「カリヨン 幸田浩子〜愛と祈りを歌う」

2009年11月10日

幸田浩子さんの2枚目のアルバム、「カリヨン 幸田浩子〜愛と祈りを歌う」がリリースされたのは今年2月のことだった。私が入手したのはそれからかなり経ってからだったが、このアルバムは実に期待に違わぬ素晴らしい出来映えだった。もう来週には新しいアルバムリリースされるとのことなので、その前にここで慌ててレビューをしておきたい。


  1. アヴェ・マリア(カッチーニ)
  2. アヴェ・マリア(バッハ/グノー)
  3. オンブラ・マイ・フ(なつかしい木陰よ)〜歌劇«セルセ»より(ヘンデル)
  4. 涙の流れるままに〜歌劇«リナルド»(ヘンデル)
  5. アヴェ・マリア(マスネ)
  6. アヴェ・マリア(マスカーニ)
  7. 禁じられた音楽(カスタルドン)
  8. ヴィラネル(デラックァ)
  9. くちづけ(アルディーティ)
  10. ブラジル風バッハ第5番 - アリア(ヴィラ=ロボス)
  11. ヴォカリーズ(ラフマニノフ)
  12. カリヨン(ベッペ・ドンギア)
  13. アメイジング・グレイス
  • 幸田浩子(ソプラノ)
  • 新イタリア合奏団
  • ベッペ・ドンギア(ピアノ - 12,13)

初めの二曲は新旧の著名な「アヴェ・マリア」を一曲ずつ。ジュリオ・カッチーニの(作とされる)「アヴェ・マリア」はかなりゆったりとしたテンポでこの曲のロマンティックな情感をたっぷりと堪能させてくれる。バッハ/グノーの作品は室内オルガンの愛らしい響きに乗せて慎ましく、そして清らかな祈りの世界を歌っている。


続いてはヘンデルの有名なオペラ・アリアが二曲。ヘンデルのオペラ作品は現代の感覚からすると筋立てが荒唐無稽であるために上演される機会はあまりないようだが、これらのアリアの美しさには実に比類のないものがある。単独で歌われる機会はとても多い二曲だが、どちらもアリアの少し前のレチタティーヴォから歌い始めているところに幸田さんの本格志向が表れている。ここでも幸田さんはややゆったりしたテンポで、この美しい旋律の魅力をたっぷりと堪能させてくれている。

なお、幸田さんの歌唱そのものとは全く関係ないのだけど、この二曲に関して、曲の終わりがやや不自然に途切れたような感じになっているのが気になった。どうも生の演奏の音をスタジオ技術によってフェイドアウトさせているかのように聴こえるのだ。エンジニアとしてお名前がクレジットされているのは高名な方なのでよもやとは思うのだが、マスタリングに何か問題が生じているように思えてならない。少なくとも私の耳には自然な減衰には聴こえなかった。


続く二曲はいずれも有名なオペラの間奏曲を声楽用にアレンジしたもの。マスネの「タイスの瞑想曲」は歌うには難しすぎる旋律なので編曲に工夫が凝らされて、不自然にオクターヴ下がるところもあったりするが、これは無理からぬことである。幸田さんの歌唱もさすがにやや硬い感じがする。途中からはミリアム・ダル・ドンさんのヴァイオリンと交代でアンサンブルをリードするような展開になっているのがおもしろい。

マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲はそれに比べると歌曲としても自然な仕上がりになっている。この美しい旋律は元々歌うのにも向いているのだろうか。


ガスタルドンの「禁じられた音楽」とアルディーティの「くちづけ」はどちらも甘く美しい愛の音楽である。愛の歌を好んで歌い続けてきた幸田さんらしい選曲である。その声ばかりでなく容姿も美しい幸田さんの歌でこうした音楽を聴くのはまた格別の喜びである。幸田さんのような(いくつもの意味で)美しい人に「抱き締めて、いとしい人、貴方の胸に/愛の陶酔を味わわせて!」とか「私が愛だけに生きられるように、/抱擁の陶酔の中に来て!」などと歌われれば、聴いているこちらの方が愛の陶酔でとろけてしまう。


デラックァの「ヴィラネル」はコロラトゥーラの華麗な技巧が駆使されたきらびやかな曲である。優れた技巧を高く評価される幸田さんの本領が発揮された一曲だが、彼女の歌唱の特徴は、どれほど技巧的なパッセージでもつねに豊かな表情があるということだ。

コロラトゥーラといえば、日本の声楽家だと例えば天羽明恵さんなどもとても優れた技巧の持ち主で、単純に技巧の正確さだけを取り上げればむしろ天羽さんの方が優れているのではないかとも思う。ただ、これはあくまで私の感じ方なのだが、天羽さんの正確無比なコロラトゥーラがどこか機械的で冷たい印象を与えるのに対し、幸田さんの歌唱にはいつも手作りのような温もりが感じられる。この曲のようにほとんど専ら高度な技巧の誇示を目的としたような楽曲でも聴いていて安らぎを感じるというのは稀有なことで、私が彼女の歌唱に惹かれる大きな理由の一つはこういうところにある。

なお、この曲は歌詞がフランス語で書かれているのだが、幸田さんの発音が少しもフランス語らしく聴こえないのはちょっと惜しいと思った。ブックレットに記載された歌詞を読んでみて初めてそれがフランス語であることに気づいたくらいだった。今度発売されるアルバムではフランスのオペラのアリアをいくつか歌っているようなのだけど、この点がどうなっているのかは少し気にかかるところではある。まあ幸田さんはこのアルバムだけでもほかにラテン語、イタリア語、ポルトガル語、英語と合計5つもの言語で歌っているわけで、声楽家というのは本当に大変な職業だと思う。


次の二曲はいずれも愁いを帯びた美しい旋律をヴォカリーズで歌い上げる作品である。“カッチーニの”「アヴェ・マリア」も含めて、幸田さんの情感豊かな歌い回しはこうした作品にとりわけ美しく映え、聴く者に豊潤で香り高い、贅沢な時をもたらしてくれる。ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハ第5番」のアリアでは、ヴォカリーズによる主部・再現部での静かな叙情と中間部のレチタティーヴォ風のセリフでのドラマティックな表現との対照が印象的である。

ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は私の大好きな曲で、様々に編曲されたものも含めて音源をいくつも持っているけれど、こうして新たに幸田さんの歌唱をそれに加えることができたのは大きな喜びである。この録音は、今後私のコレクションの中でもとびきりのお気に入りとして、大切に愛聴していくことになるだろう。


そしてこのアルバム中の白眉はやはりタイトル曲の「カリヨン -新しい色の祝祭にて-」である。幸田さんの歌声に感銘を受けたイタリアのポピュラー音楽の作曲家、ベッペ・ドンギアさんが彼女のために作曲したというだけあって、彼女の持ち前ののびやかな歌心が最高に生かされた一曲となっている。私がこの曲を知ったのは2008年4月18日に紀尾井ホールで開催されたリサイタルのTV放送を見てのことだったが、初めて聴くのにどこか懐かしさを感じるこの美しい旋律には一聴してすぐさま魅了されてしまった。

歌詞については画面にテロップで表示された日本語訳を見て、その時は月への旅行がどうとかいう内容にいささか奇抜な印象を受けた。しかしブックレットに記載されたロベルト・ロヴェルシさんによる歌詞をあらためてよく読み直してみて、決して徒らに奇を衒ったようなものではなく、とても深い内容を歌っていることがわかった。この詞が歌っているのは、端的にいうと、世界はいつも開かれた存在として私たちに現前する、という事実である。この詞はそのことを祝福する讃詞なのだ。そしてそれはドンギアさんの旋律と幸田さんの歌声という両翼を得て、天翔る光のように聴く者の心を照らしてくれる。先日本田美奈子さんの「時 -forever for ever-」の感想を述べた際にこの「カリヨン」を引き合いに出したが、この二作はクラシックとポピュラー音楽とのクロスオーヴァーから生み出されたオリジナル作品として、まさに双璧をなすものだと思う。


そしてアルバムの最後を飾るのはおなじみの「アメイジング・グレイス」である。いわずと知れた人類の至宝ともいうべき名曲だが、幸田さんの歌唱はかなり装飾的な変奏を加えたものになっているのが特徴的である。本田美奈子さんやヘイリーさんによるシンプルな歌唱を聴き慣れた耳にはやや意表を衝かれる歌い回しだが、多くの歌手によって歌われてきた曲であるだけに、日本を代表するコロラトゥーラ・ソプラノである幸田さんとしては、他の歌手たちとの違いを際立たせないわけにはいかなかったのだろう。名もなきキリスト教徒たちによって歌い継がれてきた素朴な信仰の歌という、この歌本来の姿とはやや趣きの異なる、プロの声楽家による本格的なコンサート・ピース、ともいうべきゴージャスな仕上がりになっている。


アルバム全体としては、副題として掲げられている「幸田浩子〜愛と祈りを歌う」という言葉の、まさにそのままの印象である。これ以上にこのアルバムの性格を的確に物語る言葉はない。ソプラノ歌手として今まさに大輪の花を咲かせようとしている幸田浩子さんの、麗しい愛と祈りに満ち溢れた一枚である。

ブックレットには幸田さん自身がこのアルバムにこめた思いを綴った手記が掲載されている。ここで気になるのは、この文章の末尾が「心を込めて。」という言葉で締め括られていることである。これは本田美奈子さんがいつもファンへのメッセージなどで末尾に書き添えていたのと、まさに同じ言葉である。

幸田浩子さんが何らかの形で本田美奈子さんから影響を受けているのかどうかは、全く以てわからない。ただレコード会社は同じコロムビアだし、お姉さんの幸田聡子さんもかつてコロムビアに所属し、美奈子さんと同じく岡野博行さんがプロデュースを手がけていたという縁もあるので、幸田さんが美奈子さんのことを敢えて意識してこの言葉を使ったという可能性も十分に考えられる。真相は不明だが、私としては、この言葉はわかる人にだけわかる、幸田さんから美奈子さんへのさり気ないオマージュの表明なのだと解釈することにしたい。


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