『逢びき』を見た

2009年3月 9日

先日映画『逢びき』を初めて見た。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が効果的に使用されたことで有名なこの映画、一度見ておかなければとかねがね思っていたのだけど、このほどDVDを借りることができてようやく念願が叶った。


この映画の存在自体はかなり以前から知っていたのだけど、原作がノエル・カワードだということは比較的最近になって知った。カワードについては私は大学の語学の授業で『Private Lives』という戯曲を読んだことがあって、ちょっと馴染みのある名前なのだった。この作品は実に他愛もないラヴ・コメディで、それなりにおもしろいことはおもしろったのだが、特に感銘を受けるということもなく、私にとってカワードといえば、『かもめ』のコスチャのセリフに倣っていうと、「チェーホフテネシー・ウィリアムズを読んだ後にカワードを読む気にはならない」というような存在だった。

その後さらに彼が俳優として出演した『パリで一緒に』というオードリー・ヘップバーン主演の映画を見たことがあるのだけど、これがオードリーがキュートで美しいという以外には何の見所もない、実におちゃらけた作品だった(念のためくどいようだけど断っておくと、オードリーはいつも通りにきれいでチャーミングだった)。そんなわけで私にはカワードというとばかばかしい喜劇という印象が強かったので、この『逢びき』という悲恋を描いた作品が彼の原作だったというのは私にはやや意外だった。


前置きがやや長くなったが、古今の恋愛映画の傑作と呼ばれるこの作品はさすがに見応えがあった。お互いに配偶者のある男女がふとしたきっかけで出会い、惹かれ、そして苦しみの中で別れを決断するというだけのシンプルな筋立てではあるが、誰もがこの二人の胸中に深く入り込み、共感せずにはいられないという、そういうツボが見事に押さえられている。

物語の進行がヒロインの独白に本質的に依存しているという点があまり演劇的でないように思えるのだが、映画化に際し敢えて舞台では実現不可能な手法を用いようと意図したのだろうか。それからあの別れ方はちょっと残酷なような気もするのだが…。こういうちょっと意地悪な結末にしたところに彼のコメディ・センスが発揮されていると見るべきなのか。いずれにしてもこの作品は私にとってこの高名な劇作家のことを見直すきっかけとなったことは間違いない。


そしてすでに言い尽くされていることではあるが、ラフマニノフピアノ協奏曲第2番はこのドラマの情感をいやが上にも盛り立てている。主人公の二人とは異なり、この取り合わせは映画とクラシック音楽との幸福な邂逅だったといえそうである。ただラフマニノフ作品は悪い意味で“映画音楽”と揶揄されてきた歴史があるようなので、もしこの映画がそうした風潮の一つのきっかけになったのだとすると少し複雑な気分にもなる。

以前NHKFMの『気ままにクラシック』という番組を聴いていたら、リスナーから「映画『逢びき』に使われている音楽は何という曲ですか?」という質問が寄せられたことがあった。この時パーソナリティーを務めていた鈴木大介さんと高橋由美子さんは音楽そっちのけでハンバーグの話題に突入していった。笑いながらも半ば呆れて聞いていたのだけど、教育テレビの『N響アワー』の時間にこの映画が話題になった時にもやはり池辺晋一郎さんがハンバーグの話をしていた。ダジャレ好きの人にとってはこの語呂合わせへの誘惑は避けて通れないものであるようだ。


ピアノ演奏を担当したアイリーン・ジョイスというピアニストはヒロインのローラ役を演じたシリア・ジョンスンにも劣らぬ素晴らしい美人である。実は私はこの人のCDを以前から持っているのだが、それはただジャケットの写真のあまりの美しさに惹かれて中古CDショップで入手したもので、『逢びき』のサウンドトラックを担当していたことはライナーノートを読んで初めて知った。オーケストラと指揮者が違うので、このCDに収録されているのは映画に使用された音源とは違うようだ。

彼女はちょっと変わった生い立ちでいろいろと興味深い人なのだが、例によって日本語の資料はあまりないようだ。音楽がこれほど話題となった作品で演奏を担当した人だというのに、あまり知られていないというのは意外な気がする。しかもそれが目の覚めるような美貌の持ち主だとなれば、もっと関心が高まってもいいと思うのだが…。

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