中野友加里さんは傘を小道具に使っての「SAYURI」の演技。数シーズン前には考えられなかったような情感あふれる演技で魅了してくれた。今シーズンのSPのエキシビション用アレンジということなので、競技会ではさらに密度の濃いプログラムに仕上げてくれることと思う。
恩田美栄さんのプログラムはグラナドスのスペイン舞曲集の第2曲「オリエンタル」。チェロのやさしい音色が心にしみる名曲で、演技以上に音楽に聴き惚れてしまった。こういうプログラムでも違和感なく見られるようになったのはやはり積み重ねた年輪のなせる技だろうか。最後と決めて臨む今シーズン、これまでのスケート人生の集大成となる演技を期待したい。
澤田亜紀さんは若さあふれる元気溌剌の演技。ダブルアクセル4つのジャンプシークエンスは彼女らしい躍動感をアピールするいい演出だった。ただ小道具に傘を使ったのは中野さんと重なってしまって少し損をしていたと思う。またこれからその存在をスケートファンに知ってもらわなければならない立場であることを考えると、小道具の動きのおもしろさで関心を集めるようなプログラムは彼女にとってあまりいいことではなかったのではないだろうか。
武田奈也さんは長身を活かしたスケール大きな演技が印象的だった。まだ特別表現がうまいとは思えないのだけど、体型や身のこなしの雰囲気に宝塚の男役のような独特の存在感があって得をしていると思う。そうした自分の資質にさらに磨きをかけていけばいい選手に成長すると思う。ビールマンスピンのポジションも彼女が一番きれいだった。
ジョニー・ウィアー選手は相変わらずの存在感。プログラムはトリノオリンピックのエキシビションと同じ「マイ・ウェイ」。あの時は少し冗長に感じる部分もあったのだけど、今回は動きにメリハリが効いていてとてもよかったと思う。自分の魅せ方を心得た、風格あふれる演技だった。
織田信成選手は去年までのコミカルな雰囲気とは違う、大人びた演技を見せてくれた。ジャンプの着氷のやわらかさはさすがで、全体に余裕を持って演技している印象を受けた。
一方高橋大輔選手は演技中の厳しい表情が強く印象に残った。これまで長く伸ばした髪の毛や不精髭が悪くいうと少し薄汚く見えることもあったのだけど、この日の演技では精悍さを演出する助けになっていたと思う。やはり織田選手とは対照的な個性をもったライバル同士なのだということを改めて認識させられた。
安藤美姫さんは生でご覧になったみなさんがそろって指摘しておられた通り、しっかり体がしぼられていて、動きに切れが戻っていた。表現力などはまだまだこれからの選手だと思うが、自分を励ましてくれた曲にのって踊る姿からはスケートをする喜びが感じられた。衣装も落ち着いた雰囲気で非常によかったと思う。
浅田舞さんはサラ・ブライトマンさんによるヴォーカル版の「アランフェス協奏曲」。この日の演技では長身を活かしたのびやかさが印象に残った。これまで彼女の演技には大きさを感じさせられることはあまりなかったのだけど、今回はなぜかそのことをとても意識させられた。実際に背が少し伸びたか、長い手足を活かす表現力が身についてきたかのどちらかだと思う。あるいはリンクが小さかったことも影響していたのかも知れない。
太田由希奈さんはご覧になった方のレポートでは怪我からの回復具合がまだ今一つ、といった内容のものが多く、どんな演技なのか期待と不安が入り混じった状態で見ていたのだけど、私は十分太田さんらしさの出た魅力ある演技だったと思う。繊細優美な身のこなしは相変わらず、黒鳥の翼を模した腕の動きも真に迫るもので、他の追随を許さない素晴らしい表現力だった。今の時点でジャンプに精度を欠いているのは仕方ないと思う。怪我と折り合いをつけながらの競技生活は困難に満ちたものになるだろうけど、「スケートは自分を表現する手段」と語る太田さんをどこまでもついていって応援して上げたい、そう思わせてくれる演技だった。
エレーナ・ソコロワさんのプログラムは単調な曲調で今一つじっくりと楽しむことができなかった。でもやはり相変わらずかわいい人で、あの笑顔が見られただけでも大満足だった。
村主章枝さんは大胆なコスチュームでの「カルメン」。素顔とはかけ離れたイメージの役になりきって演じて見せるところに女優魂が活きたプログラムといっていいだろう。観客の男性にじらしながらバラの花を渡す仕草などは実に堂に入ったものだと思う。
ステファン・ランビエール選手は見に行った方の評価がもっとも高かったが、評判に違わぬいい演技だったと思う。仮面をつけた状態での冒頭の動きから実にやわらかい動きで自分の世界を築いていた。これまで彼のプログラムは演技の内容と伴奏の音楽とコスチュームが全くばらばらで、音楽的な感受性に欠陥があるのではないかと思わせられることが多かったのだけど、今回のプログラムはその点がよく統一されていて非常によかった。彼の演技を見ていいと思ったのはおそらく初めてだと思う。最後の何度もポジションを変えた長いスピンも彼ならではのもので、日本のファンへの素晴らしいプレゼントだった。
浅田真央ちゃんは「カルメン」から「ハバネラ」。フィリッパ・ジョルダーノさんの癖のある歌唱が印象的なプログラム。少し大人びた演技を意識しているのだろうけど、妖艶なのかかわいらしいのかどっちつかずの表現になってしまっているように思った。年齢的に今くらいが一番難しい時期にあたるのかも知れない。それでもこの季節にルッツをクリーンに降りて見せるあたりはさすがだと思う。
トリを飾る荒川静香さんはサラ・ブライトマンさん歌唱によるシューベルトの「アヴェ・マリア」。ゴールドのコスチュームに身をつつんだ女王はいつもながらの神々しさ。跪いて祈りを捧げるような仕草には胸が切なくなってしまう。今回いろんな選手のそれぞれに素晴らしい演技を見せてもらったが、やはり自分はこの人の演技が一番好きなのだな、とあらためて確認した。
フジTVの放送の姿勢は事前に危惧されていたけれど、どうしても見せてもらわなければ困ると思っていた選手の演技は一通り放送してくれたので私としては一応満足のいくものだった。真央ちゃんのインタビュー映像がなければ後何人(組)かの演技が放送できたはずだし、真央ちゃんのかわいい笑顔を見ながらいらいらとさせられるのは不本意だが、昨日あまりにも酷い茶番劇を見せられてしまったので、今は大抵のことは笑って許してやりたい心境だ。