寺嶋由芙さん「わたしを旅行につれてって」

2017年7月20日


今月12日に寺嶋由芙さんのシングル「わたしを旅行につれてって」がリリースされた。今回はタイトル曲をコンペで発注したそうで、105曲の候補曲の中から選ばれたのが望月ヒカリさんによるこの曲だった。プロデューサーの加茂啓太郎さんによると80年代風の夏のイラストを見てもらって、それに合ったイメージの曲を、ということで発注したらしい[1]。おそらく構想の段階で既に大瀧詠一的な方向性が定まっていたのだろう。望月さんは新進の作曲家で、これがメジャーでは初仕事になるそうだが、実にさわやかなメロディーでこの注文に応えている。今回はサビから始まる構成ということもあり、一聴してすぐに陽光きらめく夏空のイメージが胸に広がってくる。

いしわたり淳治さんによる歌詞は恋人との旅行を前に揺れ動く乙女心をかわいらしく描いている。夏を直接イメージさせるような言葉は入っていないが、ゆっふぃーからは「夏のドキドキする感じをテーマに」という依頼をしていたそうだ。メロディーも含めて夏にこだわったのは、持ち歌も増えてきたことで、これまで避けてきた季節感の強い歌にもそろそろチャレンジしてみよう、という意図があったようだ[2]。ヲタクにとって衝撃的なのは2番の出だし、“きっとノーメイクも それ以上も見られてしまうね”というフレーズで、リリースイベントを配信で観て初めて聴いた時からすごい歌詞だな、と戦慄したが、何度聴いてもその度に心を抉られる思いがする。字面だけ見ると特にどうということもない言い回しなのに、ヲタクが勝手に色々と想像して病んでしまうというのはなるほどよく出来た仕掛けだ。

編曲はゆっふぃーにはおなじみのrionosさんで、クレジットの記載はないが演奏には宮野弦士さんがギターとベースで参加している[3]。作曲を公募した本作でも周りをいつもの面々が固めているのは心強く感じる。

ゆっふぃーの歌唱は、発声を少し工夫しているのか、声があどけない感じになっているのが印象的だった。初めはこの曲の曲調に合わせているのかとも思ったのだが、8日の生誕ワンマンライヴでは全曲そんな感じだったので、これが20代後半を迎えたゆっふぃーの新たなヴァージョンということなのだと思う。BiSに所属していた頃のゆっふぃーが吐息混じりの色っぽい歌声で曲にアクセントを与えていたことを思うと隔世の感があるが、年を経るごとに声が若返っていくとのいうはなかなか稀有なことに違いない。


「天使のテレパシー」に引き続き荒船泰廣さんが担当しているMVは、内容的にも前作の続編のような構成になっている。今作の見所は何といっても水着姿を披露していることで、ソロになってからのMVとしては初めてになる(ここに貼り付けたショートヴァージョンでは見られないが、フルヴァージョンが8月31日までの期間限定で公開されているほか、30秒のCM用ダイジェスト版でも一部を見ることができる)。短パンを履いているのでそれほど露出度が高い印象は受けないが、元々はもっと布面積の大きい水着を予定していたそうなので[4]、これでもゆっふぃーにしてはかなりのサービスということになるだろう。とはいえもっと水着シーンを大々的にフィーチャーしたアイドルのMVは数多くあるし、あんまりいうと申し訳ないけどゆっふぃーはそれほど見映えのする体型でもないので、大きなインパクトのある映像というわけにはいかない。それでも数多のセクシーなMVの中に埋もれないよう見せ方をうまく工夫して、控えめな露出ながらもアイドルヲタクの界隈を騒然とさせることには成功していたと思う。そうした奥ゆかしさといい意味での計算高さこそはゆっふぃーの真骨頂だろう。体型ということでいえば浴衣姿の折れてしまいそうな細さが可憐で、強く印象づけられた。演技に関しては雨宿りのシーンと最後の待ち合わせのシーンの表情の変化が自然で、演出の意図をうまく体現していてとてもいい。セリフはないのに会話が聴こえてきそうなこれらのシーンが全体を一つのドラマに仕立て、淡い色気と文芸性とが同居した秀逸なMVに昇華させている。

衣装はオードリー・ヘップバーンをイメージしたはずがバスガイド風になってしまったとこぼしていたが[5]、今作の旅行というテーマに添ったものになったので結果的によかったのではないか。青を基調にした色合いが砂浜でのダンスショットによく映えている。配信で最初に見た時にはスカートのテラテラした感じが些か安っぽく感じられて不満を抱いたのだが、MVを観て陽光きらめく海の水面をイメージしているらしいとわかり、得心がいった。

アイドルヲタクの間での話題作りにMVの水着シーンと並んで貢献したのは、濡れたTシャツにビキニが透けた初回限定盤Aのジャケット写真で、撮影の大川晋児さんはこちらも「天使のテレパシー」に続いての起用となる。このショットに限らず三形態全て、ジャケット裏やケース裏との表情の対照が見事で惹き込まれる。



カップリング曲「夏'n ON-DO」(通常盤と初回限定盤Bに収録)は怒髪天の増子直純さんによる作詞、上原子友康さんによる作曲の音頭である。これも加茂さんのアイディア[6]とのことだが、怒髪天はテイチクのレーベルメイトでもあり、前作の演歌「終点、ワ・タ・シ。」に続き老舗レーベルへの所属によって切り開かれた新境地ということになるだろう。音頭という情報だけ先に公表された時点では「イエロー・サブマリン音頭」的な奇抜なものになることも予想したのだが、実際に出来てきたのは極めて真っ当な、どこかの町の盆踊りで使われてもおかしくない正統的な音頭だった。実際にもアイドル現場を盆踊り会場に変えてしまう[7]、魔法のような曲である。

作詞の増子さんは合いの手として歌にも参加していて、“なんならスイカになりたいよ!”はヲタクの願望を代弁してくれているようで楽しいし、そう思って聴くと“ズッキンドッキン罪なヤツ!”も“それ以上”で抉られた傷に対して一矢報いようとしているかのようでもある。さらに曲を賑やかしているのはでんぱ組.incの成瀬瑛美さんで、えいたそのハイテンションな合いの手が入ると体感温度が数度上がったような感覚に陥らされる。ゆっふぃー自身の“たまや〜”“かぎや〜”のかけ声もチャーミングだ。

編曲は先に名前の出た宮野弦士さんで、「終点、ワ・タ・シ。」に続き川嶋志乃舞さんの三味線をフィーチャーしている。三味線のカラッとした音色が刻む小気味よいリズムが祭り気分をいやが上にも高めてくれる。8日のワンマンライヴではさらに和太鼓アイドルの桜りりぃさんが華を添えてくれた[8]のも楽しい体験だった。


もう一つのカップリング曲は早見優さんのカヴァー、「夏色のナンシー」である(通常盤と初回限定盤Aに収録)。この選曲は、今年3月くらいから放送されたロート製薬のテレビCMでゆっふぃーがこの歌の替え歌を歌ったことがきっかけだった。因みに先に名前を挙げた大瀧詠一の「君は天然色」もリリース当時ロート製薬のCMに起用された[9]そうで、どこか不思議なつながりのようなものを感じさせる。

編曲はタイトル曲と同じくrionosさんで、オリジナルを尊重しつつも今の音に生まれ変わらせることに成功している。ヲタクが口上を入れられる[10]ように長い間奏を挿入している[11]のもまさに今風の趣向である。実は原曲の音源をたまたま持っていたのであらためて聴いてみたのだが、今は亡き茂木由多加のアレンジワークに今さらながら瞠目させられて、繰り返し聴き入ってしまった。ピコピコした装飾音にやや時代を感じるものの、全編にわたって楽しい仕掛けがほどこされていて、伴奏にだけ注目して聴いていても少しも飽きることがない。やはり近年亡くなった佐久間正英が「僕は打ちのめされた」と述べた[12]のも頷ける話で、名曲というのは作詞や作曲だけでなく編曲家の確かな腕前があってこそ生まれるのだということを示す好例だろう。こうした歴史ある名曲を旬のアイドルのフレッシュな歌唱で聴けるのは何ともうれしいことだ。


今回のシングルではヲタクとして試されている感じの作品をつきつけられた形になった。ヲタクの道もなかなかに険しいが、それでも強い心を持って乗り越えていきたいものだ。幸いタイトル曲の歌詞は旅行の相手を二人称で“君”と呼んでいるし、MVの主要なシーンも“君”から見た主観映像になっているので、その構図に乗っかっていつかゆっふぃーと二人で旅する未来を夢見て乗り切るのもいいだろう。前作のレヴューでも引いた名言[13]を俟つまでもなく、ヲタクの“好き”を受け止める覚悟こそはゆっふぃーがこうしてシーンに立ち続ける理由の一つに違いないのだから。


脚注
  1. ^ 加茂啓太郎さんの6月15日付のツイート
  2. ^ 寺嶋由芙『わたしを旅行につれてって!』に感じる古き良きアイドル歌謡曲の香り【インタビュー】 | 歌詞検索UtaTen(うたてん)
  3. ^ 宮野弦士さんの7月11日付のツイート
  4. ^ 寺嶋由芙×夢眠ねむ+成瀬瑛美(でんぱ組.inc)鼎談~ディアステージの先輩に聞く「寺嶋由芙」とは?(宗像明将) - 個人 - Yahoo!ニュース
  5. ^ 《NO BASEBALL,NO LIFE.》 #149-1 寺嶋由芙 ニュー・シングル発売記念スペシャル・インタビュー - YouTube
  6. ^ 加茂啓太郎さんの6月2日付のツイート
  7. ^ 寺嶋由芙さんの7月7日付のツイート
  8. ^ 寺嶋由芙はソロアイドルの夢を背負うーー26歳のバースデーワンマンに感じた期待 - Real Sound|リアルサウンド
  9. ^ 何も言わずに待ってくれた大滝詠一に「君は天然色」を書いて応えた松本隆 - TAP the POP|TAP the SONG|TAP the POP
  10. ^ 寺嶋由芙さんの7月16日付のツイート
  11. ^ 寺嶋由芙 「夏色のナンシー」のカバーは私も楽しいし、ヲタクたちも嬉しそうなんです/インタビュー3 - エキサイトミュージック(1/2)
  12. ^ memories of Yutaka Mogi - Masahide Sakuma
  13. ^ インタビュー:“好きだ!”という気持ちをぶつける対象があるだけで、人生はとても豊かになる――寺嶋由芙が目指す“ゆるドル”とは - CDJournal CDJ PUSH
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sergeiさん、こんばんは。昨日、ゆっふぃーのトークショー第1部に参加しました。sergeiさんの丁寧で厚みのある文章、本当に感服しつつ、そして、トークショーの内容をお思い起こしながら楽しく拝読しました。私も、初回盤Aのジャケットは、アイドルの直球的な感じが、とても好きです。
Twitterへのリツイートもありがとうございます。

-> ysheartさん

トークショーすごく楽しそうでしたね♪ 私もいろんな興味深い情報にふんふんとうなずきながらツイッターでハッシュタグを追っていました。このレヴューは半分くらいイタいヲタクの泣き言みたいになってますが(汗)、楽しんでいただけたとしたらうれしいです。あの濡れTシャツは何度見てもゾクッとします。^ ^;

(返信ちょっと遅くなってすみませんでした)

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