荒川静香さん凱旋公演 TV放送を見て
2006年9月29日
仙台で行われたCOIのTV放送を録画しておいたのを見た。1時間の枠なのでどれだけの選手の演技を見せてくれるか不安なところもあったけど、余計な煽りも少なく、時間内で可能な限りの演技は見せてもらえたのでまずまず満足のいく放送だった。夜中なので2時間確保してくれていれば、という思いはあるけれど。(小学五年生の荒川さんのかわいかったこと!)
本田武史さん:「アランフェス協奏曲」
本田さんは懐かしの「アランフェス」をヴォーカル版で演じてくれた。本田さんというと日本人選手で初めて4回転ジャンプを跳んだということでジャンプの得意な選手というイメージも強いけど、ソルトレークシティーオリンピックのシーズンの頃には寧ろ表現力を高く評価されていた。この「アランフェス」は実に情感のこもった演技でファンを魅了してくれたものだった。
この日の演技もあの頃を彷彿とさせる素晴らしい演技だった。この曲は特に彼に合っているのかも知れない。後半のアウトからインに乗り換える長いイーグルなどは大人の男の哀歓を感じさせるような魅力ある滑りだったと思う。プログラム冒頭では見事なトリプルアクセルを披露してジャンプの技術の高さもアピールして見せた。欲をいえばあのステップをもう一度見てみたかった気がする。
中野友加里さん:「SAYURI」
中野さんのこのプログラムはすでに何度か見ているけど、見る度に表現が板に付くようになってきているように思う。本格的なシーズンを前に調整が順調に進んでいることを感じさせる。番傘を使った表現も堂に入ったもの。かなり小柄な人のようだけど氷の上では大きく見えるのは実力がついてきた証拠だろう。キャッチフットの姿勢でのスパイラルで手を放す時に少しバランスを崩したが何事もなかったように演技を続けるところはすでに世界のトップスケーターの仲間入りを果たしたという自信のなせる業か。ステップもなかなか凝ったものを見せてくれた。
ショートプログラムのエキシビション用アレンジということなので、競技会ではどんな風に仕上げて見せてくれるのかとても楽しみ。最後の得意のドーナッツスピンのところでカメラ二つを組み合わせたような凝った映像になっていて却って見にくくなっていたのは残念だった。
ステファン・ランビエール選手:「Fix You」
昨シーズンまではランビエールの演技を見ていいと思ったことがあまりなかったのだけど、この「Fix You」は彼に合った実にいいプログラムだと思う。貴公子然とした彼の雰囲気に実に映える衣装・音楽・振付けになっている。彼がリンクの端に近付く度に黄色い歓声が上がるのがTVを通してもよくわかる。あの長時間連続スピンは彼にしかできない技だろう。最後に置いておいた仮面を取りにいく直前に両手を頭上で振る仕草が少し阿波踊りを思わせて笑ってしまった。何か意味のある振付けだったのだろうか。
エレーナ・ベレズナヤ&アントン・シハルリーゼ組:「チャップリン・メドレー」
このペアを見るのは久しぶりだった。エレーナは以前は清楚でかわいい感じの女性だったように思うのだけど、久しぶりに見ると少し雰囲気が変わって大人の色気を漂わせていた。プロになって魅せ方を変えてきているのだろうか。
プログラムはソルトレークシティーの時のエキシビションをアレンジしたもののようだ。「街の灯」から「キッド」、「モダンタイムズ」と3通りのチャップリン映画を堪能させてくれた。「街の灯」の花売娘から「キッド」の少年への衣装の早変りも見事ならエレーナの演じ分けも立派なものだった。「モダンタイムズ」ではブレイクダンス風の踊りを見せるなど、プロならではの魅せ方を追求しているのだと思わせてくれた。
イリーナ・スルツカヤさん:「You Promised Me」
公演を生で鑑賞された方の感想では「やや太り気味で動きに精彩がない」といった評価が多かったのでどんな演技だったのか心配しながら見ていたが、私にはそれほど悪くない出来だったように見えた。ものすごいハードスケジュールだったそうなのだけど、その割には元気よく踊れていたと思う。トウループが二度ともダブルになっていたけど、今シーズンの試合出場の予定も決まっていない状況では仕方のないことだと思う。
それよりも私が気になったのはコスチュームの露出度の方だった。事前に写真を見た時からシースルーの衣装に驚かされてしまっていたのだった。イリーナのこうした魅せ方は今まであまりなかったものではないだろうか。いつもの溌剌とした元気のよさだけではないイリーナの別の面を見せられた思いがした。
サーシャ・コーエンさん:「黒い瞳」
昨シーズンのショートプログラムのエキシビション用アレンジ。冒頭のフリップを跳ぶような体勢からのバレエジャンプは高さ、開脚とも抜群だった。これはサーシャにしかできない技だろう。オリンピックではショートプログラム終了時点で一位となったプログラムだけにジャンプの回数などは減らしてきているものの完成度の高い演技だったと思う。
今シーズンの試合出場は未定のようだが世界選手権の際にはぜひとも来日して欲しいものだ。
荒川静香さん:「アヴェ・マリア」、「You Raise Me Up」〜アンコール「トゥーランドット」
荒川さんにとって地元仙台での演技は大学1年の時に試合で滑って以来6年ぶりだそうだ。オリンピック金メダルの実績をぶら下げてCOIの一員として自分の育った街で演技を披露することには格別の感慨があったことだろう。フィギュアスケートの楽しさを知って欲しいという思いを込めての演技だったようだ。
「アヴェ・マリア」では最初のスパイラル姿勢に入るところなどで少し動きがぎこちない感じがしたが、その後はいつもの荒川さんの演技だった。以前披露したゴールドの衣装ではなく白いコスチュームに身を包んでの演技は清楚な美しさに満ちたものだった。袖口のひらひらしたデザインが優美さを一層引き立たせている。イーグルからのダブルアクセルを跳んでみせるなど、ジャンプの質もアマチュア時代から保っていることを印象づけた。
「You Raise Me Up」はもうすっかり体にしみついてしまっているような自然で滑らかな動き。プロとしてツアーを経験したことで演技が変わったところを見て欲しい、といったことを語っているようだけど、私にはいつもの荒川さんの演技、という印象の方が強い。ここ数年悩みながら競技を続けてきてついに昨シーズン何かをつかんだ、ということを感じさせるのがこのプログラムだと思う。
そしてこの後はアンコールに応えての「トゥーランドット」。静岡公演ではなかったことなので、やはり故郷だからこそ見せてくれたファンサービスなのだろう。「You Raise Me Up」の衣装のまま、イナバウアーから後の部分を披露。三連続ジャンプも軽々と成功させ、トリノの興奮を思い出させて。くれた。
何より感慨深かったのはあのステップをまた見せてくれたことだった。トリノの時は解説の佐藤有香さんが絶賛したものだ。私もリアルタイムで見ていた時に、「これはすごいものを見てしまったぞ」という気にさせられたのがこのステップだった。それまでは予定していた3回転-3回転のコンビネーションジャンプが入らなかったこともあり点数がどうなるか気になってしまって優美な演技に魅せられつつも酔いしれるだけの心の余裕がなかったのが、これを見てすっかり驚嘆してしまったのだ。
今の「アヴェ・マリア」も「You Raise Me Up」もレガートな曲調に乗せてイーグルやスパイラル、イナバウアーなどを主体にした振付けになっているが、今後はあの時のような細かいステップも織り交ぜたメリハリのあるプログラムも見せて欲しいと思う。あれだけの技術をしまったままにしておくのはあまりにももったいない。自分の引出しの中にはまだ魅力ある素材がつまっていることをもう一度思い出して欲しい。