所にチャップリンを彷彿とさせる仕草が入っているというとても凝った構成で、こういう要素をそれに相応しく演じられるのは、フィギュアスケートに名選手多しといえども彼しかいないだろう。4回転ジャンプを回避したことを物足りないとは感じなかった。SPではその低さに悔し涙を流したPCSも、フリーでは十分に高い点をもらえていた。

こういうわかりやすく自分の個性に合ったプログラムをオリンピック・シーズンに採用するというのはとても賢明な判断だと思う。彼ならまだまだプログラムの完成度を上げていくこともできるだろう。今シーズンは日本選手は男子もとても有望そうだと思った。

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フランス大会2009 女子シングル SP

2009年10月17日

中野友加里さんは肩の影響はないわけではないのだろうけど、見た限りではそれを感じさせない好調な演技だった。ただ直前の練習を十分に積むことができなかったようなので、フリーでは最後まで体力が持つかどうかがかぎになりそう。

キャロライン・ジャンちゃんはサラサーテツィゴイネルワイゼンで大人っぽい雰囲気のプログラム。厳しい表情で大人っぽい雰囲気を出そうと懸命に演技をしていたけど、PCSは思うように伸びず本人は不満そう。

浅田真央ちゃんは最初のトリプルを狙ったアクセルがシングルに。6分間練習では見事に決まっていたのにもったいない。音楽は昨シーズンのフリーと同じだけど、衣装やメイクなどは随分と違った雰囲気になっていて、以前とは違ったコンセプトで取り組んでいるのかな、と感じさせた。

キム・ヨナさんはシーズン初戦とは思えないほど完成度の高い演技だった。腕や肩、背中から腰にかけてのやわらかな動きに表情があって、ボンドガールらしさは十分出ていたと思う。トリプルルッツ–トリプルトウループのコンビネーションも、フリップからの時に比べるとややスピードはなかったようだけど、見事な出来栄えだった。初戦からのこの出来はちょっと驚異的という気がする。

ユーロもワールドも勝っていないのにカロリーナ・コストナーさんがランキング一位というのはちょっと解せないのだけど…。まあそれは措いといて、課題のジャンプが散々の出来で思わぬ出遅れに。ショパンノクターンチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をつないだプログラムはなかなか魅力的だったので、もっと調子のいい時の演技を見てみたい。


男子シングル

織田信成選手はマキシムさんの演奏による「死の舞踏」。トリノ・オリンピックの時にイリーナ・スルツカヤさんが使用したのと同じ曲だけど、かなり力強さを感じさせる演技になっていたと思う。本人は表現力にこだわって取り組んできたようで、その成果は表れていたうに思ったのだけど、PCSには反映されていなくて悔しそうだった。見ている側としても正直もう少し点数がもらえてもよかったんじゃないか、という気はした。

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キム・ヨナさん 新情報など

2009年10月16日

フランス大会開幕を目前にしてキム・ヨナさんの情報がいくつか入ってきている。それによると今シーズンはコンビネーション・ジャンプの組み合わせを変更して、フリップを単独にし、トリプルルッツの後にトリプルトウループをつけるという構成で臨む方針らしい。これまでスピードと高さのあるトリプルフリップ–トリプルトウループのコンビネーションはとても評価が高く、ヨナさんの技術の高さを象徴する存在だったのだが、昨シーズンは踏切でのエッジの不正確さが指摘されるようになり、その対策としてフリップを単独にすることを選択したようだ。真央ちゃんのルッツにしてもそうなのだけど、足許だけに注視するのでなく演技を全体として見ていれば全く気にならないような細かい瑕疵をあげつらうことによって、選手の持ち味ともいえる技が封印されていってしまうというのは何だか割り切れない思いもする。

こちらの記事によると、ややわかりにくい表現だが、これまではステップでレベル4を狙って練習してきたがレベル3までしかもらえていないので、今後はレベル3でいいからGOEをたくさんもらうことを意図して取り組んでいくことにしたらしい。女子のステップでのレベル4というのは確かこれまでカロリーナ・コストナーさんが一度もらったことがあるだけで、あまり現実的な目標ではなく、これは堅実な選択といえるだろう。

SPはボンド・ガールを意識したプログラムのようだが、ヨナさんはとても魅力的な女性ではあるものの、いわゆる“フェロモン系”の美女ではないので、こうした趣向が果たして成功するかはなかなか難しいところだと思う。下手をするとちょっと痛々しい感じにもなってしまいかねないけど、オリンピック・シーズンに敢えてこうした挑戦的なプログラムを用意してきたことが吉と出るのか凶と出るのか、実に興味が尽きない。


高橋大輔選手の『』はTVの放送で一部を見ることができたのだけど、これまでになかったやわらかな感じのプログラムで、ニコライ・モロゾフコーチと組んでいた時とは随分雰囲気が変わってきたな、という印象を受けた。久しぶりの試合のせいで疲れが出ていたようで、全体にやや動きの切れがなかった感じだけど、これからさらに完成度を高めていけば彼の代表作のような存在にもなりそうなプログラムだと思った。


ジャパンオープン/カーニバル・オン・アイスのおさらいをちょっとしておくと、浅田真央ちゃんの「」について中間部が全く使われていないと書いたけど、よく見直してみるとほんの少しだけ使われていることがわかった(最初のフライング・シット・スピンのあたり)。私はそもそもオーケストラ編曲版の「鐘」というのに馴染みがなかったので、注意して見直してみないとわからなかった。

しかし、あのように低い音量で音がもそもそと鳴っている部分だけをほんの申し訳程度に使うのでは、主部/再現部との対照を印象づけるような効果は全くなく、全体に単調なプログラムになってしまうという懸念は拭い切れない。また主部/再現部からのつなぎ合わせ方も、ストレートライン・ステップの前で一旦曲が終わっていて、その後にまた曲の途中の部分をつけ加えるという不自然な構成になっていることにも気がついた。トリノ・オリンピックで荒川静香さんが滑ることを予定していたショパン幻想即興曲では、オーケストラ編曲版であることの違和感だとか曲のつなぎ方の不自然さが気になるこということはなかったのだけど、今回ばかりはどうにも不安…。

最後のストレートライン・ステップなどは細身の体で曲に負けずにダイナミックに動けていて、そういうところは練習の成果が出ていて素晴らしいので、それがむしろ単調な曲調を逆手に取るような形で大きな感動を生み出すことになればいいのだけど。


中野友加里さんはやはり肩に影響が出ているようで、スケート人生の集大成となる大事なシーズンは多難な船出となってしまった。あせらずにシーズンのトータルとしていい結果になればいいんだ、と割り切って取り組んで欲しいと思う。がんばり屋さんの中野さんに、運命が微笑みかけてくれることを祈りたい。

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亀田大毅 二度目の世界挑戦は惜敗

2009年10月 6日

騒動となった前回の世界初挑戦から二年、亀田家兄弟の次男、亀田大毅が二度目の世界挑戦に臨んだが、チャンピオンのデンカオセーン・カオウィチットに僅差の判定で敗れ、悲願の世界タイトル獲得はならなかった。前半は圧倒的にデンカオセーンにペースを握られたが、後半なると明らかにチャンピオンがスタミナ切れを起こし、大毅が手数を稼いで追い上げていくという際どい試合展開になった。試合終了のゴングが鳴った時はあるいはもしかして、とも思ったが、最後はチャンピオンが老獪な試合運びで逃げ切った形となった。

前回の試合内容があまりに酷いものだったので今回の試合も半信半疑で見守っていたのだが、最後まで真っ当にボクシングを通したことは評価できると思う(まあそんなことはボクシングの世界タイトルマッチと銘打ってチケットを売っている以上は当たり前のことではあるのだが)。むしろ今回は終盤にスタミナの切れたチャンピオンの方がレスリング的な技で反撃をしのいでいたほどだった。あの試合でボクシング・ファンの信頼を裏切った罪は軽くはないが、あれだけのバッシングを受けて、ボクシングが嫌いになっても無理はない状況にありながら、二年もの間精進を続けてきたのは大したものだと思う。終盤の反撃には、どうせまともな試合にはならないだろうと醒めた目で見ていた私の心をも揺さぶるものが確かにあった。相手のスタミナ切れを待つよりほかに有効な攻め手がない、というのは何とも物足りなくはあるのだが…。

亀田家の試合というとどうしても採点にも注目せざるを得ないのだが、一人がドロー、残る二人が僅差でデンカオセーン、というのは試合を見た人誰もが納得できる、至極妥当な結果だったと思う。一方の解説と実況はというと、チャンピオンの動きの衰えは明らかにスタミナ切れで、効くようなパンチは一切当たっていないにも関わらず「効いている」と繰り返すのにはうんざりさせられた。このあたりは相も変わらずだな、という感じ。

余談だけど試合前に君が代を独唱した X JAPANTOSHI さんは出だしの音を間違えたのか、高音になる部分でプロの歌手としてあるまじき酷い歌声を聴かせていた。誰か彼のために音叉を鳴らして上げる人はいなかったのか…。

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「APÉRITIF」

2009年10月 6日

作詞:秋元康 作曲:中崎英也 編曲:鷺巣詩郎
アルバム「M'シンドローム」(1985.11.21)所収。現行のCDでは「Anthem of Life〜Sweet Ballads Best〜」TOCT-16383(2007.10.24)に収録されている。

1985年4月20日にシングル「殺意のバカンス」にデビューした本田美奈子さんは、その半年あまり後の11月21日に初めてのアルバム「M'シンドローム」を発表している。このアルバムは、その時すでに発売されていた「殺意のバカンス」や「好きと言いなさい」が収録されていないという、めずらしい構成になっていて、美奈子さんが当時からかなり特異なスタンスで音楽に取り組んでいたことを窺わせるものとなっている。

このアルバムには、終曲として「APÉRITIF」という、ちょっとお洒落で魅惑的な作品が収録されている。“apéritif”とは食前酒を意味するフランス語の単語で、元々は「食欲をそそる」という意味の形容詞が派生的に名詞として使用されるものである。

この曲は2007年に発売されたバラード集、「Anthem of Life〜Sweet Ballads Best〜」に収録されたのだが、このアルバムでは曲名が“APÈRITIF”と誤って表記されている。ここでの‘E’につくアクセント記号はアクサン・グラーヴではなくアクサン・テギュでなくてはならない。細かいことを言うようではあるが、こうした無粋なミスはせっかくのお洒落な雰囲気を台無しにしかねないもので、惜しまれるところである。


この曲は美奈子のお気に入りのレパートリーだったらしく、1987年に雑誌のインタビューに答えて「あの詞がいいですよ、いやらしくて。私っていやらしい曲が好きなんです」と語っていたそうだ。ということは、これが何を意味するかというと、聴く方もこの曲を自由に想像を膨らませて聴いても構わない、ということだ(どんな想像かについては多くは言わない)。実際に、聴いていると「抱いて 抱いて/熱いルージュ 召し上がれ」とか「吐息の海/白いシーツのその上を 泳がせて」といったフレーズからは豊穣なイマジネーションが広がっていく。

そうした意味で、この「APÉRITIF」も美奈子さんの多彩なレパートリーの中で特異な位置付けにある作品だといっていいだろう。特に際立って優れた作品というわけでもないだろうし、「Anthem of Life」で初めてこの作品を知った私にとって格別な想い出があるわけでもないが、美奈子さん本人の口で作品の解釈を(あまりにも、といっていいほど)わかりやすく説明し、作品の世界へ誘ってくれているという点で、貴重である。

作詞は秋元康さんだが、この手の詞を書かせるとさすがにうまいというか何というか…。「…マリリン」はどうしても好きになれなかった私だが、この曲は素直にいいと思った。少しずつ長くなってきた秋の夜を、この曲が誘う心地よい妄想に身を委ねて過ごしてみるのも悪くない。

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カーニバル・オン・アイス2009

2009年10月 5日

注目された高橋大輔選手の演技、とても調子がよさそうだったので安心した。最初のフリップから彼独特のふわりと浮き上がるようなジャンプが見られて、もう右膝には全く不安がないんだろうな、と感じさせた。続くトリプル・アクセルもジャパンオープンの方も含めて誰よりも質の高いジャンプだったように思う。タンゴの濃厚な表現も格別。早くフリーの『道』も見てみたい。

荒川静香さんはフラメンコ。今年2月のステファン・ランビエール選手との対談に触発されたのかな? 何をやってもさまになってしまうのはさすが。安藤美姫さんは二つ目のジャンプとしてサルコウを跳んでいたのが気になったのだけど、SPで四回転というのを考えているわけじゃないんだよね? 中野友加里さんは肩のことを気にしている様子がなかったので取り敢えず一安心。

以上、駆け足でTV鑑賞の感想を報告。

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ジャパンオープン2009

2009年10月 3日

毎年のことなのだけど、私は季節への順応性が低いのか、まだ気分の上では夏の名残りを引きずっているこの時期に「さあスケート・シーズンの始まりです」と言われてもどうも気持ちがうまくついていけない。しかしいよいよオリンピック・シーズンの幕開けなんだよな…。シーズン最初の大会ということで試合というよりはプログラムのお披露目という意味合いが強いジャパンオープンだが、まずは浅田真央ちゃんから振り返ってみる。


曲がラフマニノフの前奏曲嬰ハ短調「」ということで私としても大いに注目していたのだが、実際に見てみて正直かなり不安になった。オーケストラ編曲版であることはすでに伝えられていて知っていたのだが、曲のつなぎ方が致命的にまずいと思う。というのも、三部形式で作られた作品のうち、中間部が全く使用されていないのだ。

この前奏曲の特徴は、荘重な主部の後に幾分洒脱な調子で始まる中間部が続き、それが次第に盛り上がりを見せたところで再び主部の鐘の音が再現される、という抑揚のある展開にある(実際どういう曲なのかは例えば高橋兼続さんの演奏で聴いてみて欲しい)。それが中間部が省略されるとなると、主部の重厚な和音がひたすら繰り返されるだけの単調な曲になってしまう。昨シーズンの「仮面舞踏会」でも曲調の単調さが指摘されていたが、中間部のない「鐘」というのはそれよりもっとひどい状況のような気がする。というか私は見ていていつになったら中間部に移るんだろう、とずっと気になってしまい、そのまま気がついたらプログラムが終わっていた、というのが実感だった。

ジャンプの調子などはこれから徐々に上げていけばいいことなのであまり気にしなくていいと思うが、大事なオリンピック・シーズンのプログラムがこれでいいのか、という不安はなかなか拭い切れそうにない。繰り返し見ることによってシーズンが終わる頃にはこれが名プログラムだと思えるようになっていればいいのだが…。


中野友加里さんは転倒して肩を痛めたようなのが気がかり。「火の鳥」が彼女に似合っているのかはやや微妙な気がした。実際まだ見ていないので何とも言えないのだが、キム・ヨナさんの007とガーシュウィンというのも私には今一つピンとこない。どうも今シーズンはオリンピック・シーズンだというのに選手の個性と選曲がピッタリしているものが少ないように感じてしまう。

そんな中でジョアニー・ロシェットさんの充実ぶりには目を見張るものがあった。後半の二つのジャンプ・シークエンスの完成度は素晴らしかったし、プログラム冒頭のセクシーな踊りもサムソンを誘惑するデリラを彷彿とさせるものがあった。彼女がこのまま調子を上げていくとなると、日本勢にとってとても手強い存在になるのは間違いない。

ラウラ・レピストさんは久しぶりに見たら随分と垢抜けた感じになっていた。こんなに別嬪さんだったっけ、とちょっと驚いてしまった。欧州チャンピオンに輝いた実績が彼女に自信と風格を与えているのだろうか。ベアトリサ・リャンさんは痛々しい演技になってしまったけれど、ドヴォルザークの「新世界」のスケルツォにラフマニノフの「交響的舞曲」の第1楽章の中間部の旋律をはさんだプログラムが目を引いた。


男子ではジェフリー・バトルさんの好調さが印象に残った。十分現役でやっていけるんじゃなかろうか。小塚崇彦選手はいつも選曲に若さがないのが気になっていたのだが、今シーズンは布袋寅泰さんのギター協奏曲を選んだというのは秀逸なセンスだと思う。ただ、原曲の全体像を知らないのではっきりとは言えないのだが、これも曲のつなぎ方に抑揚が乏しいのが難のような気がする。


不安なことばかり書いてしまったようだけど、とにかく今シーズンもまた選手のみなさんからたくさんの感動をもらえることを祈りたい。

追記: 10月16日0時20分

真央ちゃんのプログラムは、注意して見直すとほんの少しだけ中間部も使用していることがわかった。詳しくはキム・ヨナさん 新情報などに記載。

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津久井克行さん 逝去

2009年10月 3日

このところメアリー・トラヴァースさん、アリシア・デ・ラローチャさんと音楽家の訃報が相次いでいたが、今朝は男性デュオ class のヴォーカリスト、津久井克行さんが亡くなったというニュースを聞いて仰天させられた。デビュー曲の「夏の日の1993」は当時大ヒットした名曲で、ちょうど私たちくらいの世代にとってはたまらなく懐かしい作品である。

息の合ったハーモニーと情熱的な歌唱が印象的なデュオだったのだが、残念ながら典型的な一発屋で終わってしまった。それがおととしに「R35 Sweet J-Ballads」というコンピレーション・アルバムが発売されたことで再び注目が集まり、去年には新たなメンバーと組んで活動を再開した矢先だった。

音楽家としての生命は実質的にはすでにとっくに終わっていたのかも知れない。新たな活動が何らかの反響を得るとしても、それは「あの“1993”の歌手がまた歌っている」という話題性によるもの以上にはなり得なかったとも思われる。それでもこんなにも早い逝去というのは何とも残念で、悼ましいことである。心からご冥福をお祈りしたい。

しかし“PPM”のマリーさんやラローチャさんのような世界的な大音楽家の訃報よりもこういう一発屋的人生の終焉の方に敏感に反応してしまう自分ってどうなんだろう…。

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