25日午前、日本相撲協会の臨時理事会が開かれ関脇琴光喜の大関昇進が満場一致で決定した。伝達式で琴光喜は「いかなるときも力戦奮闘し、相撲道に精進いたします」と答えた。長い間彼を応援してきたファンとしてとても感慨深い。
私が最初に彼を知ったのは佐渡ヶ嶽部屋への入門が決まった際の記者会見の時だった。アマチュアであらゆるタイトルを総なめにした最強力士が入門するとあって、佐渡ヶ嶽ファンとして心強く思った。しかもその時に目標とする力士を聞かれて当時佐渡ヶ嶽部屋の部屋頭だった琴錦(現浅香山親方)の名を挙げたことで、なかなかかわいい新弟子が入ってきたな、とうれしくなったのだった。
実際に相撲を見たのは2000年の九州場所で横綱武蔵丸(現武蔵丸親方)を右下手出し投げで土俵に叩きつけた一番だった。新入幕の場所を怪我で全休したためにこの場所が事実上の新入幕だったが好調に白星を重ねたために横綱戦が組まれたのだった。それまで評判では聞いていたものの実際取り組みを見るのはこれが初めてで大いに注目したのだが、その見事な取り口に唖然とさせられたものだった。右攻めを得意とする横綱の特徴を熟知した上で周到に相手の長所を消し、得意の右下手で仕留める理詰めの取り口はとても横綱初挑戦の力士とは思えないものだった。
同じ場所で武双山(現藤島親方)を破った一番も忘れることができない。一枚まわしの右下手で土俵中をぐるぐると何周も引きずり回した末に外に出した相撲は今も心に焼きついている。あんな相撲は後にも先にも全く見たことがない。
ちょうどこの頃は長年応援してきた琴錦が引退してしまった直後であり、相撲を見る楽しみが減ってしまったな、と寂しく思っていた時期だったので、突如彗星の如く登場した技能派力士に心を踊らせたものだった。この場所を見た時には大関昇進は時間の問題だろうと思っていた…。
その期待に違わず翌2001年の九月場所で優勝し、初の大関取りに挑んだ2002年の一月場所では12勝を挙げ三場所の白星の合計を34としたが様々な要因で昇進は見送られた。仕切り直しとなった次の大阪場所では8勝7敗とふるわず、しかも取り組み中に顎を骨折するというアクシデントに見舞われた。
その後は両肘を怪我し手術するなど、不運が続いた。差し身のよさが身上の力士が肘を怪我したのだからそのつらさは察するに余りある。奇しくも入門の際目標として挙げていた琴錦と同じ境遇を味わうこととなった(私の応援するアスリートはなぜか右肘に致命的な怪我をする…)。元々は強烈な出し投げを得意とする力士だったがその後は振り回すような出し投げは影を潜めるようになった。
代わりに右を差したら真っ直ぐに前に出る取り口に磨きをかけているように見受けられたが、取り口に安定感がなく、肝腎なところでの勝負弱さも露呈するようになった。かつては"ライバル"と言われていた朝青龍には大きく水をあけられ、直接対決では全く勝てなくなってしまった。
それでも諦めずに重ねてきた努力がようやくここ数場所で実を結ぶようになってきた。最近は古参の大関たちよりむしろ力強さが目立つようになっていた。この七月場所では要所で左右からの出し投げも効果的に使えていたので肘の状態もかなり改善してきているものと思われる。
上に述べたような経緯から、私は彼のことを琴錦の後継者として期待をかけてきた。四つ相撲と押し相撲の違いはあるが、差し身のよさ、右で下手を引くと力を発揮するところなど共通する点が多い。それだけに今回の大関昇進は琴錦の叶わなかった夢を叶えてくれたようで感慨に絶えない。
彼の大関昇進は佐渡ヶ嶽部屋としての悲願でもあった。現在の師匠である佐渡ヶ嶽親方は最初の大関取りの時には琴ノ若として同じ現役力士であり、兄のような眼差しで励ましていた。昇進が見送りとなって涙を流して悔しがる彼の姿を見ただけに感慨もひとしおだと語っている。
彼が大関に昇進すれば先代の佐渡ヶ嶽親方の現役時代の四股名である琴櫻を襲名するというのは佐渡ヶ嶽部屋の既定の方針だと理解していたのだけど、どうも報道によるとそれは横綱になるまでお預けということに軌道修正されたようだ。私は琴櫻の現役時代を知らないので、この名前の力士を応援できる日を楽しみにしてきただけに少し残念ではある。しかしこれを励みにまた横綱に向けて精進してくれるとすれば心強いことである。
31才と3ヶ月での昇進は最年長の記録を更新ということだが、見た目にはまだまだ力に衰えは感じられないし、本人もインタビューでそういう実感はないと話していた。入幕した当初のような振り回す投げを控え真っ直ぐに前へ出る相撲が今まさに形になりつつあるところでもある。これからも年齢を感じさせない相撲で土俵を盛り上げてくれることだろう。朝青龍への苦手意識さえ克服できれば横綱昇進も十分視界に入ってくるはずだ。
注目された伝達式での口上、四字熟語は「力戦奮闘」だった。どんな時にも挫けず精進を重ねてきた彼に相応しい言葉だと思う。本来なら化粧まわしでも贈呈したいところではあるが、もちろんそんな財力はないのでささやかながらこの文章をお祝いに贈りたい。
琴光喜関、大関昇進本当におめでとう!!