亀田興毅 フライ級チャンピオンに

2009年11月30日

注目を集めた内藤大助亀田興毅のタイトルマッチは周知の通り3-0の判定で亀田興毅が勝ち、フライ級の新チャンピオンに輝いた。内藤としては序盤に鼻を折られたことと、リズムをつかんでいた(と少なくとも本人は認識していたはずの)中盤のラウンドで逆に興毅にポイントを取られてしまったことが誤算だっただろう。今日の内藤の出来からするとKOでポイント差を無効にしてしまうことは望み薄だったので、実質的には8ラウンド終了後に採点が発表された時点でもう結果は見えてしまっていた。

興毅はランダエタとの初対戦で見せたガードを固めて突進する見映えの悪いスタイルとも、同じランダエタとの二度目の対戦で見せたあまり様にならない付け焼刃のアウトボクシングとも異なり、今回は適度に距離を取りながら要所でカウンターを返すクレヴァーな戦いぶりで、これまで見てきた中では最も洗練されたスタイルだった。プロモーターのジョー小泉氏が 亀田興が消極的なカウンター戦法で勝ったのは画竜点睛を欠く。内藤がファイトしてきたのに…。少し残念だった。述べられているそうで、これには私も共感するところが大きいのだけど、彼の実力がこれまで言われてきたほどにはいい加減なものではないことを証明するのには十分な内容だった。最終12ラウンドでは露骨に逃げ回っても安全に勝てたはずのところを敢えて打ち合いを挑んだことも評価できる。今回のような試合ができるのなら、あんなけったいなプロモーションの仕方さえしなければ普通にボクシング・ファンの心をつかめたはずなのに、なぜこんな不可思議な道のりを歩んできたのだろう、と訝しく思う。

果たしてまともな試合になるのかとはらはらしながら見守っていたら普通にいい試合だったので拍子抜けしたのと、中盤の判定に今一つ納得がいかないのとで何となくすっきりしない気分。しかし点差はともかくとして興毅の勝利という結果はまあ妥当なところかと思う。これを機に心を入れ替えて、これからは真っ当なボクサーとして歩んで行ってくれればいいのだけど。

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スケートカナダ2009 女子シングル

2009年11月24日

鈴木明子さん

ぎりぎりでやきもきさせたけど、ファイナル進出が叶ってとにかくよかった。今回は残念ながらあまりいい出来ではなかったけど、何とか5位に踏みとどまることができたのは実力がついてきた証といっていいだろう。中国大会でのグランプリシリーズ初優勝に続き、ファイナル出場は鈴木さんにとって新たな箔づけになるはず。フィギュアスケーターとしてまた一つ階梯を登ろうとしている彼女をしっかりと応援したい。


ジョアニー・ロシェットさん

SPはとてもよかったのにフリーはパッとしなかった。今シーズンは好不調の波が激しくなってしまっている。まあフリーであれだけ乱れても2位以下に10点以上の差をつけてトップに立ってしまうのはさすがではあるのだけど。


アリッサ・シズニーさん

最後は鈴木さんとファイナル出場の権利を他力本願で争う形になって、見ている方としても複雑な心境になってしまった。SPはとてもよかったけどフリーでは二度の転倒があり、ジャンプの安定感は万全ではないけど、まあ一頃のどうしようもないような状態からは脱しているとみていいのかな。


男子シングル

高橋大輔選手

NHK杯の時に比べるとだいぶよくなったけど、プログラム後半になるとやや疲れが見えるようなところもあり、まだ試合の中でのスタミナ配分みたいな微妙なところで勘が戻っていないのかな、という感じ。まあとにかくファイナルへの切符は手にしたし、一つずつ経験を積みながらステップアップしていって欲しい。

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スケートアメリカ2009 女子シングル

2009年11月18日

レイチェル・フラットさんはフリーがとても素晴らしかった。彼女にとって生涯最高の演技だったんじゃないかと思う。トリプルフリップ–トリプルトウループのコンビネーションは実に見事だったし、全体としてもとても生き生きと滑っていて、見ていて引き込まれた。最後のスピンも回転方向の異なるものを組み合わせるという高度な技を披露してくれたのだけど、これが逆に災いし、二つのスピンをやったと見なされてノーカウントになってしまったようだ。しかしそういう状態でもヨナさんの点数を上回ったというのは凄いことだ。


浅田真央ちゃんにしてもそうだけど、キム・ヨナさんもやはり人の子だったんだな、とあらためて思い知った。どんなに力のある選手でも決して無敵ということはないものなのだろう。フランス大会であれほどの強さを見せたヨナさんがこれほど乱れるとは思ってもみなかったが、エッジ系のジャンプはほぼ問題なく跳べているのにトウ・ジャンプで大きな失敗を重ねたというのは、どこかコンディションに問題があったのではないかとも推察される。試合後にこうなることも覚悟していたとコメントしているのは、そうしたことを婉曲に語っているとも解釈できる。元々腰に持病を抱えている人なので、今後そうした面も含めてコンディションをいい状態に保っていけるかどうかが彼女にとって鍵になりそうな気がする。


ところでこの二人のフリーは奇しくもピアノのコンチェルタントな作品として20世紀を代表する二曲の対決となったのがおもしろかった。ラフマニノフガーシュウィンはともに20世紀のアメリカで活躍したピアニストで、立ち位置はやや異なっていたとはいえ、互いにライバルとして意識したり、影響されたりするところもおそらくあったのではないだろうか。私は予てからパガニーニ・ラプソディー(正確には「パガニーニの主題による狂詩曲(ラプソディー)」)という曲名はラプソディー・イン・ブルーに影響された可能性があるんじゃないかと思っているのだったりもする。二人の演技を見比べながらそんなことに考えを巡らせるのが実に楽しい体験だった。

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「カリヨン 幸田浩子〜愛と祈りを歌う」

2009年11月10日

幸田浩子さんの2枚目のアルバム、「カリヨン 幸田浩子〜愛と祈りを歌う」がリリースされたのは今年2月のことだった。私が入手したのはそれからかなり経ってからだったが、このアルバムは実に期待に違わぬ素晴らしい出来映えだった。もう来週には新しいアルバムリリースされるとのことなので、その前にここで慌ててレビューをしておきたい。


  1. アヴェ・マリア(カッチーニ)
  2. アヴェ・マリア(バッハ/グノー)
  3. オンブラ・マイ・フ(なつかしい木陰よ)〜歌劇«セルセ»より(ヘンデル)
  4. 涙の流れるままに〜歌劇«リナルド»(ヘンデル)
  5. アヴェ・マリア(マスネ)
  6. アヴェ・マリア(マスカーニ)
  7. 禁じられた音楽(カスタルドン)
  8. ヴィラネル(デラックァ)
  9. くちづけ(アルディーティ)
  10. ブラジル風バッハ第5番 - アリア(ヴィラ=ロボス)
  11. ヴォカリーズ(ラフマニノフ)
  12. カリヨン(ベッペ・ドンギア)
  13. アメイジング・グレイス
  • 幸田浩子(ソプラノ)
  • 新イタリア合奏団
  • ベッペ・ドンギア(ピアノ - 12,13)

初めの二曲は新旧の著名な「アヴェ・マリア」を一曲ずつ。ジュリオ・カッチーニの(作とされる)「アヴェ・マリア」はかなりゆったりとしたテンポでこの曲のロマンティックな情感をたっぷりと堪能させてくれる。バッハ/グノーの作品は室内オルガンの愛らしい響きに乗せて慎ましく、そして清らかな祈りの世界を歌っている。


続いてはヘンデルの有名なオペラ・アリアが二曲。ヘンデルのオペラ作品は現代の感覚からすると筋立てが荒唐無稽であるために上演される機会はあまりないようだが、これらのアリアの美しさには実に比類のないものがある。単独で歌われる機会はとても多い二曲だが、どちらもアリアの少し前のレチタティーヴォから歌い始めているところに幸田さんの本格志向が表れている。ここでも幸田さんはややゆったりしたテンポで、この美しい旋律の魅力をたっぷりと堪能させてくれている。

なお、幸田さんの歌唱そのものとは全く関係ないのだけど、この二曲に関して、曲の終わりがやや不自然に途切れたような感じになっているのが気になった。どうも生の演奏の音をスタジオ技術によってフェイドアウトさせているかのように聴こえるのだ。エンジニアとしてお名前がクレジットされているのは高名な方なのでよもやとは思うのだが、マスタリングに何か問題が生じているように思えてならない。少なくとも私の耳には自然な減衰には聴こえなかった。


続く二曲はいずれも有名なオペラの間奏曲を声楽用にアレンジしたもの。マスネの「タイスの瞑想曲」は歌うには難しすぎる旋律なので編曲に工夫が凝らされて、不自然にオクターヴ下がるところもあったりするが、これは無理からぬことである。幸田さんの歌唱もさすがにやや硬い感じがする。途中からはミリアム・ダル・ドンさんのヴァイオリンと交代でアンサンブルをリードするような展開になっているのがおもしろい。

マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲はそれに比べると歌曲としても自然な仕上がりになっている。この美しい旋律は元々歌うのにも向いているのだろうか。


ガスタルドンの「禁じられた音楽」とアルディーティの「くちづけ」はどちらも甘く美しい愛の音楽である。愛の歌を好んで歌い続けてきた幸田さんらしい選曲である。その声ばかりでなく容姿も美しい幸田さんの歌でこうした音楽を聴くのはまた格別の喜びである。幸田さんのような(いくつもの意味で)美しい人に「抱き締めて、いとしい人、貴方の胸に/愛の陶酔を味わわせて!」とか「私が愛だけに生きられるように、/抱擁の陶酔の中に来て!」などと歌われれば、聴いているこちらの方が愛の陶酔でとろけてしまう。


デラックァの「ヴィラネル」はコロラトゥーラの華麗な技巧が駆使されたきらびやかな曲である。優れた技巧を高く評価される幸田さんの本領が発揮された一曲だが、彼女の歌唱の特徴は、どれほど技巧的なパッセージでもつねに豊かな表情があるということだ。

コロラトゥーラといえば、日本の声楽家だと例えば天羽明恵さんなどもとても優れた技巧の持ち主で、単純に技巧の正確さだけを取り上げればむしろ天羽さんの方が優れているのではないかとも思う。ただ、これはあくまで私の感じ方なのだが、天羽さんの正確無比なコロラトゥーラがどこか機械的で冷たい印象を与えるのに対し、幸田さんの歌唱にはいつも手作りのような温もりが感じられる。この曲のようにほとんど専ら高度な技巧の誇示を目的としたような楽曲でも聴いていて安らぎを感じるというのは稀有なことで、私が彼女の歌唱に惹かれる大きな理由の一つはこういうところにある。

なお、この曲は歌詞がフランス語で書かれているのだが、幸田さんの発音が少しもフランス語らしく聴こえないのはちょっと惜しいと思った。ブックレットに記載された歌詞を読んでみて初めてそれがフランス語であることに気づいたくらいだった。今度発売されるアルバムではフランスのオペラのアリアをいくつか歌っているようなのだけど、この点がどうなっているのかは少し気にかかるところではある。まあ幸田さんはこのアルバムだけでもほかにラテン語、イタリア語、ポルトガル語、英語と合計5つもの言語で歌っているわけで、声楽家というのは本当に大変な職業だと思う。


次の二曲はいずれも愁いを帯びた美しい旋律をヴォカリーズで歌い上げる作品である。“カッチーニの”「アヴェ・マリア」も含めて、幸田さんの情感豊かな歌い回しはこうした作品にとりわけ美しく映え、聴く者に豊潤で香り高い、贅沢な時をもたらしてくれる。ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ第5番」のアリアでは、ヴォカリーズによる主部・再現部での静かな叙情と中間部のレチタティーヴォ風のセリフでのドラマティックな表現との対照が印象的である。

ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は私の大好きな曲で、様々に編曲されたものも含めて音源をいくつも持っているけれど、こうして新たに幸田さんの歌唱をそれに加えることができたのは大きな喜びである。この録音は、今後私のコレクションの中でもとびきりのお気に入りとして、大切に愛聴していくことになるだろう。


そしてこのアルバム中の白眉はやはりタイトル曲の「カリヨン -新しい色の祝祭にて-」である。幸田さんの歌声に感銘を受けたイタリアのポピュラー音楽の作曲家、ベッペ・ドンギアさんが彼女のために作曲したというだけあって、彼女の持ち前ののびやかな歌心が最高に生かされた一曲となっている。私がこの曲を知ったのは2008年4月18日に紀尾井ホールで開催されたリサイタルのTV放送を見てのことだったが、初めて聴くのにどこか懐かしさを感じるこの美しい旋律には一聴してすぐさま魅了されてしまった。

歌詞については画面にテロップで表示された日本語訳を見て、その時は月への旅行がどうとかいう内容にいささか奇抜な印象を受けた。しかしブックレットに記載されたロベルト・ロヴェルシさんによる歌詞をあらためてよく読み直してみて、決して徒らに奇を衒ったようなものではなく、とても深い内容を歌っていることがわかった。この詞が歌っているのは、端的にいうと、世界はいつも開かれた存在として私たちに現前する、という事実である。この詞はそのことを祝福する讃詞なのだ。そしてそれはドンギアさんの旋律と幸田さんの歌声という両翼を得て、天翔る光のように聴く者の心を照らしてくれる。先日本田美奈子さんの「時 -forever for ever-」の感想を述べた際にこの「カリヨン」を引き合いに出したが、この二作はクラシックとポピュラー音楽とのクロスオーヴァーから生み出されたオリジナル作品として、まさに双璧をなすものだと思う。


そしてアルバムの最後を飾るのはおなじみの「アメイジング・グレイス」である。いわずと知れた人類の至宝ともいうべき名曲だが、幸田さんの歌唱はかなり装飾的な変奏を加えたものになっているのが特徴的である。本田美奈子さんやヘイリーさんによるシンプルな歌唱を聴き慣れた耳にはやや意表を衝かれる歌い回しだが、多くの歌手によって歌われてきた曲であるだけに、日本を代表するコロラトゥーラ・ソプラノである幸田さんとしては、他の歌手たちとの違いを際立たせないわけにはいかなかったのだろう。名もなきキリスト教徒たちによって歌い継がれてきた素朴な信仰の歌という、この歌本来の姿とはやや趣きの異なる、プロの声楽家による本格的なコンサート・ピース、ともいうべきゴージャスな仕上がりになっている。


アルバム全体としては、副題として掲げられている「幸田浩子〜愛と祈りを歌う」という言葉の、まさにそのままの印象である。これ以上にこのアルバムの性格を的確に物語る言葉はない。ソプラノ歌手として今まさに大輪の花を咲かせようとしている幸田浩子さんの、麗しい愛と祈りに満ち溢れた一枚である。

ブックレットには幸田さん自身がこのアルバムにこめた思いを綴った手記が掲載されている。ここで気になるのは、この文章の末尾が「心を込めて。」という言葉で締め括られていることである。これは本田美奈子さんがいつもファンへのメッセージなどで末尾に書き添えていたのと、まさに同じ言葉である。

幸田浩子さんが何らかの形で本田美奈子さんから影響を受けているのかどうかは、全く以てわからない。ただレコード会社は同じコロムビアだし、お姉さんの幸田聡子さんもかつてコロムビアに所属し、美奈子さんと同じく岡野博行さんがプロデュースを手がけていたという縁もあるので、幸田さんが美奈子さんのことを敢えて意識してこの言葉を使ったという可能性も十分に考えられる。真相は不明だが、私としては、この言葉はわかる人にだけわかる、幸田さんから美奈子さんへのさり気ないオマージュの表明なのだと解釈することにしたい。


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NHK杯2009 女子シングル

2009年11月 8日

全般にミスが多くて見ている側としてもやや消化不良な感じの大会になった。安藤美姫さんはジャンプの構成自体が彼女としては物足りないし、その上ミスが多かったので優勝したとはいえ会心とはほど遠い出来だった。それでもこういう内容でもPCSで高い点をもらえるようになったところに成長の跡が窺える。@niftyのこの記事によると本当は彼女自身としてはトリプル–トリプルを跳びたかった模様。

中野友加里さんもミスが多く、全体的にもやや精彩を欠いた演技だった。サルコウの転倒はもとより、ダウングレードされた二度目のフリップも見た目に明らかに回転数が足りていなかった。シーズン後半へ向けて徐々にでも調子が上がっていくといいのだけど。

アリョーナ・レオノワさんはとにかくかわいさ爆裂。フリーはもう少し緩急のメリハリをつけたプログラムにして欲しいところだけど。エキシビションでは鼻血の出そうなコスチュームで悩殺してくれた。アシュリー・ワグナーさんはフリーを見ながらこの流れなら優勝しそうだな、と思ったのに。ダウングレードとかが多くて点数が伸び悩んだのは残念。


男子シングル

高橋大輔選手はやっぱり試合勘が今一つというところか。プログラムはとても魅力的なので調子を上げていって欲しい。ジョニー・ウィアー選手はロシア大会の出来がかなり散々な感じだったので心配していたけど、久しぶりに彼らしい演技が見られてよかった。エキシビションはスタートでの横座りの姿勢があまりにも板についているのがおかしくて笑ってしまった。ブライアン・ジュベール選手も前回の出来が悪かったのだがこの大会ではしっかり立て直してきた。見た感じフランス大会の時よりも体がかなり絞れているように思った。


ペア

川口&スミルノフ組はSPがとにかくよかった。演技に風格のようなものが漂っていて、この二人もいよいよ世界のトップクラスのペアに成長してきたんだな、と感慨深くなった。フリーでは果敢に4回転のスローイング・サルコウに挑んだが失敗。悠子さんが激しく氷に叩きつけられるような感じで転倒し、腕を脱臼したとのこと。その後の演技は継続したものの、エキシビションを欠場していたのでちょっと心配。今後に大きく響くことにならなければいいけど。

龐&佟組もやはりさすがに素晴らしかった。SPは川口&スミルノフ組の方がよかったかな、と思ったけど、フリーは圧巻だった。エキシビションではアンコールでいきものがかりの「YELL」に合わせて滑ってみせ、日本のファンと、それからNHKへの配慮も行き届いた演出は心憎いばかり。

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「時 -forever for ever-」

2009年11月 6日

作詞:岩谷時子 作・編曲:井上鑑
アルバム「」COCQ-83683(2004.11.25)所収。

晩年の本田美奈子さんが最も強い関心を抱いていた主題は“時”だった。そのことはアルバム「」のタイトルに如実に表れており、特に自ら作詞を手がけた収録曲「新世界」やタイトル・トラックの「時 -forever for ever-」の歌詞は時を主題としたものである。彼女が遺した言葉を元に作詞された追悼シングルの「wish」でも、やはり時が主題になっている。


美奈子さんにとって最後のオリジナル曲となった「時 -forever for ever-」は、美奈子さんが恩師の岩谷時子さんに名前の一字をとって時をテーマにした歌詞を作って欲しい、と要請して作られたものである。岩谷さんは美奈子さんの要請に、時の姿を果てしない宇宙を旅する孤独な旅人として描いた壮大なスケールの詞を以て応えている。

「新世界」や「wish」では、時は自らの人生のただなかを過ぎて行くものであり、自己の存在と不可分のものとして言及されている。それに対し、この「時 -forever for ever-」での時は「あなた」と呼びかける対象であり、自己の存在からは切り離された客体として描かれている。同じく時をテーマとして詞を書いても、師弟の間でこのように対照的な姿で描かれているところにこの二人の個性や思索のあり方の違いが表れているようで、興味深く感じる。

その一方で「優しさと愛で のり越えて行くのよ」というフレーズなどはいかにも女性らしい感性に溢れていて、こうしたところなどは美奈子さんと共通するものを感じさせる。取り立てて凝ったところのない平易な表現ではあるが、男性作詞家が女性の立場で詞を作ったとしてもなかなか書けない言葉ではないかと思う。

「正しい力を合わせて 生きよう」という一節には思わず瞠目させられた。「正しいものは何なのか」なんて誰にもわからなくなってしまったこのご時世では(尾崎豊が「僕が僕であるために」でこう問いかけたのはもう20年以上も前のことだ)、もはや口にする者がいなくなってしまった類の言葉である。これは岩谷さんのように豊富な人生経験と作詞家としてのキャリアを積んだ人でなければ敢えて用いることのできない表現だという気がする。

曲の最後は「いのちに終わりがある 私たち」という含蓄のある言葉で締めくくられている。このように私たちがやがて死すべき運命にある存在であるという事実を思索の契機とする考え方は古くからあり、「メメント・モリ」というラテン語のことわざなどは典型的である。この詞に関していえば私にはマルティン・ハイデッガーからの影響があるのではないかとも感じられるのだが、このあたり岩谷さんに尋ねてみたい気がする。

まあこうした細かい分析はどうでもいいことで、私がいいたいのは要するに、この詞が全編にわたって香り高い言葉の数々が散り嵌められた格調高い名品である、ということだ。この10月に作詞家として初めて文化功労者に選ばれた岩谷さんの、その偉大な業績の集大成というに相応しい、素晴らしい作品だと思う。


曲は美奈子さんの一連のクラシック・アルバムで編曲を担当していた井上鑑さんのオリジナルの作品である。「AVE MARIA」と「時」のオープニング曲である「流声」と「すべての輝く朝に」を別にすれば、美奈子さんが歌った唯一の井上さんのメロディーということになる。復帰作として用意した「wish」はついに美奈子さん自身によって歌われることはなかっただけに、その意味でもこの歌は貴重な作品である。

作曲にあたっては大御所作詞家である岩谷時子さんに詞をつけてもらうということでとても真剣に取り組んだという。サビのメロディーはいくつかのパターンを作り、その中から岩谷さんに気に入ったものを選んでもらったとのことで、そう聞くと選ばれなかったほかのメロディーがどんなものだったのかも気になってしまう。それはともかく、出来上がった曲は誰にも親しみやすい普遍的な美質を備えながら、美奈子さんの幅広い声域を生かしつつ、歌詞の壮大なイメージを背負うのに相応しい、力強いものとなっている。


美奈子さんはこの歌はまだ十分にうまく歌いこなすことができていないという意識があったようで、公の場で歌ったことはごくわずかしかなかった。おそらく自分にとってとても大切なレパートリーだという思いが強かったからこそ、自分の中で十分に熟成されるのを待ちたかったのだろう。

ただ、録音されたものを聴く限りでは他の曲の歌唱とくらべて特に見劣りするところはなく、いつもながらの美奈子さんの、可憐でありながら力強さのみなぎる渾身の歌唱である。強いていえば、高音域をフォルテで発する部分で日本語の発音がやや不明瞭になり、歌詞が聞き取りにくくなっているので、そのあたりに美奈子さんの満足のいかなかった点があったのだろうか、と想像をめぐらすことができる程度である。


近年クラシックとポピュラー音楽の境界を跨いだ活動は様々なアーティストによって盛んに行われているが、この曲はそうしたクロスオーヴァーが生み出した果実として最高峰のものといえるのではあるまいか。少なくとも私には、これに比肩し得るものとしては幸田浩子さんの「カリヨン -新しい色の祝祭にて-」しか思いつかない。

あまり歌う機会のないままに病気が発覚して活動を中断せざるを得なくなってしまったこともあり、入院中は特にこの歌を歌いたいという思いが強かったようだ。美奈子さんは自筆の手記でそう告白している。きっと今頃は、なにものにもわずらわされることなく思う存分この歌を歌っているのだろう。ファンにとって忘れることのできない日となってしまった今日この日、時の秘密をきっと探り当てていたに違いない美奈子さんとともに、私もこの世界のためにささやかな祈りを唱和したい。

世界に かぐわしい静かな日をください

謝辞

この稿の執筆に当たっては本田美奈子.STAR DUST CLUB !!に投稿されたきょろちゃん☆の書き込みを参考にさせていただきました。ここに記してお礼申し上げます。ありがとうございました。

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中国大会2009 女子シングル

2009年11月 1日

鈴木明子さん

見事な優勝に胸が熱くなった。昨シーズンはなかなかルッツとフリップが揃って決まることがなかったのだが、今回はSPとフリーともにこの二つのジャンプを成功させたのが大きかったと思う。私は昨シーズンなかなかうまくいかないのを見てどちらかは回避してはどうか、と提言していたのだけど、目先の結果にとらわれずに挑戦し続けたのが功を奏したのだろう。今回はダブルアクセルからのトリプルトウループは回避したものの、5種類のトリプルジャンプをバランスよくプログラムに採り入れているのは素晴らしいことだと思う。

ただルッツは‘!’判定になっているので、今後はフリップの方を2回跳ぶ構成にすることを検討してはどうかと思う。あと、SPはもう少しアイリッシュ・ダンスらしい振り付けを採り入れた方がよさそうな気がする。まあとにかくこの優勝によって今回はかなり低めに抑えられていたPCSがもっと高く評価してもらえるようになることだろうから、今後がますます楽しみである。


ジョアニー・ロシェットさん

ジャパンオープンでの出来を考えると意外な不振だった。長い期間にわたって好調を維持するというのは難しいものなのだろう。彼女にしては散々の出来だったが、それでも表彰台の一角にくいこんでしまうのはさすがに実力者。


長洲未来ちゃん

SPがめざましい出来で復活を感じさせたが、フリーではダウングレードの嵐で不本意な結果になった。慎重が8センチも伸びたそうで、いろいろと難しい時期なのだろうけど、きっとそれも乗り越えてまた素晴らしい活躍を見せてくれるだろう。


村主章枝さん

ジャンプに精彩がなかったが、サルコウに果敢に挑んできたのが目を引いた。大舞台には強い人なので今シーズンも全日本では侮れない存在になるだろう。フリーは衣装がちょっと『はじめ人間ギャートルズ』ぽかったかな。


男子シングル

織田信成選手

やはりフリーの存在感が圧倒的。コミカルな部分としっとりした部分とのメリハリが効いていて、見ていて楽しく飽きさせない。二つ目のトリプルアクセルで失敗してもTESで最高点を出してしまう安定感もさすが。今後ファイナルやオリンピックでメダル争いをするためには、やはり今回も回避した4回転ジャンプを、試合で挑戦することができるだけの精度に高めていけるかどうかが鍵になってくるだろう。

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